2005/4/19

世界最小の電波望遠鏡がとらえた星の母胎の形成

発表者

  • 岡 朋治(物理学専攻 助手)
  • 山本 智(物理学専攻 教授)
  • 永井 誠(物理学専攻 博士課程1年)

概要

図
図1

図1:可搬型18cmサブミリ波望遠鏡とその主要装置。(左上)500GHz帯超伝導SIS受信機、(左下)音響光学型電波分光計、(中央)パンパラボラで運用中の望遠鏡、(右上)望遠鏡主鏡、(右下)本体設計図。

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図2

図2:銀河系内域の炭素原子の分布・運動を示す炭素原子スペクトル線の位置-速度図と、銀河系渦状腕の軌跡。

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図3

図3:炭素原子/一酸化炭素分子スペクトル線強度比が特に高い領域の分布(赤太線)を、銀河系を上から見た図に直したもの。黒丸は大質量星が形成されている領域の分布。青太線は渦状腕の軌跡。

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東京大学大学院の岡朋治助手、山本智教授の研究チームは、世界最小で可搬型のサブミリ波望遠鏡(口径18cm)を開発した。それを使用して、南米チリの高地において銀河系円盤部の掃天観測に世界で初めて成功し、銀河系内の炭素原子の広域分布を明らかにした。その結果から、銀河系渦状腕(注1)の上流に炭素原子が特に多い領域を発見した。これは、星の母胎である星間分子雲(注2)が今まさに形成されつつある領域と考えられる。この成果は、銀河のグローバルな物質循環の一端をとらえた点で画期的なものである。

(1)これまでの研究でわかっていた点

我々の銀河系は、暗黒物質を除けば、その質量の約90%を二千億個にのぼる星々が占め、残りの10%は星と星の間(星間空間)に広がる希薄なガスや塵(星間物質)から成る。そして星はその星間ガスの特に濃い領域(星間分子雲)で形成されることが知られている。誕生した星はその進化の最終段階において、質量放出あるいは超新星爆発を起こし、また星間物質へと還元される。このように銀河系内の物質は、様々な相変化を繰り返しつつ星と星間物質の間を絶え間なく循環していると考えられている。

1970年、星間空間で初めて一酸化炭素分子(CO)のスペクトル線が検出されて以来、ミリ波帯の天体観測技術は急速に発展してきた。特に1980年代から90年代にかけては、星の母胎である星間分子雲とその中での星形成過程に関して急速に理解が進んだ。一方で、その前段階である星間分子雲の形成過程については、観測的には(富士山頂サブミリ波(注3)望遠鏡(注4)が稼働を始めた)90年代末までほとんど手つかずの状態であった。一般に、活発な星形成活動を伴う巨大な(数万〜数十万太陽質量)星間分子雲は銀河系の渦状腕上に分布する。故に、星間分子雲の形成に渦状腕が何らかの関与している可能性が指摘されていたが、その詳細なプロセスはこれまで解明されていなかった。

(2)本研究が新しく明らかにしようとした点

炭素は、水素、ヘリウム、酸素に次ぐ、宇宙で4番目に多い元素であり、我々生命の主要構成要素の一つでもある。星間空間の炭素は、希薄な星間ガス中では主に炭素イオン(C+)の形態をとり、濃密な星間分子雲中では一酸化炭素分子(CO)の形態をとる。しかし星間分子雲の形成初期には、比較的短い期間(〜数百万年)ではあるが、炭素原子(C)の形態をとる時期がある事が理論計算から予測されている。我々はこの点に着目し、炭素原子の放つサブミリ波スペクトル線(3P1-3P0:波長0.6mm:周波数492GHz)による銀河系円盤部の掃天観測を行うことによって、銀河系内において、星の母胎である星間分子雲が形成されている領域を捜索する事を計画した。

(3)そのために新しく開発した方法、機材等

このような観測を実現するため我々は、小型で可搬型のサブミリ波望遠鏡システムを開発した。この望遠鏡は、現在世界で稼働する電波望遠鏡の中で最も小さいものである。主鏡口径が18cmと小さいために解像度が低い一方で、広い領域を効率的に走査できる利点がある。また何よりも可搬型のため、世界中のあらゆる優良観測サイトに持ち込むことができるという特長がある。検出装置には500GHz帯の超伝導SIS受信機(注5)を新たに開発した。これには省電力型の小型機械式冷凍機を採用し、携帯発電機からの電力供給でSIS素子の絶対温度2.8度までの冷却を可能にした。

我々はチリ大学の協力を得て、この望遠鏡をチリのアタカマ高地パンパラボラ(標高4800m)に移設した。この場所は、建設準備が進められている日米欧合同プロジェクト、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)の建設予定地であり、現在各国のグループがサブミリ波観測の準備を進めている。2002年9月、他のグループに先駆けて、当地において初めて天体からの炭素原子サブミリ波スペクトル線(492GHz)を検出することに成功した。そして2003年9月から11月にかけて、この炭素原子スペクトル線による銀河系円盤部の掃天観測を行い、銀河系内域(太陽系よりも内側の領域)における炭素原子の広域分布を世界で初めて明らかにした。

