2018/11/09

受精時にホヤ精子が誘引物質を受容する機構を解明

吉田  学(附属臨海実験所 准教授)

吉田  薫(桐蔭横浜大学医用工学部 准教授)

柴  小菊(筑波大学下田臨海実験センター 助教)

稲葉 一男(筑波大学下田臨海実験センター 教授)

 

発表のポイント

  • 受精時に見られる卵に対する精子走化性(注1)において、精子が誘引物質SAAF(注2)を受容する機構がカタユウレイボヤで明らかになりしました。
  • これまで唯一ウニで知られていた精子誘引物質の受容機構とは違い、細胞内Ca2+濃度を下げるCa2+ポンプ(注3)の活性が精子誘引物質により制御されていることがわかりました。
  • 精子走化性の分子機構の進化の理解につながると同時に、細胞内Ca2+を外部から制御するための新たな手法が開発されることが期待されます。

発表概要

受精の際に見られる精子の卵への走化性は、植物から動物まで広く見られる現象で、特に体外受精する生物において精子が卵と出会う確率を上げる仕組みと考えられています。しかし、卵から放出される精子誘引物質は極微量であることから、精子誘引物質が同定されている動物種はまだ僅かであり、誘引物質を受容する分子メカニズムも全くわかっていません。これまで東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の吉田学准教授らは、原始的な脊索動物であるホヤ類を用いて精子走化性の分子メカニズムの解明を進めてきました。そして今回、桐蔭横浜大学の吉田薫准教授、筑波大学の柴小菊助教、稲葉一男教授らとの共同研究により、カタユウレイボヤでは精子誘引物質は精子細胞膜にあるCa2+ポンプに作用し、精子内のCa2+濃度を調節していることが明らかになりました。従来、細胞膜のCa2+ポンプにはCa2+流入で起こった情報伝達を終了させるために細胞外へCa2+を排出する役割があることしかわかっておらず、積極的にシグナルを生成していることが示されたのは初めてです。今後、誘引物質とCa2+ポンプの相互作用の種特異性や、Ca2+の詳細な調節機構を明らかとすることによって、卵に対する精子走化性の分子メカニズムの詳細とその進化の理解につながると同時に、細胞内Ca2+を外部から制御するための新たな手法が開発されることが期待されます。

 

発表内容

ヒトをはじめ多くの動物は性を持ち、雄由来の精子と雌由来の卵とが受精という融合をおこすことによって新しい世代を生み出します。その過程で精子は卵を探して遊泳しますが、この際に卵または雌性器官が精子を誘引する現象(精子走化性)が、特に海水中に放卵・放精を行う海産動物で顕著に見られます。精子は走化性運動時、誘引源から遠ざかると遊泳方向が急激に変化し、引き続いて誘引源方向へと直進するという特徴的な方向転換(ターン)を行いますが(図1)、この「ターン」には細胞内Ca2+の一過的な上昇(Ca2+バースト)が必要不可欠であること、Ca2+バーストは常に精子運動円軌跡中の誘引物質濃度が極小に達した点で起きることがわかっています(注4)

 

図1.精子走化性におけるカルシウムの変化と、PMCAの働きの仮説。

精子誘引物質の受容機構は、大西洋産のウニ(Arbacia puncturata)での研究がある程度進んでおり、精子誘引物質がペプチドであり、精子誘引物質の受容体はcGMPの合成酵素であるグアニル酸シクラーゼであること、cGMPは最終的にCa2+チャネル(注5)のCatSperを開口させることが示されてきました。しかし、ウニ以外の動物ではグアニル酸シクラーゼが精子走化性に関与していることは否定的であり、それ以外の動物ではどうやって精子誘引物質がCa2+濃度を調節しているのかは不明でした。さらに、精子誘引物質がCa2+チャネルの開口につながるとすると、なぜ精子誘引物質濃度が極小となった際にCa2+バーストを引き起こすのか、そのしくみも説明がつきませんでした。

