超短パルスの絶対位相制御、分子配向制御に応用
発表者
- 小林 孝嘉(物理学専攻 教授)
概要
東京大学大学院の小林孝嘉教授と、同研究室大学院生の足立俊輔氏は、絶対位相(注1)制御された超短レーザーパルスを用い、光ポーリング(注2)現象の効率を制御できることを世界で初めて示した。光ポーリング現象は、光通信やホログラフィックデータ記憶装置等の応用面から、広く興味を集めている。
近年、絶対位相は、X線波発生やイオン化などの過程におけるその重要性が認識され、耳目を引いている。更に絶対位相は、光周波数計測等の精密計測学においても非常に重要な役割を果たすことが示された。このような流れの中で、フィードバック機構を備えたレーザー装置の絶対制御技術、またそれらを光源とした絶対位相に依存した現象の解明が、広く興味を集める一分野として成長しつつある。
光ポーリング過程は量子干渉効果(注3)を用いた化学反応制御法の一種と考えることができる。ある周波数の光と、その2倍の周波数を持つ光とを同時に色素試料に入射することにより、その2種類の光吸収過程の量子力学的な干渉作用により、最終的に色素分子の配向が引き起こされる。既に実験的に、光ポーリング現象を使った光メモリー効果が確かめられており、更に今後見込まれる、光通信やホログラフィックデータ記憶装置等の応用面から、広く興味を集めている。
今回、小林教授らのグループでは、自動的に絶対位相が固定・制御されるような特殊なレーザー装置を開発し、その出力レーザーパルスを用い、光ポーリング過程により色素試料中に分子配向を引き起こし、光ポーリング過程の効率が絶対位相によって制御されることを示した。従来絶対位相は、時間的に非常に短い光パルスについてのみ意味のあるパラメータであり、かつ超高強度レーザーを用いないと測定できないと、専門家の間でも認識されてきた。今回、この二つの「常識」を覆して、弱いレーザーを用いて測定可能であることを示し、かつ極端に短いパルスでない場合にもその絶対位相が、反応効率に決定的な効果を示すことを実証した。
この成果の価値は、以上のことに加えて分子の配向制御により化学反応過程を制御し、反応生成物を高効率で得ることにもつながる新しい制御法を開発したことにより、絶対位相制御の有用性が更に高まったと言える。
用語解説
- 絶対位相:
- 絶対位相(搬送波位相)とは、「レーザー電場の包絡線(黒線)のピークに対する、搬送波(赤線)のピークの相対的な位相」として定義される(下図参照)。より厳密には搬送波包絡位相(carrier-envelope phase: CEPと略称されることが多い)と呼ばれる。↑
- 光ポーリング:
- 光ポーリング過程では、ある周波数(ωとする)を持つ光パルスと、その2倍の周波数(2ω)を持つ光パルスを同時に試料に入射する。これにより、2ωパルスの1光子吸収と、ωパルスの2光子吸収とが、競合する形で起きるため、それらが量子力学的に干渉する。この過程では、光子を吸収したことによる試料分子の電子励起が、配向依存性をもつ。このため、最終的に試料分子の配向が誘起される。↑
- 量子干渉効果:
- 量子的な系が可干渉性を持つ場合に、その部分系の間で波の様な干渉効果が起きる。本研究に置いては、光と分子との相互作用による遷移過程で下図に示す様に、例えば周波数ωの二光子吸収と、2ωの一光子吸収の二つの経路が考えられる場合、ヤングの二重スリットと同じように干渉が起き、ωと2ωの間の位相関係により建設的あるいは破壊的干渉が起き、励起状態が出来る効率がその位相関係によって変ってくる。このような干渉Welcher Weg (Which path) Interference と呼ぶ。↑