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古プレートの核・マントル境界への沈み込みを初めて確認
ロバート・ゲラー(東京大学 名誉教授)
河合 研志(地球惑星科学専攻 准教授)
アンセルム・ボルジョ(地球惑星科学専攻 博士課程)
発表のポイント
- 地球の表層にあった古い海洋プレートが、最下部マントル(注1)へと沈み込み、温かい熱境界層物質の上に横たわり、脇に押しやりつつ核・マントル境界まで到達することを確認した。
- アラスカおよび離島を除くアメリカ全土で約10年かけて行われた稠密アレイ地震観測網「USArray」(注2)の膨大な波形記録を用いて、最下部マントルの地震波速度構造を世界最高解像度で推定した。
- 冷たいプレートが沈み込み、温かい熱境界層物質と相互作用し核と直に接することから、地球表層の運動が最下部マントルの流動および核のダイナモ運動を支配している可能性を示唆した。
発表概要
日本などの環太平洋地域では、地震や火山噴火などの現象を伴いつつ海洋プレートが地球深部へと沈み込んでいる。海洋プレートの下部マントルへの沈み込みは、これまでの地震波観測およびその他の地球内部構造の研究によって下部マントルへの沈み込みが示唆されていた。しかし、核・マントル境界(CMB)まで沈み込むのか、そして沈み込んだ場合にどのような現象が引き起こされるのかは全くの謎であった。
東京大学大学院理学系研究科のロバート・ゲラー名誉教授および河合研志准教授らは、地球内部構造を推定するため、地震波形の持つ全ての情報を用いる「波形インバージョン」(注3)と呼ばれるビッグデータ解析手法の開発を行ってきた。その手法をアメリカに展開された稠密アレイUSArrayのデータに適用し、世界最高解像度(水平〜250km鉛直〜50km)で中米およびカリブ海下の最下部マントルの地震波速度構造を定量的に推定することに成功した。その推定イメージによって、かつて太平洋の底にあった古プレートの沈み込みがCMBまで到達していることが明らかになった。さらに、その脇にCMBからの上昇流と解釈できる像があり、CMBまで沈み込んだ古プレートが上昇流を励起している可能性が示唆された。これらは地球表層の運動がマントルの対流に影響を支配していることを意味し、この発見は地球の熱・化学進化を理解する上で大きな一歩といえるものである。
発表内容
CMB直上の最下部マントル(D"領域)は、液体鉄合金で構成される外核と接し、マントル対流の熱境界層である。D"領域の温度はマントルの珪酸塩鉱物のソリダス(注4)に近く、地球の表層と並んで部分溶融による化学分化が発生しうる場所である。そのため、温度および化学組成の分布からD"領域で起きているダイナミクスを推定することは、地球の熱・化学進化の理解のために重要である。
地球表面のプレート運動は物質の化学的進化を引き起こす。たとえば中央海嶺では、マントルかんらん岩の部分溶融によって化学組成の異なる岩石が生まれる。それは海洋プレートの一部となり、やがて冷却され重くなった海洋プレート(スラブ)は地震や火山噴火などの現象を伴いつつ地球深部へと沈み込みマントルの化学的不均質を生む。これまでの地震波観測およびその他の地球内部構造の研究によって、冷たく化学組成の異なるスラブが下部マントルへと沈み込むことが示唆されていたが、CMB直上まで沈み込むのか、そして沈み込んだ場合にCMB付近でどのような現象を引き起こすかは全くの謎であった。
日本などの環太平洋地域ではスラブが定常的に沈み込んでおり、その直下のD"領域はスラブとCMB付近の温かい物質との相互作用の理解を目的とした地震波探査に適した地域である。中でも中米下のD"領域は、震源観測点分布(震源=南米の深発地震;観測点=北米)がよく推定対象領域を伝播しその情報を含む地震波形記録が豊富に記録されるために、これまでも精力的に構造推定の研究が進められてきた。さらに、2004年にアメリカ合衆国の西海岸から始まった稠密アレイ地震観測網USArrayの観測が2015年に東海岸に到達し、アラスカおよび離島を除くアメリカ全土での観測が完了した。USArrayで観測された波形情報の一部を用いた地球内部構造推定の研究などから、蓄積されたUSArrayの膨大な波形記録によって地球深部の詳細な構造推定への期待が高まっていた。