2021/03/30

植物の「暮らし」によって気孔の作り方が違う仕組みを解明

 

ドル 有生(生物科学専攻 博士課程1年)

古賀 皓之(生物科学専攻 助教)

塚谷 裕一(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 水陸両用の植物を含むオオバコ科アワゴケ属(注1) において、種ごとの生態の違いに対応して、葉にある気孔の作り方が違うことを、初めて発見した。
  • 気孔を作る鍵となる遺伝子のはたらくタイミングの違いが、この違いを生み出している可能性がある 。
  • 環境に応じて最適な気孔の作り方が違うことが示された。それが進化の過程で変化する仕組みの理解が進み、農業への応用や植物の進化史の解明にも繋がることが期待される。

 

発表概要

植物は葉の表面にある気孔を通して光合成や呼吸に必要な気体を取り込んでいます。気孔は、一般に気孔のもととなる細胞(気孔幹細胞)(注2) が分裂を繰り返すことで作られます。またこの作り方には、植物の種によって違いがあることが古くから知られていましたが、それにどんな進化的意義があるのか、どんな仕組みで生じるのかは分かっていませんでした。

本研究グループはオオバコ科のアワゴケ属というグループで、この謎を解くヒントとなる現象を発見しました。アワゴケ属には、水中と陸上の両方で生育できる水草(両生種)と、陸上でのみ生育する陸生種があります(図1)。

図1:研究に用いられたアワゴケ属植物
左は水田の用水路などでみられる両生種(水草)のミズハコベ(学名: Callitriche palustris)、右は民家の庭先などで見られる陸生種アワゴケ(学名: C. japonica)。いずれも葉の大きさは1 cm前後で非常に小型である。

 

今回、アワゴケ属の陸生種では気孔幹細胞が複数回分裂してから気孔になるのに対し、両生種ではこうした分裂が起こらず、直接気孔を作ることを明らかにしました(図2)。これは、生育環境によって、最適な気孔の作り方が違うことを示唆する結果です。

図2:本研究で見出されたアワゴケ属における気孔の作り方の違い
両生種のミズハコベとイケノミズハコベは気孔のもととなる気孔幹細胞が分裂せずに直接気孔になる一方(上)、陸生種のアワゴケとアメリカアワゴケでは気孔幹細胞が複数回分裂してから気孔になる(下)。

 

あわせて本研究グループは、気孔幹細胞の分裂を促進する遺伝子と、その分裂をとめる遺伝子のはたらくタイミングの違いが、この現象の背後にあることを突き止めました。両生種では、この二つの遺伝子がほとんど同時にはたらくため、気孔幹細胞の分裂がすぐに止まってしまうと考えられます。

以上の成果から、進化の過程で植物は、環境に応じて気孔の作り方を変えてきたことが示唆されました。本研究は、今まで謎だった気孔の作り方の多様性が生まれる仕組みを初めて明らかにするとともに、生育環境に応じて最適な気孔の作り方がある可能性を示し、農業応用の新たな方向性を提示しました。

この成果は3月30日に米科学誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』で公開予定です。

 

発表内容

植物のガス交換を担っている気孔は、光合成に必要な二酸化炭素などのガスを取り込み、蒸散の経路としてはたらくため、その制御は植物の環境適応、ひいては農業の生産性向上などにきわめて重要です。小学校の理科の授業でも取り上げられるように、葉の表面にあって観察がしやすいため、気孔は古くから盛んに研究されてきました。

色々な植物の気孔を注意深く観察すると、種によって気孔の並び方が異なることに気づきます。これは、各種における気孔の作り方の違いを反映したものです。葉が発達する過程で、気孔は、表皮に存在する特別な細胞(気孔幹細胞)から作られます。気孔幹細胞は、多くの場合、気孔になるまでに複数回分裂を行ないます(図2下)。この分裂の方向や回数が種によって違うために、異なる見た目の気孔ができるのです。このように植物の種によって気孔の作り方が違うことは古くから知られていましたが、違う作り方をすることの生態学的意義や、その違いを生み出す遺伝的な仕組みは分かっていませんでした。

 

本研究グループは、オオバコ科のアワゴケ属というグループの植物を研究する中で、この謎を解く重要な手がかりとなる現象を発見しました。アワゴケ属の中には、水中と陸上の両方で生育できる水草(両生種)と、陸上でのみ生育する陸生種が存在します。この中でも両生種は、水中と陸上で作る葉の形を変える異型葉性(注3) と呼ばれる性質をもち、水中で形成する葉では気孔の数を大きく減らすといった興味深い能力を持つこと から、本グループはかねてより研究を進めていました。その中で思いがけず、アワゴケ属の両生種と陸生種で、気孔の作り方自体が違うことを発見したのです。

 

各種の気孔の形成過程を観察してみると、陸生種では気孔幹細胞が複数回分裂してから気孔になるのに対して、両生種では気孔幹細胞が分裂せずにそのまま気孔になることが 分かりました(図2)。これほど近縁な種間で気孔の作り方が異なり、またそれがその生態に対応しているというのは、これまでに例がありません。

陸生種のように気孔幹細胞が分裂を行なうことは、乾燥度といった外部環境に応じて分裂回数を柔軟に変えることで、気孔の数などを調整できるというメリットがあるとされます。それでは、両生種がその仕組みを失ったメリットはあるのでしょうか?

