2004/8/26

ストレンジ・トライバリオンの発見

- 超高密度核物理学への道を拓く -

概要

用いた実験装置

用いた実験装置

表1

表1:素粒子の分類

基本粒子の質量は、ヒッグス機構により生み出されると考えられている一方で、クォークの複合粒子であるハドロンの質量はこの機構では説明できません。物質の質量のうち、99.9%は原子核の質量ですが、このうちヒッグス機構により説明できるのは、たかだかその質量の10%以下にすぎないことがわかっています。

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図1

図1:密度変化の理論予想図(土手・赤石等による)

左図が通常核、中央図が赤石・山崎等により当初理論予想された「K中間子により異常に強く束縛した状態」。右図の状態は、その後に理論計算されたもので、中央図の状態より重く、より不安定で、実験での観測は難しいと考えられました。原子核に限らず一般にどのような物でも、丸い形状の方が安定なので、中央図の状態が一番安定に実現すると予測されました。しかし現在は、アイソスピンという量子数の関係から、実際に発見されたのは「(電荷は異なるが)むしろ右図に近い状態である」と考えられています。丸くない方が安定なこと自身驚きです。また、図の右側に示した密度スケールから、この状態は通常の原子核(左図)に較べて非常に小さく収縮しており、極めて大きな密度を持つことが分かります。

図は、土手等の好意によりPhys.Lett.B590(2004)51等に基づく計算数値データをご提供いただき、そこから密度がすべての図で共通になるように新規に作成しました。

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図2

図2:物質のサイズの階層構造

物質のサイズの階層構造は、おおよそ図のようなものであると理解されています。しかし、10-12cm以下のサイズの世界は、まだ良く分かっているとは言えません。例えば、ハドロンはQCD(量子色力学)から、バリオン<qqq>やメソン<qq>ばかりでなく、<qqqqqq>や、<qqqqq>など多様な組み合わせが許されるはずですが、その存在はまだ確定していません。最近、Spring-8で見つかったΘ+は、<qqqqq>の状態(ペンタクォーク)ではないかと解釈されています。粒子の質量については、10-16cm以下の世界で、ヒッグス機構が基本粒子に質量を与えると考えられています。一方、10-13cmの世界には、また別の質量を与える機構が必要で、それがカイラル対称性の自発的破れと言われています。

出典:KEKホームページ「やさしい物理教室」

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図3

図3:カイラル対称性の自発的破れと相図(模式図)

「ハドロン質量がいったいどのように形成されるのか?」はヒッグス機構だけでは説明しきれない質量に関する長年の謎でした。この謎に答える理論的な説明は、初田・国広によって初めてもたらされました。クォーク対凝縮密度とハドロン質量の関係が、それを取り巻く物質の温度・密度によって変化することが示されたのです§。それによると、真空は「何もない」空間ではなく、「クォーク対」が凝縮した世界で、ハドロンはそのクォーク対に取り巻かれて質量を持つと言う訳です。そこで、密度の高い状態・温度の高い状態で、ハドロンがどのように振る舞うのかが、非常に高い関心を持って研究されています。今回の実験で新たに示された、物質の根源の探求方向を赤で示しました。低温・超高密度状態の物理の探求が新たなテーマとして考えられます。

初田哲男東大教授、国広悌二京大教授(PRL 55(1985)158-161,PLB185(1987)304)

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図4

図4:今回の実験の実験装置

KEK 12GeV-PS から得られるK中間子を液体ヘリウム標的に静止させ、K中間子の飛跡(赤)ヘリウム核との反応により生成する電荷を持ったπ中間子や陽子の飛跡(青)との交点から反応が空間的にどこで起こったかを決定します。この点から、NCカウンターで中性子や陽子(緑)を観測されるまでの距離と時間の関係(TOF法)により粒子の生成エネルギーが観測されました。

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図5

図5:観測された陽子の運動エネルギーから求めたS0の質量

図中の矢印が、今回発見されたS0に対応するピーク。赤のデータ点が、崩壊でπ中間子が観測された事象でこちらに強くシグナルが見えます。また、陽子との同時計測(青)と差があります。このことから、この状態の崩壊について議論することが出来ます。