沈み込んだスラブの運動を理解するためには、少なくとも鉛直方向100 km以下での解像度で構造推定する必要があるが、既存の地震波トモグラフィーの手法は地球全体を推定対象にしているために、〜200 km程度とD"領域それ自体の解像度は低かった。また、D"領域内を長距離通過する波はその構造の情報を多く含むが、その他の波と到達時刻が近いために波が重なり合い分離できないことが多く、活用されてこなかった。そのため、局所的なD"領域の地震波速度構造推定を行うために、USArrayなどの膨大な波形記録(ビックデータ)を扱え、かつ重なった波を扱える手法の開発が必要であった。
研究グループは、これまで独自に開発してきた解析手法を膨大な波形記録に対応するために効率化を進め、波形の持つ全ての情報を用いる「波形インバージョン」と呼ばれるビッグデータ解析手法の開発を行ってきた。またその手法は、今まで利用されてこなかったD"領域の情報を持つが他の波と重なり合うため用いられなかった波形を活用できる。その手法をUSArrayのデータ(図1)に適用し、世界最高解像度(水平〜250km、鉛直〜50km)で中米およびカリブ海下のD"領域内のS波3D速度構造を定量的に推定することに成功した(図2)。
図1 震源、観測点、と波線の分布。赤星:南米の深発およびやや深発地震。青三角:北米の観測点。黄色:推定対象領域。赤線:データとして用いた観測波形(S)がD"領域を通過する波線。+:観測波形(ScS)が核・マントル境界(CMB)で反射する点。挿入図の赤線は1.8億年前※のファラロンスラブが沈み込んでいたプレート境界。
図2 中米下の最下部400 kmマントルの推定したS波速度構造(標準的モデルPREMに対して)水平不均質構造(CACARモデル)。
推定したイメージによって、中米(CA)およびベネズエラ(VZ)下に水平方向に分かれている2つの独立した高速度異常があり、CAは厚み〜100 kmで水平方向〜250 kmのシート状でCMBから400 km直上にまでつながっていることがわかった(図3)。そして、推定領域ではどの深さにおいてもCAの下には低速度異常が存在し、CMB直上で一番強い低速度異常(図3のFe-rich)を示すことがわかった。
図3 推定したCACARモデルの断面図。CMB付近でVZおよびCAの二つの顕著な高速度領域が低速度領域に囲まれている。VZとCAはそれぞれ独立したスラブ沈み込みを示している。VZは1.8億年前※のファラロンスラブが沈み込んでいたプレート境界の直下に位置している(図1の赤線)。CAはCMBの400 km直上から存在し、300-200 km直上で角度が緩やかになりつつCMBにまでつながっている。それは、沈み込んだスラブがCMB直上の温かい熱境界層の物質に沈み込みが一旦妨げられ横たわりつつ(perched)、CMBまで沈み込んでいると解釈できる。その際、温かい熱境界層の物質は集められ上昇流の起源となっている。
一般的に、高速度領域は温度が(平均より)低い領域であり、一方で低速度領域は温度が(平均より)高い領域と考えられる。そのため、高速度領域は温度の低い過去に沈み込んだプレートと解釈できる。地表の古プレート運動の研究によると、この地域の沈み込み帯は東から西に進み、1.8億年前※のファラロンプレートの沈み込み位置はVZの直上にあたる。そのため、CAとVZはマントル中で異なった経路で沈み込み、CAは最下部マントルに到達したばかりのプレート、VZはより古いプレートの沈み込みの痕跡と解釈することが出来る。本研究によってはじめて、沈み込んだ冷たいスラブが外核直上まで到達していることが明らかになった。これは、冷たいスラブによって局所的に外核が冷やされることを意味しており、地球のハビタビリティ(生命活動可能性)の条件ともなる地球磁場の源であるダイナモ運動に大きな影響を与えてきたと考えられる。
また、CAがCMB直上200-300 kmで沈み込む角度がやや緩やかになっており、そしてその下に高温の物質と解釈できる低速度層が存在する。これは、沈み込んだスラブはCMB直上の温かい熱境界層の物質によって沈み込みをいったん妨げられ横たわりつつ(図3のperched)、CMBまで沈み込むものと解釈できる。このことは、内部ダイナミクスの研究で提唱されている一つのモデルと調和的である。
