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螺旋状ナノフラワーによる巨大光学活性
肖 廷辉(化学専攻 博士課程2年)
程 振洲(化学専攻 助教)
合田 圭介(化学専攻 教授)
発表のポイント
- 誘電体であるシリコンを螺旋状の花型に成形した「螺旋状ナノフラワー」を開発し、磁気共鳴をナノ構造で発生させることで、世界最大の光学活性(約35%)をもつナノデバイスの開発に成功した。
- デバイス全体がシリコンで出来ているナノフラワーは、成熟したIC製造技術を駆使することで、金属で作られた従来のデバイスよりも安価に製造できるだけでなく、光学活性を発生させる際に生じる発熱を抑えることができ、厳密な温度制御が必要な製薬や化学合成におけるセンサーとしての応用が可能となった。
- 分子の光学活性は分子の性質を知る上で重要な要素であるため、ナノフラワーを応用した測定装置が化学、工学、生物学、薬学など様々な分野に応用にされることが期待される。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の合田圭介教授の研究グループは、シリコンを螺旋状の花型に成形したナノデバイスである、螺旋状ナノフラワーを新規に開発し、誘電体であるシリコンでも非常に大きな光学活性をもつことを実証しました。ナノフラワー内に磁気共鳴を発生させることで、誘電体において世界最大の円偏光強度差(CID(注1))となる35%を達成し、全誘電体による巨大光学活性の発生技術を確立しました。この知見に基づき、今後ナノフラワーを応用した光学活性測定が可能となり、化学、工学、生物学など様々な分野において光学活性のセンサーとして応用されることが期待されます。
本成果の一部は、コニカミノルタ科学技術振興財団、文部科学省、およびバローズウェルカム財団の支援により得られました。
本研究成果は、2018年7月3日12時(中央ヨーロッパ時間)にWileyのジャーナル「Small」のオンライン版で公開されました。
発表内容
1) 研究の背景と経緯
分子の形には対称性があり、粗結晶レベルの大きいものからナノサイズに小さいものに至るまで、物質の物理的、化学的、生物学的性質を決定します。この対称性は通常、光学活性(注2)によって定量的に測定されますが、光学活性を測定するためのセンサーには高い光学活性を持つ物質が必要であり、天然に存在する物質の光学活性は非常に弱いことが問題でした。そこで、天然に存在する物質を用いながらも、特殊なナノ構造を作ることで、その物質本来と大きく異なる性質を持たせるメタマテリアルの手法を用いて光学活性を上げる研究が行われてきました。しかし、従来の金属を使ったメタマテリアルでは、製造プロセスが難しい上に、発熱を伴うため、センサーなど実用的な装置に応用することが困難でした。
2) 研究の内容
本研究では、誘電体であるシリコンを用いることで、金属の問題であった製造プロセスと発熱の問題を回避しつつ、巨大な光学活性をもつメタマテリアルを実現しました。そのコンセプトを図1に示します。左回り円偏光(LCP)と右回り円偏光(RCP)(注3)がシリコン基板上のナノフラワーを照射し、入射光とナノフラワーの相互作用を反映する散乱光を測定することで、光学活性が定量されます。このコンセプトに基づき、ナノフラワーの光学活性を理論的に調べました。
図1.巨大光学活性をもつ「螺旋状ナノフラワー」のイメージ図。
左回り円偏光(LCP)および右回り円偏光(RCP)の入射光はシリコン基板上のナノフラワーにより散乱される際にナノフラワーとの相互作用の影響を受ける。散乱光の強度により、ナノフラワーの光学活性を定量することができる。
ナノフラワーのLCPとRCPの散乱光の断面積(赤線及び青線)を図2(a)に示します。また、それらから算出したCIDを図2(b)に示します。約35%ものCIDスペクトルのピークが波長757 nmに位置していることから、巨大光学活性が実現されたことを示しています。さらにCIDピーク波長のRCPとLCP光によって励起された電場と磁場の分布を計算し、それぞれ図2(c)と(d)に示します。このシミュレーションによれば、磁場強化効果はナノフラワー表面での電場強化効果よりも高く、磁場共鳴効果が支配的であることを示しています。
図2. ナノフラワーの光学活性の計算シミュレーション。
(a) ナノフラワーの散乱断面積。(b)ナノフラワーの円偏光強度差(CID)。(c) CIDピーク波長(757 nm)における入射するLCPとRCPの近接磁場強度。(d) CIDピーク波長における 入射するLCPとRCPの近接電場強度。
本研究では、CMOS形成プロセス(注4)によって絶縁体ウェファー上のシリコンにナノフラワーを成形し、特殊な顕微鏡を用いてこのデバイスの特性評価を行いました。ナノフラワーに左回り円偏光(LCP)および右回り円偏光(RCP)を入射し、観測された散乱光のスペクトルを図3(a)に示します。さらに、図3(a)に示された実験値を基に、図3(b)に示すようなCIDスペクトルが得られ、そのCIDピーク値である35±5%は713 nmで計算された理論値とよく一致し、巨大光学活性を実験的に実証したことを示しています。
図3. ナノフラワーが大きな光学活性をもつことの実証。
(a) LCPおよびRCPにより励起されたナノフラワーの散乱スペクトル。(b)LCPとRCP間の円偏光強度差(CID)。
3) 今後の展開
本研究で開発したナノフラワーは、従来の金属ベースのデバイスが抱えていた欠点である製造プロセスの困難さと熱発生の大きさを克服し、幅広い光学活性測定装置の開発の道を切り開く成果です。その応用例の一つとして、高感度で低発熱のオンチップ光活性センサーとして、分子の光学活性を測定することが可能となります。この技術は化学合成、結晶化、製薬など安定した温度調節が必要な分野で役立つことが期待されます。(図4)
図4. 高感度な分子センサーのデバイスとなるナノフラワーは、化学、工学、生物、薬学分野における新規薬剤開発や疾病診断、食品の安全性検査などに応用されることが期待される。
本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。
コニカミノルタ科学技術振興財団、文部科学省、バローズウェルカム財団
発表雑誌
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雑誌名 Small (オンライン版:7月3日) 論文タイトル Giant Optical Activity in an All-Dielectric Spiral Nanoflower 著者 Ting-Hui Xiao, Zhenzhou Cheng*, Keisuke Goda* DOI番号 10.1002/smll.201800485 論文URL https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/smll.201800485
用語解説
注1 円偏光強度差(CID)
キラル分子の光学活性を特徴づけるパラメーターとして用いられる。CIDは(IRCP - ILCP) / (IRCP + ILCP)で定義され、IRCPとILCPはそれぞれRCPとLCPの散乱光強度を表す。↑
注2 光学活性
キラル分子が、左回り円偏光(LCP)または右回り円偏光(RCP)と選択的に作用する性質。この測定により、分子の対称性や構造を特定することができる。↑
注3 円偏光
電場と磁場の振動が伝搬に伴って円を描いた光のこと。回転方向によって、右回り円偏光(RCP)と左回り円偏光(LCP)とがある。↑
注4 CMOS形成プロセス
集積回路(ICチップなど)の製作時に使用される、シリコンウェーハ上に微細構造を作るための標準的な工程。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―