2019/03/04

兵隊シロアリの大顎を伸ばすダックスフンド遺伝子:環境要因と形態形成を繋ぐ

 

杉目 康広(研究当時:北海道大学大学院環境科学院 大学院生)

小口 晃平(東京大学大学院理学系研究科 博士課程2年生)

後藤 寛貴(北海道大学大学院地球環境科学研究院 学術研究員)

林 良信(慶應義塾大学法学部 助教)

松波 雅俊(琉球大学大学院医学研究科 助教)

重信 秀治(基礎生物学研究所 特任准教授)

越川 滋行(北海道大学大学院地球環境科学研究院 准教授

三浦 徹(臨海実験所 教授)

 

発表のポイント

  • 社会性昆虫であるシロアリのコロニーでは、一部の個体が、巨大化した大顎を持つ兵隊に分化し防衛を行う。本研究は、兵隊へ分化する際に環境情報を伝達するホルモンの下流でダックスフンド遺伝子の発現が上昇することで大顎伸長が起こることを明らかとした。
  • 体の部位の大きさがどのようにして決まるのかという発生学の重要な課題に対して、環境情報を伝達するホルモンと体のつくりを規定する遺伝子の関係性を明確にした。
  • 遺伝子と環境要因がどのようにして生物の形を作るのかを明らかとした本研究成果は、動物の表現型の進化や環境要因による表現型可塑性(注1)の機構を理解する上で重要な知見となることが期待される。

 

発表概要

社会性を持つ昆虫として知られるシロアリは、「家族」単位でコロニーを形成する。コロニーを構成する個体は血縁者であるため、同様の遺伝情報を持つにも関わらず、女王、ワーカー、兵隊など、さまざまな形態を持つ「カースト」が存在する。彼らは成長の過程で受ける環境要因でどのカーストになるか決まるとされるが、どのような発生のしくみで異なる形態へと分化するかは全く分かっていなかった。

東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授と北海道大学大学院地球環境科学研究院の研究グループは、オオシロアリHodotermopsis sjostedti において兵隊カーストは防衛のための大顎を伸長させる現象に着目した。この際には幼若ホルモン(注2)が環境情報を伝達して兵隊分化を誘導することは知られていたが、どのような発生のしくみが大顎の伸長を起こさせるのかについては未知であったため、大顎伸長時にはたらく遺伝子をリアルタイムPCR法(注3)とRNA干渉法(注4)により同定した。その結果、ダックスフンド遺伝子(dac遺伝子(注5))が幼若ホルモンに応答して大顎の先端部で発現することにより大顎伸長を導くことが示された。さらにこの遺伝子は、幼若ホルモンとインスリン(注6)、および大顎の部位を決定するHox遺伝子の相互作用の下流で発現が誘導されることも示された。

本研究によって、環境要因がホルモン経路を介して発生制御因子の発現に影響を与えることで体のつくりを改変することが世界で初めて示された。本研究を端緒に、生物の形態の進化と環境要因の関連の謎が解き明かされることが期待される。

 

発表内容

①研究の背景・先行研究における問題点
生物の形質は遺伝情報により規定されることが一般的にはよく知られるが、全ての形質が遺伝情報により規定される訳ではなく、環境要因の影響も受ける。生物種によっては同じ遺伝情報を持っていても形態の大きく異なる個体が出現するものもいる。社会性昆虫であるシロアリには、カーストと呼ばれる形態・行動が異なる個体が集団で生活している(図1A)。中でも兵隊カーストは、防衛に特化しており、大顎などの武器形質が発達している(図1B)。カーストの運命は孵化後の発生(後胚発生(注7))の過程で受ける環境要因によって決定される。環境情報は幼若ホルモンにより伝達され、幼若ホルモンの体内濃度によりカースト分化が制御されていることが知られている。しかし、全身を巡るホルモンが、いかにして体の一部だけを形態変化させるのかについては全く分かっていなかった。

 

図1. オオシロアリのカースト分化経路(A)と兵隊分化時の大顎伸長の過程(B)。

 

