理学部学生選抜国際派遣プログラム

第4回 National University of Singapore (NUS) & Nanyang Technological University (NTU)

シンガポールの教育システム

―海外からの優秀な研究者の誘致―

国名 人数[人]
シンガポール 21
中国 17
英国 10
ドイツ 10
インド 9
マレーシア 7
イタリア 6
フランス 5
その他 24

日本と比較して、今回訪問したシンガポールの大学は国際的である。特にPh.Dコースの大学院生や研究者に関しては、海外から研究の場を求めてシンガポールへと来た方が非常に多い。シンガポール国立大学のCenter for Quantum Technologyのスタッフ、大学院生の出身国は下の図表のようになっている。全109人中、最多となるのはシンガポール人で21人だが、中国人も17人とこれに迫る勢いである。このデータは事務職の方々も含んでいるので、事務職を除くと中国出身がCQTで最大となる。これは、シンガポールの理学系研究機関全般に言えることで、訪問したいくつかのラボでも中国出身の大学院生は非常に多かった。

彼らになぜシンガポールの大学院へ進学することを選択したか尋ねると、帰ってくる答えはだいたいいつも同じであった。それは、「中国では、大学院生に対する奨学金制度が充実していないが、シンガポールに来れば、衣食住に困らない程度の給付型奨学金(貸与ではない)は出る」ということであった。大学院生に関しては、この奨学金制度こそが、中国などの優秀な大学院生を惹きつける要素となっているようである。

大学院生同様、研究室のボス、あるいは研究所のリーダー格の人にもシンガポール出身の人物は意外と少ない。例えば、先のCQTの研究所長のArtur Ekert氏はポーランド人であるし、土曜日に訪問したバイオポリスのIMCBという研究所の所長Neal Copeland氏はアメリカ人だ。これは日本では考えにくいことではないかと思う。現在、IMCBで研究室を持ち、がんについての研究をされている伊藤嘉明先生はこれに関連して次のように述べられていた。

「組織のトップにアメリカやイギリスで教育を受けたトップクラスの研究者を持ってくる理由の一つはもちろん、優秀な研究者を引っ張ってくれば、良い研究ができるだろうということです。それに加えて、彼らは英語ができる。英語ができるというのは、単純に研究についてのコミュニケーションが英語でとれるということではなく、あらゆるコミュニケーションにおいて英語を使っていてまったく不自由を感じないという意味です。シンガポール人は英語が話せますから、組織内でのコミュニケーションには困らないですし、何より欧米の企業の幹部とのコミュニケーションに困らないということがあります。つまり、研究所のトップに欧米のトップクラスの研究者を据えることによって、関連する欧米の企業の拠点をシンガポールへ誘致するときにきわめて有利に働くということなのです。」

資源の乏しいシンガポールでは、人々の働きによって何らかの「価値」を作り出さなければたちまち貧しくなってしまうという危機感がある。グローバル化が進む中で、全世界的に有力な企業の拠点をシンガポール誘致するというのは非常に重要なことになっている。そのような産業的な要請の流れの中で研究者の誘致も戦略的に考えられている。

それでは、なぜそのような優秀な研究者はわざわざ欧米からシンガポールへと移ってくるのだろうか。まずは、シンガポールの住環境がある。今回の訪問でも感じたことだが、シンガポールの街は非常に衛生的であり、近代的である。加えて、英語が話せれば日常生活でもコミュニケーションをとるのに苦労はしない。欧米人にとって、シンガポールは自国と大きく変わらない生活を送れる場所となっている。これに加えて、整備された研究環境や高給を提示することによって、シンガポールは積極的に優秀な研究者を誘致してきたのだ。

(山中)

―充実する奨学金制度―

では、シンガポール国内の教育システムはどのようなものなのであろうか。

シンガポールは資源を持たない小国である。また、複数の民族が共存することから、国を維持するために教育は大変重要な問題だ。国家予算に占める教育費の割合が防衛費に次いで第二位であり、政府が教育に重点的に投資していることがわかる。シンガポールでは小学校から厳しい選抜が行われ、優秀な生徒をエリート教育するシステムが整っている。シンガポールの基本的な教育制度は、小学校 (Primary School) 6年、中学校 (Secondary School) 4年、ジュニアカレッジ (Junior College) 2年、大学 (University) 4年というコースである。進学するたびごとに選抜のシステムがあり特徴的であるが、ここではシンガポールの初等・中等教育については触れない。シンガポール政府のホームページに詳しい記載があるのでそちらを参照されたい。

