2017/10/19

哺乳類では生殖制御の鍵を握るキスペプチンがサカナでは別の機能をもつ

 

中城 光琴(生物科学専攻 博士課程3年)

神田 真司(生物科学専攻 准教授)

岡 良隆(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 哺乳類では生殖制御に必須な機能を果たすと考えられる神経ペプチドであるキスペプチンの機能について、遺伝子改変メダカを用いた多角的手法により、解析した。
  • 真骨魚類におけるキスペプチンの生殖制御への寄与を明確に否定し、脊椎動物共通のキスペプチンの新たな機能として、生殖以外の内分泌機能の制御に関わる可能性を発見した。
  • 脊椎動物における神経ペプチド機能の多様性と普遍性について、進化的に興味深い知見を示すとともに、新たなペプチド機能を解明するための革新的解析手法を提示した。

発表概要

キスペプチンは、哺乳類の生殖制御に必須な神経ペプチドとして今世紀初頭に発見され、今や哺乳類ではそれらによる生殖制御が定説となり、活発な研究が続いている。一方、キスペプチンの遺伝子やその産生ニューロンは哺乳類以外の脊椎動物においても広く保存されているが、技術的制約から、それらの生殖制御への関与に関しては、決着がついていなかった。東京大学大学院理学系研究科の岡良隆教授・神田真司准教授らは、遺伝子改変メダカを用いた多角的手法により、少なくとも真骨魚類ではそれらが生殖の中枢制御に直接関わらないことを初めて明確に示した。また、キスペプチンは鳥類以外の脊椎動物にも広く保存されているものの、それらが生殖制御に直接関わるのは、哺乳類の系統のみで生じた特殊な現象であり、脊椎動物共通の生殖制御以外の重要なキスペプチン機能が隠されていると考えた。そこで、同研究グループは、それらの機能について、新たな遺伝子改変メダカで形態学、生理学を始めとする多角的な手法を用いて解析を行った。その結果、メダカにおいて、キスペプチンニューロンが、別のペプチドニューロンを介して脳下垂体における内分泌制御を担うという新たな経路を発見した。

発表内容

生殖は種を存続させるために必須な機能である。脊椎動物において、生殖機能の発達は、視床下部・脳下垂体・生殖腺において神経系と内分泌系を協調的に制御する機構 (HPG軸、(注1)) によって制御されると考えられている。哺乳類を用いた研究から、視床下部の生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH) 産生ニューロン(=GnRHニューロン)が脳下垂体でGnRHを放出して、その作用により2種の生殖腺刺激ホルモン(LH・FSH)を放出させることが古くから知られていた。最近、キスペプチンニューロンの放出するキスペプチンが、キスペプチン受容体Gpr54を発現するGnRHニューロンの活動を直接的に促進することにより、哺乳類ではキスペプチンが生殖制御の鍵を握るとされてきた(図1左)。

図1 HPG軸制御機構とキスペプチン神経系に関する哺乳類と真骨魚類の比較
哺乳類においてキスペプチンはHPG軸制御機構に必須な神経ペプチドである。視床下部に局在するキスペプチン産生ニューロンは、キスペプチン受容体Gpr54を発現するGnRHニューロンの神経活動を直接的に促進し、GnRHペプチドの放出を正に制御する。GnRHペプチドは脳下垂体門脈を介して脳下垂体における2種の生殖腺刺激ホルモン(LH・FSH)の放出を促進し、LH・FSHが生殖腺において生殖腺の成熟を促す。成熟した生殖腺からエストロジェンが産生され、血液循環を介してエストロジェン受容体ERαを発現するキスペプチンニューロンにフィードバックされる。
一方、真骨魚類においてはGnRHニューロン上にGpr54の発現は見られず、その近傍のニューロンに発現している。今回の生理学的な解析から、キスペプチンはGnRHニューロン、LH細胞のいずれにも作用しないことを示した。また、組織学的にGpr54-1発現細胞群の一部は神経ペプチドNpbを共発現し、多数の軸索を脳下垂体に送ることから、脳下垂体における何らかの内分泌機能を担うことが示唆された。具体的な内分泌機能に関しては、npbニューロンの詳細な機能解析が待たれる。

 

ところが興味深いことに、脊椎動物において高い保存性をもつキスペプチン関連遺伝子(リガンド:kiss1/2, 受容体:gpr54-1/2)は、鳥類では進化の途上で完全に喪失している。これに加え、キスペプチンの発現は、生殖腺から血液循環を介して脳に運ばれる性ステロイドホルモンであるエストロジェンに依存することが、幅広い脊椎動物で示されている。これらの共通点、相違点から、真骨魚類をはじめとする、哺乳類以外の脊椎動物におけるキスペプチンの機能、特にそれがHPG軸制御に関わるかどうかが、当該研究分野において最大の争点となっていた。しかしながら、これまでの研究では、研究者それぞれが異なる実験材料・手法を用いていたため、統一的な見解を得るに至らず、キスペプチンは哺乳類同様、真骨魚類等の生殖制御にも強く関わるのではないか、という漠然とした思い込みが一部の研究者に広まっていた。

