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ハチ目昆虫の3段階の行動進化と相関する脳高次中枢の進化を解明
大矢 恵代(生物科学専攻 大学院修士課程1年)
河野 大輝(生物科学専攻 大学院博士課程1年)
戒能 洋一(筑波大学生命環境系生物圏資源科学専攻 教授)
小野 正人(玉川大学大学院農学研究科資源生物学専攻 教授)
久保 健雄(生物科学専攻 教授)
発表のポイント
- ハチ目昆虫の行動進化に伴って、脳の高次中枢であるキノコ体を構成するケニヨン細胞のサブタイプの種類が増加したことを発見しました。
- ケニヨン細胞のサブタイプの種類の増加が、3段階のハチ目昆虫の行動進化の基盤になった可能性を、世界で初めて指摘しました。
- 脳高次中枢の神経細胞の種類の増加が、生得的行動進化の基盤になったとの知見は、動物行動進化一般のメカニズムにも洞察を与える画期的な研究成果です。
発表概要
ハチ目昆虫のうち、最も原始的なハバチ亜目は単独性で植物食です。より進化した有錐類(コマユバチなど)は単独性で寄生性であり、最も進化した有剣類(スズメバチ、ツチバチ、ミツバチなど)は単独性/社会性で子のために巣を作る、営巣性をもちます。しかし、こうしたハチ目昆虫の行動進化の基盤となる脳高次中枢の進化は不明でした。
今回、東京大学大学院理学系研究科の大矢大学院生、河野大学院生と久保健雄教授は、筑波大学の戒能洋一教授、玉川大学の小野正人教授との共同研究として、ハチ目昆虫の植物食→寄生性→営巣性への行動進化に伴って、脳の高次中枢であるキノコ体を構成するクラスⅠケニヨン細胞のサブタイプの種類が1→2→3へと増加することを報告しました。このことは、ケニヨン細胞のサブタイプの種類の増加が、ハチ目昆虫の行動進化の基盤になった可能性を示す世界で初めての知見であり、動物の行動進化一般にも洞察を与える、画期的な研究成果です。特に、営巣性の獲得は、多くの動物種で見出され、その後の社会性の芽生えに繋がる点で、その神経基盤の解明は重要です。今後、各ケニヨン細胞サブタイプの機能が解き明かされることで、ハチ目昆虫の行動進化の謎の解明は大きく前進すると期待されます。
発表内容
多くの方にとっては、ハチ(蜂)と聞けばミツバチやアシナガバチ、スズメバチなど、社会を作って生活し、人を刺す虫を思いつかれるでしょう。しかし、実際は、ハチの仲間(ハチ目)の昆虫は多彩な行動様式を示す種類からなります。最も原始的なハチ目昆虫であるハバチ(葉蜂)亜目は、単独性で植物食です。例えば、ルリチュウレンジ(図1)の雌はツツジやサツキの葉に産卵し、幼虫はその葉を食べて育ちます。より進化したハチ亜目は有錐類と有剣類に分類されますが、このうち、有錐類〔コマユバチ(図1)など〕は単独性で寄生性です。有錐類の雌は他の昆虫の幼虫(アオムシ等)の体内に卵を産み付け、幼虫は宿主の体の組織を食べて育ち、やがて宿主の体から脱出し、蛹を経て成虫になります。しかし、これらのハチは子のために巣を作ることも、子育てをすることもありません。ところが、有錐類から進化した有剣類〔スズメバチ、ツチバチ、ミツバチ(図1)など〕は子のために巣を作り(営巣性)、この中から社会(家族)性のミツバチやスズメバチ、アシナガバチ、アリの仲間が出現しています。しかし、こうしたハチ目昆虫の行動進化の基盤となる脳高次中枢の進化は、ほとんど分かっていませんでした。
さて、昆虫の脳で、記憶・学習や感覚統合を司る高次中枢はキノコ体(注1)であり、最も高度な社会性をもつセイヨウミツバチ Apis mellifera L. では、上向きの傘の構造を2つずつもつ左右一対の構造体です(図2A)。キノコ体を構成する神経細胞はケニヨン細胞と呼ばれ、その細胞体は傘の内側(クラスIケニヨン細胞)と、傘の外側の底辺部(クラスIIケニヨン細胞)に集合して存在します。ミツバチでは、傘の内側のケニヨン細胞は、その細胞体の大きさと位置から、傘の内側両端に細胞体が存在する大型と、傘の内側の中心部に細胞体が存在する小型ケニヨン細胞にサブタイプ化されることが、形態学的観察により分かっていました(図2B)。当研究室ではこれまでに、ミツバチの脳のケニヨン細胞サブタイプの機能を調べる目的で、各サブタイプ選択的に発現する遺伝子を同定してきました。その過程で大型と小型ケニヨン細胞の中間の直径の細胞体をもち、両者が存在する領域に挟まれた領域に存在する「中間型」ケニヨン細胞を新規に発見し、そこに選択的に発現する遺伝子mKastを同定しています(注2)(図2C)。
