理学部生海外派遣プログラム

第2回 Cambridge & Oxford Part.2

University of Cambridge

雰囲気とシステム

図2

King's College Chapel

「百聞は一見にしかず」とはよく言ったもので、ケンブリッジ大学の風景の美しさは幼い頃から聞いたことがあるが、実際に自ら訪れてようやく歴史上の数多くの詩人が心打たれ、ここで詩を詠んだ理由が分かった。800年の歴史を持つケンブリッジは73人のノーベル賞受賞者を育て、今でもたくさんのイギリスの伝統を残している。私たちはビクトリア時代の雰囲気が漂う古いゴシック式の建物に囲まれ、ケンブリッジの街中を歩いていた。ここでは学生の移動手段は自転車で、重そうなリュックを背負って自転車に乗っている若い人々の姿もケンブリッジでは欠かせない風景になっていた。このように歴史がある町中を歩いていると、すれ違った学者が議論しているのが耳に入ったが、それは余計な修飾がなく、鮮明なリズム感を持つ正統なイギリス英語であった。

ケンブリッジで一番輝かしい建築物は King’s College Chapel で、1446年にヘンリー六世によって建てられ、戦争で何回か工事が止まり、1515年にようやく完成した。4人の建築家が建設に携わったが、壁の彫刻における微小な違いを除くと、全体的にうまく統一感が達成されていた。四方の壁の三分の二が色ガラスに覆われ、聖書の話に沿って絵が描かれていた。

私達は幸運なことにここで聖歌隊の歌をこの耳で聞く機会が得られた。日没後の暗い中、二列に並んだキャンドルで光らせたチャペルはさらに荘厳な雰囲気に満ち、オルガンの演奏、牧師の朗読、聖歌隊の歌声に浸っていた私はやっとケンブリッジの人たちの生活が分かったような気がした。ここでの学生と学者達の生活は、「魂がチャペルにあり、頭脳が図書館にあり、肉体が食堂にあり」と言われている。最初は、「魂がチャペルにあり」という言い方は宗教的な色彩が濃くて、どうしても納得いかなかったけれど、この雰囲気に囲まれ、聖歌隊の歌声に浸っている私はようやくその話の本当の意味が分かったような気がした。ここにいる人たちは、それぞれ純粋な信仰を抱いている。科学自体ももちろんこの信仰の一種である。都市の喧騒から離れたこの静かなケンブリッジで、学者達が心を落ち着けて、世俗に侵入されない神聖な信仰地で学問を追及している姿勢に感動した。

King's College Chapel の向かい側に Great St Mary'sという教会があり、ここの住人によると、ケンブリッジの学生は Great St Mary's から半径3マイル以内に住むという暗黙の了解があるらしい。この暗黙の規則はケンブリッジの学制に深く関係していて、8週間を一学期とする区切りは学生達の集中力を要求している。

有名な学者を輩出する Trinity College の中を歩きながら、色々な偉人が思い浮ぶ:理髪師のパラドックスを持ち出した数学者 Bertrand Arthur William Russell、落ちたりんごから重力をのアイデアが得られた物理学者 Isaac Newton、哲学者の Francis Bacon、詩人の George Gordon Byron 及び皇室の王子 Charles など。31名のノーベル賞受賞者、25名のオリンピック金メダリスト、五人の国家首相を育てたTrinity Collegeはいまでも世界中のカレッジの模範である。Trinity College の正門の右側の芝生の真ん中に一本の木が立っており、この木がニュートンに重力のアイデアを与えたという伝説がある。物理学の歴史に大きく貢献したニュートンがなくなってからすでに300年近く経ってしまったが、このリンゴの木は学説と同じように今でもこの世に残っている。Trinity College はヘンリー八世によって建てられ、広い中庭 (the Great Court) の真ん中にエリザベス時代の噴水があり、有名なロマンチシズム詩人である Byron はいつも学校の決まりを無視し、この噴水池で泳いでいたというエピソードがある。

(張)

グループ訪問・個別訪問

キャベンディッシュ研究所
図3 図4

Cambridge 大学の物理学科の活動は町の北西にすこし離れた Cavendish lab で行われている。ここには日本の教授、准教授、助教に相当する Staff が65人、ポスドク140人、大学院生(博士課程)265人、大学院生(修士課程のみ)3人、学部学生460人が在籍しており、物理に関係した研究・教育活動が行われている。

Cavendish は世界で1番有名な物理の研究機関の1つで、総勢24人ものノーベル賞受賞者を輩出している。Cavendish lab の創立は、自分の部屋で研究に没頭してその成果を世間に公表しなかった変わり者として有名な科学者 H. Cavendish の遠い親戚である W.Cavendish の寄付が発端となっている。初代教授として Maxwell を迎え入れ、その後もJJ. Thomson, Rayleigh, Bragg, J Watson, F Crick, Josephson 等の物理を学ぶ人ならば1度は聞いたことのある有名な物理学者が集まる、物理学の中心的存在として機能してきた。

Cavendish lab は非常に広大な土地を持っており、さながら日本でいう茨城県あたりの研究所を思わせる雰囲気であった。研究所内にはたくさんの建物があり、そのうちのいくつかには人の名前がつけられており、Mott, Rutherford 等の building があった。また現在新しく Centre for the Physics of Medicine を建設中だ。

現在、Cavendish には11のグループが存在しており、それぞれのグループのリーダーの下に、教授、准教授、助教たちが研究室をもって活動している(イギリスでは助教も研究室をもてる)。今回主に訪問してお世話になったグループは以下の通りである。

○ Biological and Soft System (BSS)

Prof Eugene Terentjev 氏の研究室へ Zhang がindividual visit で訪問しました。この先生は液晶やカーボンナノチューブや生体物質の性質に関する研究をしている。このグループの一部は新しくできる Centre for the Physics of Medicine で研究をする予定である。

Theory and Quantum Systems
・Atomic, Mesoscopic,and Optical Physics (AMOP)

Michael Kohl 氏の研究室へは Individual Visit の際に物理学科の4人で訪問した。この先生は冷却原子気体やボースアインシュタイン凝縮 (BEC) の実験的な研究をなさっている。先生には実験をしている部屋を見せていただき、研究紹介をしていただいた。

・Quantum Matter (QM)

Malte Grosche 氏の研究室へは Individual Visit の際に物理学科の4人で訪問した。この先生は超高圧、強磁場、低温という極限環境での物性実験を行っている。先生には研究紹介をして頂いた後、3個ほどある実験室を紹介して頂いた。

・Theory of Condensed Matter (TCM)

Mike Payne 氏の研究室への Individual visit で遠藤と Nguyen が訪問した。先生は計算物理学を研究なさっており、特に密度汎関数法に関する研究をなさっている。先生には密度汎関数法や最近の研究について紹介していただいて、そのあとにセミナーに参加させていただいた。

Surfaces, Microstructure、and Fracture (SMF)
・Surface Physics Group

Dr Holly Hedgeland 氏は表面構造および表面でのダイナミクスをHe3スピンエコー法により研究している。Group Visit では Hedgland 氏の実験室を見せて頂き、測定原理等について説明して頂いた。

・SMF Fracture and Shock Physics Group (SS)

Bill Proud 氏には加速空洞を紹介して頂いた。この空洞で機械物性を測定してスペースシャトル、宇宙船、戦車等をつくる物質の強度物性等の測定を行っている。Proud 氏には Group Visit で Cavendish 内や museum を半日かけて紹介していただき、お昼までご一緒した。

このほかにも様々なグループが存在しており、すべてのグループの紹介が研究所の2階に張られている。また2階の廊下の一部が museum となっていていますそこには1年に1度撮影される Cavendish lab の集合写真が100年分以上飾られており、また有名な実験装置のレプリカ等が展示されていて、歴史を感じさせる建物であった。

(遠藤)

個別訪問
・Dr Michael Kohl (Atomic、Mesoscopic and Optical Physics Group、Cavendish Laboratory)

Michael Kohl 先生はとても若い方であったが、Cavendish Laboratoryに務める前にアメリカを含む各国で研究を行ったことがあり、経験に富んでいる先生であった。彼は原子ガスのボーズアインシュタイン凝縮に関連する研究を行っており、現在進行中の実験室を案内していただき、異なる波長のレーザービームを作る光学システムと解析システムについて詳しく紹介していただいた。光学台に大量のレンズやエキスパンダーが載せてあり、Kohl先生によると、この複雑な光学システムを組み立てる作業は全部修士一年目の学生達が試行錯誤しながらやっていて、通常一回組み立てるのに一ヶ月間かかったそうである。

実験装置の中で特に印象的だったのは地熱、地面の振動などを防ぐための新しい装置台の導入で、実験の精密度を大幅に上げることが可能になった。実験の話以外に、Kohl先生の学生時代の過ごし方や将来の研究者のあるべき姿勢などについて聞くと、色々とアドバイスをいただいた。

