2019/08/07

疼痛治療薬リリカ(プレガバリン)の連続合成に成功

 

小林 修(化学専攻 教授)

石谷 暖郎(グリーン・サステイナブルケミストリー社会連携講座 特任准教授)

 

発表のポイント

  • 末梢神経障害性疼痛治療薬として広く用いられている「リリカ」の医薬原体(注1)であるプレガバリンの連続合成を、不斉固定化触媒反応(注2)を利用して達成した。
  • 鍵工程として、カラム型反応器に充填した固体状態のキラルニッケル触媒を利用する、フロー不斉共役付加反応を開発した。
  • 連結・連続フロー合成が、需要の高い医薬原体の、Just-in-time式生産(注3)に資する技術になりうることを実証したと言える。

 

発表概要

プレガバリン(図1A)はでPfizer社から発売されている末梢神経障害性疼痛治療薬(商品名「リリカ」)の医薬原体で、「リリカ」は2018年度の国内売上第2位(1007億円:薬価ベース、7.5%増)で、Pfizer社のトップセールス医薬品である。製造法はいくつか知られているが、「リリカ」に限らず、このような医薬品の製造方式そのものを変革しようとする動きが国内外で活発化している。すなわち、医薬品を現行の反応タンクを用いた回分式生産法から、連続生産法に切り替える動きである。本研究では、プレガバリンの連続生産法のための技術であるフロー合成を基軸とし、合成上の鍵工程であるキラル不均一系触媒反応を開発、それを連結・連続フロー合成に展開した。

図1. プレガバリンの合成反応式

 

連結・連続フロー合成(図2、注4)において重要なのは、後段の反応に悪影響を及ぼす副生成物や共生成物を前段の反応で生じさせないことである。触媒法を用いる場合には、触媒自身も後段への持ち越しは避けなければならないため、固定化触媒を使用することが要求される。小林教授らは本研究で、図1に示す反応式によりプレガバリンを合成することを計画した。ここで、上記の要求を満たすため、前駆体Cを合成する前段階である第1工程用の固定化不斉触媒を検討、新規な固定化不斉触媒を見出し、目的の中間体Bを高収率かつ高不斉選択率で得ることに成功した。新規に開発された固定化不斉触媒は、ニッケル錯体とメソポーラスシリカを混合するだけで調製できるが、基になっているニッケル錯体とは明確な触媒活性上の違いが見られる。すなわち、固定化触媒では、その活性が固体表面やメソ空間の影響を強く受けることが示唆された。この固定化触媒をカラムに充填してフロー不斉反応を行い、フロー水素化反応と連結、プレガバリンの連続合成を達成した。

図2. バッチ型反応とフロー(流通)型反応

 

小林教授らはこの研究により、連結・連続フロー合成が、市場インパクトの高い高付加価値化学品の連続生産に実際に使用可能であることを実証できたと考えている。また、生産システムはコンパクトで多様性に富み、プレガバリンのようなGABA類(注5)一般の製造だけではなく、様々な高付加価値化学品の連続生産に展開可能であるとしている。

 

発表内容

医薬品のような高付加価値化学品の重要性は来る社会において増加すると言われ、それらの生産プロセスの革新(注6)は、国家的課題である。特に消費者の体内に入る医薬品や食品などは、安全・安心のためにも国内のメーカーのイニシアチブのもと、国内で生産する体制を再装備することが必要である。すなわち、アジア圏に移った化学品製造の拠点を日本に取り戻す必要があるが、強力な価格競争に打ち勝ち、なお安定で安全な供給体制を構築するためには上記の課題・革新的生産プロセスの「解」を提供しなければならない。さて現状の機能性化学品製造は、化学実験室のフラスコ反応を基にした、回分式製造法で行われている。バッチ式反応は、実験室のフラスコ反応をそのまま大規模化したものと言え、実験室での経験が活かされる反面、大スケールでは温度・撹拌等の反応制御が容易ではなく、基本的に広大なスペースを必要とする。また、多くの機能性化学品は多工程を経て製造されるが、仕込み→反応停止→後処理をその都度繰り返さなければならず、そのための時間を要するとともに、後処理や精製工程で発生する廃棄物の処理、中間在庫の管理等問題は数多く、国内メーカーの弱点につながっている。この問題点を克服しつつ、上記の課題に取り組むためには、フラスコ反応を基盤とする現状の反応様式そのものを変換していく以外に方法はない。海外も状況は同様で、実際に医薬品製造における連続生産への移行は米国を中心に加速している。例えば2019年2月には、米国FDAが Statementとして強力に推し進める方針を打ち出している。小林教授らは、前出の連結に際しての制限と、欧米に対抗できる技術としての観点から、固定化触媒使用のカラムフロー反応を提唱している。本研究で小林教授らはまず、プレガバリン合成におけるキーステップとして重要な固定化不斉触媒を開発し、これを用いてプレガバリン前駆体の連続合成を達成した。

