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アオミドロの性を実験的に誘導して13種の同定に成功
高野 智之(生物科学専攻 元特任研究員)
野崎 久義(生物科学専攻 准教授)
発表のポイント
- 有性生殖の形質が分類に必須であるために種の同定が困難であった微細藻アオミドロ(Spirogyra)で、栄養糸状体の培養材料から性を誘導して種を同定する新分類手法を確立した。
- 日本各地の試料から確立した培養材料を用いて独自に改良した性誘導法を試みたところ13種を同定し、原記載以来56年間報告のなかった日本固有種1種の生育と分類学的所在が不明であったテムノギラ(Temnogyra)属2種の系統的位置を明らかにした。
- 今後、本手法を用いて世界のアオミドロの種の多様性が更に明らかとなり、確立された培養株が様々な生物学の分野並びに初等・中等教育に役立つと期待される。
発表概要
アオミドロは特徴的なアメーバ型の配偶子が接合する点で、古くから教科書等で紹介されている微細糸状藻類であります(図1、ビデオ)。これまでのアオミドロの分類学的研究は主に野外で採集された材料の有性生殖時の配偶子の接合様式(注1)や接合胞子(注2)の形態をもとに実施されており、アオミドロの種同定を実験室で培養した材料を用いて行うことは極めて困難でした。
図1:アオミドロの生息地、栄養細胞およびライフサイクル(a)滋賀県琵琶湖において増殖しているアオミドロ。(b)琵琶湖から採集されたアオミドロサンプルの光学顕微鏡写真。通常、野外サンプルはこのように有性生殖をしていないので、従来の分類手法では種が同定できなかった。スケールバーは100 μm。(c)アオミドロ属のライフサイクル(注5)。
ビデオ:アオミドロの1種の配偶子接合の様子(撮影 堀田康夫さん、野外で採集された材料を撮影)。
今回、東京大学大学院理学系研究科の高野智之元特任研究員や野崎久義准教授らのグループは、日本各地から採集したアオミドロの培養株を確立し、独自に改良した寒天プレートを用いた性誘導法を試みました(図2)。その結果、培養条件下で13種を同定することに成功しました。これら13種中の8種はこれまでにその存在が採集材料だけから形態的に記載されていたものであります。8種には、これまで原記載(注3)以来56年間報告のなかった日本固有種スピロギラ・ミヌティクラッソイデア(学名:Spirogyra minuticrassoidea)並びにこれまで分類学的所在が不明であったテムノギラ(Temnogyra)属と有性生殖の特徴から同定される2種を含みます(図3)。今後、本手法を用いることで世界のアオミドロの種の多様性が更に明らかとなり、確立された培養株が様々な生物学の分野並びに初等・中等教育に役立つと期待されます。
図2:本研究で開発したアオミドロの栄養糸状体の培養から有性生殖を誘導して種を同定する新分類手法の模式図。本研究では寒天プレート培地で培養する際の明期時間、光量をともに増加させる改良を行った。
図3:本研究で実験的に性誘導が成功し、種同定された2種の光学顕微鏡写真。(a)~(d)日本固有種スピロギラ・ミヌティクラッソイデア(学名:Spirogyra minuticrassoidea)。(e)~(i)テムノギラ属タイプの有性生殖を行う種スピロギラ・コルガータ(学名:Spirogyra corrugata)。(a)(e)栄養細胞の形態。リボン状の葉緑体が確認できる。(b)(f)(g)有性生殖の形態。スピロギラ・ミヌティクラッソイデアでは接合胞子が連なって形成されているが、テムノギラ属タイプの有性生殖を行うスピロギラ・コルガータでは有性生殖をする細胞の隣に常に有性生殖しない細胞ができる(f矢じり)。(c)(h)接合胞子の断面観。(d)(i)接合胞子の表面観。スピロギラ・コルガータでは膜のしわ模様が確認できる。スケールバーはすべて20 μm。発表論文から改変。
発表内容
①研究の背景
アオミドロは世界中の様々な淡水域に生息する微細な藻類で、螺旋を描くリボン状で緑色の葉緑体をもつ非常に美しい糸状体であります(図1)。近年アオミドロが含まれる接合藻類(注4)は陸上植物に最も近縁な藻類と考えられており、陸上植物の起源を探る藻類として脚光を浴び始めています。アオミドロの有性生殖は特徴的なアメーバ型の配偶子が接合するので(ビデオ)、古くから初等・中等教育の教科書等で紹介されています。世界各地から約380種が認められており、日本からは82種が報告されています。
18世紀のヨーロッパに始まるこれまでのアオミドロの分類学的研究は、主に野外で採集された材料の有性生殖時の配偶子の接合様式や接合胞子の形態をもとに実施されており、アオミドロの正確な種の同定はフィールド調査に長けた熟練した研究者に委ねられていました。従って、アオミドロの種同定は極めて困難で、有性生殖が誘導されていない材料ではほとんど不可能であり、原記載論文以来報告されていない種も多く存在しました。