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東京大学理学系研究科物理教室(早野研究室)、理化学研究所(岩崎研究室)、東京工業大学(岩崎研究室・中村研究室)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)をはじめとする国際研究チーム(注1)(実験責任者:岩崎雅彦(理化学研究所・主任研究員))は、KEKにおいて負電荷のK中間子とヘリウム原子核との反応で発生する陽子を観測することによって、世界で初めて、ストレンジ・トライバリオン(注2)(3115)-を発見し、その成果が“Discovery of a strange tribaryon S0(3115) in a 4He(stopped K-,p) reaction”というタイトルで、早野研究室の博士課程3年 鈴木隆敏を筆頭著者として、学術誌Physics Letters B Vol. 597 p. 263-269に掲載されました。

現在知られている最高密度の物質は原子核で(天体現象を除く)、これは陽子や中性子などが湯川の予言したπ中間子で結びつけられたものです。その密度は原子核によらず一定不変です。今回の発見は、K中間子(注3)(表1)を原子核内に埋め込むことによって原子核の構成要素が異常に強く束縛し、それに伴い自発的に通常の原子核密度を超える超高密度状態が形成されるとの理論的予言に従って解釈することができます(図1)。分かりやすく考えると、K中間子が“触媒”となって、原子核の構成要素である陽子や中性子を引き寄せられることで、超高密度のバリオン状態が作り出される訳です。

この成果は、これまで原子核の密度が一定不変とされてきた常識を覆し、K中間子が超高密度状態を作り出すことを見出したものです。また、素粒子の中でもハドロンは、それを取り巻く環境により質量が形作られると考えられていることから、不変と考えられてきたハドロン質量の変化を直接観測するというこれまでにない学問領域を拓くことも期待されます。今後の実験的・理論的研究の進展により、高密度天体現象や、ハドロン質量の起源の研究への貢献は非常に大きいと考えられます。

1. 背景

「素粒子がなぜ質量を持つのか?」は現在の物理学の最大の謎の一つです。この謎を解くため、物理学の分野では様々な研究が行われてきました。基本粒子に質量を与える鍵はヒッグス機構(注4)であると考えられています。これに対し、ハドロンに属する粒子の質量には、異なる階層(表1・図2)での独立な質量発生機構が求められています。このハドロン質量は、カイラル対称性が破れている(注5)ことを起源として説明できるのではないかと考えられてきました。このカイラル対称性の破れは高温や高密度状態では回復し、そうなるとハドロンの質量すら変わってしまう大きな変化(質量を持たない状態へと戻っていく)が観測されると考えられています(図3)。

このため、高温・高密度の状態を人為的に生成する実験が行われています(注6)。ただし、高温状態は極めて不安定なため、実験データの解析は困難を極めます。そこで、安定な高密度状態での中間子の性質を調べる実験も進展してきています(注7)。さらに、通常の原子核密度を超える高密度状態を作りそこに中間子を埋め込めれば、より理想的研究が可能であると考えられますが、必要な密度は極めて高く現実的でないと考えられてきました。これまで知られる最高の密度を持つものは、(超巨大質量の天体内部を除き)原子核であり、これはそれ以上圧縮することが出来ないものと考えられてきたからです。

原子核は、湯川秀樹がその存在を予言したπ中間子によって、核子(陽子および中性子)が束縛したものです。この原子核の中に、ストレンジクォーク(注8)を含む比較的安定なK中間子を埋め込んだ時に、どのような状態になるかは未知のままでした。この状況は、1997年に日本・カナダの実験グループが高エネルギー加速器研究所(KEK)において行った「K中間子水素原子分光実験(実験責任者:岩崎雅彦 (東大:当時))」の結果、核子とK中間子が極めて強く引きあうことが示されてから変化しました。これまで3つのクォークから出来ていると考えられてきたΛ(1405)という粒子が、陽子とK中間子が「強い相互作用(注9)」と呼ばれる力で束縛された状態である可能性が強く示唆されたのです。だとしたら、K中間子をより大きな原子核に埋め込むと、さらに強く束縛されるかもしれません。このような考えに基づいた、赤石・山崎等による理論計算の結果(PRC 65 (2002) 044005)、全体が非常に強く束縛された凖安定な状態が作られ、通常の原子核をはるかに越えた超高密度状態(図1)が自発的に形成されると予言されました。この予言でもたらされた束縛エネルギーや密度変化は、これまでの原子核に対する“常識”を根底から覆すものです。そこで、研究グループは、理論予測されたK中間子による超高密度状態を作り出す探査・検証実験を行いました。

