エキゾチックな原子核の魔法数とパイ中間子の知られざる関係を発見
発表者
- 大塚孝治(理学系研究科附属原子核科学研究センター長、
- 阿部大介(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程1年)
概要
原子核の「魔法数」は原子核の種類によらない普遍的な定数とされ、重要な量であり、その予言によりメイヤーとイェンゼンはノーベル賞を受賞した。この魔法数が実は原子核によって変わり、不安定核(エキゾチック核)では特にそれが顕著になり、それが湯川博士が予言した中間子から来る特徴的な効果によることを発見した。中性子数を増やしていくとこの効果が大きくなり、ついに魔法数が変わる。そのような「常識外」の変化の理論予言が世界各地の研究所で次々に実験で検証されつつある。また、魔法数の変化は、超新星爆発などでの元素合成を考える際にも少なからぬ影響を与えると考えられる。
解説

図表(縦軸が陽子数、横軸が中性子数で一つ一つの箱が一つの原子核に対応)の一部。黒いのが安定核、ピンクのが不安定核である。魔法数20が不安定核で消滅し、新しい魔法数16が出現することが示されている。理化学研究所提供。
(1)これまでの研究でわかっていた点、及び、この研究の背景
先ず、原子核(注1)には安定核(注2)と不安定核(注3)があることについて少し説明する。原子核の安定性は陽子の数と中性子の数の比にも大きくよっている。寿命が無限か、事実上無限な原子核は安定核という。安定核では、その比は軽い原子核ではほぼ1、重い原子核では中性子の方が陽子より多くなる。例えば、地球上のほとんどの酸素の原子核は8個づつの陽子と中性子からできており、鉛の原子核では陽子、中性子合わせて200個位の内、陽子と中性子の数の比は2:3位である。地球上に自然に存在する物質は安定核からなる。
安定核に比べて、中性子を多くしたり、少なくしたりすると寿命が短くなる。ベータ崩壊を起こして、安定核に向かって変化するためである。このような、安定核、不安定核を図にした核図表が下の図1にある。不安定核は自然にはないので、実験対象にならなかったのであるが、1990年台から、RIビーム(注4)(放射性イオンビーム)という技術によって、大型加速器を使えば作れるようになった。ただし、寿命が極端に短いものがほとんどなので、高度な実験技術と特殊な装置がいる。日本では理化学研究所にそれがあり、その最新鋭のもの(RIBFと呼ばれる)が間もなく完成しようとしている。今回発表する研究成果は理論的なものであるが、その予言は不安定核に関するものが多く、このような装置によって検証される。
今回発表する内容は、「魔法数(マジックナンバー)(注5)」というもので考えると分かりやすい。魔法数はもともとは原子に対して言われたもので、周期律表の右端の希ガスの原子(原子番号が2,10,18,36,...)がそれに相当している。それらは、ヘリウム、ネオン、アルゴンなど安定であり、中性の原子であれば、魔法数に等しい数の電子がある。
原子核においても、魔法数は、陽子数や中性子数が魔法数になっていると安定性が増すなど、極めて重要なものである。魔法数の予言は1949年にメイヤーとイェンゼンによって成され、後にノーベル賞を受賞した。それまでは、原子核の中で陽子や中性子は無秩序に動き回っているという考えが支配的であった。それに対して、メイヤーとイェンゼンは陽子や中性子は軌道上を、量子力学に従っての運動ではあるが、整然と動いているという見方(殻模型という)を提案した。陽子数や中性数が魔法数になっていると、ある一群の軌道の全てに陽子、又は、中性子が入っている。そうなると特に安定になるのである。
魔法数は原子核の種類によらない普遍的な数とされ、実際には2,8,20,28,50,82,126である。これまでの原子核理論はこの事に基づいていた。魔法数のところでは、安定性が増す以外にも、原子核の形が球形になるなど様々な特徴がある。(多くの原子核は楕円体にように歪んでいる。)
(2)この研究が新しく明らかにしようとした点
メイヤー・イェンゼンの魔法数は安定核に対しては正しいことは分かっていたが、魔法数が、不安定核でも安定核と同じかどうか、違うとしたらどういうメカニズムで変わっていくのかを明らかにしようとして、この研究は始まった。6年位前のことである。
(3)そのために新しく開発した方法、機材等
後で述べる核力との関係に着眼した点が新しい。
