2019/12/05

1億年前に形成した海底下深部の溶岩から微生物細胞の検出に成功

-火星生命を発見するための手がかりに-

 

末岡 優里(地球惑星科学専攻 修士課程1年生)

鈴木 庸平(地球惑星科学専攻 准教授)

 

発表のポイント

  • 海洋地殻上部を構成する中央海嶺で噴出した溶岩は、形成後1000万年程度で冷え切っており、生命活動に必要なエネルギーに乏しいため、生命が生息するかどうかは不明であった。
  • 岩石内部の微生物細胞を可視化する技術を開発し、1億年前に形成した溶岩の亀裂内部を調べた結果、玄武岩と亀裂の間を埋める粘土鉱物に微生物細胞が密集していることが明らかとなった。
  • 液体状の水が存在した火星の地下深部でも同じ粘土鉱物が形成していることから、地球と火星の地下環境が類似することを示しており、火星に生命が生存する可能を示唆した。

 

発表概要

地球の70%の面積を占める海洋地殻の上部を構成する岩石は、中央海嶺で噴出する溶岩が冷え固まった玄武岩(注1)であることが知られている。形成年代が1000万年より古く、冷え切った玄武岩は、海洋地殻において広大な領域を占めるが、岩石の中で供給されるエネルギーが少ないため、生命の生息が可能かどうかは不明であった。もし、生命が生息している場合は、地球上で最大の微生物生態系を形成している可能性がある

他方で、火星の地殻上部も37億年前の大規模な火山活動で噴出した玄武岩からなることが知られている。最近の観測により、火星の地下深部にも生命活動に必要な液体の水が存在することが明らかになったことから、火星に地球外生命が存在する可能性が指摘されている。

火星の地殻上部と類似する、地球の海洋地殻上部の分析が進むことにより、火星における地球外生命の存在可能性を類推するための手がかりが得られることが期待されるが、海洋地殻上部の玄武岩は堆積物で覆われており(図1)、試料採取と岩石内部微生物の分析の困難さから、これまで生命が生息するかどうかは不明であった。

図1:IODP第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」の掘削サイト(U1365)の水深と玄武岩コアが得られた海洋地殻上部の概要図。

 

東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授の研究グループは、統合国際深海掘削計画(IODP :注2)第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」にて、南太平洋環流域の海底を米科学掘削船「ジョイデス・レゾリューション号(注3)」で掘削し、海洋地殻上部の玄武岩コア試料の取得に成功した(図2)。

図2:掘削船ジョイデス・レゾリューション号(左上)、IODP第329次研究航海で得られた玄武岩コア(上中央)、岩石の亀裂に沿って粘土(層状ケイ酸塩鉱物)が形成する領域の実体顕微鏡図(右上)、右上図中の四角内の走査透過型電子顕微鏡画像(左下)左下図中の四角内の蛍光顕微鏡画像(下中央)および層状珪酸塩鉱物に見られる微生物細胞の蛍光顕微鏡画像(右下)蛍光顕微鏡観察で緑色に見えるのが微生物細胞。

 

岩石薄片から微生物を可視化する手法を開発し、水深5697 mの海底から102 m掘削して得られ玄武岩コアを調べた結果、玄武岩と亀裂の境界付近で形成する層状ケイ酸塩鉱物(注4)に、微生物が密集して生息していることを発見した。これまで玄武岩のような硬い岩石内部の微生物は、掘削による汚染や岩石内部を調べる技術がなかったため、科学的に未解明であったが、本研究で得られた成果により、地球上の膨大な空間を占める岩石内生態系に関する研究が急速に進展すると期待される。

火星地下深部の形成年代が古い玄武岩からも同じ層状ケイ酸塩鉱物が見つかっているため、形成年代の古い玄武岩から成る火星の地下深部に、生命が生存する可能性を類推する上で重要な手がかりが得られたと言える。また、世界各国で火星探査が計画・実施されているが、本研究により開発された手法と生命生存可能性の情報は、将来の火星の生命探査(注5)において、現存の生命や過去の生命活動の痕跡を発見することに貢献すると期待される。

 

発表内容

海洋底の大部分は、中央海嶺で噴出した玄武岩から成る溶岩によって、500から1000メートルの厚さで覆われている。形成年代が1000万年程度までの海洋地殻上部は熱いため、海水が内部を循環することで岩石と水の反応が促進され、生命の生存に必要なエネルギーが供給されていることが知られている。しかし、形成年代が1000万年より古い海洋地殻上部は、冷却されて熱源による水の循環が弱まるため、生命の生息に必要なエネルギー供給が著しく弱まり、生命の生息が可能かどうかについては不明であった。形成年代が1000万年より古く、冷たい海洋地殻は、海洋底全体の90%を占めており、地球上の微生物生態系を理解する上で重要であるが、水深が深く、堆積物で覆われているため、実態解明のための調査が進んでいなかった。