固定化不斉触媒は、ヨウ化ニッケルとキラルなジアミンを1:2で混合したニッケル-ジアミン錯体と、MCM-41型のメソポーラスシリカ(注7)を混合することで簡便に調製できた。この担持触媒はマロン酸ジメチルのニトロオレフィンに対する不斉1,4-付加反応に対し高い活性を示し、対応する生成物を高い立体選択性で与えた。組成解析、細孔構造解析とニッケルのX線吸収微細構造解析(XAFS)から、ニッケル原子:ヨウ素原子:ジアミン分子=1:1:1からなるニッケル化合物種がメソポーラスシリカの細孔内部に固定化されていることが示唆された(図3)。

図3. X線吸収微細構造解析により示唆された固定化キラルニッケル触媒の活性部位の構造

 

担持触媒の活性はその基となった錯体のそれと大きく異なることが明らかになった。例えば、反応活性は、立体的に大きなマロン酸エステルを使用した場合に、錯体を触媒に比べ劣るが、小さなマロン酸エステルを使用したときは錯体触媒を上回った。細孔内部に活性点が存在するため、細孔に取り込まれやすい小さい反応剤を用いると、反応活性の向上につながったと考えられる。

この反応を、担持触媒を充填した触媒カラムリアクターを用いて連続フロー条件で実施したところ、対応する生成物をバッチ法と同等の選択性で得ることができた。収率・触媒寿命に関して詳細に検討し、最適な条件ではフロー開始から10時間90%を超える収率で目的の生成物が得られた。さらに、フロー不斉反応の出口溶液を、そのまま固定化パラジウム触媒を用いたフロー水素化反応系に連結し、中間体Bの-NO2(ニトロ基)部位の-NH2(アミノ基)への還元とそれに続く環化が速やかに進行し、プレガバリン前駆体Cが合成でき、これを後処理工程で加水分解することによりプレガバリンAの連続合成を達成した(図4)。

図4. 連結・連続フロー法によるプレガバリンの合成.
MFC:マスフローコントローラー、DMPSi-Pd/BC:ジメチルポリシラン-パラジウム/骨炭触媒(固定化パラジウム触媒)

 

本研究の成果は、機能性化学品製造の課題としてあげた諸問題が、連続フロー法により一挙に解決できることを示している。とりわけ、GABAの一種、プレガバリンのように市場価値の高い高付加価値化学品の高効率・省スペース・省エネルギー的な連続合成を実現できたことは、社会的要求である「革新的生産プロセスの開発」に強いインパクトを与えると予想される。今後は同研究室において、より多様性に富んだ医薬品その他の化合物の連結・連続合成に展開することが期待され、企業参入が促されることで、化成品の連続生産が加速していくと予想される。

 

発表雑誌

雑誌名 Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル Nickel-Diamine/Mesoporous Silica Composite as a Heterogeneous Chiral Catalyst for Asymmetric 1,4-Addition Reactions
著者

Haruro Ishitani, Kan Kanai, Yoo Woo Jin and Shū Kobayashi*

DOI番号 10.1002/anie.201906349

 

用語解説

注1  医薬原体

Active Pharmaceutical Ingredients (API)と言われ、いわゆる医薬品の有効成分のこと。医薬品は原体を中心に、添加剤を加え、成形するなど製剤工程を経て生産される。

注2  不斉触媒反応

有機合成化学において、光学活性な触媒を用いて行われる反応で、右手/左手の関係にある鏡像体(エナンチオマー)を作り分けるための反応。酵素が作用する反応も含まれるが、ここでは光学活性な低分子の金属錯体を使用した反応をさす。

注3 Just-in-time式生産

生産過程において、各工程に必要な物を、必要な時に、必要な量だけ供給することで在庫や経費を徹底的に減らして生産活動を行う技術体系。起点はトヨタ自動車が導入した生産方式であり、自動車業界では有名な言葉である。

注4 連結・連続フロー合成

いわゆる流れ作業により物質生産を行うことだが、化学品の場合、原料の投入と生成物取り出しを、反応器を介し時間的に同時に進行させる製造方式のこと。生成物を連続的に得ることができ、生産量が時間でコントロールできるため(注3)のJust-in-time式生産を化学品に適用するためには必須な要素である。対極には回分(バッチ)式生産があるが、エネルギー効率、省スペース、安全面等で優れている。

注5 GABA

ガンマ-アミノ酪酸(Gamma-aminobutyric acid)のこと。中枢神経系に存在し、神経伝達物質として知られている。食品添加物、医薬原体など、様々な用途で用いられる。

注6 生産プロセスの革新

「エネルギー・環境イノベーション戦略」(平成28年4月総合科学技術・イノベーション会議)において採択された重点目標の一つ。様々な製品の原料等となる基礎化学品を製造する際のエネルギーの削減による、エネルギー多消費型生産プロセスからの脱却の必要性が示されている。

注7 メソポーラスシリカ

二酸化ケイ素(SiO2シリカ)を成分として、均一で規則的な細孔(メソ孔)を持つ物質のこと。メソ孔とは、IUPACによって定義された2−50nm の領域の細孔のことであるが、代表的なメソポーラスシリカは2-10nm程度の細孔を持つ。本研究で用いられたMCM-41型のメソポーラスシリカは、1992年に米国モービル社の研究グループによって報告されたタイプのもので、2次元のヘキサゴナル細孔構造を持つ。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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