②研究内容
今回、我々は日本各地から採集したアオミドロの培養株を確立し、遺伝的に異なる52株に対して、明期時間と光量を増加させるという独自の改良を加えた寒天プレートを用いた性誘導法を試みました(図2)。その結果、培養条件下の15株で接合胞子または単為胞子が形成され、13種を同定することに成功しました。これら13種中の8種はこれまでにその存在が採集材料だけから形態的に記載されていたものであり、これらの培養材料の確保と分子系統解析を初めて実施することができました。8種の中には、これまで原記載以来56年間報告のなかった日本固有種スピロギラ・ミヌティクラッソイデア(学名:Spirogyra minuticrassoidea)(図3a-d)並びに日本新産の2種 [スピロギラ・シュードマキシマ(学名:S. pseudomaxima)とスピロギラ・デンティレティキュラータ(学名:S. dentireticulata)]を含みます。
一方、栄養糸状体はアオミドロ属に類似しますが、有性生殖の特徴が異なることから別属テムノギラ属が提案されていましたが、分子データを用いた研究がなされておらず、テムノギラ属の分類学的所在は不明でありました。今回、特異な有性生殖が明らかになったためテムノギラに分類できる2種 [スピロギラ・コルガータ(学名:S. corrugata)とスピロギラ・パンクタータ(学名:S. punctata)] (図3e-i)が初めて培養株と共に同定されました。これら2種は今回の分子系統解析では多くのアオミドロの種を含む単系統群の中に位置しました。従って、これら2種はアオミドロ属に所属させるべきと結論しました。
③社会的意義
今回、確立した新分類手法は通常野外で採集される栄養糸状体を培養・性誘導することで種が正確に同定される画期的なものです(図2)。本手法を用いて世界中のアオミドロの種の多様性が更に解明され、確立された培養株が様々な生物学の分野並びに初等・中等教育において役立つと期待されます。
発表雑誌
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雑誌名 Scientific Reports 論文タイトル Identification of 13 Spirogyra species (Zygnemataceae) by traits of sexual reproduction induced under laboratory culture conditions 著者 Tomoyuki Takano, Sumio Higuchi, Hisato Ikegaya, Ryo Matsuzaki, Masanobu Kawachi, Fumio Takahashi and Hisayoshi Nozaki* DOI番号 10.1038/s41598-019-43454-6
用語解説
注1 接合様式
アオミドロの接合は細胞から接合管と呼ばれる管を伸ばして2つの細胞が結合することから始まる。細胞同士が結合すると一方の雄側の配偶子がもう一方の雌側の配偶子に向かって接合管を通って移動し、配偶子同士が融合することで接合胞子を生じる(図1c参照)。アオミドロ属では糸状に連なった複数の細胞から接合管を伸ばすが(図3b)、テムノギラ属は接合管を伸ばす1つの細胞の隣には必ず接合管を伸ばさず接合しない1つの細胞(図3f矢じり)があるという違いがある。↑
注2 接合胞子
接合の結果できる接合胞子は耐乾性を持ち発芽に適した環境になるまで休眠する。接合胞子の膜にはさまざまな模様があり、分類の際に重要となる。↑
注3 原記載
新種を定義づける記載文を論文などの形で発表したものを原記載という。スピロギラ・ミヌティクラッソイデアは1963年に山岸高旺博士(東京プランクトン研究所主宰)によって愛知県から発見、記載されて以来報告がなく本研究で長野県から再発見された。↑
注4 接合藻類
アオミドロが属する接合藻類はライフサイクルの中で鞭毛を持たず、鞭毛のない配偶子同士が接合するという特徴を共有している。アオミドロの他に教科書でよく目にするミカヅキモも接合藻類に属する生物である。↑
注5 アオミドロ属のライフサイクル
アオミドロは枝分かれしない糸状に連なった個々の細胞が分裂することによって無性的に増殖する。乾燥などによって環境が悪化すると有性生殖を行い接合胞子を形成して休眠する。環境が整うと接合胞子は発芽し、再び細胞分裂を繰り返して増殖していく。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―