2. 研究手法と成果

実験は、KEKの12GeV陽子シンクロトロンから得られるKをヘリウム標的に静止させることによって行われました。図4に我々の実験装置を示します。もしK中間子と原子核が非常に強くひきあうのなら、エネルギー的に安定になるばかりでなく、超高密度ストレンジ核状態が形成され、その際に、余ったエネルギーを持った陽子や中性子が原子核の中からたたき出されることになります。このたたき出された粒子の速度が分かると、逆にどのくらい安定な状態が作られたかが分かります。我々は、この速度を粒子の飛ぶ距離と時間の関係から求めました。陽子側で測られた速度を作り出された状態SOの質量に焼き直した図を図5に示します。質量が3115MeV/c2(注10)付近でスペクトルが大きく盛り上がり、K中間子と核子3つが強く束縛された電気的に中性な状態が作られたことが分かります。

もともとの赤石・山崎による理論計算では「K中間子の深い束縛状態として最も安定になり観測可能である」と理論的に予言された状態は電荷が1の状態で、反応したときに生成するのは中性子です。ところが、今回非常に高い統計で同定された状態は、陽子のエネルギースペクトルに観測されたもので、電気的に中性な訳ですから、どうしても陽子1つ中性子2つとK中間子(あるいは中性子3つとK0中間子)から出来たものであると考えないと数が合いません。

また、観測された束縛エネルギーは、もともと予言された状態と比較しても、2倍にも達するほど深く安定(注11)な極めて異常なものです。ちなみに、陽子や中性子の質量は、およそ940MeV/c2K中間子は、およそ500MeV/c2です。今回発見された状態は、K中間子と核子3つから出来ている訳ですから、全体としておよそ200MeV/c2も軽くなっている計算になります。束縛されているK中間子自身の質量と較べると、いかに凄まじく束縛されているかが、おわかりでしょう。もともと超高密度状態では、中間子などの質量変化のような現象が起こり得ることは期待されていましたが、それにしても極めて衝撃的です。

K中間子の深い束縛状態であると考えると、そこから導かれる結論はこれまでの「常識」とは極めてかけ離れたものですが、エネルギー的には最も自然ですし、現状では他の理由によってこの様な観測結果が得られるとする理論計算は有りません。また、理論的に予言された状態のもう一つの特徴である、超高密度状態が実際に形成されたかどうかについても、これほどの引力ですから、そう考えるのが自然ですが、現時点で実験的確証が得られている訳でもありません。このため、このような質量の状態が形成されたこと自身は間違いありませんが、この論文中では、これがK中間子の深い束縛状態であるとは必ずしも断定していません(このことについては、Q & Aで触れています)。

このように、観測されたエネルギー位置が理論予想を遥かに超えている問題や、なぜ理論から期待されていたものと逆の陽子側のエネルギースペクトルに、より深い状態が観測されたのかなどの多くの残された疑問は、今後の理論・実験に共通する火急のテーマとなっています。

3.今後の期待

今回の実験は、このような異常な超高密度ストレンジ核状態が実際に存在するかどうかについて、世界に先駆けてKEKで探査・検証したものです。この結果、理論的に予想された非常に大きな結合エネルギーをさらに2倍近くも上回る、驚くべき状態が発見されました。また、もともと理論予想された量子状態(注12)とは異なることも実験的に判明しており、この意味でも予想外の大変不思議な状態と言えます。

この成果は「これまで原子核の密度が一定不変とされてきた常識を覆し、K中間子が原子核の超高密度状態を形成することを見出した」とまとめることも出来ます。この意味で、密度の変化から質量の起源の解明に迫る新たな第一歩となりました。今後の実験的・理論的研究の進展により、不変と考えられてきた素粒子質量(ハドロン)の変化を直接観測するというこれまでにない学問領域を拓くことが期待されます。

また、宇宙では「クォーク星」の探査観測が続いています。中性子星は巨大重力によって形成されるのに対し、クォーク星は主に強い相互作用によって形成された、中性子星よりコンパクトな星であると考えられています。もしK中間子により超高密度状態が形成されるとすれば、クォーク星が実在するかどうかや、その生成過程の研究に重要な役割を担うはずだと考えられます。