今回、私たちは、これらのミツバチで見られるケニヨン細胞サブタイプが、ハチ目昆虫のどのような行動形質と関連して獲得されたか調べる目的で、ルリチュウレンジ Arge similis (ハバチ)とハマキコウラコマユバチ Ascogaster reticulata(有錐類)、オオスズメバチ Vespa mandarinia (有剣類・社会性)、キンケハラナガツチバチ Campsomeris prismatica (有剣類・単独性)のケニヨン細胞サブタイプを調べました。
方法は、ミツバチ脳でキノコ体選択的に発現し、キノコ体の中では大型と小型ケニヨン細胞で強く発現するが、中間型ケニヨン細胞ではほとんど発現しない神経ペプチド、タキキニン関連ペプチド(注3)、の遺伝子(Tachykinin-related peptide; Trp)をマーカーとして用い、上記の4種のハチの脳での発現をin situハイブリダイゼーション法(注4)で調べました。その結果、スズメバチとツチバチの脳ではミツバチ同様、3種類のケニヨン細胞サブタイプ、つまり傘内側両端に存在し、Trpを発現する大型;傘内側中間部に存在し、Trpを発現しない中間型;傘内側中心部に存在し、Trpを発現する小型ケニヨン細胞、が存在することが分かりました(図3、 4)。
一方、コマユバチでは2種類のサブタイプ;傘内側の両端に存在し、Trpを発現するサプタイプと、傘内側の中心部に存在し、Trpを発現しないサブタイプが見つかりましたが(図5)、ハバチでは、細胞径やTrpの発現強度で区別できるサブタイプは見つからず、サブタイプは1種類しか存在しないと考えられました(図6)。
このことから、ハチ目昆虫の植物食性→寄生性→営巣性への行動進化に伴い、脳の高次中枢であるキノコ体のケニヨン細胞のサブタイプの種類は1→2→3へと増加したことが判明しました。このことは、ケニヨン細胞のサブタイプの種類の増加が、植物食(単独性)→寄生性(単独性)→営巣性(単独性/社会性)という行動進化の基盤になった可能性を示しています。
寄生性のハチでは、寄主を探索するため脳機能が向上したと考えられます。また、営巣性のハチでは帰巣するために高度な空間認識力や記憶力が必要になったばかりでなく、巣作りのための大顎や肢の高度な操作も必要になったと考えられます。今回の知見は、脳高次中枢を構成する神経細胞の種類(脳領野)の増加が、生得的な行動進化の基盤になったことを示唆する点で、動物の行動進化のメカニズム一般にも洞察を与える画期的な研究成果です。特に営巣性の獲得は、多くの動物種で見出され、その後の社会性の芽生えに繋がる点で、その神経基盤の解明は重要です。今後、各ケニヨン細胞サブタイプの機能が解明されることで、ハチ目昆虫の行動進化の謎の解明は大きく前進すると期待されます。
図1 (上段)研究対象とした5種類のハチ目昆虫の系統樹、(中段) その写真、(下段)中段の昆虫のキノコ体を構成するケニヨン細胞サブタイプの種類の模式図。〔Scientific Reportsの発表論文より改変して引用。〕
図2 (A)ミツバチ頭部と脳の模式図、(B) (A)の黒枠で示す、左のキノコ体の切片の染色像。キノコ体を構成するクラスI大型と小型のケニヨン細胞、クラスIIケニヨン細胞を示す。(C)中間型ケニヨン細胞選択的に発現するmKast(マゼンタ)と、大型ケニヨン細胞選択的に発現するCaMKII(緑)の二重 in situ ハイブリダイゼーション像。青はDAPI による核染色が強く見える、小型ケニヨン細胞が集合する領域。キノコ体の傘1つについての結果を示す。
図3 キンケハラナガツチバチ脳のキノコ体でのTrpの発現
(A)Trpのin situ ハイブリダイゼーションの結果。(B)(A)のケニヨン細胞を大型、中間型、小型に色分けしたもの。(C) 左から中間型、大型、小型の細胞径(縦軸)とTrpの発現強度(横軸)。(A)(B)のバーは100μm。〔Scientific Reportsの発表論文より改変して引用。〕
