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イオン輸送体であるペンドリンも細胞膜電位の変化を感知できる
桑原 誠(生物科学専攻 修士課程2年生)
和佐野 浩一郎(Northwestern University.
Postdoctoral Fellow)
高橋 里枝(Northwestern University.
Research Associate)
Justin Bodner(DePaul University 1年生)
小森 智貴(生物科学専攻 特任助教)
上村 想太郎(生物科学専攻 教授)
Jing Zheng(Northwestern University.
Associate Professor)
島 知弘(生物科学専攻 助教)
本間 和明(Northwestern University.
Assistant Professor)
発表のポイント
- イオン輸送にかかわるSLC26ファミリー内で、電位駆動型モータータンパク質「プレスチン」に特有だと考えられてきた膜電位を感受する能力を、陰イオン輸送体である「ペンドリン」も有していることを発見した。
- 両タンパク質が感受できる膜電位の範囲は、特徴的な細胞外ループ構造の電荷によって調節されていることを明らかにした。
- 本研究結果は、SLC26ファミリータンパク質を利用した細胞膜張力の操作などへの応用が期待できる。
発表概要
米国ノースウェスタン大学ファインバーグ医科学校の本間博士、および東京大学大学院理学系研究科の島助教らのグループは、哺乳類の聴覚の高い感度と周波数選択性に重要な電位駆動型モータータンパク質「プレスチン(注1)」と、内耳や甲状腺において陰イオン輸送体として機能する「ペンドリン(注2)」が共通した電位感受機構を有することを発見しました。これは、プレスチンとペンドリンの属するSLC26遺伝子ファミリー(注3)内で、電位駆動型のモーター活性の前提となる電位感受機構はプレスチンのみが持つという従来の予想を覆すものです。本研究結果は、プレスチンのモーター活性が陰イオン輸送機能を転用したものではなく、SLC26遺伝子ファミリーに広く共通する電位感受機構を基盤として進化的に獲得したものであることを示唆しています。
発表内容
哺乳類は非常に精巧な聴覚器官を有しており、空気振動という微小な振動を増幅して聞き取る能力、異なる周波数(音程)を聞き分ける能力に優れています。この能力を達成するために、内耳の外有毛細胞は、音響刺激に応じて高速に伸縮運動すると考えられています。これまでの研究により、この伸縮運動を駆動するのは、外有毛細胞特異的に局在する電位駆動型モータータンパク質「プレスチン」(図1)であることが明らかになっています。
図1.外有毛細胞の模式図
プレスチンは、外有毛細胞を電位依存的に伸縮させる。
これまで、プレスチンの属するSLC26遺伝子ファミリーは、アミノ酸配列の一致度が高いにも関わらず、電位駆動型のモーター活性の前提となる電位感受機構はプレスチンのみにしか知られていませんでした。今回、米国ノースウェスタン大学と東京大学との共同研究グループは、プレスチンが電位感受機構を有する唯一のSLC26タンパク質であるのかに疑問を持ち、プレスチンと、陰イオン輸送体として知られる近縁なSLC26タンパク質「ペンドリン」の電気感受特性を比較しました。
本研究グループは、両タンパク質を発現させた細胞を高精度な「ホールセル・パッチクランプ法(注4)」で測定することにより(図2)、ペンドリンにも電位を感受する能力があることを発見しました。
図2.電位感受機構の計測手法
プレスチンを発現している細胞の細胞膜は、膜電位の変化に応じて、膜内で電荷が高速に移動するという性質が知られている。本研究では、この膜電位の変化に応じた電荷移動を、膜電位—膜電気容量の関係に表し、タンパク質の最も応答する膜電位を求めた。
さらに、プレスチンとペンドリンの構造予測を行い、両タンパク質に特徴的な細胞外ループ(注5)を見出しました。このループ構造内のアミノ酸電荷を変化させた遺伝子組換え体を作製し、組換え体の電気生理学的活性を測定したところ、両タンパク質の感受できる膜電位の領域は、ループ内の電荷が正の場合は脱分極、負の場合は過分極方向に大きく変化することがわかりました(図3)。
図3.細胞外ループを交換した組換え体とその電位感受特性
プレスチンとペンドリン間で細胞外ループを交換した組換え体の活性測定結果。
1)ペンドリンのループを組み込んだプレスチンは最も応答する膜電位が過分極すること、
