2019/02/12

鉄イオン輸送体VIT1の構造が明らかにした植物の鉄獲得機構

 

加藤 孝郁(生物科学専攻 博士課程2年)

熊崎 薫(研究当時:生物科学専攻 修士課程)

谷口 怜哉(研究当時:生物科学専攻 博士課程)

山下 恵太郎(生物科学専攻 特任助教)

西澤 知宏(生物科学専攻 助教)

濡木  理(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 植物の液胞膜に局在する鉄イオン輸送体VIT1の立体構造を決定した。
  • 得られた立体構造情報と機能解析からVIT1が有する2つのドメインが協同してはたらくメカニズムを解明した。
  • 植物の鉄イオン制御機構の更なる理解や作物改変に繋がることが期待される。

発表概要

多くの生物にとって、鉄イオンはさまざまな生命現象に関わる重要な金属イオンあり、特に植物では、光合成や窒素固定の反応において重要な役割を果たすことが知られています。しかしその一方で過剰な鉄イオンは生体にとって毒性を示すため、適切な濃度になるように細胞の中で常に調節されています。植物細胞は細胞小器官の1つである液胞の中に鉄イオンを運び、必要に応じて再利用しています。VIT1は植物細胞内の鉄イオン濃度の調節に重要な輸送体タンパク質として見つかっていましたが、VIT1が鉄イオンをどのように輸送するのか、その詳細な分子機構は長年明らかになっていませんでした。今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木教授らのグループはさらに、VIT1の立体構造情報に基づく変異体解析から、VIT1は2つのドメインが協同して鉄イオンを効率よく液胞内へ輸送することを明らかにしました。このような輸送機構は溶液中で不安定な鉄イオンを効率よく運ぶために獲得したものであると考えられます。本研究成果は植物の鉄イオンの調節機構の更なる理解や、発展途上国で大きな問題になっている鉄欠乏症の治療に向けた農作物の改変などへと繋がることも期待されます。

 

発表内容

全ての生物にとって、鉄イオンは重要な補因子として機能しています。例えば植物細胞において、葉緑体内で行われる光合成を駆動するエネルギーの産生や、植物の根で行われる窒素固定などにおいて、鉄イオンは欠かせません。一方で、溶液中で不安定な鉄イオンは容易に酸化され、その過程で生体分子を直接傷つける活性酸素をつくってしまいます。鉄イオンは植物にとって必須な金属イオンでありながら、過剰な鉄イオンは生体にとって毒にもなります。したがって、細胞内の鉄イオンは適切な濃度を維持するよう厳密に制御されています。この制御は鉄イオンを隔離・貯蔵し、必要に応じて再利用するように行われており、植物細胞では細胞小器官の1つである液胞(注1)がこの機能を担っています。液胞内への鉄イオン輸送は液胞膜局在の輸送体(注2)であるVIT1 (Vacuolar Iron Transporter 1)が行っていることが知られています。VIT1は植物の発生や生育時の鉄イオン制御に重要なため、現在もそれらの生理学的な研究が進められています。しかし、VIT1はこれまで構造解析が行われてきたどの金属イオン輸送体ともアミノ酸配列の相同性をもたないため、輸送などに関する詳細な分子機構の知見はほとんど分かっていませんでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授らの研究グループはX線結晶構造解析(注3)の手法を用いてユーカリ属のローズガム由来VIT1の立体構造を決定することに成功しました。

VIT1は5本のαヘリックス(注4)で構成された膜貫通ドメインと金属イオンが結合する細胞質ドメインが二量体を形成する新規の構造であることを明らかにしました(図1)。

 

図1. VIT1の全体構造
膜貫通ドメインと細胞質ドメインから構成された二量体構造。細胞質ドメインには亜鉛イオンが結合している。

 

図2. 金属イオンの透過経路
膜貫通ドメインに存在するポケットの金属イオン非結合構造(左)と結合構造(右)。ポケットの入り口のアミノ酸によって金属イオンは認識されている。

 

また、これらの構造情報に基づいた機能解析によって、VIT1は金属イオンがポケット内の残基によって受け渡されながら液胞へ輸送されることで、H+と共役して鉄イオンを運ぶアンチポーター(注5)であることを解明しました。このような輸送機構は液胞内腔のH+を利用して、細胞質に存在する低濃度の鉄イオンを液胞内へと輸送するために適したものです。また、イオン輸送に直接的に関わる膜貫通ドメインに加えて、細胞質ドメインにも鉄イオンだけでなく数種の金属イオンが結合する事を示しました(図3)。

 

図3. 細胞質ドメインに結合する金属イオン
細胞質ドメインには、輸送する鉄イオン(右下)以外にも亜鉛イオンやニッケルイオン、コバルトイオンが結合する。 3つの金属イオンの中央には水分子が確認された。

 

得られた構造情報、およびリポソーム(注6)を用いた変異体の鉄イオン輸送活性測定の結果から、細胞質ドメインは細胞質中に存在する金属イオンを「捕え」、膜貫通ドメインによって「運ぶ」はたらきを促進しているというモデルを提唱しました(図4)。

 

図4. VIT1の輸送機構
細胞質ドメインが金属イオンを捕え、膜貫通ドメインに受け渡す。金属イオンは膜貫通ドメイン内のポケット内を移動し液胞内へ輸送される。

 

このような輸送様式は溶液中で不安定な鉄イオンを効率的に液胞に輸送するために植物が獲得した機構であると考えられます。本研究によって、植物細胞内の鉄イオン濃度制御の更なる理解が進むことが期待されます。また、最近VIT1の液胞に鉄イオンを貯蔵する機能に着目し、鉄含有量の向上した遺伝子組み換え作物の開発が進んでおり、特に発展途上国で深刻な鉄欠乏症に対する治療法としても注目されています。今回のVIT1の構造はこのような作物改変に有益な情報を提供できることも期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Plants(オンライン版:2月11日掲載)
論文タイトル Crystal structure of plant vacuolar iron transporter VIT1
著者

Takafumi Kato, Kaoru Kumazaki, Miki Wada, Reiya Taniguchi, Keitaro Yamashita, Kunio Hirata, Ryuichiro Ishitani, Koichi Ito, Tomohiro Nishizawa*, Osamu Nureki*(*責任著者)

DOI番号 10.1038/s41477-019-0367-2
論文URL

https://www.nature.com/articles/s41477-019-0367-2

 

 

用語解説

注1 液胞

菌類や植物細胞が持つ袋状の大きな細胞小器官で、不要物の消化などが行われている。また、無機塩類や有機物の貯蔵において大きな役割を担っている。

注2 輸送体

イオンや有機物などは直接脂質膜を透過できないため、生体膜に局在してそれらの輸送を行っている膜タンパク質の1つ。

注3 X線結晶構造解析

タンパク質の構造決定で用いられる方法の1つ。高い純度のタンパク質を結晶化し、X線を照射することで得られる回折データを解析して立体構造を原子レベルの分解能で決定する。

注4 αヘリックス

連続したアミノ酸領域が形成する螺旋状の構造。膜タンパク質において、膜貫通部位に一般的に見られる。

注5 アンチポーター

輸送体の種類の1つで膜の両側にある基質2つをそれぞれ逆方向に輸送する。

注6 リポソーム

人工的に作製した脂質の小胞。この小胞膜に精製した膜タンパク質を再構成することによって、目的タンパク質の活性を試験管内で測定することが可能になる。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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