② 研究内容(具体的な手法など詳細)
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授と北海道大学大学院地球環境科学研究院の研究グループは、カースト分化に関する知見が蓄積しつつあり、兵隊分化を人為的に誘導することも可能なオオシロアリ Hodotermopsis sjostedtiを用いて、兵隊の大顎を伸長させる遺伝子の同定を試みた。他の昆虫の付属肢や口器などの形態形成に関わることが知られる18の遺伝子について、リアルタイムPCR法により発現の変動を詳細に調べた。その結果、いくつかの遺伝子が有意に変動することが示されたが、中でもdachshund遺伝子と呼ばれる転写因子をコードする遺伝子が、兵隊分化を引き起こす幼若ホルモンに応答して、大顎特異的に発現上昇することが明らかになった。大顎内部の発現部位を詳細に調べると、先端部分で特に発現が上昇しており、際立った伸長が起こる部位と一致した(図2A)。RNA干渉法によりこの遺伝子の機能を阻害すると、先端部の伸長が阻害された大顎形態となった(図2B)。大顎伸長にdac遺伝子が関わることはクワガタムシでも知られている(Gotoh et al. 2017, Dev. Biol.)。

 

図2. 前兵隊脱皮前の大顎におけるdachshund遺伝子産物の局在(A)。主として先端部で強い発現が見られる。この遺伝子の機能をRNA干渉法で阻害すると大顎の伸長が抑制される(B:右側)。本研究で明らかとなったdachshund遺伝子とホルモン(幼若ホルモンとインスリン)経路、およびHox遺伝子との制御関係(C)。

さらに、兵隊分化に関わる幼若ホルモンとインスリン、そして大顎の部位を特定するHox遺伝子との関係性を探るため、それぞれに関わる遺伝子についてRNA干渉法を行い、dac遺伝子の発現量を比較したところ、dac遺伝子はこれらの経路の下流で制御されていることが示された(図2C)。

③ 社会的意義・今後の予定 など
近年では、シロアリを含む多くの社会性昆虫種のゲノム情報が解読されつつある。しかし、どのような遺伝子の発現制御が、カースト分化など社会性を担うメカニズムに関わるかについては未解明な点が多い。本研究により、他の昆虫種でも知られる発生制御因子がホルモンの下流で制御を受けることで、環境要因によって形態が多様化する機構の一端が明らかとなった。本研究は、体の部位の大きさがどのようにして決まるのかという発生学の重要な課題に対して、環境情報を伝達するホルモンと形態を規定する遺伝子の関係性を解明する良いケーススタディにもなり、生物の発生制御および表現型の進化の解明に役立つことが期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Development(オンライン版3月4日)
論文タイトル Termite soldier mandibles are elongated by dachshund under hormonal and Hox-gene controls
著者 Yasuhiro Sugime, Kohei Oguchi, Hiroki Gotoh, Yoshinobu Hayashi, Masatoshi Matsunami, Shuji Shigenobu, Shigeyuki Koshikawa, Toru Miura
DOI 10.1242/dev.171942
論文URL http://dev.biologists.org/content/146/5/dev171942

 

用語解説

注1  表現型可塑性

環境条件に応じてその生物種の持つ形質(表現型)が変化する性質。

注2  幼若ホルモン

昆虫の脱皮や変態を司るホルモンのひとつ。幼虫時期を維持する役割がよく知られるが、他にも多様な機能を持つ。

注3 リアルタイムPCR法

逆転写PCR(RT-PCR)法を用いて、RNAの存在量を定量する方法。蛍光試薬を用いてPCRを行うことで、リアルタイムで増幅効率を測定し、そこから現存量を計算する手法。

注4 RNA干渉法

標的とする遺伝子の配列を持つ二本鎖RNAを対象生物に注入することで、その遺伝子のRNAを破壊して機能を損なわせる実験手法。

注5 ダックスフンド遺伝子(dachshund, dac

昆虫の付属肢や複眼の構造を規定する遺伝子のひとつ。脚では基部で発現することが知られている。

注6 インスリン

脊椎動物でよく知られるインスリンは昆虫の生理活性物質でもある。昆虫では体のサイズやプロポーションを規定することが明らかにされている。

注7  後胚発生

動物において卵から孵化した後の成長過程を指す。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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