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生殖細胞を守る小さなRNAの生合成の仕組みを解明
西田 知訓(生物科学専攻 特任助教)
榊原 和洋(生物科学専攻 大学院生)
川村 猛(先端科学技術研究センター 准教授)
児玉 龍彦(先端科学技術研究センター 教授)
塩見 美喜子(生物科学専攻 教授)
発表のポイント
- piRNAは生殖細胞の遺伝情報をトランスポゾンによるゲノム損傷から守る。
- piRNA生合成因子として知られるPAPI及びZucchiniに焦点を当てた生化学的解析を進め、piRNA生合成機構の仕組みの一端を解明した。
- piRNAの機能異常は不妊を引き起こすことが知られており、本研究成果はヒトの不妊発症機構の理解や診断、創薬につながることが期待される。
発表概要
約30塩基長の小分子RNA であるpiRNAはPIWIタンパク質と結合し、トランスポゾンの利己的転移によるゲノム損傷から生殖細胞の遺伝情報を守る役割を担っています。この機能の破綻は、親から子に誤った遺伝情報を伝搬するとともに、卵子・精子形成不全を導くため、ヒトを含む生物にとってpiRNAの機能は欠かすことができません。しかし、piRNAの生合成の仕組みには多くの不明な点が残されていました。今回、東京大学大学院理学系研究科の西田特任助教、塩見美喜子教授を中心とする研究グループは、カイコ卵巣生殖細胞に由来する細胞株を用いて、piRNA生合成因子であるPAPI及びZucchiniに焦点を当てて生化学的・生物情報学的な解析をすすめ、これら因子の機能の詳細を明らかにするとともに、piRNA生合成機構に関する新規モデルを提唱することに成功しました。piRNA機構は、線虫からヒトにわたる多くの生物で高く保存されており、piRNAの機能損失は不妊につながることから、ヒト不妊発症の原因の解明や診断、また創薬につながることが期待されます。
発表内容
生殖組織特異的に発現する小分子RNA であるpiRNAは、 PIWIタンパク質とpiRISC複合体を形成して、トランスポゾン(注1)の転写産物(RNA)に結合することによって転写(注2)あるいは翻訳(注3)を抑制し、トランスポゾンの利己的転移によるDNA損傷から遺伝情報を守る役割を担っています。トランスポゾンを起因としたDNA損傷は、卵子・精子形成不全を導き、不妊に至るため(図1)、有性生殖を伴う生物にとって欠かすことが出来ない非常に重要な分子機構であるといえます。
図1:piRNAの機能欠損は不妊を導く
生殖組織特異的に発現するpiRNAはトランスポゾンの利己的転移によるDNA損傷から遺伝情報を守る役割を担う。piRNAの機能欠損は、卵子・精子形成不全を導き不妊に至る。
piRNAは、“トランスポゾンの墓”とも揶揄される、トランスポゾン断片が集積する特定のゲノム領域からの転写産物を前駆体として、複雑な分子経路を経て生成されます。ショウジョウバエやマウスをモデルとした遺伝学的な解析から多数のpiRNA生合成必須因子が同定されましたが、それら機能を理解すべく生化学的な解析には、卵巣・精巣を必要とするため、遅々としているのが現状です。
本研究グループは、世界で唯一無二の生殖細胞株BmN4(注4)を巧みに利用することによって、piRNA生合成の仕組みを理解することを目的として研究を進めています。BmN4はカイコ卵巣より樹立されましたが、今なおpiRNAを産生し、piRNA依存的にトランスポゾンを抑制することによってその遺伝情報を守っています。本研究グループは、これまでもBmN4細胞を用いてpiRNA研究の成果をあげてきましたが、本研究においては、主にpiRNA生合成因子であるPAPI及びZucchiniに焦点を当てて解析を進め、これら因子の詳細な機能を明らかにするとともにpiRNA生合成機構の新規モデルを提唱することに成功しました(図2)。
図2:新規piRNA生合成機構のモデル
BmN4細胞はPIWIタンパク質SiwiとAgo3を発現する。翻訳されたばかりのSiwiは、sDMA修飾を介してミトコンドリアの表面に位置するPAPIに結合する。その後、Siwi-PAPI複合体は、Ago3-Slicer(endonuclease)活性によってpiRNA前駆体(青)から切り出されたpiRNA中間体と結合する。続いてZucchiniは、このpiRNA中間体の中央部分を切断する。これによってSiwi-piRISCが形成され、PAPIから解離する。Siwi-piRISCは、piRNA前駆体(紫)からpiRNA中間体を切り出す。この反応で基質となるpiRNA前駆体は、先のpiRNA前駆体(青)とは逆鎖であることを特徴とする。piRNA中間体(紫)はsDMAを介してPAPIに結合したAgo3へと受け渡される。このpiRNA中間体はZucchiniによって切断され、Ago3-piRISCが形成される。このSiwiとAgo3を中核とした反応はPing-Pongサイクルと呼ばれ、piRNAの生合成に必須である。PAPIはリン酸化を受けることによってRNA結合能を獲得する。
