2004/5/17

物理学専攻の板垣直之助手、大塚孝治教授らのグループが、原子核が正三角形構造を取り得ることを示しました

発表者

  • 大塚 孝治(物理学専攻 教授)
  • 板垣 直之(物理学専攻 助手)

概要

図

3つのα粒子の周りを運動する中性子の密度分布

炭素-14 (14C)の原子核での三角形状態の様子。青い球の一つ一つがα粒子を表す。α粒子とは陽子2個と中性子2個からなる(ヘリウム-4の)原子核である。それらが、正三角形の頂点にいて、まわりにはさらに余分な2個の中性子が飛び回っている。その密度分布が色分けされて示されている。これら2個の中性子は、三角形の結晶的構造が安定するために必要である。

原子核は超ミクロな粒子であるが、形を持っている。これまで知られてきたのは球や楕円であったが、平べったい三角形のものがある事を見つけた。それは、星の進化のような超マクロな現象にもかかわるかもしれない。

この報告は4月9日付けの Physical Review Letters 誌第92巻14号に掲載された。

解説

原子核は原子の中心に堅いパチンコ玉の様に存在する小さな物体である。原子の世界がÅ(10のマイナス十乗メートル)という単位で特徴づけられる大きさを持っているのに対して、その中に存在する原子核はフェムトメートル(10のマイナス15乗メートル)というさらに10万倍も小さな単位で表される。原子の大きさを野球場に例えるならば、原子核は小さな土の塊か砂粒程度の大きさにしかならない。このような小さな原子核であるが、質量は電子の何千倍もの大きさを持っており、原子の全質量の大半を担っている。すなわち、我々が日々物体の重さと呼ぶものは、実はその大半が、我々が通常接する現象には顔を出さない原子核の重さなのである。原子核とは、超ミクロの世界の一点に大半の質量の集中した、超高密度物質と考えることができるのである。このようなミクロの世界を記述するには、通常の世界において良く成り立つニュートン力学ではなく、量子力学を用いた理論が必要となる。

この原子核をさらに細かく見ていくと、内部に構造が存在し、それが陽子・中性子といった粒子(核子)が数個から数百個集まってできた多体システムであることがわかる。このような原子核はどのような形を持っているのだろうか。1935年頃に、原子核は雨だれのようなものである、という液滴模型が提唱された。確かに、原子核を模型的に見てみると、水玉のようなものとも言える。水玉が表面張力で丸くなるのと似た理由で、原子核も球形になりやすい。これがベーテやワイゼッカーによって発展させられた液滴模型である。さらに細かく考えると、まん丸から少しずれていた方が安定な原子核がある、という事がレインウォーター、ボーア(量子論のボーアの息子)、モッテルソンらによって1950年頃に示された。いずれにしても、球とか楕円(体)とか、そのような形を原子核はしていると考えられてきた。

今回の研究では、原子核が全体として一つにまとまっているのではなくて、先ず小さなユニット(クラスターと呼ぶ)ができて、それらがある原子核では3個あり、三角形の頂点に来ることを示した。そのような形がこわれないようにするには、余分な中性子が重要であり、そのために三角形の結晶構造のようになることを示した。余分な中性子がある、というのは最近注目をあびている、エキゾチック原子核の特徴でもあり、それの性質は星の爆発や天体での元素の合成にも関係している。このように、核物理の現代的な発展の中で、20世紀に分かっていたのとは違った形の原子核の存在が21世紀に入ってはっきりしてきたのは、今後のますますの発展を期待させる。

下の図では、青い球のようなものが、上で出てきたユニット(クラスター)でその中身は陽子2個と中性子2個からなるヘリウム−4(4He、α粒子という方が多い)の原子核である。そのまわりに中性子がまとわりついていて、それらの密度の濃さを茶が濃く、緑が薄くと色分けされている。このような状態が炭素−14(14C)の原子核の中で、少し高いエネルギーではあるが存在する。ミクロな世界のスケールでは十分長い時間が経つと、電磁波を出して同じ原子核のもう少し安定度の高い状態へ遷移するのである。このようなほとんど安定な状態で三角形になる事を初めて示すことができた。

ここで、今回発表された研究を少し詳しく説明したい。上で述べたように、原子核は数個から数百という核子からなる量子システムであり、その運動を量子力学的に解明するのが原子核構造論と呼ばれる分野である。原子核を構成する核子は、全く無秩序な運動を行っているわけではない。それにはあたかも、原子中で原子核の周りを運動する電子の運動にたとえられる側面が存在する。電子の場合、中心に原子核が存在するために、電子は原子核との間に作用するクーロン相互作用のもたらすポテンシャルを感じながら、各々が独立な運動を行う。原子核の場合は、中心にポテンシャルの供給源が存在するわけではなく、それぞれの核子が核力と呼ばれる「強い相互作用」で平等に引き合っているのみである。ところが、すべての核子の間に作用する核力を積み上げると、結果として、あたかも中心にポテンシャルの源が存在するように書き表され、それぞれの核子は中心の周りを独立に運動するという描像が良く成り立つ。このような描像に基づいた殻模型は原子核の最もスタンダードな理論であり、原子核においても原子の周期律に似た性質が存在することを説明し、さらに実験で観測されたすべての魔法数(原子核が特に安定となる陽子や中性子の個数)を説明してきた(1963年度ノーベル物理学賞を受賞)。

しかしながら、「それぞれの構成粒子が独立に中心の周りを運動する」という描像は、原子核においては原子の場合ほど絶対的なものではなく、一方で原子核は豊かな形を持っているということができる。原子核は球形のみならず、楕円体に変形したり、回転をしたり、その表面が振動したりすることが知られている(1975年度ノーベル物理学賞を受賞)。