・Dr Malte Grosche (The Shoenberg Laboratory for Quantum Matter、Cavendish Laboratory)

Quantum Matter グループは低温物性グループと超伝導における学際的な研究センターを連合させて2004年に新しくでき、有名な低温物理学者David Shoenberg先生にちなんで名付けられている。

最初に、Grosche 先生がこのグループの主な研究である極限状態下(低温、強磁場または高圧)の超伝導物質の探索方法について説明してくださった。まず、極限状態で磁性の相転移点付近で新奇な物質の振る舞いを調べ、その後普通の状態に持っていくという手法であった。物質探しは大変だが、その探索の過程はパズルを解いているような楽しい研究であるとおっしゃった。

実験室の様子を見せていただいたところ、高圧条件で使われるサンプル(コイル)は非常に小さく、細かい作業が必要であった。見たところ、実際の測定よりサンプル作りに長い時間が費やされたみたいであった。これからの目標の一つとしてはサンプル作りの自動化を実現することであると Grosche 先生がおっしゃった。

・Professor Eugene Terentjev (Biological and Soft Systems、Cavendish Laboratory)

BSS グループは主に物理学、生物学及びナノサイエンスに跨がる学際科学について研究を行い、2004年から新しくできた。このグループは10個の研究室を持ち、それぞれ違う研究テーマをやり、合わせて約70人の大規模な研究グループである。ここの学生及び研究者達は大体物理学科出身で、物理学の手法や測定技術を生物学の分析や医療関係に応用し、いろいろな新しい分野にチャレンジしている。

Eugene Terentjev 先生の研究は理論と実験を両方含み、理論のほうでポリマーネットワーク(ジェルの動力学、緩和と膨張)、液晶(コロイドへの発展とトポロジー的な欠陥)などをやり、実験のほうで新しい合成物の作製(形状記憶材料となっている液晶状のエラストマー及びナノチューブ)やそれらの構造についての光学的考察などをやっている。

彼自身の研究以外に他の研究室でやっていることについても色々と紹介していただいた。特に印象深かったのは Optical stretcher という新しいレーザー装置を用いて行う研究であった。この研究では、レーザービームで生物細胞を変形させ、弾性を調べる。その弾性の大きさの分析によって細胞骨格の性質を調べ、将来癌細胞の診断に使うことを目指している。この他にIRレーザービームの導入で神経の再生を可能にする研究や、新しいイメージング装置の開発、機能的な薄膜におけるパターン形成など新奇な分野がたくさんあった。

来年 BSS グループは全体として、Cavendish Laboratory で新しくできる部門である Physics for Medicine に移る予定であり、今後ますます医療界で活躍すると期待されている。

(張)

・Dr Michael Kohl

Dr Kohl は冷却原子気体やボースアインシュタイン凝縮の研究をなさっており、ごく最近 Reader(日本でいう助手)に就任したばかりの若手の先生だ。Kohl の研究室には染谷、遠藤、Nguyen、Zhang の4人で訪問した。着任したばかりなので稼働している実験室は1つしかなかったが、そちらの方で実験装置等を紹介していただいた。この実験は外部からの輻射による熱流入を防ぐために1秒以下の実験時間で原子気体の冷却から実験の測定までを行うそうだ。この研究室では半導体レーザーを自分たちで組み立てたり、使用するミラーの個数を最小にするために最適化を PC で行ったり、ミラーの角度調整をしたりと作業的に大変な面もあり、実験装置をくみ上げるだけでも数ヶ月程度の時間がという。また先生に東大の物理学科の先生をご存じか伺ったら、上田先生は知っているようだったが、ほかの先生は知らないようであった。

・Dr Malte Grosche

Dr Grosche は極限環境での物性測定、特に高温超伝導、金属絶縁体転移等関連の物性実験を行っている。Dr Grosche の研究室には染谷、遠藤、Nguyen、Zhangの4人で訪問した。今回は de Haas-van Alphen 効果を使った Fermi 面の測定用の実験装置、高圧発生装置と測定用コイル等を見せて頂いた。極限環境での物性を評価するためにいろいろな測定方法を用いているようであった。先生はドイツ出身の方であったが、ネイティブと思わせるほどに英語は流暢であって、こちらの気が引けるほどであった。

・Prof Mike Payne

Prof Payne は計算物理、特に密度汎関数法に関連した手法について研究をしている。はじめに密度汎関数法の基礎になる Hohenberg-Kohn の第一定理の証明、および Hohenberg-Kohn の第二定理を紹介していただいた。密度汎関数法はエネルギー期待値が電子密度の汎関数となることを利用して、その電子密度を様々に動かすことで基底状態のエネルギーと電子密度分布を求めるのに非常に強力で、普通ならば指数的に計算量が増える量子多体系の計算を非常に楽にできることを丁寧に説明して下さった。また密度汎関数法の応用として、単層グラファイトがゆっくり裂けるときの裂け方のパターンのシミュレーションを紹介していただき、励起状態を計算できない、ダイナミクスの計算には向かない等の現在での問題点も説明していただいた。先生は非常に早口であったが、非常に理路整然と説明していただいたので非常にわかりやすく有意義な時間であった。僕たちのvisitの後にちょうどセミナーがあったので1時間ほど参加させていただいた。発表している人は博士~ポスドクの人らしく内容は非常に難解であった。内容としては、密度汎関数法による励起状態の計算、超流動-絶縁体転移のシミュレーションなどであったと思われる。

(遠藤)

・Dr Michael Kohl (AMOP Group、Cavendish Lab、Department of Physics 、University of Cambridge)

(物理学科の学生4人が一緒に参加した)

まず、Kohl 先生は BEC の実験の組み合わせを私たちに見せてくださった。これはそれぞれ違う波長をもつレーザービームを発生するための光学システムを含み、Bose-Einstein 凝縮 (BEC) 状態を作るため、原子ガスを Trap や冷やす所として真空 Chamber が加えられている。

次に、先生は私たちの質問を親切に答えてくださった。例を挙げると、「なぜそれぞれ違う波長をもつレーザービームが必要か?」、「周りの高温の環境の中で極低音の原子ガスを守るためにどうすればよいのか?」、「周りの振動の影響を避けるためにどうすればよいのか?」、「よい物理実験学者になるためにどうすればよいのか?」など。

Kohl 先生は2007年に Cambridge 大学の物理学科に入ったばかりの、たいへん若い物理学者である。先生は MIT の Wolfgang Ketteller の研究室で博士学位を取った。先生の物理に対する情熱や学生に対する親切さはよく印象に残った。

・Dr Malte Grosche (Quantum Matter Group, Schoenberg Lab, Cavendish Lab, Department of Physics、University of Cambridge)

(物理学科の学生4人が一緒に参加した)

Grosche 先生は2007年10月に Cambridge 大学物理学科に入ったばかりである。Quantum Matter グループ低温物理学グループと Interdisciplinary 研究センターの組み合わせで最近(2004年)創設された。まず、先生は私たちに今までグループがやってきた研究について説明した。それは高圧や低音の極条件の下で強磁性と常磁性の境に沿って起こる相転移を含む。他には、重いフェルミ粒子の材料などがある。

次に、先生は私たちをグループ内の実験室を周り見せてくださった。これらの実験室は電気コイルを使って高圧の作成から伝道ホール効果を使い、いろいろな材料のフェルミ面の形を求めることまでさまざまなことをやってきた。 Grosche 先生も Cambridge 大学物理学科の若い先生である。先生は日本の先生との共同研究、特に材料の作成技術分野における研究をよくやってきたと話した。

・Prof Mike Payne (Theory of Condensed Matter Group, Cavendish Lab, Department of Physics, University of Cambridge)

(遠藤さんと一緒に参加した)

Payne 先生の研究には密度関数理論(DFT)の作成と応用がある。話の前半では先生はまず「古典力学と比べて量子力学の難しさは、特に多体問題においてどこにあるか?」という質問から出発して、DFTの基本的な概念や原理について説明した。

次に、先生は私たちに定常的に行なわれているゼミに参加させてくれた。途中から参加したが、内容はほとんどまだ勉強していなかった事項であったため、よくわからなかった。更に、ゼミが非常に早い英語で行われたことも困難の一因となった。ゼミでは、数人の学生(大学院生だろう)がそれぞれあるテーマについて発表してから、他の学生や先生からの質問があった。今回のゼミのテーマには計算方法や光学量子相転移などあった。ゼミの内容はよくわからなかったが、ゼミの雰囲気は非常によかった。

(グエン)

・Tony Shortさん

全員で見学した Cavendish Lab. から徒歩10分ほどのところに Applied Mathematics and Theoretical Physics (AMTP) の建物がある。Cavendish は実験物理の研究室が中心に集まっているので、大半の理論物理の研究室はここに入ることとなる。