IODP第329次研究航海では、地球上で最も表層海水の基礎生産量が小さく、最も透明度の高い海域として知られる南太平洋環流域において、1億年前に形成した海洋地殻上部を掘削し、堆積物下の玄武岩からコア試料の採取に成功した。先行研究により、玄武岩を覆う堆積物は光合成由来の有機物に欠乏し、海水中の酸素が玄武岩の直上付近まで浸透していることが明らかになっている。本研究グループは、新規に開発した岩石内部に生息する微生物を可視化する手法を、鉱物に充填された亀裂を含む玄武岩コア試料に適用した結果、熱による水とエネルギーの循環が弱まった1億年前に形成したコア試料から、微生物細胞の観察に成功した。また、玄武岩と亀裂充填鉱物の境界で形成する層状ケイ酸塩鉱物に微生物細胞が密集していることも判明した。光合成により生み出されるエネルギーを利用している可能性も否定できないが、南太平洋環流域は光合成生物の活動が極めて低い海域であることから、水と岩石の反応で生み出されたエネルギー源に依存している可能性が高いと考えられる。今後の遺伝子の研究で、生息している微生物の種類やエネルギー源について明らかにする。

火星の地殻上部は、37億年前までの火成活動により噴出した玄武岩質溶岩で厚く覆われている。30億年前に、地表から水がなくなったが、地下には氷の層およびその下に液体状の水が存在することがわかっており、地下深部の液体状の水の存在下では、現在も生命が生存している可能性が指摘されている。そのような地下深部で、仮に生命が活動するならば、岩石と水の反応により放出されるエネルギーに依存すると想定される。これまでの観測や探査によって、30億年前まで水と反応していた地下深部で、今回の掘削調査で存在が明らかになった層状ケイ酸塩鉱物と同じ鉱物が普遍的に見つかったことが報告されている。層状ケイ酸塩鉱物は、形成時の水質の違いを反映して化学組成や結晶構造が変化するため、同じ層状ケイ酸塩鉱物が形成している地球の古い海洋地殻上部と火星の地下深部は、岩石内部の水環境が類似していることを示唆する。本研究で、海洋地殻上部の形成年代の古い玄武岩に生命の生息が確認されたことで、形成年代の古い玄武岩から成る火星の地下深部でも生命が生存する可能性が示唆された。来年度NASAが打ち上げ予定のMARS2020ローバー(注6)で調査される火星表層において、本研究で微生物密集が確認された玄武岩亀裂で形成する層状ケイ酸塩鉱物を採取し、地球に持ち帰り調べることで、火星生命の発見に繋がることも期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Frontiers in Microbiology
論文タイトル Deep microbial colonization in saponite-bearing fractures in aged basaltic crust: Implications for subsurface life on Mars
著者 Yuri Sueoka, Seiya Yamashita, Mariko Kouduka, Yohey Suzuki
DOI番号 10.3389/fmicb.2019.02793
アブストラクトURL https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2019.02793/abstract

 

用語解説

注1 玄武岩

マグマが地上や海底から噴出して冷え固まった色が黒く、鉄とマグネシウムに富む火成岩で、兵庫県城崎温泉の近くにある玄武洞の岩石としても知られる。

注2 IODP

日・米が主導国となり、2003年~2013年までの10年間行われた多国間国際協力プロジェクト。日本が建造・運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデス・レゾリューション号を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、海底下生命圏等の解明を目的とした研究航海を実施した。2013年10月からは、国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)という新たな枠組みの多国間国際協力プロジェクトに移行している。

注3 ジョイデス・レゾリューション号

米国がIODPに提供するノンライザー型掘削船。JAMSTECが提供するライザー型の地球深部探査船「ちきゅう」と比べて浅部の掘削を多数行う役割を担う。

注4 層状ケイ酸塩鉱物

粘土の主要成分で、マグマが冷却して形成した火成岩が、地表付近や海底下で水と反応することで形成する。

注5 将来の火星の地球外生命探査

2026年にサンプルリターン計画を開始することが、米国とヨーロッパが主導で計画が進められている。発表者の鈴木庸平は、火星サンプルリターンの安全を惑星保護の観点で検討する国際委員会に、欧米以外では唯一の委員として参画している。

注6 NASAが打ち上げ予定のMars2020ローバー

来年度に打ち上げ予定で、生命検出を目的としたシャーロックと呼ばれる分析装置を搭載している。また、火星を地表から掘削し、岩石試料を採取する装置も掲載されている。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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