2018/08/21

細胞の体積調節に関わる膜輸送体の構造を解明

 

糟谷 豪(生物科学専攻 博士課程 ※研究当時

中根 崇智(生物科学専攻 特任助教 ※研究当時
ケンブリッジ大学MRC分子生物学研究所 Postdoctoral Researcher)

横山 武司(理化学研究所生命機能科学研究センター 研究員)

吉川 雅英(大学院医学系研究科 教授)

石谷 隆一郎(生物科学専攻 准教授)

濡木 理(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 細胞の体積調節に関わる体積感受性陰イオンチャネルであるLRRC8 (leucine-rich repeat-containing 8) の立体構造を解明した。
  • 複数のLRRC8の立体構造情報をもとに、LRRC8が活性化する際に起こす構造変化の一端を解明した。
  • 細胞の体積調節機構の破綻は細胞死を引き起こすことから、今回の構造情報は細胞死を阻害するような薬剤設計にもつながることが期待される。

発表概要

すべての動物細胞は、細胞外の浸透圧変化によって急激に大きさが変化した際に、速やかに元の大きさに戻す仕組みを備えています。細胞の大きさを一定にしておくことは、細胞の増殖や移動などの際に重要です。また、細胞の異常な膨張・収縮は細胞死を引き起こしてしまいます。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授らのグループは細胞体積の調節に関わる膜輸送体のうちのひとつであるLRRC8の立体構造を、クライオ電子顕微鏡(注1)を用いた単粒子解析法(注2)によって決定しました。今回の研究成果は、細胞死を阻害するような薬剤の合理的な設計につながることが期待されます。

本研究は、日本学術振興会における科学研究費助成事業の特別推進研究「物理刺激で制御される膜蛋白質の分子機構の解明」(研究開発代表者:濡木理)の一環で行われました。また、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」の一環として、クライオ電子顕微鏡などの大型施設の外部開放を行うことで優れたライフサイエンス研究の成果を医薬品等の実用化につなげることを目的とした「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)」の支援により行われました。

本研究成果は日本時間2018年8月21日0時(英国時間 2018年8月20日16時)に英国科学雑誌 Nature Structural & Molecular Biology オンライン版に掲載されました。

 

発表内容

動物細胞の体積は常に一定の値に保持されており、細胞外の浸透圧変化によって一時的に膨張・収縮した場合には、速やかに元の体積に戻る機構が備わっています。細胞体積の変化は細胞増殖や遊走などさまざまな生理機能と関連する一方で、細胞体積の調節機構が破綻するとネクローシスやアポトーシスなどの細胞死へと繋がります。この細胞体積の調節には、細胞膜上のイオンチャネルやトランスポーター、細胞質のキナーゼなどさまざまなタンパク質が関与しています。このうち、LRRC8(leucine-rich repeat-containing 8)は、細胞内への水分子の流入に伴う細胞膨張を感知して活性化するイオンチャネルです。膨張した細胞においてLRRC8は、塩化物イオンなどの浸透圧調節物質を細胞外へと排出し、それに引き続く水分子の細胞外への放出を促すことで、細胞体積を元に戻す役割を担っています(図1)。

 

図1. LRRC8が細胞体積の調節において担う役割

 

ヒトにおいて、LRRC8は5つのサブタイプ(LRRC8A-E)に分かれており、LRRC8の機能破綻は先天的な免疫不全をもたらすことや、LRRC8が抗がん剤の排出を介したがん細胞の耐性獲得に関与することが知られています。LRRC8は既知のいずれのイオンチャネルとも相同性を持たないことから、LRRC8が細胞膨張を感受し浸透圧調節物質を細胞外に排出する仕組みを理解するために、その立体構造の詳細な解明が待たれていました。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授、石谷隆一郎准教授、糟谷豪大学院生(研究当時)らの研究グループではクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析法を用いてヒト由来のLRRC8Aの立体構造を原子分解能で決定しました。

LRRC8Aの立体構造は2量体が3つ集まった6量体を形成しており、6量体の中心軸に沿ってイオン透過孔が存在しました(図2)。

 

図2. ヒト由来LRRC8Aの立体構造。横から(左図)、並びに細胞外(右上)及び細胞内(右下)からの図を示した。

 

LRRC8の立体構造は細胞外領域、膜貫通領域、細胞内領域、ロイシンリッチリピート(LRR(注3))領域の4つの領域に分けられ、細胞外領域と膜貫通領域の構造が主にイオン透過孔を形成していた一方で、細胞内領域とLRR領域が細胞内に突き出し円弧を描いた構造を形成していました。イオン透過孔は細胞外および細胞内ともに開いており、細胞外領域で最も狭窄していました。これらのことから、細胞膨張時において、細胞内の浸透圧調節物質は、LRRC8の中心を通り細胞外へと排出されること、その選択性は主にLRRC8の細胞外領域で決定されていることがわかりました。

また、今回決定されたLRRC8A構造には、LRR領域が“密に相互作用した構造(Compact)”と“広がった構造(Relaxed)”の2種類が存在していました(図3)。

 

図3. LRR領域が “広がった構造(Relaxed)”と“密に相互作用した構造(Compact)”の比較

 

両者の構造を比較したところ、LRR領域が広がった構造においては、LRR領域が6量体の中心軸から離れるような構造変化を起こしていることがわかりました。その一方で、細胞外領域及び膜貫通領域には顕著な差は見られませんでした。これらのことから、細胞膨張時にLRRC8が活性化すると、LRR領域において大きな構造変化が起こることで浸透圧調節物質が細胞外に排出される可能性が示唆されました。

今回の研究は、LRRC8による細胞体積の調節機構を明らかにしたものです。細胞体積の調節は細胞の生存に必須であることから、本研究で明らかになった立体構造をもとにしたLRRC8の機能解析の更なる進展は、細胞死を阻害するような薬剤の合理的な設計にもつながることが期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Structural & Molecular Biology (オンライン版:8月20日掲載)
論文タイトル Cryo-EM structures of the human volume-regulated anion channel LRRC8
著者 糟谷 豪、中根 崇智、横山 武司、Yanyan Jia、井上 雅斗、渡邊 謙吾、中村 凌熙、西澤 知宏、草木迫 司、包 明久、柳澤 春明、堂前 直、服部 素之、一條 秀憲、Zhiqiang Yan、吉川 雅英、白水 美香子、石谷 隆一郎、濡木 理 (※共同筆頭著者、†責任著者)
DOI番号  
論文URL  

 

 

用語解説

注1:クライオ電子顕微鏡

低温においた試料に対して電子線を照射し、試料の観察を行う方法です。タンパク質の立体構造を決定する方法として近年目覚ましい技術革新を遂げおり、昨年、その開発に貢献した海外の研究者三名にノーベル化学賞が贈られました。(受賞理由:溶液中の生体分子を高分解能で構造決定できるクライオ電子顕微鏡法の開発)

注2:単粒子解析法

タンパク質の立体構造を決定する方法のひとつ。タンパク質を高純度かつ均一に精製し凍結することで観察試料とし、その画像を大量に収集することにより元のタンパク質の立体構造を再構成します。

注3:ロイシンリッチリピート

タンパク質の構造モチーフのひとつ。アミノ酸の一種であるロイシンを規則的に含んでいることからこのように呼ばれています。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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