図4 オオスズメバチ脳のキノコ体でのTrpの発現
(A) Trpのin situ ハイブリダイゼーションの結果。(B)(A)のケニヨン細胞を大型、中間型、小型に色分けしたもの。(C) 左から中間型、小型、大型の細胞径(縦軸)とTrpの発現強度(横軸)。(A)(B)のバーは100μm。〔Scientific Reportsの発表論文より改変して引用。〕
図5 ハマキコウラコマユバチ脳のキノコ体でのTrpの発現
(A) Trpのin situ ハイブリダイゼーションの結果。(B)(A)のケニヨン細胞を、細胞体の位置とTrpの発現強度に基づいて、2つのサブタイプ(赤と緑)に色分けしたもの。(C) 核染色では、傘内側の中心部に位置するケニヨン細胞サブタイプは核がよりコンパクトに見える。
(A)(B)のバーは20μm。〔Scientific Reportsの発表論文より改変して引用。〕
図6 ルリチュウレンジ脳のキノコ体でのTrpの発現
(A) Trpのin situ ハイブリダイゼーションの結果、 (B)(A)で見られたケニヨン細胞の傘中央部からの距離(横軸)と細胞径の関係。ハバチでは、Trpの発現強度、細胞体の位置、細胞径に差があるサブタイプは見られない。(A)のバーは50μm。〔Scientific Reportsの発表論文より改変して引用。〕
発表雑誌
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雑誌名 Scientific Reports 論文タイトル Increased complexity of mushroom body Kenyon cell subtypes in the brain is associated with behavioral evolution in hymenopteran insects 著者 Satoyo Oya, Hiroki Kohno, Yooichi Kainoh, Masato Ono, and Takeo Kubo* DOI番号 10.1038/s41598-017-14174-6 論文URL https://www.nature.com/articles/s41598-017-14174-6
用語解説
注1 キノコ体
昆虫脳の高次中枢で、記憶・学習や感覚統合に働く。昆虫を含む節足動物門に共通な脳の構造であるが、種により形状には差異が見られる。↑
注2
2013年8月22日 プレスリリース「採餌飛行をするミツバチの脳で活動する新規な神経細胞『中間型ケニヨン細胞』の発見」金子九美・久保健雄
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2013/41.html
2013年の中間型ケニヨン細胞の発見が、今回の研究成果の基礎となっている。 ↑注3 タキキニン
多くの動物に保存されている神経ペプチドの1種で、多彩な生理活性をもつ。ショウジョウバエでは雄の攻撃性の調節に関わることが報告されている。2004年に当研究室で、ミツバチ脳のキノコ体で選択的に発現する遺伝子として報告した。
Takeuchi H, Yasuda A, Yasuda-Kamatani Y, Sawata M, Matsuo Y, Kato A, Tsujimoto A, Nakajima T, and Kubo T (2004) Prepro-tachykinin gene expression in the honeybee Apis mellifera L. brain. Cell Tissue Res. 316, 281-293 ↑注4 In situ ハイブリダイゼーション
標本中において、特定の遺伝子が発現している細胞を可視化する染色方法。検出したい遺伝子のmRNAに相補的な、標識付きRNAを合成し、組織切片などに浸透させる。標本中に存在する目的遺伝子のmRNAと、標識RNAがハイブリダイズした箇所で発色が検出され、検出したいmRNAを発現している細胞を同定することができる。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―