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葉の初期発生を制御する鍵遺伝子を発見
安居 佑季子(生物科学専攻 日本学術振興会特別研究員)
平野 博之(生物科学専攻 教授)
発表のポイント
- OsWOX4遺伝子が、イネの葉の発生・分化を制御する鍵遺伝子であることを発見しました。
- OsWOX4遺伝子は、組織分化や細胞活性などに関わる多数の遺伝子の発現を制御し、葉の初期発生に中枢的な役割を果たしていることを明らかにしました。
- 鍵遺伝子の発見により、葉の発生・分化を制御する遺伝子ネットワークの解明が大きく進展することが期待されます。
発表概要
植物の葉では光合成が行われ、その産物は植物の生命活動に利用されるとともに種子などにデンプンとして貯蔵されます。イネなどの作物では、葉のサイズや形態は、光合成を通して作物生産にも影響を与えます。イネは作物として私たちの社会に必須なばかりでなく、単子葉植物のモデル生物として基礎的な研究にも重要な役割をはたしています。
東京大学大学院理学系研究科の安居佑季子学振特別研究員、平野博之教授のグループは、このイネの葉の発生初期において、OsWOX4遺伝子が鍵遺伝子として機能していることを発見しました。OsWOX4遺伝子の発現を3時間停止させる処理をすると、葉の成長が大きく低下し、維管束の分化などが阻害されました。また、48時間処理をした場合には、細胞の活性がほぼ失われてしまいました。OsWOX4遺伝子は、これらの細胞の分化や活性を制御する多くの遺伝子の発現を制御していることも判明し、この遺伝子がイネの発生初期の葉において中枢的な役割を果たしていることが明らかとなりました。
発表内容
平野教授のグループは、以前OsWOX4が茎頂分裂組織(注1)をで発現し、その幹細胞を維持する重要な遺伝子であることを見いだしています(注2)。OsWOX4は茎頂分裂組織のみならず、葉原基(注3)でも発現しており、葉の発生にも関わっていることが考えられます。そこで、RNAサイレンシング(注4)と言う方法で、OsWOX4の発現を停止(低下)させ、その効果を調べました。
イネの葉には、中央部に中肋という薄い葉を直立させるために必要な構造や水分や養分の通り道である導管や師管からなる維管束が形成されます。発芽して5日目の小さなイネ(幼苗)に対して、OsWOX4遺伝子の発現を3時間停止処理し、その後5日間育てると、葉の成長が大きく阻害されることが判明しました(図1)。
図1.OsWOX4の発現低下によるイネの生長阻害
(A) OsWOX4の発現を3時間停止処理し、5日間生育したイネ。(B) 未処理のイネ。
このとき、維管束の分化状態を調べると、導管や篩管の分化が大きく阻害されていました(図2)。また、維管束が形成されるときに機能していると考えられるLOG遺伝子やPHB3遺伝子などの発現が大きく低下していました。中肋が形成されるためには、葉原基の中央部で細胞が増殖することが必要で、これはDLという遺伝子が担っています。OsWOX4遺伝子の発現を3時間停止すると、この中央部での細胞増殖が低下し、DL遺伝子の発現が低下していました。これらの実験結果は、OsWOX4遺伝子がLOGやPHB3、DL遺伝子などの発現を制御することにより、維管束分化や中肋形成に関わる鍵因子であることを示しています。また、包括的な遺伝子発現解析を行った結果、OsWOX4の発現低下により、多くの遺伝子の発現が影響を受けることが判明しました。
図2.OsWOX4の発現低下による維管束分化の阻害
(A) 図1と同じ処理を行ったイネの葉の維管束。(B) 未処理のイネの葉の維管束。
OsWOX4遺伝子の発現を48時間停止処理すると、葉の成長はほとんど見られず、細胞の状態も大きく変わります。植物が成長すると、葉の細胞には液胞という細胞内小器官が大きくなり、老化した細胞ほど、液胞の占める割合が大きくなります。しかし、48時間の停止処理では、葉原基の若い細胞がほとんど液胞で占められるようになりました。また、短時間停止処理をしただけでも、細胞の活性(細胞周期)を制御する遺伝子が低下することも判明しました。さらに、細胞増殖に必要なサイトカイニンという植物ホルモンの量も低下していしました。これらの結果は、OsWOX4遺伝子が細胞の正常な状態を保ち細胞増殖を促進することに重要な働きをしていることを示しています。
真正双子葉類のシロイヌナズナでは、WOX4遺伝子は維管束の形成を担っていることが判明していますが、それ以外の働きは知られていません。OsWOX4が幹細胞を維持しているという以前得られた知見に加え、今回のOsWOX4が葉の発生に多面的な役割を果たしているという発見を含めて考察すると、イネの進化の過程で、OsWOX4がいろいろな機能を獲得し、イネの発生に重要な役割を果たすようになってきたと考えられます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(B)および新学術領域研究「植物発生ロジック」)および の研究助成を受けて行われました。安居は、日本学術振興会より特別研究員としての支援を受けています。)
発表雑誌
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雑誌名 PLOS Genetics(オンライン版:5月3日掲載予定) 論文タイトル WUSCHEL-RELATED HOMEOBOX4 acts as a key regulator in early leaf development in rice 著者 Yukiko Yasui, Yoshihiro Ohmori, Yumiko Takebayashi, Hitoshi Sakakibara, and Hiro-Yuki Hirano DOI番号 10.1371/journal.pgen.1007365 論文URL http://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1007365
用語解説
注1 茎頂分裂組織
植物の発生に重要な組織で、幹細胞を常に維持し、葉などの器官分化が行われる場。↑
注2
Ohmori, Y., Tanaka, W., Kojima, M., Sakakibara, H., and Hirano, H.Y. (2013).
WUSCHEL-RELATED HOMEOBOX4 is involved in meristem maintenance and is negatively regulated by the CLE gene FCP1 in rice. Plant Cell 25, 229-241.
DOI:10.1105/tpc.112.103432↑注3 葉原基
組織分化が未発達な将来葉になる小さな器官。↑
注4 RNAサイレンシング
mRNAの分解を通して、特定の遺伝子の発現を抑制すること。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―