PAPIもZucchiniもミトコンドリア表面に位置するpiRNA生合成因子ですが、その詳細な機能は明らかになっていませんでした。本研究で、我々はまず、PAPIとZucchiniに対するモノクローナル抗体を作成し、両者因子がPIWIタンパク質と直接相互作用することを示したのみならず、RNA干渉法によって各因子の機能を欠失した際にpiRNA生合成が著しく阻害されることを見出しました。Zucchiniの機能を欠失した際にはpiRNA中間産物が蓄積したため、これを単離精製し塩基配列を決定することにより、piRNA前駆体から中間産物の切り出しにはPIWIのRNA切断活性が関わることを明らかにしました。ミトコンドリア表面のPIWI-PAPI複合体においてPIWIはpiRNA中間産物の5’末端に結合する一方、PAPIは3’末端に結合することも見出されました。この状態でpiRNA中間産物を切断し成熟型piRNAを生成するにはendonuclease(注5)が必須であると推察されましたが、その正体はZucchiniであることを実験的に証明することに成功しました。また、PAPIがリン酸化修飾を受けていること、また、この修飾がPAPIのRNA結合能を制御していることを見出しました。PIWIの対称ジメチル化アルギニン部位(注6)を世界で初めて質量分析によって同定することにも成功しました。
本研究の成果は生殖細胞におけるpiRNAを介したトランスポゾン抑制機構の解明につながると期待されます。ショウジョウバエやマウスにおいてpiRNA経路の破綻は卵形成や精子形成の異常をまねき、不妊を引き起こすことがわかっています。したがって、piRNA経路の理解はヒトの不妊発症機構の解明などの応用にもつながることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会 基盤研究(C)「生殖細胞特異的小分子RNAであるpiRNAの生合成経路の解明」(研究代表者:西田知訓)、健康安全イノベーションプログラム(NEDO) 「後天的ゲノム修飾のメカニズムを活用した創薬基盤技術開発」(分担者・川村猛)、日本学術振興会 最先端研究開発支援プログラム (FIRST)・「がんの再発・転移を治療する多機能な分子設計抗体の実用化」(研究代表者:児玉龍彦)、日本学術振興会 基盤研究(S)「トランスポゾン侵略から生殖細胞ゲノムをまもるpiRNA動作原理の統合的理解」(研究代表者:塩見美喜子)の支援を受けて行われました。
発表雑誌
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雑誌名 Nature 論文タイトル Hierarchical roles of mitochondrial PAPI and Zucchini in Bombyx germline piRNA biogenesis 著者 Kazumichi M. Nishida*, Kazuhiro Sakakibara*, Yuka W. Iwasaki, Hiromi Yamada, Ryo Murakami, Yukiko Murota, Takeshi Kawamura, Tatsuhiko Kodama, Haruhiko Siomi and Mikiko C. Siomi* DOI番号 10.1038/nature25788 論文URL https://www.nature.com/articles/nature25788
用語解説
注1 トランスポゾン
自身を複製してゲノム上を転移する遺伝子。この転移は、遺伝子情報の欠失に繋がり生物にとって負に働く一方で、進化にも関与すると考えられている。↑
注2 転写
DNAを鋳型としてRNAを合成する反応。DNAが持つ遺伝情報がRNAに受け渡される。↑
注3 翻訳
RNAに受け渡された遺伝情報を基にタンパク質を合成する反応。↑
注4 BmN4細胞
カイコ卵巣生殖細胞由来の培養細胞。↑
注5 endonuclease
RNAを中央部分で切断する酵素。↑
注6 対称ジメチル化アルギニン
タンパク質の構成アミノ酸であるアルギニンが受ける翻訳後修飾の一つ。アルギニンに2つのメチル基が対称的に結合する。特定のタンパク質との相互作用を促進するといった効果を持つ。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―