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遺伝子抑制の解除装置を同定
角谷 徹仁(生物科学専攻 教授)
発表のポイント
- シロイヌナズナのトランスポゾンがコードするタンパク質で、配列特異的な抗抑制活性を持っているものと、その短い標的配列を見出した。両者が速く進化することを見出した。
- 配列特異的な抗抑制活性を持つタンパク質はこれまで知られていなかった。このタンパク質の標的配列が縦列重複を作ることにより速く進化することを示した。
- このタンパク質と短い標的配列を使うことで、遺伝子を安定して働かせる技術につながる可能性がある。今後は、この抗抑制の分子機構を知ることにより、さらに広い範囲の遺伝子制御技術につながることが期待される。
発表概要
ヒトを含む多くの生物のゲノム中には、増殖する性質を持つ配列があり、トランスポゾン(注1)と総称されます。トランスポゾンの増殖は潜在的に有害なので、その増殖を抑制することが重要です。多くの動物や植物は、抑制すべき配列の目印としてDNAにメチル化をつけ(注2)、その配列を働かなくするという方法を取っています。東京大学大学院理学系研究科及び国立遺伝学研究所の角谷教授のグループでは、シロイヌナズナという植物を用いて、DNAメチル化で抑制されるトランスポゾンの研究を行ってきました。その過程で今回、トランスポゾンのコードするタンパク質の一つが、そのトランスポゾンからDNAメチル化を取り除く活性があることを見出しました。またその活性の標的になる短い配列を同定しました。このタンパク質とその標的配列は、共に速く進化することで配列特異性を変化させます。このタンパク質と標的配列を用いることで、DNAメチル化などの抑制機構を人為的に制御する技術につながる可能性があります。また、この抗抑制の分子機構を知ることにより、さらに広い範囲の遺伝子制御技術につながる可能性があります。
発表内容
多くの生物のゲノム中には、増殖する活性を持つ配列があり、トランスポゾンと総称されます。トランスポゾンは、ゲノム中で増殖することにより集団中に広まる「利己的DNA」と考えられています。トランスポゾンの増殖は、他の遺伝子を破壊することがあり、潜在的に有害なので、その増殖を抑制することが宿主生物にとっては重要です。多くの動物や植物は、トランスポゾン配列のDNAに、抑制の目印としてメチル化をつけ、その配列を働かなくするという方法を取っています。東京大学大学院理学系研究科及び国立遺伝学研究所の角谷教授のグループでは、シロイヌナズナという植物を用いて、DNAメチル化で抑制されるトランスポゾンの研究を行ってきました。シロイヌナズナのDNAメチル化が低下する変異体では、さまざまなトランスポゾンが増殖します。DNAメチル化がなくなると増殖するトランスポゾンの一つであるVANDAL21の研究が、今回の成果に繋がっています。VANDAL21のコードするタンパク質の一つであるVANC21をシロイヌナズナに作らせると、シロイヌナズナのゲノム中のVANDAL21配列からDNAメチル化が除かれます。このDNAメチル化の除去は、とても配列特異性が高く、VANDAL21と似た他のVANDALトランスポゾンではメチル化が除かれません。しかしながら不思議なことに、他のVANDALトランスポゾンもVANC21と似たタンパク質をコードしています。VANC21と似た遺伝子であるVANC6をシロイヌナズナに作らせたところ、このタンパク質をコードするVANDAL6配列のメチル化が除かれましたが、VANDAL21のメチル化はのぞかれませんでした。つまり、それぞれのVANDALのコードするVANCタンパク質は、そのタンパク質をコードするトランスポゾンのメチル化喪失を特異的に引き起こすことになります(図)。
図:植物はトランスポゾンのDNAをメチル化することで、これを抑制します。この抑制機構に対抗して、VANDAL21トランスポンはVANC21タンパク質を作り、その活性によって自身のDNAメチル化を除き、増殖します。一方、これと配列の似たトランスポゾンであるVANDAL6は、VANC6を作ることにより、自身のメチル化を除きます。これらの抗抑制タンパク質とその標的配列は特異性を分化させるように進化しています。
このタンパク質の活性によってこれらのトランスポゾンは抑制に対抗して増殖しうると考えられます。自分は増殖しながらも、抑制目印が除かれる配列の範囲を狭めることで、他のトランスポゾンの増殖は引き起こさず、宿主への害を減らしていると解釈できます。ただし、一つのタンパク質が配列特異的に強い抗抑制効果を持ち、その特異性が大きく変化しうるのは不思議です。さらに、VANC21タンパク質の染色体上での分布をしらべたところ、VANDAL21のいくつかの非コード領域に結合していることがわかりました。この結合領域には共通する短い配列があり、これを標的としてVANC21が結合することがわかりました。この標的配列は、縦列型の重複配列を持ち、この重複配列が同調して速く進化することがわかりました。「利己的DNA」と考えられてきたトランスポゾンが、宿主の適応度を低下させずに、巧みな方法で速く進化し、増殖していることがわかりました。今後は、このタンパク質が結合した後にどのような機構でDNAメチル化喪失を引き起こすかを知りたいと思っています。また、このタンパク質と標的配列を用いることで、DNAメチル化などの遺伝子抑制機構を人為的に制御する技術につながる可能性があります。また、この抗抑制の分子機構を知ることにより、さらに広い範囲の遺伝子制御技術につながることが期待されます。
発表雑誌
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雑誌名 Nature Communications 論文タイトル Evolution of sequence-specific anti-silencing systems in Arabidopsis 著者 Aoi Hosaka*, Raku Saito, Kazuya Takashima, Taku Sasaki, Yu Fu, Akira Kawabe, Tasuku Ito, Atsushi Toyoda, Asao Fujiyama, Yoshiaki Tarutani, Tetsuji Kakutani*(*責任著者) DOI番号 10.1038/s41467-017-02150-7 論文URL https://www.nature.com/articles/s41467-017-02150-7
用語解説
注1 トランスポゾン
ゲノム中を移動したり、増殖したりする配列。一般に、ゲノム中で増殖することにより生物集団中に広がる「利己的DNA」と考えられている。トランスポゾンとその派生物は、ヒトのゲノムDNAの40%程度を占めると見積もられている。↑
注2 DNAのメチル化
真核生物の多くの種では、DNAのシトシン残基の一部がメチル化されている。植物や脊椎動物では、DNAメチル化は遺伝子やトランスポゾンの不活性化に働きうる。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―