2006/8/11

新規植物ペプチドホルモンの発見

発表者

  • 福田 裕穂(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)
  • 澤 進一郎(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 助手)
  • 坂神 洋次(名古屋大学生命農学研究科 教授)
  • 堂前 直(理化学研究所中央研究所 チームリーダー)

概要

図1

図1:CLE ペプチドの機能と利用

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図2a

ペプチドなし

図2b

CLV3 ペプチド

図2:CLV3ペプチドにより分裂組織形成が抑えられた。

東京大学の福田裕穂教授を中心とするグループは、植物の葉や花の形成や維管束の分化を抑制する新規ペプチドホルモン群を発見し、Science 誌に2報の論文として発表しました。この発見により、植物の成長制御への新たな道が拓かれました(図1)。

解説

植物は、頂端分裂組織で葉や花を作り続けます。頂端分裂組織は、活発に分裂し細胞の量を維持する領域と、分裂活性が低く全体を統括する領域、あらたに葉や茎を分化させる領域とからなり、これらはバランスをとりながら、葉や花を作り続けます。この様な分裂組織でのバランス維持のための分子機構は、長い間謎のままでした。私たちは、2つの方法で、この絶妙なバランスをとるための鍵因子が 12 個のアミノ酸からなる新規ペプチドホルモンであることを発見いたしました。その1つ目の方法は、東大の福田裕穂教授・澤進一郎助手のグループによる植物の培養細胞を用いたバイオアッセイ系と理研の堂前直チームリーダーの精密な分析技術を組み合わせたもので、もう一つは名大の坂神洋次教授・近藤竜彦助手のグループが新たに開発した植物の組織を丸ごと使って微量なペプチドを同定する方法です。

植物中には CLE(注1)と総称される、部分的によく似た 30 種以上の遺伝子が存在します。これらの遺伝子の産物は 100 以上のアミノ酸からなるタンパク質として働くと考えられていました。しかし、東大・理研のグループが発見した CLE41/44 の遺伝子産物、および名大・東大のグループが発見した CLAVATA3(CLV3)の遺伝子産物は、いずれも2つのプロリンに水酸基の修飾をもつ、12 個のアミノ酸からなるペプチドでした。つまり、これらは一部だけが切り出され、小さなペプチドとして働くことがわかったのです。実際にこれらのペプチドを合成してその活性を調べてみると、CLE41/44 ペプチドは維管束分化を阻害して、未分化な状態に保つ活性を、CLV3 は花や芽の形成を押さえる働きのあることがわかりました(図2)。

これらの結果から、30 種以上ある CLE 遺伝子産物は最終的には 12 アミノ酸になって働くと考えられました。そこで、それぞれの働きが同じなのか違うのかを、合成ペプチドを作って調べてみますと、根の伸長抑制に働くもの、維管束の分化抑制に働くもの、葉や花の形成抑制に働くもの、未知の機能を持つものなどいくつかのグループに分けられることがわかりました。しかし分けたグループの中でもその活性に違いがまたあることもわかりました。したがって、CLE ペプチドは、重要かつ多様な制御を生体内で行っていると予想されました。このペプチドは 10-11M〜10-9M というきわめて低濃度で働きます。また、植物が共通して持つペプチドであると考えられます。従って、これを外から与えることで、植物の葉や花や根、さらには維管束の成長を人為的に制御することが可能になると考えられます(図1)。

なお、本研究は文部科学省の科学研究費補助金、特定領域研究「植物の軸と情報」(代表福田裕穂)などの支援を受けて行われました。

用語解説

CLE遺伝子:
シロイヌナズナ CLAVATA3 遺伝子、トウモロコシ ESR(embryo-surrounding region proteins) 遺伝子をはじめとする、部分的に似た領域(14アミノ酸相当部分)をもつ複数の遺伝子の総称。CLAVATA3 の CL と ESR の E を合成した。シロイヌナズナには31種類の CLE 遺伝子が存在する。このうち、CLAVATA3 は植物の分裂組織形成の最も重要な因子の1つで、細胞外のリガンドと考えられていたが、機能する実体がこれまで分かっていなかった。この CLE 遺伝子群には、線虫が植物に感染するときに植物の細胞を改変するために使用する遺伝子も含まれている。

論文情報