2005/3/31

酸素-15を用いたデオキシグルコースの超高速合成およびラットの全身PET画像撮影に成功

発表者

  • 中村 栄一(化学専攻 教授)
  • 西村 伸太郎(藤沢薬品工業(株)研究本部シニアリサーチフェロー、
    兼財団法人先端医学薬学研究センター 新薬研究開発部長)

概要

図1

図1:(a)酸素-15標識2-デオキシ-D-グルコース、(b) フッ素-18標識FDGの投与により得られたラット全身分布画像(投与後15分〜30分の平均画像、撮影には浜松ホトニクス社製小動物用PETカメラ、planar positron imaging systemを使用)。色の赤いところほどPET薬剤の集積が高いことを示している。

拡大画像

図2

図2:ヨード糖(1)を出発物質としたODGのウルトラ高速合成(反応時間3分、精製までの全工程7分)

拡大画像

東京大学大学院の中村栄一教授、藤沢薬品工業(株)の西村伸太郎シニアリサーチフェロー(財団法人先端医学薬学研究センター(注1)兼務)の共同研究チームは、半減期(注2)がたった2分しかない陽電子放出核種(注3)の酸素-15を用いて、糖の誘導体であるデオキシグルコースの超高速合成およびラットの全身PET(注4)画像撮影を世界で初めて達成した。糖は生命活動には欠かせないエネルギー源のひとつであり、その糖の代謝の様子をデオキシグルコースは観測できるため脳の活動やがん細胞を描出することができる。

PETは脳や心臓などの機能の診断やがんをはじめとする病変の発見を可能にする最先端画像診断技術である。PETでは目的に応じた放射性造影剤を生体に投与し、その体内分布を特殊なカメラで測定することにより断層画像を得ることができる。PET測定で通常使用される放射性同位元素は主としてフッ素-18、炭素-11、窒素-13、酸素-15などがある。しかしながら、PET測定を行う上で、これらの元素で標識された薬剤の合成が最も重要な課題となっている。その最大の理由として、これらの放射性同位元素の半減期が非常に短く、標識は極めて短時間で効率よく行わなければならないことが挙げられる。

中でも酸素-15はこれらの元素の中で半減期が最短の2分とあまりにも短く、PET造影剤の合成は困難を極めている。これまで酸素-15標識化合物としては、酸素ガスや水などがPET診断に広く利用されているものの、いずれも化学構造が単純で、有機化合物ではアルコール(ブタノール)以外世界では合成例が無い。酸素は生理活性物質に普遍的に見られる元素であり、一般的かつ簡便な酸素-15標識合成法の開発はPET技術の目覚しい進歩をもたらすものと思われる。

そこで今回、酸素-15標識有機化合物のウルトラ高速合成法の開発に成功し、この方法の応用例として、生体内の糖代謝イメージングを可能にすると期待される酸素-15標識デオキシグルコース(ODG)の合成にチャレンジし、世界で初めて成功した。実際に合成したODGをラットに投与すると、その体内分布は現在PETにおける糖代謝測定用薬剤として世界的に汎用されているFDGとほぼ同じであった。このように本手法は現段階で小動物でのPETイメージングに十分応用できるレベルであった。

鍵となる酸素標識法については、合成から精製、生体に投与できる製剤化までを短時間に行う必要があるため、標識反応が高速であるばかりではなく、クリーンでなければならない。さらに酸素-15ガスは前述のようにナノモルオーダーで製造され、窒素ガスで希釈された状態で供給されるため、超高効率で捕捉する必要もある。今回、小型円形加速器(サイクロトロン)によって製造された酸素-15ガスをODGの前駆体物質および反応試薬の混合溶液に通気させるだけでよく、非常に単純な操作系で実現した。本酸素化にはラジカル連鎖反応と呼ばれる手法を取り入れ、本手法をさらに高度化することにより非常に効率よく酸素を取り込むことに成功した。検討の結果、現在のところ全工程わずか7分での合成を達成している。

本手法は前述のように操作系が簡便なことからキット化も容易になるものと考えられる。また、FDGは半減期110分のフッ素-18で標識された薬剤であるが、半減期が110分と陽電子放出核種としては長いため、1日1回のみしか測定できない。15O標識デオキシグルコースは半減期が圧倒的に短いため、1日のうちに繰り返しPET測定が可能となり、医学・薬学研究などにおける実験のプロトコールが大きく広がり、PETの可能性を非常に高めるものと期待される。

この研究成果は、東京大学大学院理学系研究科の中村栄一教授の研究グループと財団法人先端医学薬学研究センターの西村伸太郎新薬研究開発部長のグループ、藤沢薬品工業(株)との共同研究によって得られたもので、ドイツ化学会誌(Angewandte Chemie International Edition)のオンライン版で公開される。

用語解説

(財)先端医学薬学研究センター:
石川県羽咋市に平成10年11月に開所した、石川県、藤沢薬品工業(株)、日本メジフィジックス(株)などの出捐によって設立された財団法人の研究所で、PETやMRIなどを用いた画像診断技術を用いた非臨床(動物)および臨床研究を推進している。
半減期:
放射性同位体が放射線を放射しながら崩壊するとき、元の原子数の半分が崩壊する期間。半減期が短ければ短いほど不安定な元素ということになる。しかしながら半減期が短ければ生体がその放射性同位体からの放射線にさらされる期間が短くなり、ある時点で同じ量の放射能でも被曝量は少なくなる。なお、三重水素(3H)、炭素(14C)、ウラン(235U)の半減期はそれぞれ12.33年、5730年、7億年である。
陽電子放出核種:
放射性同位体は放射線を出しながら崩壊するが、このとき電子の反物質である陽電子(電荷は電子とは逆のプラスで質量は電子と同じ)を放出するものを陽電子(ポジトロン)放出核種と呼ぶ。なお、三重水素と炭素-14は電子を、ウラン-235はα線を放出する。
PET:
PETとは、Positron Emission Tomography(陽電子放出断層撮像法)の略で、ポジトロン(陽電子)を放出するポジトロン放出核種で標識された薬剤(PET造影剤)を投与し、その体内分布をPETカメラを用いて映像化する新しい診断法である。ポジトロンは陽電子という名前のとおり、普通の電子と質量が同じであるが、電子とは反対の正の電荷を持っている。したがって、ポジトロンはすぐに負の電荷を持った電子と結合し、2本の光子を反対方向に放出して消滅する。この1対の光子をPETカメラを用いて測定することにより、11Cなどのポジトロン核種の体内分布を画像化することができる。PETでは生体の代謝や神経伝達といった生理学的、生化学的情報を定量的に得ることができ、ガンやアルツハイマー病の診断や脳、心臓などの臓器の機能評価に利用され始めている。