2006/9/19

ナノカーボンは毒?無毒?

− 道路舗装剤よりも低毒性 −

発表者

  • 中村栄一(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
  • 磯部寛之(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 助教授)

概要

図1

図1:水溶性カーボンナノホーンの電子顕微鏡像.全体像(左)と拡大図(右)。黒いバーはそれぞれ10ナノメートル(左)と2ナノメートル(右)。

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図2

図2:カーボンナノホーンの化学修飾法。カーボンナノホーンの表面に水に溶けやすいアミノ基(NH2の部分)を導入すると、水溶性カーボンナノホーン(アミノカーボンナノホーン)に変換される。

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図3

図3:化学修飾したカーボンナノホーンの水溶液(左)。右は化学修飾をしていないカーボンナノホーンを水に入れたもの。全くとけないために水の表面に浮いている。

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図4

図4:細胞培養液の様子。カーボンナノホーンを入れていない培養液(左)と水溶性カーボンナノホーンを入れた培養液(右、1リットル中に1グラムの水溶性カーボンナノホーンが入っている)。右の真っ黒な培養液中でも動物細胞はほとんど悪影響を受けない。培養液の赤い色は呈色剤。

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図5

図5:水溶性カーボンナノホーンの動物細胞への影響1ミリリットル中に0.1ミリグラムを投与しても細胞の活性には変化はない。1ミリリットル中に1ミリグラム投与すると、わずかな毒性がみられる。石英微粒子では10分の1量で同じ程度の毒性が見られている。

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水に溶けるナノカーボン(注1)をつくり出し、安全性評価(リスク評価)を行った。金属をまったく含まないナノカーボンには、生体への急激な悪影響が無いことが世界で初めて示された。

解説

化学専攻の中村教授・磯部助教授らの研究グループと医学部附属病院の野入英世講師、および科学技術振興機構(JST)・日本電気株式会社(NEC)の飯島澄男教授、湯田坂雅子博士の共同研究チームは、水に溶けるナノカーボンの標準物質をつくり出し、金属を含まないナノカーボンには強い毒性はないことを明らかにした。

カーボンナノチューブ(注2)をはじめとするナノカーボンは、次世代の材料として期待される一方で、環境や生体への悪影響が懸念されていた。しかし、これまでナノカーボンが毒であるとする結果から無毒であるとする結果まで、さまざまな報告があり、はっきりとした結論はでていなかった。この混乱の原因は、安全性評価に用いられるナノカーボンが、炭素のほかに金属粒子を含んでいたり、サイズがさまざまだったりと、複雑な混合物であるためだった。

中村教授らの共同研究チームは、製造過程に金属を用いないカーボンナノホーン(注3)という物質に注目した。カーボンナノホーンは、カーボンナノチューブが、マリモのような形に百〜数百ナノメートルの大きさに絡まったナノカーボンの一種(図1)。共同研究チームは、まずこのカーボンナノホーンを、水に溶かす化学修飾法を開発し、その化学組成、サイズを完全に決定した(図2)。これまで多種多様なナノカーボンが製造されているが、ここまで完全に構造を決定したものは世界でも例がない。

さらに共同研究チームは、この水に溶けるナノカーボン(図3)の動物細胞への影響を調べたところ、道路舗装剤などに利用される石英微粒子(注4)の10分の1程度の毒性しかないことがわかった(図4)。この結果により、国際的な議論となっていたナノカーボンの毒性について、金属を含まないナノカーボンには細胞毒性はほとんどないという結論がようやく得られた(図5)。

最近、化学物質や食品の安全衛生に関わる国際的研究グループである国際生命協会(ILSIILSIジャパン)リスクサイエンス研究所(RSI)が、ナノ物質(注5)の安全性評価に際し、確定すべき九つの物性を提唱した。これまでカーボンナノチューブをはじめとするナノカーボンには、これらの要件を満たした標準物質がなく、グループ間での安全性評価結果の比較が困難であった。今回の研究では、 RSIが提唱するすべての物性を世界で初めて明らかにし、ナノカーボンの安全性評価に最適な標準物質をつくり出した。今後、この標準物質を利用した安全性評価研究が進展することが期待される。

この研究成果は、ドイツ化学会誌(Angewandte Chemie International Edition)のオンライン版で公開された。

用語解説

ナノカーボン:
フラーレンやカーボンナノチューブなどをはじめとする新しい炭素材料。電気的、機械的、化学的特性などに多様性を示し、次世代産業に不可欠なナノテクノロジー材料として、現在、世界中で最も注目されているナノ物質材料である。
カーボンナノチューブ:
飯島澄男教授が1991年に発見したナノカーボン。グラファイトシートが直径数ナノ(10億分の1)メートルに丸まった極細チューブ状構造を有している。
カーボンナノホーン:
飯島澄男教授らのグループが1998年に発見したナノカーボンの一種で、角(ホーン)状の不規則な形状を持つグラファイトからできている。その微細構造を利用した小型燃料電池の電極材料としての開発がNECを中心に進められている。
石英微粒子:
道路の舗装剤やシリコンゴムの補強材など、身の回りのさまざまな工業製品に使われるミクロ粒子。動物細胞に対する毒性が高いことが知られているが、加工法を工夫することで安全に用いられている。本研究で使用した石英微粒子の粒径は5マイクロ(100万分の1)メートル以下。
ナノ物質:
ナノメートルのサイズをもつ物質。既存の物質にない特性をもつことから次世代材料として期待されている。ナノ科学・ナノ工学の中心的物質。

論文情報

Hiroyuki Isobe et al., "Preparation, Purification, Characterization, and Cytotoxicity Assessment of Water-Soluble, Transition-Metal-Free Carbon Nanotube Aggregates", Angewandte Chemie International Edition に掲載 (doi: 10.1002/anie.200601718)