さらに、最新の鉱物物理学のデータベースに基づいて解釈すると、CMB直上にある強い低速度異常は、温度の効果だけでは説明できず、鉄に富み密度の高い化学的に異なる物質の存在を示唆する。そこで本研究では、沈み込んだスラブは温かい熱境界層の物質に妨げられ横たわるが、その過程で温かい熱境界層および重い物質を集め、そこから上昇流を発生させるという、地球表層のプレート運動がスラブの沈み込みを通じてD"領域を含むマントルの運動を支配しているという仮説を提唱した。
地球ダイナミクスの研究から密度の高い物質は上昇流に巻き込まれずに長い間CMBにとどまる可能性が示唆されている。過去に大量にスラブが沈み込むイベントがあった場合、温かい物質および重い物質を大量に集め、それが大きな上昇流の起源となったと推測される。その検証のためには、地震波速度構造だけでなく密度構造の情報が必要であり、今後はそのための技術的な開発を進める予定である。
※ 11月27日に配信されたプレスリリースでは、1800万年前となっておりましたが、正しくは1.8億年前のため訂正しております。
発表雑誌
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雑誌名 Science Advances 論文タイトル Imaging paleoslabs in the D" layer beneath Central America and the Caribbean using seismic waveform inversion 著者 Borgeaud, A.F.E.*, K. Kawai*, K. Konishi, and R.J. Geller* DOI番号 10.1126/sciadv.1602700 論文URL http://advances.sciencemag.org/content/3/11/e1602700
用語解説
注1 マントル
地殻の下から深さ約2900kmまでの岩石からなる固体の層。(深さ2900km以深は、液体の鉄合金で構成される外核であり、また、深さ5150km以深は、固体の鉄で構成される内核である。) マントルは、その主要構成鉱物が相転移する深さ660kmにおいて、上部マントルと下部マントルに区分される。さらに、核・マントル境界(CMB)上の約300-400kmの最下部マントルはD"領域と呼ばれる。マントルは対流しており、マントルの最上部と最下部は対流の境界層で鉛直方向に急激な温度変化があると考えられている。D"領域は下部の熱境界層にあたり、そこではCMBへ向けて急激に温度が上昇する。また、近年の研究により、下部マントルの主要鉱物マグネシウムペロブスカイトが、D"領域の温度圧力下でその高圧相のポストペロブスカイトに相転移することが発見された。そのため、現在では下部マントルは主にペロブスカイトおよびフェロペリクレース、D"領域はポストペロブスカイトおよびフェロペリクレースによって構成されていると考えられている。↑
注2 USArray
2005-2015年の間にアメリカ合衆国の西海岸から東海岸まで約70km間隔で広帯域地震計を稠密に設置するプロジェクト(2016年からアラスカ)。このようなアレイ観測網の展開による詳細な地球内部構造推定への期待が高まっている。↑
注3 波形インバージョン
これまでの研究の多くは、まず観測データから波の到達時刻などを測定し、次にその二次データを分析して内部構造を推定するものであった。一方、「波形インバージョン」は、理論波形を計算して、それと観測波形とを直接比較し、その残差を最小化することによって(但し、解像度に応じて拘束条件を付ける)、内部構造モデルを系統的に改善する手法である。我々の研究グループはこれを実行するための理論を導き、その上で関連するソフトウェアを開発してきた。↑
注4 ソリダス
多成分系の固溶体の融点。温度の上昇により融解が開始する温度。全溶融した場合はその液体成分は元の固体と化学組成は同じであるが、部分溶融した場合は液体に入りやすい元素が液体に濃集し、化学分化が起きる。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―