この建物で、Tony Short さんに話をうかがった。所属は Centre for Quantum Communication (CQC) である。4月からの私の専門である量子情報理論を研究されている方である。とても気さくで話しやすい方であり、1時間の予定のところが2時間もお相手していただくこととなった。

具体的には、主に Quantum Thermodynamics と Bell's Inequalities についての話をうかがった。特に前者が興味深く、統計力学でカノニカル分布を導く際に用いる「平均をとる」という controversial なステップを避けてほぼ同じ結果を得るというものであった。

途中、飛び入りで同僚の R. Spekkens さんにも Reference Frames という自分にとって新しい概念についての話をうかがえた。群論を用いる分野ということで、興味を持てる領域がまた1つ増えた。

(染谷)

・Dr Michael Kohl (Atomic、Mesoscopic and Optical Physics Group、Cavendish Laboratory)

Michael Kohl 先生はとても若い方であったが、Cavendish Laboratory に務める前にアメリカを含む各国で研究を行ったことがあり、経験に富んでいる先生であった。彼は原子ガスのボーズアインシュタイン凝縮に関連する研究を行っており、現在進行中の実験室を案内していただき、異なる波長のレーザービームを作る光学システムと解析システムについて詳しく紹介していただいた。光学台に大量のレンズやエキスパンダーが載せてあり、Kohl 先生によると、この複雑な光学システムを組み立てる作業は全部修士一年目の学生達が試行錯誤しながらやっていて、通常一回組み立てるのに一ヶ月間かかったそうである。

実験装置の中で特に印象的だったのは地熱、地面の振動などを防ぐための新しい装置台の導入で(東大でまだ使われていなさそうで)、実験の精密度を大幅に上げることが可能になった。実験の話以外に、Kohl 先生の学生時代の過ごし方や将来の研究者のあるべき姿勢などについて聞くと、色々とアドバイスをいただいた。

・Dr Malte Grosche ( The Shoenberg Laboratory for Quantum Matter、Cavendish Laboratory)

Quantum Matter グループは低温物性グループと超伝導における学際的な研究センターを連合させて2004年に新しくでき、有名な低温物理学者 David Shoenberg 先生にちなんで名付けられている。

最初に、Grosche 先生がこのグループの主な研究である極限状態下(低温、強磁場または高圧)の超伝導物質の探索方法について説明してくださった。まず、極限状態で磁性の相転移点付近で新奇な物質の振る舞いを調べ、その後普通の状態に持っていくという手法であった。物質探しは大変だが、その探索の過程はパズルを解いているような楽しい研究であるとおっしゃった。

実験室の様子を見せていただいたところ、高圧条件で使われるサンプル(コイル)は非常に小さく、細かい作業が必要であった。見たところ、実際の測定よりサンプル作りに長い時間が費やされたみたいであった。これからの目標の一つとしてはサンプル作りの自動化を実現することであると Grosche 先生がおっしゃった。

・Professor Eugene Terentjev (Biological and Soft Systems、Cavendish Laboratory)

BSS グループは主に物理学、生物学及びナノサイエンスに跨がる学際科学について研究を行い、2004年から新しくできた。このグループは10個の研究室を持ち、それぞれ違う研究テーマをやり、合わせて約70人の大規模な研究グループである。ここの学生及び研究者達は大体物理学科出身で、物理学の手法や測定技術を生物学の分析や医療関係に応用し、いろいろな新しい分野にチャレンジしている。

Eugene Terentjev 先生の研究は理論と実験を両方含み、理論のほうでポリマーネットワーク(ジェルの動力学、緩和と膨張)、液晶(コロイドへの発展とトポロジー的な欠陥)などをやり、実験のほうで新しい合成物の作製(形状記憶材料となっている液晶状のエラストマー及びナノチューブ)やそれらの構造についての光学的考察などをやっている。

彼自身の研究以外に他の研究室でやっていることについても色々と紹介していただいた。特に印象深かったのはOptical stretcher という新しいレーザー装置を用いて行う研究であった。この研究では、レーザービームで生物細胞を変形させ、弾性を調べる。その弾性の大きさの分析によって細胞骨格の性質を調べ、将来癌細胞の診断に使うことを目指している。この他に IR レーザービームの導入で神経の再生を可能にする研究や、新しいイメージング装置の開発、機能的な薄膜におけるパターン形成など新奇な分野がたくさんあった。

来年 BSS グループは全体として、Cavendish Laboratory で新しくできる部門である Physics for Medicine に移る予定であり、今後ますます医療界で活躍すると期待されている。

(張)

地球科学科、セドウィック博物館
図5

Sedwick museum の恐竜骨格

Cambridge 大学の Department of Earth Sciences は、約40人の教員、約45人の研究スタッフで構成される専攻で、世界的に著名な地球科学研究者を数多く擁している。

Alan Smith 博士から、まず専攻の概要を説明していただいた後、プレートテクトニクスや地震、火山など固体地球科学の基礎を、1時間弱で講義していただいた。私達がイギリスに来る直前に、イギリスでは25年ぶりの規模となる地震 (M5) が発生しており、タイムリーな話題になったと言える。

専攻の建物の2階には、地球科学的な試料を展示する「Sedgwick 博物館」があり、1時間ほどかけて見学した。5億年以上前のエディアカラ動物群から始まり、アンモナイト、恐竜など、膨大な化石が時代ごとに展示されていた。特に博物館入口近くには、高さ5m以上のイグアノドンの完全骨格が置かれ、博物館の目玉展示となっている。また展示の一部には、進化論で有名なチャールズ・ダーウィン(Cambridge 大学卒業生)がビーグル号航海 (AD1831-1836) で収集した化石・岩石もあり、Cambridge 大学における科学の伝統が実感された。

個別訪問
・Professor Harry Elderfield

Elderfield 教授は、海洋化学・古海洋学の分野において、世界的権威の1人だ。最近の顕著な業績としては、過去の海水温が海底堆積物中の有孔虫(CaCO3 の殻を作る海生原生動物)殻の Mg/Ca 比から、過去の海の栄養状態が有孔虫殻のCd/Ca比から、それぞれ分かることを示し(それぞれ2000年の Nature に掲載)、古海洋学を大きく進展させた。

まず、Elderfield 教授の半生を簡単を振り返っていただいた後、最近の業績について、その発見に至った過程を聞いた。例えば Cd / Ca 比の研究成果は、列車の中ではたと思いついたという。「『1日何時間研究していますか』という研究者への質問は意味がない。研究者は列車の中でも、ビーチにいても、いつでも研究のことを考えているものだ」「発見は、試行錯誤と偶然の中間地点に存在する」といった言葉が印象的だった。

その後、ラボを案内していただいた。全体的に、分析機器が非常に充実していたことが印象的だった。まず、CaCO3 などの酸素や炭素の安定同位体比を精密に分析する機器(質量分析計)を4台も所有していた(cf.東大地惑には同様の分析機器は1台)。しかも、これから新たに2台を購入する予定だという。その他にも、ICP-AES や ICP-MS といった微量元素分析機器(前述の Mg / Ca 比などを測る)も所有していた。化学処理を行うクリーンベンチも、5台所有していた。

また、分析機器だけでなく、人員も充実している様子だった。学生は3人だが、研究員は6人、技術職員が5人もおり、見学中も6人以上が同時に作業を行っていた。技術職員の不足が問題になっている日本の大学とは、対照的と言える。

・Professor Dan McKenzie

McKenzie 教授は、1960年代にプレートテクトニクス理論(近代地球科学における最大のパラダイムシフトとされる)を作り上げた研究者の1人だ。

まず、McKenzie 教授の半生を簡単に振り返っていただいた。特にプレートテクトニクス黎明期のころの詳しい話に関しては、教授自身が当時のことを回想した文書を、訪問後にメールで送っていただけた。McKenzie 教授がプレートテクトニクスの論文をまとめたのが1967年、24~25歳のころ。今の私とほぼ同年代のころに歴史的研究を成し遂げたことに、戦慄を感じざるをえなかった。

その後、最近~現在の研究テーマ(リソスフェアの構造とメルトの生成)について聞いた。私は固体地球科学が専門外で勉強不足だったため、各研究テーマにあまり突っ込んだ話ができなかったことが悔やまれる。

(山口)

生化学科

Department of Biochemistry は School of Biological Sciences に属し、40人以上の principal investigator がいる Cambridge でも最大級の学科である。生物物理、コンピュータ、細胞、組織学的手法等により生物の基本現象を研究している。

