磁石にくっつく新しい液体「磁性イオン液体」の発見
発表者
- 濵口 宏夫(化学専攻 教授)
- 林 賢(化学専攻 博士課程2年)

磁石にくっつく「磁性イオン液体」
概要
東京大学大学院理学系研究科化学専攻の濵口宏夫教授と林賢大学院生は、磁石に強く反応する新しい種類の液体「磁性イオン液体」塩化鉄(III)酸1-ブチル-3-メチル-イミダゾリウムを発見した。この液体は、プラスの電荷を持つ陽イオンと、マイナスの電荷を持つ陰イオンのみからなるイオン液体(注1)の一種で、磁石を近づけると上図に示すように強く引き付けられる。この発見の報告は、日本化学会「Chemistry Letters」誌の12月号に掲載される。
磁石に反応する流体としては、磁性金属塩(注2)の濃厚水溶液や、粉末磁石を懸濁させた油(磁性流体(注3))などが知られている。しかし、これらの流体は相として不安定であり、固体と液体に分離してしまうという難点があった。今回発見された「磁性イオン液体」は、これらとは異なり極めて安定で、全く揮発しない、燃えない、凍りにくいなど、イオン液体に特徴的な数多くの優れた性質を持っている。今回の発見は、「磁石は固体である」という従来の常識を大きく覆す「液体磁石」の創製など、従来考えも及ばなかった画期的な応用につながって行くものと期待される。現在、民間の試薬メーカーがこの「磁性イオン液体」の生産に着手しており、今後活発な研究開発競争が展開されるものと見られる。
濵口教授らは、イオン液体がイオンのみから構成されているにも拘らず何故常温で液体であるのかという基本的な問題の解明に取り組んでいるが、その過程で、イオン液体が従来の分子液体とは異なり、局所的な部分構造(注4)を持つという仮説にたどりついた。この仮説に従えば、磁性陰イオンを用いてイオン液体を合成すれば、特異な磁性が発現する可能性がある。そこで、イオン液体を構成する典型的な陽イオンである1-ブチル-3-メチル-イミダゾリウムイオン(bmim+(注5))と典型的な磁性陰イオンである塩化鉄(III)酸イオン(FeCl4-(注6))を組み合わせてイオン液体を合成したところ、磁石に強く反応する塩化鉄(III)酸1-ブチル-3-メチル-イミダゾリウム、bmim[FeCl4]、を得ることができた。
用語解説

結晶

イオン液体

液体
- イオン液体:
- 陽イオンと陰イオンのみから構成される塩であるにも拘らず常温で液体である一連の化合物をイオン液体(ionic liquid)と呼ぶ。常温溶融塩とも呼ばれる。通常の塩、例えば塩化ナトリウム(食塩)は、801度という極めて高い融点を持つが、イオン液体は常温で液体である。何故イオン液体の融点が異常に低いのか、その理由はまだ解明されていない。イオン液体は、高温安定性、不揮発性、高い酸化・還元耐性など通常の分子液体にはない数多くのユニークな特性を持っているため、環境調和型溶媒(グリーンソルベント)や新しい電気化学材料として強い興味が持たれている新素材である。我が国でも過去数年、研究が爆発的に進展し研究者数が急増している。今年の6月には「イオン液体研究会」(代表世話人:濵口宏夫東京大学大学院教授)が発足している。↑
- 磁性金属塩:
- 塩化鉄など、磁石になる金属のイオンを含んだ塩。↑
- 磁性流体:
- 磁石の極微粒子(10 nm程度)を界面活性処理することによって油などの媒質に分散させた複合磁性材料。もともと宇宙服のシール材としてアメリカで開発されたが、現在では未来の機能性ナノ材料として、医療(人工臓器、造影剤、ドラッグデリバリー)、エネルギー(電気エネルギー貯蔵)、機械(ミクロアクチュエーター、モーター軸受け)、情報(磁気表示素子)などの分野での応用の可能性が盛んに研究されている。↑
- 部分構造:
- 通常の分子液体では、分子同士の相対的位置は完全に乱雑であると考えられている。これに対して、イオン液体中では、分子に比較して大きな空間領域(おそらく数十ナノメートル)で構成イオンが配列している(部分構造を形成している)可能性が指摘されている。↑
- 1-ブチル-3-メチル-イミダゾリウムイオン(bmim+):
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- 塩化鉄(III)酸イオン(FeCl4-):
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