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細胞が生きたままでミトコンドリアの内膜構造が鮮明に見えた
~ミトコンドリアの形態制御異常がもたらす神経変性疾患の診断技術や創薬開発ツールとして期待~
名古屋大学
東京大学大学院理学系研究科
理化学研究所
科学技術振興機構
概要
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の 山口 茂弘 教授、多喜 正泰 特任准教授、物質科学国際研究センターの 王 晨光(Chenguang Wang)研究員らの研究チームは、理化学研究所生命機能科学研究センター(BDR)の 岡田 康志 チームリーダー(東京大学大学院理学系研究科、東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN))らと共同で、褪色に極めて強いミトコンドリア蛍光標識剤「MitoPB Yellow(マイトピービー・イエロー)」を開発し、ミトコンドリアの内膜構造を超解像STED顕微鏡によって、生きたまま鮮明に可視化することに成功しました。繰り返しの撮影でも褪色しないことから、経時的な内膜の形態変化を追跡することも可能です。
ミトコンドリアは、内膜と外膜に囲まれた二重膜構造になっています。内膜は「クリステ」と呼ばれ、内側に折り畳まれたひだ状の構造をとることによって細胞に必要なエネルギー産生の効率を高めています。このクリステ構造の観察には、透過型電子顕微鏡を用いる手法が最も一般的ですが、生きた細胞には適用できません。これに対し、光の回折限界を超える分解能で微細構造を可視化する「超解像顕微鏡」を用いると、細胞が生きたままの状態で細胞小器官を観察することができます。しかし、超解像顕微鏡でミトコンドリアのクリステ構造を可視化するには、従来のミトコンドリア標識剤では内膜のみを染色できないことが問題でした。加えて、光照射によって蛍光色素が著しく褪色してしまうため、クリステの構造変化をつぶさに観察し続けることができませんでした。
今回、共同研究チームは、極めて高い光安定性をもつ超耐光性ミトコンドリア蛍光標識剤「MitoPB Yellow」の開発に成功しました。MitoPB Yellowは、ミトコンドリア内膜に存在するタンパク質と結合し、強く発光するという性質をもっています。STED顕微鏡技術とあわせることにより、細胞が生きたままの状態でクリステ動態を鮮明に捉えることに成功しました。ミトコンドリアの形態は、細胞のエネルギー代謝のみならず、パーキンソン病やミトコンドリア病などの神経変性疾患とも深く関連することから、診断薬としての応用や治療薬開発ツールとしての利用が期待されます。
本研究成果は、2019年7月22日15時(米国東部時間、日本時間:7月23日午前4時)に米国科学雑誌Proceeding of the National Academy of Sciences オンライン版に掲載されました。
図1. 生きた細胞におけるクリステの観測
(a) MitoPB Yellowで標識したミトコンドリアの共焦点画像とSTED顕微鏡画像の比較。
(b) 細胞をHBSS飢餓状態で培養するとミトコンドリアが細長くなり、クリステの密度が経時的に増えていく。
(c) ミトコンドリアDNAの複製阻害剤で細胞を処理すると、同心円状に重なったクリステの構造が観察される。共焦点画像では検出することができない。スケールバー:(a) 1 µm,(b,c) 2 µm。
詳細については、 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 のホームページをご覧ください。
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―