用語解説

国際研究チーム:
日本、韓国(ソウル大)、米国(カーネギーメロン大)からなる研究グループで、論文著者は、以下に有る通り、日本人22名を中心とした29名です。
実験グループ(順不同)
理化学研究所
板橋健太、岩崎雅彦、松田恭幸、岡田信二、應田治彦、山崎敏光
東京大学
五味川健治、早野龍五、進藤美紀、鈴木謙、鈴木隆敏、Eberhard Widmann
東京工業大学
林剛史、石川和宏、片山武士、近藤洋介、中村隆司、佐藤将春、杉本崇、Attukalathil Vinodkumar、米山哲
高エネルギー加速器研究機構
石元茂、Patrick Strasser、鈴木祥仁、友野大
ソウル大学
HyeonChang Bhang、Hyoungyul So
カーネギーメロン大学
Gregg Franklin、Brian Quinn
ストレンジ・トライバリオン(超高密度ストレンジ核)S0(3115):
論文中での記法である、ストレンジ・トライバリオンはストレンジクォークを持ち、バリオン数(バリオン(表1)の個数)という量子数が3の状態であることを表しています。今回発見された状態は、これまで知られた粒子分類(素粒子・原子核など)の枠組みには必ずしも則さない、これまで知られていなかった全く新しい凖安定な状態であると考えられます。ですから,これは発見された状態を表すための造語です。また、K-中間子がストレンジクォークという通常の原子核にはないクォークを持ち込み、通常原子核を超える高密度を形成したと考えられることから、この説明文では超高密度ストレンジ核という表現もしています
K中間子:
中間子は、クォーク・反クォーク対で出来た素粒子で、核力(陽子と中性子を合成させて原子核を構成する力のこと)を媒介すると考えられており、π中間子、K中間子など多数あります。K中間子には、K,K,K0,K0の4種類があって、K中間子とは、このうちのK-またはK0中間子のことです。いずれも、ストレンジクォーク(注8)を持ち、真空中では別々の粒子として振る舞います。核物質内では、陽子とK-とは、中性子とK0にも容易に変化するため、両者をまとめてK中間子と区別せずに呼んでいます。
ヒッグス機構:
物理法則を記述する最も基本的なものは標準理論として知られています。この理論では、あらゆる粒子の「本来の」質量は0でなければなりません。現実の粒子の多くは質量を持つので、何らかの方法でこの理論の中でも粒子に質量を持たせられるような機構を考える必要があります。この為の、最も有力な方法がヒッグス機構と呼ばれています。しかし、これだけでは電子やクォークなどには質量を持たせられても、クォークで構成される陽子などハドロンの質量については、その10%以下程度しか説明できないことも知られています。
カイラル対称性とその自発的破れ:
カイラリティとは「右手」・「左手」のような向きの違いを表す概念のことで、カイラル対称性とはこのような方向の違いに関連したクォークの持つ基本的対称性の一種です。「右手」と「左手」の区別が厳密につく世界では、クォークやハドロンは質量を持てません。ところが、現実には粒子は質量を持っています。どうしたら、質量を持たせることが出来るでしょう?
さて、宇宙が現在のように冷えても、真空は何も無いからっぽの空間ではなく、無数のクォークと反クォークがペアを作って凝縮した一種の超流動状態になっています。これは、物質を極度に冷やすと、電子対がペア(クーパーペア)を作り、超伝導状態になるのに似ています。この複雑な真空中のハドロンは、凝縮したクォーク−反クォークペアにまとわりつかれ、「右」と「左」の方向感覚を失って、その結果、質量を獲得すると考えられています。これが、1960年に南部陽一郎博士により提唱された「カイラル対称性の自発的破れ」と呼ばれる概念です。
6:
たとえば、米国BNL研究所(BrookhavenNationalLaboratory)のRHIC(相対論的重イオン衝突型加速器)を用いた実験があります。
7:
通常の原子核密度媒質中での中間子の振る舞いについては、最近、π中間子について早野龍五教授(東京大学理学系研究科)等が非常に重要な成果を挙げています。また、φ中間子については延與秀人主任研究員(理化学研究所延與放射線研究室)等の研究の成果に注目が集まっています。
ストレンジクォーク:
強い相互作用を行う素粒子のことをハドロンといいます。このハドロンは、クォークと呼ばれる基本粒子や、その反粒子(反クォーク)からできていると考えられています。クォークのなかでも3つが特に軽く、アップ(u)、ダウン(d)、ストレンジ(s)と名付けられました。ストレンジクォークは、色々と奇妙な物理現象を引き起こすことから、その名がつけられました。もちろん、この発表に有るような奇妙な現象を引き起こすことまで予見してその名がついた訳では有りませんが。現在では、他に、チャーム(c)、ボトム(b)、トップ(t)を加えた6種類が存在すると考えられています。
強い相互作用:
「強い相互作用」と呼ばれる力は、非常に短距離(10-15m程度)にしかその作用は及びませんが、自然界に存在するなかで最も強い力です。この力はエネルギーによって全く異なった現れ方をするので、低エネルギー領域では核力(原子核を束縛させている力)と呼ばれ、そこではπ中間子が力を伝える主役であるのに対し、高エネルギー領域ではQCD(量子色力学)で記述され、そこで力を伝える主役はグルーオンと呼ばれています。
10:
質量の単位の一種。1MeV/c2は、およそ1.7x10-30kg。
11:
安定であると全体のエネルギーが小さくなり、質量として観測した場合には「軽く」なります(質量欠損として知られています)。ここでは、この質量欠損の方法で、発見された状態がどのくらい強く束縛しているか見てみましょう。例えば、ウランの場合、質量の変化はウラン原子核の約0.1%ぐらい、太陽エネルギーの源であるヘリウムの場合は、2個の陽子と2個の中性子の質量和の0.7%ぐらいが「欠損」します。つまり、ヘリウム原子核の重さは、原料となった陽子の4個の重さよりも0.7%だけ軽い訳です。数字自身は、小さいものですが、これが、いかに「膨大」なエネルギーの源であることはご存知でしょう。
今回発見された、状態でこの質量欠損の割合を求めると、実に約6%も軽くなっていて、ヘリウムの場合のおよそ10倍にも達します。どれほど異常で新奇な状態かお分かり頂けるでしょうか?
12:
状態を規定する物理量のこと。例えば、形状(図1)もその一種です。また、専門的になりますが、アイソスピン(T)と呼ばれる量子数も、観測されたもの(T=1)は、最も観測される可能性が高いと考えられたもの(T=0)とは異なっています。

