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本邦より106年ぶりに発見されたテヅルモヅル類の新種
岡西 政典(臨海実験所 特任助教)
発表のポイント
- 世界で5種が知られるツルボソテヅルモヅル属(Astrodendrum)の世界中の標本を観察し、昭和天皇ご採集のものを含む日本産の標本に新種が含まれていることを発見した。
- 日本からテヅルモヅル類の新種が発見されるのは106年ぶりとなる。
- 博物館標本の学術的価値を世に示す研究成果となることが期待される。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の岡西政典特任助教と国立科学博物館の研究グループは、国立科学博物館を含む世界中の博物館に所蔵された14個体のツルボソテヅルモヅル属の標本を観察した。その結果、昭和天皇ご採集の標本を含む、日本の太平洋側(東北沖、相模湾、三重沖)から採集された11個体のツルボソテヅルモヅル属の一種が、新種である事を認め、「Astrodendrum spinulosum(アストロデンドラム・スピニュローサム)」(標準和名:トゲツルボソテヅルモヅル)と命名した。
テヅルモヅル類とは、腕の分岐するクモヒトデ類(棘皮動物門)の一群で、深海性の種が多いため、分類学的な研究が進んでいなかった。本邦からは、1912年に記載された「Astrocladus annulatus(アストロクラダス・アンニュラータス)」以来新種の記録はなかったため、トゲツルボソテヅルモヅルは、本邦における106年ぶりのテヅルモヅルの新種の報告となる。
本研究成果は、世界中の博物館が、古いものでは100年以上にわたり保管していた標本に基づいたものであり、自然史研究における博物館標本の重要性、並びに、それを基に研究を展開する博物館の、研究施設としての機能の重要性を示すものとなることが期待される。
発表内容
①研究の背景・先行研究における問題点
テヅルモヅルとは、腕が分岐するクモヒトデ類である。大型のものが多く、腕を広げるとまるで網を海中に広げているような形が特徴的であり、しばしば水族館でも人気を博している。クモヒトデ類(クモヒトデ綱)とは、ヒトデ類やウニ類と同じ「棘皮動物門」(注1)の一つのグループで、世界で約2100種、日本からは約340種が知られている。基本的な体制はヒトデに似るが、ヒトデ類のように腕の口側に歩帯(ほたい)溝(こう)と呼ばれる溝を持たないことから区別される。また、ヒトデ類に比べると概して腕が細長く、その柔軟な腕を器用にくねらせることで、岩礁、砂、泥、サンゴ礁など、さまざまな海洋環境に生息している。
本研究で扱ったテヅルモヅルの「Astrodendrum(アストロデンドラム)」(和名:ツルボソテヅルモヅル属)はインド―西太平洋―大西洋海域の40~1314 mの水深に広く分布し、これまでAstrodendrum capensis(アストロデンドラム・ケイペンシス)、 A.elingamita(エリンガミータ)、 A.galapagensis(ガラパゲンシス)、 A.laevigatum(ラエウィガータム)、 A.sagaminum(サガミナム)の5種が知られている。多くの種が海山や海丘(注2)などの潮の流れの良い環境を好み、プランクトンなどを捕らえて暮らしている。このような岩肌が露出する環境は底曳網などの漁具が引っかかりやすいため調査が難しく、基礎的な生物の情報が少ない。海山棲の生物の中では大型で、比較的個体数も多いテヅルモヅル類は、このような環境の指標となる数少ない生物といえる。しかしながら、本属に関しては新種記載の元となった原記載などに不明瞭な点が多く、種の分類の指標となるタイプ標本(注3)が海外各地の博物館に保管されているため、これまで詳細な比較が行われておらず、その分類は不明瞭なままとなっていた。なお、日本からは「Astrodendrum sagaminum(和名:ツルボソテヅルモヅル)」のみが知られていた。
②研究内容
岡西政典特任助教(東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所)と藤田敏彦研究グループ長(国立科学博物館・東京大学大学院理学系研究科)らの研究チームは、ドイツのミュンヘン動物学博物館、デンマークのコペンハーゲン動物学博物館、アメリカのスミソニアン国立自然史博物館を訪問し、ツルボソテヅルモヅル属の5既知種のうち、特に記載情報の乏しいAstrodendrum capensis、 A.galapagensis、 A.sagaminumの3種のタイプ標本を観察した。その結果と従来の記載情報を比較し、5既知種の分類に問題がないことを明らかにした。また、国立科学博物館に所蔵されていた、相模湾(昭和天皇ご採集)、三重県志摩沖、岩手県大槌沖の11個体のツルボソテヅルモヅル属の標本を詳細に観察したところ、本種は体の表面に微小なトゲを持つなどの特徴を有する事から、他の5既知種とは形態的に区別できる新種であることを明らかにした。本種の学名(種名)は、その形態的特徴にちなんで「Astrodendrum spinulosum(アストロデンドラム・スピニュローサム)」とした。また、標準和名についても、その特徴を示すため「トゲツルボソテヅルモヅル」とした。
③社会的意義・今後の予定 など
本研究では、古いものでは118年にわたり保管されていた博物館標本に基づくことで、日本近海の秘められた多様性の一部を解明した。博物館は、「展示施設」としての役割だけでなく、自然史の記録である「学術標本」を半永久的に保存し、それに基づいた研究を展開する「研究施設」としての機能を持つ。本研究は、このような博物館の研究施設としての意義を世に示すことが期待される。
さらに、本研究によって、幅広く分布するツルボソテヅルモヅル属の分類・同定が可能となる点で、海山などの知見の少ない環境変動を生物から推定するための一助となると期待できる。また、このような分類学的な整理をテヅルモヅル類全体に対しても行い、海山ごとの種構成の比較が可能になれば、世界中の海山の環境を推定するためのデータの蓄積に貢献できる。
今後は、これらの種の分類を更に詳細に調べるため、DNA解析に適した新鮮な標本を調査し、ツルボソテヅルモヅル属や他のグループの分類を、より明確にしていきたい。
図:今回の新種の記載に用いられた個体(盤径5.3 cm)の反口側(上)と口側(下)
撮影:アクアワールド・大洗
発表雑誌
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雑誌名 Zootaxa 論文タイトル A taxonomic review of the genus Astrodendrum (Echinodermata, Ophiuroidea, Euryalida, Gorgonocephalidae) with description of a new species from Japan 著者 Masanori Okanishi*, Toshihiko Fujita DOI番号 10.11646/zootaxa.4392.2.4 論文URL http://www.mapress.com/j/zt/article/view/zootaxa.4392.2.4
用語解説
注1 棘皮動物門
ウニ、ヒトデ、ナマコ、クモヒトデ、ウミユリなどの動物を含むグループ。ほぼ全て海産で、五放射相称(星形)の体や、炭酸カルシウム性の骨片を持つという共通点を持つ。↑
注2 海山と海丘
海底地形の一つで、底面が円形または楕円形の大洋底からの盛り上がり。海底との比高が1000 m以上のものを海山、1000 m未満のものを海丘という(海上保安庁HPより:http://www1.kaiho.mlit.go.jp/GIJUTSUKOKUSAI/kaiikiDB/)↑
注3 タイプ標本
新種が発表される際に、その記載の元となった標本。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―