たんぱく質立体構造解析に使われるNMR、X線装置を見学し、たんぱく質立体構造に基づく研究例の紹介を受けた。

NMR (案内人 Dr Bill Broadhurst and his Japanese postdoc Takashi Ochi)
共用の NMR 装置を2台見学した。NMR装置から発する強い磁気が他の実験に影響しないように、1階分の緩衝空間を隔てた地下に設置されていた。また Cambridge 最大の800MHzの NMR 室では、回転灯が点灯し安定な電力供給を常に確認できるようにしていた。
NMR によるたんぱく質立体構造解析の原理の説明と、試料調整や測定手順などNMR実験の概説を受けた。
X線発生装置 (案内人 Dr Matt Higgens)
X線発生装置と自動結晶化装置を見学した。東京大学理学部3号館では、危険なX線の防護のために装置をアクリル板で囲んでいたが、Cambridge 大学生化学科では、防護板で部屋を仕切って複数の装置を置いていた。たんぱく質結晶を顕微鏡で観察した。
研究例の紹介 (案内人 Dr Matt Higgens)
X線結晶解析によって求めたたんぱく質立体構造を元に、鎌状赤血球症の治療法を探る研究の紹介を受けた。赤血球の糖鎖への結合力と結合部位の構造の関係を調べていた。

(山田)

ゴードン研究所
図6

Wellcome / CR UK Institute for Cell Biology and Cancer (後のGurdon Institute) は、1989年、発生・がん研究の促進を目的に設立された。この建物は出来るだけ研究室間の交流を促せるようにデザインされており、その中にはいくつもの独立した研究グループが集められた。

2004年から5年にかけて、研究者たちは新築の研究棟に移り住んだ。それとともに「Wellcome / CR UK Institute for Cell Biology and Cancer」は「Gurdon Institute」と改名されることになった。「Gurdon」という名は、分化した体細胞核に全能性があることを最初に示し、体細胞核移植実験の礎を築いた John Gurdon 博士に由来する。

Gurdon Institute には18もの研究室があり、各研究室は大まかに、group leader, research associates, research assistants, graduate students, technicians and secretary から成っている。殆どの研究室員は大体朝9時から18時ころまで働いている様子であった。

また、この Gurdon Institute は、この歴史ある Cambridge 市の中心部近くに存在する「Cambridge大学理学部エリア」の真ん中に位置している。

この建物を外からパッと見ると伝統的なレンガ様式の建物に見えるが、中は清潔なコンクリート壁で覆われ、最新の電子機器が敷き詰められている。建物内には小さな購買やティールームがあり、研究室員たちはそこで紅茶とサンドウィッチを片手に、気軽にディスカッションが出来るようになっているのだ。

こうした様々な機器や設備に加えて、研究者のサポートシステムも充実している。そんなシステムの一つが、細胞培養液などのよく使う溶液のストックを、研究者の代わりにテクニシャンの人たちが調製しておいてくれる「キッチンシステム」である。(このシステムは英国やアメリカのような国々では一般的に採用されているが、日本の大学や研究所ではあまり導入されていない。)

こうした素晴らしい環境やサポートシステムは、Gurdon Institute の研究室によって生み出されてきた優れた成果の一端を担ってきたのであろう。

(加藤)

個別訪問
・Magdalena Zernicka-Goetz lab (Gurdon institute)

ポスドクの Samantha Morris 博士が研究室を案内してくれ、彼女の研究テーマの結果を見せてくれた。この研究室ではマウス初期胚の発生に興味をもって研究している。1個の受精卵から1000個近くの胚になるまで、盛んな細胞分裂と細胞の移動によりマウスの胚は劇的に成長する。しかし、この過程における細胞や分子レベルの研究は全く進んでいない。Morris博士はGFPを発現したトランスジェニックマウス胚を観察することで、細胞がいつ分裂し、どこへ移動し、どのような機能を持つのかを研究している。とても鮮明なマウス胚の動画を使って、彼女が発見した初期胚の面白い性質を紹介してくれた。例えば、細胞膜をGFPでラベルしたトランスジェニックマウス胚の動画では細胞の分裂したり動く様子がはっきりと見えた。Morris博士によると分子メカニズムはまだわかっていないが、様々なトランスジェニックマウスを作ってこの課題に挑戦しているそうだ。彼女の研究紹介は動画がきれいだっただけでなく、マウスの初期胚の異なる蛍光で4種類の物質を標識して同時に観察したいという夢があると話してくれたことが印象的だった。

・Masashi Narita lab (CrUK Cambridge)

成田先生が自身の研究テーマである「セネッセンス」について教えてくれた。セネッセンスとは細胞が様々なストレスによって非可逆的に細胞周期を停止した状態を言う。セネッセンスがガン抑制に重要であることから、セネッセンスの分子メカニズムを解明することで新しいガンの治療法を見つけたいということであった。先生はさらに日本と世界の研究をしている学生の違いについて話され、日本の学生は実験をする能力は非常に高いが発表や議論する下手であると言われた。また、日本の学生は専門分野についての独自の展望「ビッグピクチャー」を描くのが大事であると主張していた。

(ジ)

・Dr Takahiro Matsusaka at Prof John Pines lab
紹介
培養細胞の蛍光顕微鏡観察に優れ、細胞分裂の制御機構を研究している。
目的
日本に比べヨーロッパでは、顕微鏡を用いた研究が特に盛んである。そこで、視野を広げるために、顕微鏡観察に拠った研究の切り口や解析法、研究生活を伺い、また生化学や遺伝学研究スタイルについて顕微鏡研究者の考えを伺った。
内容
Dr Izawa に研究室を案内してもらい、Dr Matsusaka に Cafe で話を伺った(1時間)。Pines 教授は学会で不在だった。
考察
施設
部屋間にドアがない、つまり仕切りのある大きな一部屋でメンバー約10人が研究していた。ドアがないため移動しやすい。通路は共用実験机の後ろだったため、実験者や備品が邪魔して混雑していた。顕微鏡観察に特化しているためか、実験机の周りに多くの顕微鏡というシンプルで整然とした部屋だった。
研究体制
postdoc 中心のため、各人が得意の技術を用いて実験する、研究の役割分担が感じられた。顕微鏡で観察すれば、時空間の多くの情報が得られ、生化学実験に比べ仮説の想起や検証がしやすい。しかし解像度が低く、生化学実験のように分子相互作用の直接的証明は難しい。そこで両方の手法を使い補完しようと考えるかもしれないが、当研究室では2つに労力を割くのではなく、得意な顕微鏡観察に絞ってそこで最高の仕事を出そうと試みる。ここでも研究の役割分担の発想が感じられる。観察対象は観察前に候補を削るのではなく、優先順位を付けるらしい。
アドバイス
長期休み等に海外で研究を体験してみる、実験は数年後、独立後のテーマを意識する。
・Dr Masanori Mishima
紹介
細胞質分裂を研究している。
目的
腕だけでなく研究に対する姿勢も尊敬すべき研究者として紹介していただいた。
内容
研究所内の協力や交流を奨励する制度、細胞質分裂研究法について教わった(3時間)。大学院生を紹介して頂き、研究生活やテーマ、将来の計画について話した。
考察
研究体制
細胞質分裂を制御可能な機構を考え、その仮説を検証する実験を行う。仮説の各部分を確かめる最適な実験をするため、共同研究や様々な手法を組み合わせて行う。そのため、努めて見聞を広めている
大学院生との会話
Max Douglas君はオックスフォード大学で学び、大学院から三嶋研で研究している。Cambridge の日本人留学生は、Cambridge より Oxford の期末試験が大変と言っていたが、Max君は全く大変でなかったらしい。互いに実験について説明した。彼の研究室選択の理由や興味、将来の目標が具体的で明確であり、考えに軸を感じさせた。これにより自信も生まれる。

(山田)

・Dr. Erick Miska (Gurdon Institute、Cambridge)

Dr. Erick Miska は Cambridge 大学の Gurdon Institute のグループリーダーの一人で、線虫を使った microRNA についての研究を行っている。microRNA は15年程前に発見された、生物の生存に必要な制御システムの一部であり、現在の分子生物学で最もホットな分野の1つでもある。また、このシステムは線虫を用いる事で容易に進められ、Dr. Miska のラボでもそれが行われている。自分は現在線虫を扱う研究室に在籍しており、また microRNA についても興味がある事から彼のラボを visit 先として選択した。

Dr. Miska とは約1時間半にわたって面談し、内容としては microRNA の意義・現在進んでいる研究・医療面などへの応用、であった。彼は非常に気さくに話をしてくれ、彼らのグループの論文についての疑問やその他のグループで進んでいるまだ出版されていない研究についての話など、様々な事柄を彼の視点を交えて説明していただいた。また自分が現在行っている線虫の化学走性についての実験についての討論も行った。この面談は、自分の興味がある分野である事もあり、自分の質問に答えていただく形で進んだ。

本人との面談後、どのように研究が進んでいるのかを知る目的で、彼のグループのメンバーと、実験データを交えた議論を行った。内容は主に機能が未知の miRNA の線虫における局在を imaging によって調べ、ある種の神経細胞の分化に関係している事を決定する、というもので、実際の写真(スライド)を見ながら約30分ほどの議論を行った。全体的には、ラボメンバーはみなフットワークが良く、議論が効率良く進むという印象を受けた。