2)ペンドリンにも電位感受機構が備わっていること、
3)プレスチンのループを組み込んだペンドリンは最も応答する膜電位が脱分極すること、
の3点が明らかになった。
この結果は、プレスチンとペンドリンが共通した膜電位感受機構を有することを明らかにし、さらにその感受可能な領域を人為的に操作できることを示したものと言えます。
本研究は、プレスチンが電位感受機構を有する唯一のSLC26タンパク質であるという従来の予想を覆したことにより、プレスチン以外のSLC26タンパク質もモーター活性を有する可能性を示しました。本研究は、プレスチンが駆動する外有毛細胞の電位依存的な運動活性に対する理解を深めるものです。さらに本研究成果はプレスチンの応答する膜電位を調節する方法を確立したことから、プレスチンを用いて膜張力を操作する手法の開発に応用されることが期待されます。
本研究は、米国国立衛生研究所(課題番号: DC014553研究代表者: 本間和明)、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号: 15K18514 研究代表者: 島知弘; 課題番号: 17K15100 研究代表者: 小森智貴)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「革新的1分子計測技術によるRNAサイレンシング機構の可視化:基盤作出と応用展開」(課題番号: JPMJCR14W1 研究代表者:上村想太郎)の支援を受けて行われました。また本共同研究のための海外渡航は、東京大学理学部学生国際派遣プログラム(2016年度 採択者:桑原誠)、東京大学大学院理学系研究科大学院学生国際派遣プログラム(2017年度 採択者:桑原誠)の支援を受けました。
発表雑誌
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雑誌名 Journal of Biological Chemistry (オンライン版:6月29日※最終版掲載予定) 論文タイトル The extracellular loop of pendrin and prestin modulates their voltage-sensing property 著者 Makoto F. Kuwabara, Koichiro Wasano, Satoe Takahashi, Justin Bodner, Tomotaka Komori, Sotaro Uemura, Jing Zheng, Tomohiro Shima, and Kazuaki Homma DOI番号 10.1074/jbc.RA118.001831 論文URL http://www.jbc.org/content/early/2018/05/18/jbc.RA118.001831
用語解説
注1 プレスチン
哺乳類の内耳の外有毛細胞にのみ特異的に発現する膜貫通タンパク質。外有毛細胞の側面の細胞膜に密に局在し、細胞を電位依存的に伸縮運動させる。この伸縮運動は、ATP非依存性、数十kHzにも達する速い応答速度、という他の細胞運動には類を見ない特徴を持つ。プレスチンの駆動する外有毛細胞の伸縮運動は、哺乳類が微小な空気振動を増幅して感じ取る能力と、異なる音程を聞き分ける能力に重要であると考えられている。↑
注2 ペンドリン
哺乳類の内耳、甲状腺、腎臓の細胞で発現する陰イオン輸送体。プレスチンと同じSLC26ファミリーに属し、炭酸水素イオンと、塩化物イオンまたはヨウ化物イオンを細胞内外で交換する。↑
注3 SLC26ファミリー
イオン輸送体の遺伝子ファミリー。ヒトでは10種類の遺伝子メンバーが同定されており、それぞれが様々な器官で発現し、異なる陰イオンを輸送する。↑
注4 ホールセル・パッチクランプ法
ピペットを用いて細胞膜を吸引し、細胞膜とガラス電極との間の抵抗が極めて高いシールを形成した上で細胞膜に穴をあけることにより、1細胞の細胞膜全体の電気生理学的特性を計測する手法。本研究では、膜電位の摂動を与えたときの細胞膜内の電流を測定する「電位固定法」を用いた。↑
注5 細胞外ループ
一般に膜貫通タンパク質は、脂質二重層である細胞膜を貫通する領域と、それを繋ぐループ領域を持つ。ループ領域のうち、細胞外側に向くループ領域を「細胞外ループ」、細胞内側に向くループ領域を「細胞内ループ」とそれぞれ呼ぶ。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―