(4)この研究で得られた結果、知見
魔法数が、全ての原子核に共通な普遍的なものではなく、原子核によって変わり、特に不安定核では、安定核で見出される魔法数からはっきり変わることがあり、それが湯川博士の予言した中間子(注6)、特にパイ中間子から来る特徴的な効果であることを発見した。
先ず、魔法数が変わるとはどういうことかを説明する。下の図2には、中性子の軌道のエネルギーが示されている。上の項目1で、中性子は軌道上を動いていると書いたが、軌道ごとにエネルギーが決まっている。このエネルギーが下がっている分だけ、中性子は束縛されているので、その中性子を軌道から解放して自由にするには、下がっているエネルギー以上のエネルギーを中性子に与えないといけない。さて、図2で⑳とあるのは、その下に中性子20個分の軌道があることを意味する。この⑳という記号のところにギャップがあるので、その下の軌道から中性子を引き上げて自由にするには大きなエネルギーがいる。これが20が魔法数になっている、という意味である。逆に中性子が21個あると、パウリ原理のために⑳という記号の上の軌道に入らなければいけないので、その中性子を自由にするにはそれ程にはエネルギーがいらない。さて、⑳の場所から左に見ていくと、軌道のエネルギーが変化していく、特に、軌道間の相対的な関係が変わり、一番大きなギャップが⑯という記号のところに変わってしまう。この時には、16個の中性子を入れると、どれも⑯の下にあるのでエネルギーを沢山やらないと中性子を取り出せないが、17個目は⑯の上の軌道にあるので比較的少ないエネルギーで自由にできる。そこで魔法数が16になったということになる。これが、魔法数が20から16に変わった、という意味であり、この時に何が変わったかというと陽子の数である。図の一番左は酸素で陽子数は8、魔法数16の時には中性子は16個なので、比は2になる。完全な不安定核である。一方⑳のところは、陽子数も16くらいなので、比は1に近い。このように、安定核では、50年前からの魔法数が正しく、不安定核ではそうではないことが示された。図2は今回発表の成果であって、以前に信じられていた理論ではこうはなっていない。⑳の魔法数は右も左も同じようにそうなっていたのである。
この1〜2年の世界の実験で、実際に今回発表のようになっているらしい証拠が見え始めている。国際会議等で発表した我々の成果をもとに行われた実験もある。しかし、様々な原子核でこの理論が正しいことを実証するには10年以上かかるであろう。この研究の発端の頃、中性子数16であたかも魔法数が変わっているような妙な現象があるようだという指摘が谷畑らによって実験の立場から成されたが、そのメカニズムや理由、一般性などは全然分かってなく、中性子ハローと結びつけようとして成功していない。
今回発表の内容を中間子の観点から少し説明する。70年前の湯川理論までさかのぼることになる。湯川博士の中間子論から発展した研究で、π(パイ)中間子が種々の中間子の中でも最も重要なものであることが数十年前から分かっている。陽子や中性子を総称して核子といい、核子の間には核力(注7)という、重力とも電気的な力とも違う力が働いている。核力には幾つかの成分があり、核力のある成分はパイ中間子が陽子や中性子の間にほぼ同時に2個以上交換される(飛び交う)と発生することも分かっている。この成分の核力が陽子や中性子をたばねて、原子核という物体を作っている。これには複数個のπ中間子の交換が関与しているために、パイ中間子に起源があるという性質はなまされてしまう。例えば、別の仮想的なシグマ中間子を持ってきてもその効果を表せる。一方、π中間子が1個だけ交換された時にはテンソル力(注8)という、極めて特徴的で強い力を発生する。1個だけなので、特徴が強く出ることになる。テンソル力の存在も半世紀前から分かっていたが、考えられていなかったのは、この力が魔法数などにどういう効果を及ぼすか、であった。この問題に取り組み、π中間子1個の交換によって発生するテンソル力が魔法数を変えることを示した。そのメカニズムは、ハイゼンベルグの不確定性原理などにより簡単に説明される。より一般には原子核中の陽子や中性子の軌道運動の安定性を変える。この理論は最近の、あるいは昔から謎とされてきた多くの実験データを説明し、さらに様々な原子核の性質を予言している。
