人工的なアミノ酸で未知のタンパク質を合成する技術の開発
発表者
- 横山 茂之(生物化学専攻 教授)
- 坂本 健作(生物化学専攻 助手)
概要
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京大学(佐々木毅総長)は共同で、動物細胞内で人工的なアミノ酸をタンパク質に導入し、細胞内で相互作用するタンパク質と結合させる技術の開発に成功しました。理研ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)タンパク質構造・機能研究グループの横山茂之プロジェクトディレクター、坂本健作チームリーダー及び東大大学院理学系研究科生物化学専攻の研究グループによる成果です。地球上のあらゆる生物は、DNAが持っている遺伝情報に基づいて、細胞内でタンパク質を合成し20種類のアミノ酸(グルタミン酸やメチオニンなど)からできています。この合成過程で「遺伝暗号表(注1)」に人工的なアミノ酸を付け加えると、望みの性質を持つアミノ酸をタンパク質の任意の部位に導入することが可能です(図1)。
今回、光を当てたときに共有結合(注2)を形成する人工的なアミノ酸(パラベンゾイルフェニルアラニン)を細胞の癌化に関わるタンパク質であるGrb2に組み込みました。このGrb2は細胞内で,正しい標的である上皮成長因子受容体と相互作用することが確認され、さらに、細胞に特定の波長の光を照射することで、受容体と共有結合によって架橋タンパク質を作ることに成功しました(図2)。
この技術によって得られる架橋タンパク質は、安定に回収することができ、これにより細胞内での働きが未知の標的タンパク質を捕まえることも容易になります。また、この技術そのものも、解析したいタンパク質の遺伝子を用意するだけでよく、人工的アミノ酸とともに培地に加えるだけでタンパク質の指定の位置に取り込まれます。このような簡便さは、多数のタンパク質相互作用のネットワークが関わっている癌化や遺伝病のメカニズムの解明にもきわめて有用だと考えられます。本研究は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として行われたものであり、本研究成果の詳細は、米国の科学雑誌『Nature Methods』のオンライン版(日本時間2月18日付)に掲載されます。
1. 背景
地球上のあらゆる生物は、DNAの持つ遺伝情報に基づいて、細胞内でタンパク質を合成します。DNAの塩基配列は、「遺伝暗号表」にしたがってアミノ酸の配列に翻訳され、20種類のアミノ酸からなるタンパク質ができます。この「遺伝暗号表」は、生物が何億年もの間維持してきた翻訳のルールブックにあたるものですが、近年の研究成果によって、この暗号表に人工的なアミノ酸を付け加えることが可能になってきました。研究グループの坂本健作チームリーダーらは、動物細胞の持つ遺伝暗号を改変して、動物細胞内において、人工的なアミノ酸をタンパク質の任意の部位に導入する手法を開発してきました(図1)。前述のように、自然界のタンパク質はわずか20種類のアミノ酸からできていますが、この技術を利用することで、21種類以上のアミノ酸からなるタンパク質を作ることが可能です。この人工的なアミノ酸は、自然界には無い独特の機能を持っていて、例えば蛍光を発したり、光を当てると特殊な反応をしたりします。このように、望みの性質を持たせたアミノ酸をタンパク質に導入することによって、全く新しい機能を持った「超」タンパク質を細胞の中で作り出すことができます。今回研究グループでは、光クロスリンク(注3)能を持つ人工的なアミノ酸であるパラベンゾイルフェニルアラニンを、動物細胞内でタンパク質に導入することに成功しました。このアミノ酸は、光をあてると付近の分子と反応して、共有結合を形成することが知られています。そこで、このアミノ酸を組み込んだタンパク質が細胞内で相互作用するタンパク質と共有結合を形成するかどうかを調べることにしました。
2. 研究手法と成果