附属臨海実験所の吉田学准教授らは、原始的な脊索動物であるホヤ類を用いて精子走化性の研究を進め、これまでにカタユウレイボヤおよびスジキレボヤにおいて卵から放出される精子誘引物質がステロイド誘導体SAAFであることを解明してきました(注6)。そして今回、桐蔭横浜大学の吉田薫准教授、筑波大学の柴小菊助教、稲葉一男教授らとの共同研究により、カタユウレイボヤでは精子誘引物質SAAFは精子膜に存在するCa2+ポンプ(PMCA(注7))と特異的に結合することが明らかとなりました。PMCAは精子鞭毛に多量に存在し、SAAFと結合することで活性が上昇することがわかりました。さらに、PMCAの阻害剤を精子に作用させると、SAAFに対する走化性を示さなくなること、その際には精子内のCa2+が高いままに保たれていることが示されました。

この結果は、精子誘引物質は精子に作用している間はPMCAを活性化して精子内のCa2+濃度を下げる方向に働いており、精子が誘引源より遠ざかり、誘引物質の濃度が減少するとPMCAの不活性化によりCa2+排出が止まり、結果的にCa2+バーストにつながることを示しています(図1)。このような繊細な制御はSAAFとPMCAの“弱い”結合によってもたらされると考えられ、それを検出できたことが本研究成果につながりました。

本研究により、精子走化性において誘引物質が精子内Ca2+濃度を調節するしくみの一端が明らかとなりました。また、誘引物質がCa2+濃度の減少を誘導することで、精子が誘引物質の減少という負の濃度変化の感知を可能としているという、これまでの常識を覆す興味深い結果を得ています。今後は、Ca2+の上昇に関与するチャネルの同定や、Ca2+による鞭毛波形の制御機構を明らかにすることで、長年の謎であった精子運動の制御システムが解明されることが期待されます。

また、精子走化性には種特異性があり、ホヤにおいても精子誘引物質SAAFの構造は種によって微妙に異なることがわかっており、さらにウニの精子走化性のメカニズムとは大きく違うことが明らかとなりました。今後は、受精の分子機構がどのように進化し種分化してきたかを解明するため、SAAFとPMCAの相互作用に種特異性があるかどうかを調べる予定です。

本研究は、日本学術振興会 基盤研究(B)「受精における精子機能調節の分子機構の解析」(研究代表者:吉田 学、課題番号:15H04398)、日本医療研究開発機構 ナショナルバイオリソースプロジェクト「カタユウレイボヤ」などの支援を受けておこなわれました。

 

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports
論文タイトル Ca2+ efflux via plasma membrane Ca2+-ATPase mediates chemotaxis in ascidian sperm
著者 Kaoru Yoshida*, Kogiku Shiba, Ayako Sakamoto, Jumpei Ikenaga, Shigeru Matsunaga, Kazuo Inaba, and Manabu Yoshida*
DOI番号 10.1038/s41598-018-35013-2
アブストラクトURL http://www.nature.com/articles/s41598-018-35013-2

 

 

用語解説

注1:(正の)走化性

細胞または生物が化学物質(誘引物質)の濃度勾配に対して濃度の高い方へと移動する性質。

注2:SAAF

尾索動物ホヤ類の卵から放出されている、精子を活性化し誘引する作用を持つ物質。物質の実体はステロイドであるコレステロールの誘導体で、分子構造は種によって異なる。その作用の性質から、精子活性化・誘引因子の意味であるSperm-Attracting and -Attracting Factorの頭文字をとって命名された。詳細は(注6)のリンク先を参照。

注3:Ca2+ポンプ

細胞内のエネルギーであるATPの働きによって、能動的に細胞内から細胞外または小胞体内へCa2+を輸送するタンパク質。酵素としての働きから、Ca2+-ATPアーゼとも呼ぶ。

注4:2008/11/18 プレスリリース「精子走化性運動におけるカルシウムの役割」

注5:Ca2+チャネル

細胞膜に存在するタンパク質で、電位変化やpH変化等の刺激により開口し、細胞外より細胞内へ受動的にCa2+を輸送する。CatSperは哺乳類で発見された精子特異的Ca2+チャネルで、pHの上昇により開口する。

注6:2013/1/15 プレスリリース「ホヤ精子走化性の種特異性をもたらす精子誘引物質の構造の違いを解明」

注7:PMCA

plasma membrane Ca2+-ATPaseの略。細胞膜に存在し、細胞内から細胞外へCa2+を輸送するCa2+ポンプのこと。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

  • このエントリーをはてなブックマークに追加