テンソル力の効果が気づかれなかった理由の一つは、安定核、特に、軽い安定核では核子のスピンが打ち消し合う、という現象(飽和という)が起きて、効果がなくなるためである。その効果を見るには、中性子の数、或いは、陽子の数をかなり大きく変えてみて、それをパラメーターとして見る必要がある。しかし、そんなに変えると安定核ではなくなるので、少なくとも実験に関しては不安定核の物理が可能な時代まで待たなければならなかったのである。
湯川博士の予言後70年にして、原子核の粒子運動、ひいては原子核の安定性や魔法数において中間子の存在や性質(量子数)を直接反映する性質が初めて見つかり、それが今後世界的に展開されるRIビームによる実験に深く関わっていることが分かった。それは、半世紀に渡って不変なものと信じられてきた、メイヤー・イェンゼンの魔法数からの出発も意味している。
(5)研究の波及効果
不安定核は、超新星爆発などで種々の重い元素が合成される過程で、一時的に多種多量に作られる。そこで、不安定核の性質が従来の理論予測と違ってくるとなると、元素合成の道筋を考えるのにも小さくない影響を与えるであろう。
(6)今後の課題
上の項目の元素合成などの他、例えば、最近理研でも113番目のものが発見された超重元素の安定性への影響など、さまざまな問題がある。
(7)論文の参照情報
論文情報
- 雑誌:
- Physical Review Letters 97, 162501 (2006)
- 著者:
- T. Otsuka, T. Matsuo and D. Abe
- タイトル:
- “Mean Field with Tensor Force and Shell Structure of Exotic Nuclei”
(テンソル力を含んだ平均場とエキゾチック原子核のシェル構造)
関連論文
- 雑誌:
- Physical Review Letters 95, 232502 (2005)
- 著者:
- T. Otsuka, T. Suzuki, R. Fujimoto, H. Grawe and Y. Akaishi
- タイトル:
- “Evolution of Nuclear Shells due to the Tensor Force”
(テンソル力による原子核のシェルの進化)
(8)追加説明
この研究は以下の事業によってサポートされた。
- 文部科学省 科学研究費補助金特別推進研究「モンテカルロ殻模型」
- CNS−理研大型核構造計算プロジェクト(CNS=東大理学系研究科附属原子核科学研究センター)
- 日本学術振興会 先端研究拠点事業「エキゾチック・フェムトシステム研究国際ネットワーク」
用語解説
- 原子核:
- 原子の中心にありZ個の陽子とN個の中性子からなる。Zは1から118位まで、Nは1から170位までがこれまでに知られている。↑
- 安定核:
- 寿命が無限か、それに近い原子核で、地球上の物質を構成する。約300種ある。ZとNが比較的近い数になっている。↑
- 不安定核:
- 安定核以外の原子核。特に外国ではエキゾチック核とも言う。超新星爆発などの天体現象の主役である。全部で7千から1万種位あると言われている。ZとNがアンバランスでこれまで分かっている範囲だけでも最大1:3位まで行く。アンバランスの度合いがひどいほど不安定(寿命が短い)になる。↑
- RIビーム:
- 不安定核を量子ビームとして生成する実験的な方法、及び、実際に作られるビームを指す。↑
- 魔法数:
- 原子中の電子が魔法数を持つことは広く知られている。原子核中を運動する陽子や中性子も魔法数を持つ。メイヤーとイェンゼンによって1949年に提唱され、その業績に対してノーベル賞が授与された。魔法数は原子核によらない、2,8,20,28,50,82,126という「普遍的な定数」と長く信じられてきた。↑
- 中間子:
- 量が電子と核子との中間であることからこの名前がついた。これを核子2個の間で交換することにより核力が発生する。π、ρ、ωなど多種ある。↑
- 核力:
- 核子間に働く力で、様々な成分からなる。核子が極めて接近していると必ず反発力となり、一方、少し離れると引力となる場合がある。↑
- テンソル力:
- 核力の一成分で、π中間子の交換により発生する。他の中間子ではρ中間子でも発生するがずっと弱くなる。2個の核子間の距離だけでなく、そのスピン(自転運動のようなもの)の向きと2個の粒子の相対位置方向によって引力になったり、反発力になったりする、特異な力である。↑