Q&A

1. 何かの役に立つのですか?
これは、我々の宇宙とそれを形作る自然法則を理解したいという純粋に科学的な興味に基づく研究成果です。「クォーク星は有るのか?」とか「物質の質量はどのように生まれたのか?」といった疑問に答える際には「役立つ」と考えられます。
2. 凖安定ってほとんど壊れないと言うことですか?どの位の寿命を持つのですか?
このようなエネルギー位置に存在する状態としては、非常に安定ということは出来るのですが、およそ10−23秒より長生きであることが分かっただけです。ですから、もしかするともっとずっと長生きなのかもしれませんが、日常の時間のスケールとは較べられないほど短時間で壊れると考えられます。
3. このような物質の蓄積は可能ですか?
2.にあるように、非常に短寿命であると考えられるので、蓄積は考えられません。集めて実験が出来たら、非常に詳細なことが分かると期待されますが、残念ながら現実的ではありません。
4. 星の中心部分のような物を作って危険ではないのですか?
ありがたい(?)ことにすぐに壊れてなくなってしまうので、危険はありません。
5. 宇宙のどこかに、このような物質で出来たクォーク星って本当にあるのでしょうか?
あるかもしれませんね。発見された状態がK中間子の束縛状態であるなら、無いほうが不思議に思えますし、そのような夢想は楽しい限りです。クォーク星は重力ではなく、強い相互作用で作られる天体と考えられている為、非常に小さな質量のものが存在する可能性が有ります。ここで見つかったものも、ひょっとしたら小さなクォーク星の仲間なのかもしれません。
6. このような研究は日本でしかやっていないのですか?
現時点では、理論・実験とも、日本がリードしています。今後どうなるかはわかりません。
7. 日本でしか研究をやっていないということは、無競争ということでしょうか?
少なくとも、これまでの理論の枠組みに収まりきらない非常に不思議な状態が見つかったのは事実です。すでに実験的に検証しようとしているグループはありますし、理論的研究も急速に立ち上がろうとしています。K中間子の束縛状態であることが確立すれば、「クォーク星は有るのか?」とか「物質の質量はどのように生まれたのか?」といった疑問に答えを与える研究が多く進展すると思われ、熾烈な競争になることが予想されます。
8. ほかの方法で作ることはできるのですか?
基本的にストレンジネスを原子核の中に導入することが出来る反応を使えば、どの方法でも作ることは可能だと考えられます。
9. ヘリウムの次はその他の原子核ですね。その実現可能性は?
これは、すぐにでも試して見たいことですが、我々の方法がうまくいったのは、標的をうまく選んだからでもあるので、そう単純では有りません。多少時間がかかるかもしれませんが、これらの研究を通して、ハドロン質量の起源に答えられる研究が行えると考えられるので、是非実現したいと思っています。日本は、茨城県東海村にJ-PARCという新型の加速器研究施設を建設中で、そこで、多くの研究が進展すると期待しています。
10. K中間子1つで物質がそんなにも変わるのなら、たくさん入れるとどうなるのでしょう?
すばらしい質問です! まさに是非とも実現したい研究です。どのような方法で実験したらいいかは、これから良く考えなければなりませんが、実現の可能性は高いと考えています。