今回の研究においては、クラスター模型(注1)を考えることにより、原子核は正三角形というさらに豊かな形を持ちえるということを理論的に明らかにした。これは最近、実験的にも強い傍証が得られつつある。クラスター(葡萄の房の意味)模型は、殻模型とはある意味で相補的な関係にある。原子核中では各々の核子が独立に運動するとするのが殻模型であるが、クラスター模型では、強く結合したいくつかの核子からなる塊が、原子核中にいくつか現れるという模型である。たとえば、既に述べたように、ヘリウム(He)原子核はα粒子とも呼ばれ、2つの陽子と2つの中性子が非常に強く結合している。このようなα粒子が原子核中でいくつか存在して、原子核を構成するユニットになっているというのがαクラスター模型である。2個のα粒子同士の間に作用する相互作用は弱いために、独立したユニットとして原子核中に存在することが可能なのである。たとえば、炭素原子核(12C)は6つの陽子と6つの中性子からなっているが、その励起状態のいくつかが3つのα粒子からなると考えることで良く説明されることがこれまで数十年にもわたって議論されてきた。また、このようなクラスター構造は周辺の他の原子核でも成り立つと予言され、実験的な検証がなされてきた。しかしながら、残念なことに、3つのα粒子が正三角形を持った状態の存在は、理論的には示唆されてきたが、必ずしも実験的に確定されてこなかった。同時に、これまでのクラスター模型を用いた研究は、陽子の数と中性子の数が同等である、天然に存在する安定核に対するものがその大半であった。

そのような中で、最近の実験技術の発展もあり、原子核構造論は新しい原子核を巻き込んで大きな進展を見せている。特に、天然に存在する(β崩壊に対して)安定な原子核と比較して、中性子数が陽子数よりも多い中性子過剰核(注2)を加速器のビームとして人工的に生成することが可能となり、これらの新しい原子核の構造を明らかにする事は、初期宇宙や天体核物理とも関連して物理学上の重要な課題へと成長してきた。中性子過剰核まで研究の対象を広げると、これまでの殻模型で知られていた魔法数が変化する殻進化や、中性子ハロー構造など、原子核物理学の常識を覆す発見がこの十数年あまりにわたって続いてきた。我々はこれまで、この中性子過剰核において、原子核のクラスター構造は天然に存在する安定な原子核においてよりもさらに一層重要になる可能性を指摘してきた。

今回の論文では14C原子核の構造を解明した。これは天然に多く存在する12C核より中性子数が2つ多い同位体である(年代測定などに用いられる中性子過剰核)。この原子核の励起状態において、3つのα粒子が正三角形を作り、その周りを2個の中性子が運動する構造が安定に存在することを明らかにした。これらの2つの中性子が存在しないと、この三角形は安定しなくなる。それに対して、14Cでは、これらの2つの中性子が3つのα粒子の周りを運動することにより糊の役割をもたらし、比較的低い密度で存在していた3つのα粒子を結晶構造的な正三角形状態として安定に存在させられることを明らかにした。専門的には、中性子の軌道の記述には、原子・分子の分野で発展してきた分子軌道法(注3)を原子核へと適用した。この様子を表す模式図がPhysical Review Letters誌の表紙の絵に採用された。今回示唆された状態は実験的にも最近強い傍証が得られ、原子核において正三角形がはじめて確立することになる。このことは、単に原子核が単独で存在していた場合のみならず、中性子星のような核物質の性質を研究する上でも示唆を与えている。すなわち、これまで「α物質」は、低い密度の核物質で存在する可能性が示唆されてきたが、その周りに中性子が存在した場合、より結晶構造的に強固に存在することを示している。

なお、この研究は東京大学の2名以外に岡部成玄氏(北海道大学情報基盤センター)、及び、池田清美氏(理化学研究所)も参加しての共同研究である。また、大塚孝治は理化学研究所においても研究活動を進めており、特に、理化学研究所と東京大学大学院理学系研究科原子核科学研究センターとの間での大型核構造計算共同プロジェクトの一環としてこの研究は進められた。このプロジェクトの支援のもと、文部科学省科学研究費補助金特別推進研究「モンテカルロ殻模型」によって設置された大型計算機の使用によって数値シミュレーションが行われた。

用語解説

クラスター模型:
原子核が、強く束縛されたいくつかの部分系からなるとする核構造模型。殻模型の閉殻に対応した原子核は大きな束縛エネルギーを持ち、これらが部分系(クラスター)として全体の原子核中に局在する。原子核をα粒子の集合体で表したαクラスター模型のほか、20Ne核における16O+α構造など、さまざまなものが知られている。どの原子核のどの程度のエネルギー領域にどのようなクラスター構造が現われるかについては、緩い束縛に注目した池田ダイアグラムなどの仕事があったが、今回のような余分な中性子による三角形の結晶化は新たなものである。
中性子過剰核:
天然に存在しないβ崩壊に対して不安定な原子核で、特に天然に存在する核より中性子数の多い同位体。80年代半ばより、原子核破砕反応を用いた加速器実験により、中性子過剰核をビームとして生成し、その構造を詳しく研究することが可能となってきた。現在理化学研究所のRIビームファクトリーをはじめ、世界各地で次世代の中性子過剰核ビームを発生させる加速器施設が計画されている。
分子軌道法:
もともと原子・分子の分野で発展してきた手法で、複数の中心が存在した系の周りを運動する粒子の軌道を量子力学的に記述する方法。特に複数の原子のまわりでの電子の軌道を精度良くに記述する方法として発展してきた。電子の軌道は、それぞれの原子の周りの軌道の重ね合わせで記述する。これを原子核のクラスター模型へと応用し、2つのα粒子のまわりの中性子の軌道を記述する試みは70年代より始められていた。