(田川)

・Dr. Tony Kouzarides (Gurdon Institute)

Kouzarides 博士のところでは,50分ほど博士と直接対話をすることが出来た。

研究室の中を見せてもらうと言うよりは、彼の研究対象に関して質問をしたり、彼の研究に関する哲学を聞かせてもらったり、という感じであった。

私が今回強く感じたのは、研究内容に関する話題になればなるほど、彼が曖昧な表現を許さなくなると言う点である。例えば彼に質問を投げかけるにあたって「redundancy」という言葉を何気なく用いた際、彼が素早く「君は redundancy という言葉をどのような意味で用いているのか?」と切り返してきたために結果的に10分近くも redundancy の定義について話し合うことになったことなどがあった。次第にしどろもどろになっていく私の英語を真剣に聞いてくれる博士の姿も私の心に強く残った。それ以外にも、博士は研究者にとって重要なこと、日本とイギリスの科学の違い、学生時代に注意しておいた方が良いことなどについて自身の考えを話してくれた。イギリスで成功している博士の話から得られることは多く、密度の濃い時間を過ごすことが出来たと感じている。

(加藤)

MRC 分子生物学研究所

Laboratory of Molecular Biology はイギリスで最も有名な研究所の一つである。LMB はもともと"Research on the Molecular Structure of Biological Systems"とよばれるキャベンディッシュ研究所の研究ユニットの一つであり、J Watson と F Crick が1953年に DNA の構造を決定した事で有名である。その後 MRC は新規に建物を建てて1962に LMB として独立した。LMB に所属していた研究者には F Sanger, J Watson, F Crick, S Brenner, J Sulston and R Horovitz 等がおり、彼らは全てノーベル賞の受賞者である。現在の LMB にも生化学、分子生物学の研究に携わる多数の優秀な研究者がおり、特に構造生物学に大きな強みがある。

今回のプログラムではLMBがケンブリッジ大学に含まれていない事もありグループ訪問は行われず、個別に研究者に会いに行く方式となった。

個別訪問
・Prof Michael Neuberger
紹介
ほ乳類免疫細胞の遺伝子変換、高頻度突然変異の反応機構を研究している。
目的
哺乳類の遺伝子変換と、私の研究しようとしている酵母の遺伝子組み換えの機構、実験法、考え方の対比を考え、実験計画へアドバイスを頂きたいと考えた。
内容
教授と postdoc に Cafe で話を伺った(10分)。免疫細胞の遺伝子組み換え機構とその研究法を、減数分裂組み換えと比較して議論した。同研究所内の Dr. Julian Sale を紹介して頂いた。
Dr Uchimura Yasuhiro さんのアドバイス
下手な英語でも内容を伝えるために、説明に合わせて数枚の図を用意する。面白い結果を出せば聴こうとするので、どんどん説明して慣れる。免疫細胞の研究分野は、多くの日本人の先輩が活躍したおかげで、欧米で親しみを持って接してくれる。

(山田)

・Dr. Mario de Bono (MRC Laboratory of Molecular Biology)

Dr. Mario de Bono は Medical Research Council (MRC) の研究所の1つ、Laboratory of Molecular Biology のグループリーダーである。彼は線虫を研究対象としており、線虫の社会性行動の発見者である。ここでいう社会性行動はアリや蜂に見られるようなものと異なり、酸素濃度の低い方に集中して群れをつくる行動の事である。場所がケンブリッジの中心から南に離れていたため、この時間にフリーであった生物化学科の加藤とともに、city bus を使用して向かった。

今回の訪問では、研究室および装置を見せていただいた後、実際に線虫をとらえた動画データを見つつ線虫の社会性行動に関するディスカッションを1時間ほどかけて行った。LMB の施設自体はケンブリッジ中心部にある Gurdon institute 等に比べてやや古く、東大の建物と似た印象を受けた。しかし、彼のラボにあった試料は驚くべきもので、特に Sydney Brenner(線虫の研究についてのノーベル賞受賞者)が自ら単離した線虫の変異体が凍結保存されているタンクには感銘を受けた。

また、後半のディスカッションでは、線虫の社会性行動・その意義・線虫行動の解析(動画からの線虫の動きの定量化)について、概念的な話から実験上の細かいアルゴリズムに至るまで様々なレベルで話を伺う事ができた。

Dr. de Bono との面談後、彼のグループのポスドクである Dr. Kodama とティールームで飲み物をおごっていただきつつ線虫の研究や LMB についてのお話を伺った。さらに望外な事に、同じく LMB の Dr. Kasai グループのポスドクおよび博士課程の方 (Dr. OshiganeとMr. Kondo) に LMB におけるタンパク質立体構造に関する研究の話を伺う事ができ、またX線結晶構造解析装置を含むいくつかの施設も見学させていただいた。合計で2時間ほど LMB に滞在させていただき、自分の研究に関する事柄だけでなく、イギリスでの研究生活についてもいろいろな面を知ることができた。

(田川)

・Dr. Mario De Bono & Dr. Nagai (MRC) (with Mr. Tagawa)

私と田川氏は2回目の Individual visit で MRC に訪れた。Mario 博士に関する感想は田川氏が仔細述べてくれると思われるので、私は Nagai 博士の研究室員と話したことに関して書き綴ろうと思う。MRC はタンパク構造解析で世界的に有名な研究所であるが、Nagai 博士もまた、mRNA の splicing に関わるタンパクの構造解析を専門としている。今回私たちは、博士のところで働いている日本人研究者の方々 (Mr. Kondo & Dr. Oshikane) と会話する機会を得られた。

最上階の Cafe で私達は「2次構造・3次構造予測の現状」「IUPの扱い方」などタンパクの構造解析に関する疑問をぶつけ,彼らはそれに丁寧に答えてくれた。また、研究室の様子や実験装置、実験技術について、分かりやすい解説を交えて私たちに紹介をしてくれた。

事前に appointment を取っていなかったにも関わらず、 私たちのような学生に時間を割いてくれた、Mr.Kondo, Dr.Oshikane に心よりの感謝を申し上げたい。

(加藤)

To eat and not to eat, that is the question: fish and chips

イギリス留学を考えるなら、食事事情にも関心があるに違いない。以下は今回の経験に基づく。テレビをつけると、ゴールデンタイムに料理番組があり、イギリス人の料理に対する高い関心を窺わせた。ただ紹介された品々は、まだ大きな発展の余地を秘める。よく言われるようにイギリスの料理は、比較的品数が少なく無味だった。加えて外食の値段は日本の倍であり、昼食でも1000円を超えた。幸い、研究棟、カレッジ内の食堂は良心的な価格だ。しかし、驚くべきはスーパーの食材である。特にパン、牛乳、卵が激安。そのため、話を伺った日本人留学生はほとんど自炊らしい。イギリス人は本当に良く紅茶を飲む。午後3時になると、研究所のカフェも急に満席だ。またパブも有名である。現地の院生は、“イギリスは住みにくい点も多いが、それでも最高である。なぜならイギリスにはエールビールがあるからだ”と言っていた。

University of Oxford

雰囲気とシステム

図7

Oxford 大学はロンドンから57 miles (90 km) 北西に離れた Oxford 市にある。Oxford 市はややコンパクトであるが、千年ぐらいの長い歴史をもっている。Oxford 大学の歴史は1249 (University College) から1990 (Kellogg College) まで異なる時期に創設された各 College の建物の建築パターンを反映している。いわゆる"city of dreaming spires" Oxford 市はきれいな公園や川などももっている。Oxford 市のトータル人口140,000人の中で30,000人ぐらいは学生である。きれいな文化的や歴史的な建築に加えて、町の鮮やかさや国際的な雰囲気も非常に印象的である。Oxford 大学の有名なところや建物にはAshmolean Museum of Art and Archeology, Bodleian Library, Radcliffe Camera, University Church (St Mary's), SheldonianTheatre, と Christ Church College などがある。

今でも Oxford 大学は今までの経済的に自治である方針を続けている。大学は大きく、複雑な組織をもち、学科、College、博物館などを管理する。大学は4つの Divisions に分けられた。

  • Humanities(人文科学)
  • Mathematical, Physical and Life Sciences(数学、物理、生物など自然科学)
  • Medical Sciences(医療科学)
  • Social Sciences(社会科学)
  • Department of Continuing Education(継続学科)