(4)本研究で得られた結果、知見

この観測結果から、銀河系内域の炭素原子は、水素原子や一酸化炭素分子と同様に銀河系の回転に沿う運動をしており、大局的な分布は一酸化炭素分子のそれに酷似することが分かった。そして一酸化炭素分子の分布との詳細な比較から、銀河系内域の二カ所において、炭素原子/一酸化炭素分子スペクトル線強度比が特に高い領域を見出した。これらは4つある銀河系渦状腕のうち、「たて・南十字」腕と「じょうぎ」腕に付随し、銀河系の回転に対して渦状腕の上流側に隣接する。

銀河系の渦状腕を希薄な星間ガスが通過する際、ガスは渦状腕の強い重力場に捉えられて密度が上昇する。この際、主に陽イオンの形態にあった炭素は速やかに電子と再結合して電気的に中性な炭素原子となり、炭素原子は徐々に酸素原子との化学反応により一酸化炭素分子を形成するであろう。そうして数百万年の時間をかけて、ほぼ全ての炭素は一酸化炭素分子の形態をとるようになる。我々の結果は、この渦状腕通過に伴う「原子→分子」相変化の過程、つまり渦状腕との遭遇により星間分子雲が形成される瞬間を、観測によって初めて捉えたものである。

(5)研究の波及効果

この成果により、銀河系内のグローバルな物質循環の一部である星間ガスの「原子→分子」相変化の過程に、渦状腕という銀河系自身の大規模構造との遭遇が本質的な役割を果たす事が証明された。また同時に、星の母胎である星間分子雲の形成を調べる上で、炭素原子サブミリ波スペクトル線が有効なツールとなる事も示された。これらの成果は、この宇宙に無数存在する様々な銀河の進化を研究する上で、星間ガスの相変化という視点に基づく新たな観測的研究の端緒を開くものである。

(6)今後の課題

我々の銀河系で発見された渦状腕通過に伴う星間ガスの相変化は、当然他の銀河でも起こっているであろう。今後の課題としては、一般の銀河進化を包括的に理解するために、比較的近距離(数千万光年)にある系外銀河において同様の相変化を捉え、銀河の性質・形態(渦状腕の強さ、棒状構造の有無、等)との関連を調べる必要がある。その為には、2007年にも部分運用が始まるALMAの建設が待たれるところである。

さらに、宇宙初期の形成されて間もない銀河においては、殆どのガスが原子の状態にある事が考えられる。遠方からのスペクトル線は、宇宙膨張により長い波長(低い周波数)へとシフトする。したがって、遠方銀河の炭素原子サブミリ波スペクトル線をミリ波帯で検出する事が原理的には可能であり、現存する大口径ミリ波望遠鏡を使用して、その努力も続けている。

用語解説

渦状腕:
渦巻銀河(spiralgalaxy)を特徴づける構造で、銀河円盤部の星の密度が高い領域がつくる渦状構造のこと。渦状腕上には星間分子雲、大質量星形成領域が集中する。我々の銀河系には4本の渦状腕があると言われ、それぞれの代表的な星座の名前を取って「いて・りゅうこつ(Sagittarius-Carina)」腕、「たて・南十字(Scutum-Crux)」腕、「じょうぎ(Norma)」腕、「ペルセウス(Perseus)」腕と呼ばれている。
星間分子雲:
銀河系内の星と星の間(星間空間)には、1cm3あたり水素原子10個程度の非常に希薄なガスが広がっている。そして所々に、密度の高い(水素分子100-10000個/cm3)雲のような形態の領域が存在する。これを星間分子雲という。大きさは数〜数十パーセク程度、温度は絶対温度10度程度。典型的な質量は、数百〜数万太陽質量であり、特に数十万太陽質量のものは巨大分子雲と呼ばれる。星は星間分子雲中の特に密度が濃い部分で、重力収縮により誕生する事が分かっている。星間分子雲中のガス成分は、ほとんどが水素分子(H2)であり、次いでヘリウム原子(He)、そして一酸化炭素分子(CO)と続く。水素分子と一酸化炭素分子との個数比は、約10000:1である。
サブミリ波:
波長0.1-1mmの電磁波の呼称で、遠赤外線とミリ波の間にあたる。天体からのサブミリ波は、地球大気の水蒸気によって吸収されるため、地上からの観測は非常な困難を伴う。また受信技術も発展途上にあるため、これまで天体観測においては未開拓の波長域であった。サブミリ波天体観測の適地は、標高が高く乾燥している事が条件である。日本では唯一、冬季の富士山頂がその条件を満たす。
富士山頂サブミリ波望遠鏡:
東京大学大学院の山本智教授の主導で建設された、わが国で初のサブミリ波望遠鏡。1998年夏、富士山頂西安河原(標高3725m)に設置され、現在までほぼ順調に運用されている。主鏡口径は1.2mで、衛星回線を使用した完全な遠隔制御で観測を行う。炭素原子スペクトル線の観測に基づき、主に太陽系近傍の星間分子雲の進化過程について重要な成果を挙げている。
超伝導SIS受信機:
金属の超伝導効果を利用した受信機。その心臓部であるSISミクサー素子は、絶縁体を超伝導体でサンドイッチ状に挟み込んだSIS接合に生じるトンネル効果を利用して、受信された高周波の電磁波を取り扱い安い低周波数信号に変換する素子である。ミクサー素子は、運用に際し絶対温度4度付近まで冷却する必要がある。常温で動作する受信機に比べ、飛躍的に受信機の雑音を低く抑えることができるのが特徴で、主にミリ波帯の天体観測で使用される。