DNAのもつ遺伝情報を「遺伝暗号表」に基づいてアミノ酸の配列に正しく翻訳するには、特定のアミノ酸を特定のtRNAに結合させることが必要です。これらを結びつける役割は、それぞれのアミノ酸に専用のアミノアシルtRNA合成酵素と呼ばれる酵素群が担っています。すなわち、遺伝暗号表に人工的なアミノ酸を付け加えるには、新たなtRNAと、新たなアミノアシルtRNA合成酵素を用意すればいいことになります。そこで、パラベンゾイルフェニルアラニンを新たなtRNAと結びつけることのできるアミノアシルtRNA合成酵素を用いて、細胞内でこのアミノ酸がタンパク質に組み込まれるかどうかを調べました。動物細胞内にアミノアシルtRNA合成酵素、tRNAを導入し、さらに人工的なアミノ酸を導入したい部位を変異させたヒトGRB2遺伝子を導入しておきます。さらに、培養液中にパラベンゾイルフェニルアラニンを加えると、細胞内において目的の部位にこのアミノ酸が組み込まれたGrb2タンパク質が生産されることが明らかとなりました。このGrb2は細胞内で正しい標的である上皮成長因子受容体と相互作用することが確認され、さらに、この細胞に特定の波長を持つ光をあてると、受容体と共有結合によって架橋されることが示されました(図2)。また、Grb2タンパク質の様々な部位にパラベンゾイルフェニルアラニンを導入した場合、このアミノ酸が受容体との相互作用部位の近くにある時だけ、両者が架橋されることがわかりました。これらのことから、Grb2と上皮成長因子受容体が、細胞内で適切に相互作用している場合には、両者が架橋されることがわかります。逆に、この方法でGrb2と架橋されたタンパク質は、細胞内でGrb2と適切に相互作用していたことになります。実際に、上皮成長因子受容体の他にも、細胞内に発現している多数のタンパク質とGrb2が架橋されることが見出され、この中に正しい標的が含まれていることがわかりました。このようにして得られた架橋タンパク質は、共有結合により強く固定されているので安定に回収することができ、動物細胞内でGrb2とどのようなタンパク質が相互作用しているのかを網羅的に調べることも可能であると考えられます。
3. 今後の展開
今回開発した、人工的なアミノ酸の導入による動物細胞内タンパク質間相互作用解析技術は、今まで明確に捉えることのできなかった動物細胞内でのタンパク質間の相互作用を、細胞に光をあてるだけで検出することができる画期的なものであり、また、基本的にどのようなタンパク質にも応用できます。この技術によって得られる多数の架橋タンパク質は安定に回収でき、未知の標的タンパク質を同定することも容易です。さらに、この技術のユーザーは、解析したいタンパク質の遺伝子を用意するだけでよく、人工的なアミノ酸は培養液中に加えるだけでタンパク質の指定の位置に取り込まれます。このような汎用性の高さと簡便さは、多数のタンパク質間相互作用のネットワークの包括的な理解につながり、多様なネットワークが関わり合う細胞の癌化のメカニズムの解明にもきわめて有用だと考えられます。
用語解説
- 遺伝暗号:
- デオキシリボ核酸の略語。糖とリン酸からなる二本の鎖がらせん状になり,その間をアデニン(A),グアニン(G),シトシン(C),チミン(T)の四種類の塩基がはしご状に並んだ構造を持つ。この塩基の並び方が遺伝情報として,「生命の設計図」を記述している。つまり,その塩基の並び方に基づいて特定のアミノ酸配列をもったたんぱく質が作り出される。↑
- 共有結合:
- 原子を結びつける化学結合の一つであり、強い引力を持つ。タンパク質は20種類のアミノ酸が並んでできているが、これらも共有結合によってつながっている。↑
- クロスリンク(架橋):
- 高分子中の特定の原子間に共有結合を形成させることをいう。生体高分子であるタンパク質どうしが共有結合でつながると、架橋されたことになる。特に光クロスリンクは、光をあてて初めて反応が開始されるために反応を調節でき、通常の化学反応では結合しないようなものとも反応するので、多くの利点がある。↑
論文情報
Nobumasa Hino et al., Nature Methods Vol.2 No.3 pp.201-206, 2005