各 Division の中でいろいろな学科や研究センターが存在する。今回私たちが訪問したところは Mathematical, Physical and Life Sciences Division (MPLS) 。このDivision の中にある学科は Chemistry, Computing Laboratory, Earth Sciences, Engineering, Materials, Mathematics, Physics, Plant Sciences, Statistics, とZoology である。学部生は3350人、大学院生は1500人、正式のアカデミックスタッフは400人、契約のアカデミックスタッフは600人いる。Oxford 大学の MPLS はたくさんの新しい研究所をもっている。例えば、New Chemistry Research Laboratory (2004) , New Biochemistry Building (2008) , New Mathematics Building (2011) , New Earth Sciences Building (2010) と新材料やナノ技術ための Science Park や蛋白質の構造を決定するためのDiamond Synchrotron などである。MPLS は Oxford 大学の所属会社とよく共同研究している。今回私たちが訪問した学科は4つある。それは物理、化学、地球惑星科学、生物化学である。

1) 物理学科:

物理学科の研究は次の6つの分野に分けられている:

  • Astrophysics (天文学)
  • Atmospheric, Oceanic and Planetary Physics(地球物理)
  • Atomic and Laser Physics(原子分子と光学物理)
  • Condensed Matter Physics(物性物理)
  • Particle Physics(粒子物理)
  • Theoretical Physics(理論物理)

研究に参加する人数はすべて430人。その中で、教授や准教授は80人、ポスドクは80人、研究生は220人いる。

1) 化学科:

Oxford 大学の中で、化学科は一番大きな大学院をもっている。そして、化学科は広い分野の研究をサポートするための新しい研究所ももっている。毎年、博士80人ぐらいが卒業している。研究は4つの分野に分けられる:

  • Inorganic Chemistry(無機化学)
  • Physical and Theoretical Chemistry(物理化学と理論化学)
  • Organic Chemistry(有機化学)
  • Chemical Biology(生物化学)
1) 地球惑星科学科:

イギリスでは本格的な地球惑星科学は Oxford 大学で誕生した。地球惑星科学の目的は地球や他の惑星のことを解説することで、研究分野は生命の進化過程から地球惑星の内部構造まで広い。学科の大学院生は30人ぐらいいる。教授や准教授は15人、ポスドクは10人ぐらいいる。

1) 生物化学科:

学科の博士課程は次の分野に分けられている:

  • Molecular and Cellular Biochemistry
  • Chemical Biology
  • Chromosome Biology
  • Structural Biology
  • Bionanotechnology
  • Bioinformatics
  • Computational Biology and Integrative Systems Biology
  • Molecular and Developmental Genetics and Virology

この課程はほとんど学科内で行なわれているが、他の学科や研究センターとの共同研究もある。

(グエン)

グループ訪問・個別訪問
物理学科
図8

Tour of Atomospheric Physics

オックスフォードの物理学専攻ツアーは、実験物理学の専門家が集まる Clarendon がメインであった。最初に話をうかがったのは Harry Jones 教授であった。Condensed Matter Physics の実験のうち、特に磁性体や超伝導に興味を持っておられる方である。ジョークを交えて磁場に関するお話を聞きつつ、施設を見学した。

次に、Sonia Antoranz Contera さんに話をうかがった。大阪大学で勉強されていた方で、日本語(関西弁!)が流暢であった。もちろん英語も。同僚の方とスペイン語で話されているのも耳にした(おそらく母語)。Trilingual。専門はというと、生物物理学であった。建物を歩き回りながら、いろいろな方を飛び入りで紹介していただいた。

Clarendon 最後の訪問は、Ron Tobey さんであった。Atomic & Laser Physics(実験)の専門家で、特に Ultrafast Structural Dynamics に興味を持っておられる。たくさんの小さな鏡がセットされた暗室で、実験概要を(アメリカンアクセントで)説明していただいた。

ツアーは Clarendon を離れ、最後に Atomospheric Physics の建物へ移動した。そこでは、宇宙でデータを集めたり、実験を行ったりするための人工衛星に搭載する部品をテストする装置を見せていただいた。厳しいショック実験を通過した(ものと同じ型の)部品だけが宇宙に行くことができるそうだ。(先生にお土産の「小鳩」を渡して建物を去る際に、"fragileなので装置にはかけないで下さい。"と言ってお別れしたが、あまりうけなかった。)

(染谷)

個別訪問
・ Professor Harry Jones (The Magnet Development and Applied Superconductivity Group, Clarendon Laboratory)

Harry Jones 先生は強磁場を作り、高温超伝導の物性を調べる研究をしている。初めに、超伝導研究の歴史や各時期の問題点について自分の理解を述べていただいた。

実験室で扱われている強磁場の発生装置について説明していただき、強磁場を作るため高電流が必要であるが、コイルに高電流を流すとローレンツ力で金属のコイルが破裂する心配があり、この問題点を改善するために色々な強力な合金の材料が試されている。比較的良い性能を持っているのは銅とステンレスの合金で(銅のコアにステンレスで被覆する)。今の段階で、60T で 10 ms の磁場パルスが出せる。材料の選択以外に実験時の安全対策についていろいろと紹介していただいた。

・Nicholas S Jones ( Systems and Signals Group & Oxford Complex Systems、Oxford Condensed Matter Physics)

Nicholas Jones 先生は現在オックスフォードの System and Signals グループと Oxford Complex Systems グループを兼任している。彼は理論家であり、シグナルネットワーク(システムが現れる複雑信号からネットワークダイナミクスを調べる)の研究をしている。物理的な考え方を導入し、生態系を含む色々な複雑系に関する考察の仕方について詳しく紹介していただいた。

最近の研究で生物系で現れるピンクノイズ(1/fノイズ)について語り、E.Coli 細菌の尾の運動に現れる波動を対象に生物系でなぜピンクノーズが現れるかを説明する仮説を立てている。情報理論でもプライバシーを守る視点から研究をされている。

Nicholas Jones 先生は若いにも関わらず、二つの研究グループを持ち、現在 Oxford の MPLS で新設された DTC (Doctor Training Course 学部で物理出身の人のための生命科学の博士課程)において主要な教員の一人である。

(張)

・Dr Peter Baker

Dr Baker は μSR を用いて磁気的な秩序―無秩序転移や高温超伝導について実験的な研究をなさっているポスドクの人であった。μSR とは物質中にμ粒子を打ち込んで、そのμ粒子のスピンの変化をみることで物質中の局所的な磁場分布を測定できる方法である。実験自体はμ粒子を使うため、Diamond や加速器のあるヨーロッパ施設で行うそうだ。(ちなみに Baker 氏は日本の SPring-8 や KEK もご存じであった。)μSR については多少知っていたので、研究内容に関連した質問をあらかじめ用意して質問して答えて頂くようにしてすぐに30分がすぎてしまった。

・Dr Dieter Jackson

Dr Jackson 氏は量子情報理論の若手の先生であったが、量子情報のアルゴリズムや Qbit の実験的な実現を中心に研究なさっている。この分野では実験と理論の隔絶が甚だしいと個人的に前々からおもっており、このような理論と実験の双方にまたがる研究をしている人が非常にすくないと思った。先生もそう思うとおっしゃっていた。量子情報に関する実験には非常に多くの手法があり、どれが1番優れているともいえない状況だと説明して下さった。また量子コンピュータの実現にあとどの程度の時間がかかるか伺ったところ、私たちがよく知っているタイプのいわゆる汎用コンピュータについては50年かかっても無理だろうといわれてしまったが、特定の問題を解くためだけの on-purpose の量子コンピュータならば10年や20年のタイムスケールでできるだろうとおっしゃっていたのが印象的であった。

・Prof Christopher Foot

Prof Foot 教授は冷却原子気体を用いて BEC の基礎的な研究をなさっている先生である。この分野では数年前から扱う原子が Rb などのボース粒子から、K や Li といった Fermi 粒子が主流となっており、原子たちがクーパー対を形成した BCS 状態に関連した研究が多い一方、この先生は現在二次元で光格子ポテンシャルを回転させたときの性質の測定等を計画しているそうで、基礎研究に重点を置いているようであった。私の個人的な興味のある分野なので、先生にはいろいろと技術的に込み入ったことをいくつも質問させていただいた。先の Dr Dieter により考案された実験手法も紹介していただき、いろいろなグループ間での共同研究がされていることが実感できた。

(遠藤)

・Prof Fabian Essler (Condensed Matter Theory Group、Department of Physics、University of Oxford)

最初に、Essler 先生は自分が興味を持っている研究について紹介した。それは低次元強相関量子系や量子磁石などである。先生は物性理論グループの人々とそれぞれやる研究についても説明した。次に、先生は私のいくつかの質問に答えてくださった。例えば、「よい理論物理学者になるため、どうすればよいのか?」、「理論物理では、解析計算や数値計算のバランスはどうであるか?」である。残りの時間で私は物性理論グループの大学院生の一人と話した。彼は今 Soft Condensed Matter Theory について研究している。彼は tutorとして学部生の勉強を手伝うこともやっている。だから彼の大学や大学院の経験は豊富で、彼はその一部を私に教えてくれた。