少し専門的な内容を含むQ&A

1. 最近、π中間子の束縛状態の研究が話題になっていますが、それとの関連は?
早野(東大)を中心としたπ中間子束縛核研究は、これまで中間子は原子核内には存在できないと言う「常識」を覆しました。πの場合、原子核とπ中間子を結合させる力は、電気的な力(クーロン力)であることです。πと原子核との間の強い相互作用は斥力的であり、πはどちらかと言うと核内からはじき出されつつも、その一部が核内にしみ込んでいると言った状態を作り出します。相互作用が斥力的なので、原子核自身は密度を含め変化しないと考えられます。一方、Kの場合は、強い相互作用自身が非常に強い引力なので、原子核内に溶け込み、その引力によって核の密度を高めると考えられています。
2. 質量の起源についてどのようなことが分かったのでしょう?
π中間子束縛核研究の場合には、一連の準位エネルギーの違いから、通常核密度の中でのπ中間子の質量変化をすでに導いています。ただし、中間子の媒質密度変化に伴う質量変化を見たくとも、特定の密度(通常核密度)での実験しか出来ません。逆に言えば、実験している(πの存在する)領域の物質密度自体は良く分かっています。K中間子束縛核(超高密度ストレンジ核)の場合には、より広い領域での媒質密度変化やそれに伴う媒質自体の性質の変化を研究できる可能性が有りますが、それぞれが変化するので、何がどう変化しているかの正しい理解には、より多くの実験的・理論的研究が不可欠です。この実験は、全く新しい研究の扉を開けた訳ですが、その詳細についてはこれから明らかになって行くことです。
3. 本当に「K中間子の束縛状態」といえるのですか?
論文の概要で触れたように、当初の赤石等の理論予想とは食い違う点が有ることは予想されてはいたものの、その差があまりに大きい実験結果なので、論文中で必ずしもK中間子束縛核と断定しなかった訳です。しかしながら、同時にこれと比較しうる詳細な理論計算は存在しないので、K中間子束縛核が最も素直な解釈であることに変わりありません。さらに、より精度の高い理論計算への取り組みが、赤石等を始めとして始まっています。
また、K中間子束縛核ではない解釈の可能性としては、例えば、9つのクォークがひと塊になったような状態(初田東大教授)やハイパートライトンと呼ばれている粒子と負電荷のπ中間子が束縛したもの(岡 東工大教授)という解釈の可能性があるといった指摘はありますが、いずれも詳細な理論計算はまだこれからです。また、これら他の解釈の可能性自体、非常に不思議で興味ある研究対象であることは間違いありません。
どのような物であると解釈するのが正しいかを含め、すべては今後の研究によって明らかにして行かなければならないことです。今回発見された状態に対する我々の理解が正しいことを、疑いの余地無く示す為の実験も計画しています。
ポジティブに考えれば、実験が理論に先行した、最近ではまれに見る実験結果であると考えることも出来ます。
4. 陽子側で見えたとのこととですが、中性子側はどうなっているのですか?
実験データの解析で、中性子側のスペクトルでもシグナルは見えていて、この結果については、webで公開され、ニュース等でご存知の方もいるかもしれません。ただし、中性子の検出が難しいことと、必要でない「ゴミ」の中性子を止めることが不可能であり、シグナルを示す為には複雑な解析が必要となる上、統計も大きくは有りませんでした。一方で、今回の陽子側のデータは、複雑な解析を行わなくとも、非常に高統計で明瞭に観測され、その存在自体は揺るぎないものです。
陽子側のデータは、中性子側で観測されたエネルギー位置よりさらに低く、完全に我々の想定外で奇妙な状態です。我々が現在考えているように、陽子側で観測されたものが、図1の右図に近い状態とすると、これは荷電状態に係わらず存在が期待されるので、逆に中性子スペクトラムの中にも同じエネルギー位置に状態が観測されなければならないことを意味します。また、中性子スペクトラムには初期の理論予想通りの図1の中央図に近い状態も存在することが期待されます。このように、当初我々が考えていたより、中性子側は遥かに複雑か想像を持つと考えざるを得えません。中性子スペクトラムをより良く理解する為に、さらに分解能が良く統計精度の高い実験を来年行おうと計画しています。