シンガポールに大学は3つある。私たちの訪れたシンガポール国立大学 (National University of Singapore) および南洋理工大学 (Nanyang Technological University)、そしてシンガポール経営大学(Singapore Management University)である。以下、NUSとNTUの学部・大学院の特徴について、実際に私たちが訪れて感じた印象とあわせて考えていく。

まず、2大学の学部課程について見ていこう。両大学とも、アメリカの工科大学のシステムを積極的に取り入れたカリキュラムである。そのため基本的な授業の仕組みはオーソドックスなものであり、東大の場合と大きな違いは無いようであった。東大には教養課程があるため開講される時期が半年~1年遅いという違いはあるものの、物理学科の場合であれば力学、電磁気学2~3講義、量子力学3講義、熱・統計力学2講義、学生実験、そして最後の年の卒業研究といった具合である。それぞれの講義も、アメリカのように宿題が大量に出て毎週追われる、という感じでもないようだった。

しかしながら、優秀な学生が先端の研究に参加できるシステムは大変整っているようだ。3月4日に南洋理工大学を訪れた際、CN Yang Scholars Programmeのメンバーが私たちを迎えてくれ、交流する機会があった。CN Yang Scholars Programmeとは、ノーベル物理学者のCN Yangにちなんで設立された、NTUの理学部・工学部学生のための選抜プログラムである。彼らは奨学金を受けられるのに加え、理学部・工学部の教授の下で学部1・2年のうちから自分の好きな研究をすることができるのだ。メンバーは皆自分の研究テーマをもち嬉しそうに語ってくれるのには驚いた。先端の研究に触れることで基礎を学ぶモチベーションも上がる。また、幅広い分野のメンバーが学部を超えたつながりを持ち、お互いいい刺激になっているそうだ。

一方東大の1・2年生といえばまだ教養学部に属し、進学振り分けでようやく専攻が決まる時期だ。私は教養教育は非常に重要だと思うし、将来について深く・幅広く考える駒場の2年間は貴重な時間だと思う。ただ一般的にいって駒場のうちは学生はあまり勉強しない上、進振りが先に進んで勉強したい学生の壁になっているのも事実だ。そして専門に入り本郷に来ると、建物、講義は分断されて他の学部・学科とのつながりが希薄になってしまう。CN Yang Scholars Programmeのような制度は東大の教養課程・学部課程を改善していくヒントになるのではなかろうか。

次に、大学院について見ていこう。優秀な研究者、大学院生を世界中から集めるという点については海外編も参照していただきたい。

シンガポールのPh.Dの大学院生は、様々な奨学金制度に恵まれている。例としてシンガポール国立大学で最もメジャーなNUS Research Scholarshipの内容を見てみよう。(1シンガポールドルは65円程度)

1.授業料全額

一年当り 11,230 シンガポールドル

2.給付金

ひと月あたり 2,300 シンガポールドル(Ph.D認定試験を突破すると+500シンガポールドル)
条件なし(卒業後の勤労などについて)

Ph.Dの大学院生ほとんどがこの奨学金を受けているそうだ。他にも何種類か奨学金があり、より基準が厳しい分給付額も大きい。授業料を全額出してもらえる上、給料ももらえる。生活費の安いシンガポールでは十分生活していける額である(というか東京が高すぎる)。ある一人の中国からの留学生は、既に結婚していて、奨学金で家族を養っているそうだ。私が訪問した研究室では、卒業研究で入ってきた学部生のほとんどがPh.Dへの進学を希望していると言っていた。経済的に安定して落ち着いて研究に取り組める環境に心からあこがれを抱いた。

また、シンガポールの大学院は世界中の学生を積極的に呼び寄せている。実はシンガポールの大学院生の大半が中国からの留学生だそうである。私が訪問した二人の教授Prof.Kuok, Prof.Fengの研究室は全て中国からの留学生で占められていた。図らずも私たちESSVAPメンバーもかなり熱心な勧誘をうけた。NUSの初日に物理学科5人でラボを回ったのだが、はじめに教授から私たちのためだけに大学院の説明会をしてくださったほどだ。奨学金制度が充実し、レベルの高い研究が出来るシンガポールには世界中から学生が集まってくる。それは留学生にとってのみならず、シンガポール出身の学生にとっても非常に有意義な場所となっているのだろう。東大の場合、留学生の数は非常に少ない。生活費が非常に高い上、日本語の壁も厚い。留学生がスムーズに入って来られるよう、奨学金の充実と、全授業の英語化は早急に実施すべきだ。留学生が増えることは大学を活性化し、日本人学生のモチベーションを高めることにつながる。

(鈴木)