物性理論グループは Rudolf Peierls Centre for Theoretical Physics のところにある。そこは物理学科のメインビルディングである Clarendon Laboratory から離れたところである。そこでの研究室は新しいやパワーフルなコンピュータシステムをもっている。先生や大学院生たちも親切であった。

(グエン)

・Jeff Shermanさん

量子情報実験の研究をしておられる方であった。量子コンピュータを実現するために必要なqubitを効率よく用意する方法について、カルシウムの同位体の利用も含めて教えていただいた。私は量子情報理論を専攻する予定で、qubitが与えられたとして話を進めるので、お話の内容は非常に新鮮に感じた。

・Brian Smith さん

同じく、量子情報実験の研究をしておられる方であった。簡単に関連するsubgroupsの構成を教えていただいた後、量子光学的な実験装置を見ながら、noon statesなどの概念について教えていただいた。この分野での競争は激しく、同じテーマで偶然研究していた他のグループに先に発表されてしまったこともある、というエピソードも気さくに話していただいた。

・Dieter Jaksch先生

オーストリア出身の方で、理論家の立場で量子情報を研究されているが、興味の対象は実験に関連が深いことだというお話だった。私自身は量子情報理論の実験から離れたところに興味があったのだが、自分と違う立場の先生のお話がうかがえて興味深かった。

「どのように研究対象をしぼってきたか」、という質問に対し、「自分が興味あって経験を積んできた領域と、実際に研究が求められている領域の兼ね合いで決める。」という返答をいただいた。

(染谷)

・Professor Harry Jones (The Magnet Development and Applied Superconductivity Group、Clarendon Laboratory)

Harry Jones先生は強磁場を作り、高温超伝導の物性を調べる研究をしている。初めに、超伝導研究の歴史や各時期の問題点について自分の理解を述べていただいた。

実験室で扱われている強磁場の発生装置について説明していただき、強磁場を作るため高電流が必要であるが、コイルに高電流を流すとローレンツ力で金属のコイルが破裂する心配があり、この問題点を改善するために色々な強力な合金の材料が試されている。比較的良い性能を持っているのは銅とステンレスの合金で(銅のコアにステンレスで被覆する)。今の段階で、60Tで10msの磁場パルスが出せる。材料の選択以外に実験時の安全対策についていろいろと紹介していただいた。

・Nicholas S Jones ( Systems and Signals Group & Oxford Complex Systems、Oxford Condensed Matter Physics)

Nicholas Jones先生は現在オックスフォードのSystem and SignalsグループとOxford Complex Systemsグループを兼任している。彼は理論家であり、シグナルネットワーク(システムが現れる複雑信号からネットワークダイナミクスを調べる)の研究をしている。物理的な考え方を導入し、生態系を含む色々な複雑系に関する考察の仕方について詳しく紹介していただいた。

最近の研究で生物系で現れるピンクノイズ(1/fノイズ)について語り、E.Coli 細菌の尾の運動に現れる波動を対象に生物系でなぜピンクノーズが現れるかを説明する仮説を立てている。情報理論でもプライバシーを守る視点から研究をされている。

Nicholas Jones先生は若いにも関わらず、二つの研究グループを持ち、現在OxfordのMPLSで新設されたDTC(Doctor Training Course学部で物理出身の 人のための生命科学の博士課程)において主要な教員の一人である。

(張)

化学科

Oxford大学の中で、化学科は一番大きな大学院をもっている。そして、化学科は広い分野の研究をサポートするための新しい研究所ももっている。毎年、博士80人ぐらいが卒業している。研究は4つの分野に分けられる:

  • Inorganic Chemistry
  • Physical and Theoretical Chemistry
  • Organic Chemistry
  • Chemical Biology

2004年1月に6200万ポンドの学科の新しい研究所が研究のサポートために導入された。この研究所は16,500m2 の非常にstate-of-the-artな研究室や事務室をもっている。有機化学や生物化学の研究グループのすべてや無機化学や物理化学の研究グループの一部はこの新しい研究所に存在している。

(グエン)

個別訪問
・Prof D.E. Logan ( Physical and Theoretical Chemistry Laboratory、Department of Chemistry、University of Oxford)

物理化学や理論化学のグループも化学科のメインビルディングから離れたところにある。Logan先生は私に先生の今の研究である量子ドットやKondo効果物理などを紹介した。先生によると、先生は化学科に所属するが、化学科の人より物理学科や数学科の人と共同研究をよくやったということであった。先生は自分が化学科から卒業したため、量子力学や他の物理科目を自分で勉強すべきだったという話をした。だから、自分自身でやる勉強や研究は大事であると思う、とのことだった。Logan先生との話は面白かった。

(グエン)

地球科学科

Oxford大学のDepartment of Earth Sciencesは、約30人の教員、約80人の研究スタッフ・ポスドクで構成される専攻だ。Cambridge同様、世界的に著名な地球科学研究者を数多く擁している。

まず専攻の概要について説明があった後、3人の若手研究者(PDやLecturer)の方が各自の研究紹介をしてくれた。3人とも、2006年にNatureまたはScienceに筆頭著者として論文を載せている、新進気鋭の研究者だ。1人目のDavid P. Robinson博士の専門は地震学で、巨大地震発生のメカニズムを探っている。断層の破壊の進行を、地震波の解析や、破壊のシミュレーションによって明らかにした。2人目のHeather A. Bouman博士は、生物地球化学が専門で、海洋の植物プランクトンの分布を調べている。どの種類のプランクトンがどの海域に分布しているのかを、人工衛星による観測データから判別するアルゴリズムを開発した。3人目のSune G. Nielsen博士の専門は同位体地球化学で、タリウムという元素の分析から、地球・惑星における様々な現象を研究している。今回は、初期太陽系の形成メカニズムを、隕石中のタリウムの同位体比から探る話だった。3人の他にも何人かPDの方が顔を出してくれ、発表の後は、各自が興味ある人と自由に議論を行った。

・Dr. Christopher Siebert、Dr. Helen Williams、Dr. Alex Thomas

訪問した3人は皆、同位体地球化学を専門とするPDで、主に「MC-ICP-MS」(マルチコレクター誘導結合プラズマ質量分析計)という最新の分析装置を用いて、微量金属の同位体比を測定し、地球・惑星における様々な現象を研究している。約30分ずつ、順番にお会いした。

1人目のSiebert博士は、モリブデンやゲルマニウムの同位体比から、地球表層環境を研究している。彼にまず、ラボを案内してもらった(ラボ見学が主だったので、残念ながら彼自身の研究の話は多くは聞けなかった)。Cambridge同様、設備の充実ぶりに目を見張った。特定の元素の同位体比を超高感度に測れる「TIMS」(表面電離型質量分析計)から始まり、微量金属の存在度を測定する「ICP-MS」は3台もあった。さらに、主力のMC-ICP-MSに関しては、専攻全体で計6台も所有していると聞き、非常に驚いた(1台で数億円の分析機器である)。これらに加え、現在独自に開発中の「ISOLAB」という、高い空間分解能で同位体比を測定できる、巨大な装置(質量分析計)も見せてもらった。また、分析機器の他にも、化学処理を行うクリーンルームも、計5部屋と非常に充実していた。入室に際して、防塵服を生まれて初めて着たので、個人的には貴重な体験ができた。

2人目のWilliams博士は、Siebert博士に連れられた見学中に、ちょうどクリーンルームで作業を行っていた。彼女は、火成岩・隕石中の鉄やニッケルの同位体比から、地球内部や惑星進化について研究している。博士課程までは岩石学が専門だったが、PDとして現在の研究室(当時はスイスのETH)に移った際に、現在の研究を始めたという。当時、鉄の同位体比が試料によってばらつくことは知られていたが、その原因が分かっていなかった。彼女は、その原因が地球内部(マントル)の酸化還元状態にあることをつきとめ(=今後は逆に、鉄の同位体比からマントルの酸化還元状態が分かる)、Scienceに論文を掲載した。だが「研究テーマはその時に面白いと思った方向に変えていく」と語るように、現在はニッケルの分析に注力している。将来的には、分析だけでなく、地球内部を模した高温高圧環境での実験にも取り組みたいという。

3人目のThomas博士は、サンゴ年輪・堆積物中のウランやトリウムなどの同位体比から、海洋環境を調べている。私の指導教員と共同研究でプロジェクト(サンゴ礁掘削コアの分析)を進めており、「東大からスパイに来たのかい?」と冗談交じりに会話が始まった。彼が分析している元素は「ウラン系列核種」と呼ばれ、様々な時間スケールで放射壊変が起き、同位体比が変化しているため、様々な現象の研究に応用できるという。「君も今の研究はやめて、すぐにウラン系列核種の研究を始めると良いよ」とまで、再び冗談交じりに彼は語った。現在のプロジェクトで彼は、海底から掘り出された過去(数千~数万年前)のサンゴの年代を定め、過去の海水準変動を明らかにすることを目指している。面白い結果が出てきたので、今後もしばらく分析を続けたいという。また、Thomas博士は、前の2人とは別の研究室に所属しているため、そちらのラボも見学させてもらった。サンゴを顕微鏡下でコンピューター制御によって削る装置、人工鍾乳石作成装置などがあり、興味深かった。