 

今回の解析では、両生種の葉は陸生種の葉と比べて気孔を作り始めるのが遅いことも分かりました。先述の通り両生種は水中では気孔を作りませんが、こういった種の生育環境は頻繁に水位が上下するため、植物自体も水没したり、陸上に出たりを繰り返しています。そのため両生種は、葉を作っている途中で環境が変わる事態に備え、ある程度葉が大きくなるまで、気孔を作るかどうかの判断を保留している可能性があります。そして、両生種が分裂を経ずに気孔を作るのは、気孔を作るのにかかる時間を短縮し、保留による出遅れを取り戻すためだと研究グループは推測しています。実際いくつかの水草や浮草で、アワゴケ属の両生種のように、分裂を経ずに気孔を直接作る例が知られています。本研究は以上のように、生育環境の違いによって最適な気孔の作り方が違う可能性を初めて提示しました。

 

研究グループはさらに、各種で気孔の作り方が違う遺伝的な仕組みを解析しました。特に注目されたのが、多くの植物において気孔を作る過程で鍵となる遺伝子、SPEECHLESS SPCH)とMUTEです。そのうちSPCHは気孔幹細胞の分裂を維持するはたらきを、MUTEはその分裂を終結させるはたらきを持つことが分かっています。本研究では、蛍光in situハイブリダイゼーション(注4) という、遺伝子の発現を細胞レベルで解析する手法をアワゴケ属において確立し、SPCHMUTEの両遺伝子の発現パターンを各種で調べました(図3A)。その結果、気孔幹細胞の分裂がみられる陸生種では、分裂を維持するSPCHがまずはたらき、しばらく経ってからそれを終結するMUTEがはたらくことが分かりました。つまり、MUTEがはたらくまでの間分裂が起きていると考えられます。一方、両生種の気孔幹細胞では、SPCHがはたらいた直後に、間をおかずMUTEがはたらいていました。つまり両生種では、分裂を終結するMUTEがすぐにはたらいてしまうため、気孔幹細胞の分裂が起きないと考えられます(図3B)。

図3:気孔の作り方の違いの背後にある遺伝子のはたらき
(A)本研究で確立した蛍光in situハイブリダイゼーションの手法によって陸生種アワゴケの発達途中の葉でSPEECHLESS (SPCH)遺伝子とMUTE遺伝子のはたらく場所を検出した結果。緑色でSPCHのはたらいている細胞が、マゼンタでMUTEのはたらいている細胞が標識されている。スケールバー: 50 μm(B)気孔の作り方の違いを生み出す遺伝的な仕組みの模式図。陸生種では細胞分裂を終結させるMUTEがはたらくのが、分裂を維持するSPCHがはたらくのに比べて遅いため、分裂が複数回起こる。一方両生種ではMUTEがすぐにはたらいて分裂を終結させてしまう。

 

以上のように、両遺伝子のはたらくタイミングの単純な変化によって、気孔の作り方の違いが生まれる可能性が示されました。これは、気孔の作り方が種によって異なる遺伝学的な仕組みを実験的に示した初めての例です。

気孔は、ほぼ全ての陸上植物に存在し、植物の進化の歴史の中で大きな役割を果たしてきました。本研究の成果は植物の進化における気孔と環境との関係について、新たな視点をもたらすものであり、生理学や生態学、古植物学など多くの分野にインパクトをもたらすことが期待されます。

また近年では気孔の数や大きさ、機能を改変することで農業生産を増加させる試みが数多くなされています。本研究の成果は、そうした単純な要素だけでなく、「栽培環境に合わせた最適な気孔の作り方」も重要である可能性を示唆し、品種改良の新たな方向性を提示しました。

 

発表雑誌

雑誌名 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル The diversity of stomatal development regulation in Callitriche is related to the intrageneric diversity in lifestyles
著者 Yuki Doll*, Hiroyuki Koga*, Hirokazu Tsukaya
DOI番号
論文URL https://doi.org/10.1073/pnas.2026351118

 

用語解説

注1 アワゴケ属

オオバコ科に属し、世界中に50種以上が生息する種子植物の属。水中と陸上の両方で生育できる両生種から、陸上でのみ生育する陸生種、水中でのみ生育する水生種まで多様な生態の種を含む。またいずれの種も小型で研究室内での栽培も容易であることから、進化研究に適している。そのうち、本研究には日本でみられる陸生種2種(アワゴケ、アメリカアワゴケ)と両生種2種(ミズハコベ、イケノミズハコベ)が用いられた。

注2 気孔幹細胞

メリステモイドとも呼ばれ、多角形の形態を示す。複数回の分裂を経たのちに丸みを帯びた細胞(孔辺母細胞と呼ばれる)へと変化し、その後1回分裂することで気孔を構成する孔辺細胞となる。

注3 異型葉性

アワゴケ属の両生種を含む多くの水陸両生の水草は、水中と陸上で異なった形の葉をつくり、この性質を異型葉性と呼ぶ。一般に、水中で作る葉は陸上で作る葉と比べ、薄く、細く、長い場合が多い。また水中葉は陸上葉と比べ、気孔の数が少ない。

注4 蛍光in situハイブリダイゼーション

遺伝子のはたらく場所を可視化する手法として用いられる通常のin situハイブリダイゼーションは、その遺伝子のmRNAの存在する場所を、色素による発色反応で検出する手法である。また通常植物では、検出を容易にするためにサンプルを薄い切片にしてから実験を行なう。一方今回の研究では、形成途中の葉を丸ごとサンプルとして、検出を蛍光物質によって行ない(蛍光 in situ ハイブリダイゼーション)、それを高分解能の共焦点顕微鏡で観察することで、1枚の葉全体において遺伝子の働く場所を細胞レベルで特定することに成功した。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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