(山口)

生化学科
図9

Talk with Dr. Gregoriou

オクスフォード大学の生化学科はヨーロッパで有数の規模を持つ教育、研究施設である。学科は医科学部に属し、サウスパークロード沿いに校舎及び研究所がある。およそ46人の独立したラボを持つ研究員がいて、その下で300人ものポスドクと大学院生が研究している。様々な分野に興味を持った研究者が集まっており、学科内で計8種類の専門分野に分類されている。それぞれBionanotechnology、Chromosome Biology、Glycobiology & Chemical Biology、Integrative Systems Biology、Molecular & Cellular Biochemistry、Molecular & Developmental Genetics、Structural Bioinformatics & Computational Biochemistry、and Structural Biologyがある。学科の事務局長のMary Gregoriou先生によると、Structural BiologyとChromosome Biologyが特に盛んで、興味深い研究をしているそうである。

山田、加藤、田川、?の4名がオクスフォード滞在3日目に生化学科を訪問した。私たちは午前に学科の研究室を個人訪問し、午後にGregoriou先生から学科について説明を受けた。Gregoriou 先生からは生化学科について様々な話を伺ったが、最も興味深かったのは今建設中の新しい研究棟の話である。建物の1階には大きなカフェテリアがあり、研究室、実験室、会議室、さらにはお茶を楽しむ場所が各階に配置されている。部屋と部屋の間の壁は出来るだけガラスで作られる上、1階のカフェテリアはショッピングセンターのように吹き抜け構造になっているので、違う部屋にいる人や違う階にいる人でも比較的簡単にお互いを見つけることが出来る。つまり、建物自体が研究者同士がもっと身近になり、交流しやすくなるように設計されているのである。彼らが建物の設計を通して研究の質の向上に努めていることがとても驚きであった。

(ジ)

個別訪問
・Martin Noble

ポスドクのMaria Hoellerer博士が研究室のテーマについて紹介してくれた。Martin研では細胞内の物質と細胞外の足場を連結する巨大なタンパク質複合体である接着班に興味をもっている。接着班は機械的に細胞を足場に接着し、細胞外の情報を細胞内に伝える器官として重要である。大きな複合体の中でそれぞれのタンパク質がどのように機能しているかを理解するために、博士は接着班を構成するタンパク質の構造や相互作用をX線結晶解析により研究している。

・Mark Howarth

Mark先生が直近の研究成果を紹介してくれた。彼はクオンタムドットでタンパク質を標識する方法を開発している。クオンタムドットは半導体ナノ粒子で今までの蛍光タンパク質に比べて、光強度が強く退色しにくい特徴がある。元々の方法は抗体を結合させたクオンタムドットでタンパク質を標識する方法だったが、標的タンパク質との親和性が低く標識する複合体が大きすぎることが問題だった。彼はまず酵素を使って標的タンパク質にビオチンを結合し、ビオチンと高い親和性のあるストレプアビジンを結合させたクオンタムドットで標識することで弱点を克服した。今は抗体を化学的に修飾することで抗原と共有結合させる方法を開発している。彼の研究室の仕事は生物というより科学であったが、開発した実験手法は生物研究者にとって非常に有用になると思う。

(ジ)

・Dr.Rob Klose & Dr.Kim Nasmyth & Dr.Matthew Whitby (with Mr. Yamada)

私と山田氏はOxford大学の生物化学科訪問で、Dr,Klose,Dr.Nasmyth,Dr.Whitbyの3名の研究室を訪れた。Klose博士の研究は私の興味と近く、Nasmyth博士やWhitby博士の仕事は山田氏の興味と合致しているため、Nasmyth博士とDr.Whitby博士については彼のindividual visitで詳細が語られることだろうと思う。そのため、ここでは私はKlose博士について述べたいと思う。Dr.KloseはDr.Yi Zhangのところで数々の脱メチル化酵素を発見し、数年前に独立したばかりのまだ若く、勢いのある研究者であった。我々は生物化学科にあるcafで彼の研究について話し合ったのだが,席に着くなり直ぐ、彼が自前のノートパソコンを広げ楽しそうに自分の研究分野のことを話し始めてくれたのが私にとって凄く印象的であった。私はヒストンの脱メチル化に関してだけではなく、ヒストン以外のタンパクに対する脱メチル化以外の修飾やタンパク・DNAの化学修飾調節全般に関する質問をいくつも投げかけた。6つ目か7つ目の質問をしようとした時、Maria博士が次の研究室に行く時間であることを知らせてくれたため、私はその場を後にした。若干の後ろ髪引かれる思いを残したままに。

(加藤)

・Dr Rob Klose
紹介
クロマチン修飾を研究している。
内容
DNA関連反応を制御するクロマチン修飾の仕組みの説明を受けた(20分)。
考察
研究体制
表現型を規定する修飾パターンを同定する研究が行われている。クロマチンの修飾は多様なため、修飾の意味を決定する、つまり修飾による表現型への影響を調べ体系化することは現在まだ難しい。
・Prof Kim Nasmyth
紹介
細胞分裂時の正しい染色体凝集を研究し、必須のcohesinたんぱく質を発見した一人である。
目的
染色体凝集の研究のため、多種類の実験生物を用いている。現象を解明する最適な生物を選んでいると思ったが、自明でないその基準を知りたいと思った。また、同じ現象に対し、一研究室内で多種類の生物を用いる効果を、どう高める工夫をしているかを感じ取りたいと考えた。
内容
大学院生に研究室を案内してもらい、実験を紹介してもらった(20分)。
考察
施設
各研究者は基本的に一種の生物を扱うが、異なる生物を扱う人が同じ部屋に実験室、書斎机を持ち、交流を促している。
研究体制
興味のある現象を実験するために生物を選ぶというよりは、多種類の実験生物で平行して実験し、比較して知見を補い合うことで、モデルの想起を促す。
・Prof Matthew Whitby
紹介
研究されているDNA損傷修復時の組換えの後半の機構を研究している。
目的
組換え時のcrossover選択のモデルとそれを証明する実験計画について議論したいと考えた。
内容
研究内容を講義して頂いた(1時間)。時間不足で実験法を減数分裂組換えと比べて議論できなかった。
考察
研究体制
現象が、遺伝子産物の有無や局在で説明できず、短時間での変化が重要な場合、現象解明が難しくモデルも想起しにくい。変異体を取得するか、対象と装置を工夫し解析の時空間分解能を上げる。

(山田)

・Dr. Alison Woollard (department of Biochemistry、Oxford university)

Dr. Alison Woollard は生化学科に所属する研究者で、線虫を研究対象に用いている。Dr. Woollard のラボでは、自身が行っている実験について説明した後、30分ほどにわたって線虫の癌様症状についての話を伺った。また、大学院生がどのようにプロジェクトを行っているかを知るため、研究室に所属していたPhDコースの学生に何を行ってきたかを聞いた。彼はC. elagans と近縁の線虫に保存されていたある遺伝子のイントロンについての研究を行っており、半年間のしっかりしたプロジェクトがくまれていた。

(田川)

イギリス英語について

今回の10日間の訪問を通して、音声的側面以外にもイギリス英語とアメリカ英語の違いを意識させられることが多かった。以下に具体例を列挙する。

mechanical pencil
シャープペンシルをこのように覚えている人が多いと思う。しかし、Oxfordの土産店のイギリス人店員はこの言い方を知らなかった。「アメリカ人はこう呼ぶんですよ」、と教えると、”But it’s not exactly mechanical.”(「でも機械仕掛けじゃなくない?」)確かに…電子辞書にはpropelling pencilとイギリス英語が載っているが、その店員さんは、「pop-up lead pencil(芯が飛び出す鉛筆)かしら?」と言っていた。そもそもシャープペンシル自体あまり普及していないようだ。
Cheers、Lovely
ともにイギリスでとてもよく耳にする。前者は「乾杯」という意味が有名だが、イギリス英語では「ありがとう」や「じゃあね」の意味でもよく使うようだ。バスを降りるときのお客さんはCheers.とよく言っていた。
後者はniceとかgoodとかの意味。Lovely meeting you.などなど。
階数の数え方
First floorと言えば2階のこと。超有名。ヒースロー空港で2階から1階に降りるエレベータ内で、アジア系の女性(日本人?)は“1”のボタンを連打していた。結果ドアが何度も開いていた。正解はもちろん“0”のボタンを押すことだったのだが・・・その人の言い訳の言葉はとても流暢なアメリカ英語だった。

(染谷)