今回、同グループは、遺伝子ノックアウト(KO)、遺伝子組換え等の遺伝子編集技術(注2)を駆使して作成した複数系統の遺伝子改変メダカと野生型のキンギョを利用して組織学・生理学的手法等を併せた多角的解析を行うことにより、真骨魚類におけるキスペプチンのHPG軸制御への寄与を初めて明確に「否定」した。まず、キスペプチン関連遺伝子のKO系統 (kiss1-/-, kiss2--/-, gpr54-1-/-, gpr54-2--/-, kiss1-/-, kiss2--/-)を樹立し、それらの表現型解析を行った結果、いずれの系統も生殖能力をもっており、生殖腺の発達や2種の生殖腺刺激ホルモン(LH・FSH)の遺伝子発現も野生型と同等であることが示された。また、GnRHニューロン特異的にGFP標識した遺伝子組換えメダカを用い、同ニューロンの単一神経活動を記録して解析した結果、キスペプチンはGnRHニューロンの神経活動に影響を及ぼさないことがわかった。さらに、脳下垂体の生殖腺刺激ホルモン産生細胞特異的に特殊な蛍光色素を遺伝子導入したメダカを用い、同細胞に対するカルシウムイメージング法(注3)による生理学的解析を行うことで、キスペプチンにはHPG軸を活性化する能力がないことを示した。これに加えて、キンギョにキスペプチンを投与しても、血中の生殖腺刺激ホルモン濃度の上昇や排卵はいずれも起こせなかった。これらの結果を総合すると、メダカ、キンギョにおいて、キスペプチンは、HPG軸制御におけるいずれの作用点においても機能しないことが明瞭に証明された(図1右)。哺乳類では生殖の中枢制御に必須な役割を果たすキスペプチンに関して、過去には魚類でも生殖制御の可能性を示す投与実験等の結果がいくつか発表されてきたが、それらは生理的でない条件でキスペプチンを投与したために生じた副次的な作用であったと想像される。

次に同グループは、キスペプチン神経系が司る、HPG軸制御以外の未知の機能を探索する新しい研究方法として、キスペプチン受容体の1つ、Gpr54-1を発現するニューロンを特異的にGFP標識した遺伝子組換えメダカを作出し、多角的解析を行った。これらのメダカを用いた網羅的遺伝子解析法(注4)や分子形態学的な方法(注5)による解析から、Gpr54-1ニューロンがGnRHを発現しないことが再確認され(真骨魚類GnRHニューロンがGpr54-1を発現しないという同グループの研究成果や最近の文献と一致)、それに代わってGpr54-1ニューロンに発現する神経伝達物質候補として、新たにニューロペプチドB (Npb) 等を同定した。また、同ニューロンの単一神経活動がキスペプチン投与によって促進されることを電気生理学的に示した。Npbは近年、摂食、睡眠、内分泌制御等の様々な機能への寄与が示唆され、注目を浴びている神経ペプチドで、本研究は、キスペプチンニューロンがNpbニューロンを介してその生理機能を発現する可能性を示唆した初めての報告である。さらに、Gpr54-1/Npb発現ニューロンの一群が脳下垂体に多数の軸索を直接伸ばしており、それらが脳下垂体ホルモンであるイソトシン (IT)・バソトシン (VT)の放出を制御することが形態学的に示唆された。IT・VTはそれぞれ哺乳類の脳下垂体後葉ホルモン、オキシトシン (OT) ・バソプレシン (VP) のオルソログ(注6)遺伝子産物であり、ストレス応答、行動制御等の多様な機能への寄与が示唆されている。興味深いことに、近年哺乳類を用いた研究においてもOT/VP神経系に対してキスペプチン神経系が影響を及ぼすことが示唆されてきている。

これらの知見と、キスペプチン関連遺伝子を完全に喪失した鳥類が生物群として繁栄していること、そして今回の研究成果をあわせて解釈すると、キスペプチン神経系のHPG軸制御への関与は、哺乳類だけが進化の過程で偶然獲得した特殊な機能であり、様々な動物で進化的に保存されてきた本来の機能は、IT(OT)/VT(VP)神経系の制御などをはじめとする、生殖機能の発達(生殖腺の成熟)とは直接関係のない様々な内分泌・自律機能の制御であった可能性が推察できる。キスペプチンは、脊椎動物の繁殖期に生殖腺から放出されて脳に運ばれるエストロジェンに応じて発現し、上記のような神経経路を介して性行動やストレス応答等を制御することで、円滑な生殖の遂行に役立っていると考えられる。今後、今回示唆されたキスペプチン神経系とNpb, IT, VTの関係性について、詳細な生理学的解析が進められることが期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Endocrinology
論文タイトル Evolutionally conserved function of kisspeptin neuronal system is non-reproductive regulation as revealed by non-mammalian study
著者 Mikoto Nakajo*, Shinji Kanda*, Tomomi Karigo, Akiko Takahashi, Yasuhisa Akazome, Yoshihisa Uenoyama, Makito Kobayashi, and Yoshitaka Oka*
DOI番号 10.1210/en.2017-00808
論文URL https://academic.oup.com/endo/article/4555284/Evolutionally-conserved-function-of-kisspeptin

 

 

用語解説

注1 視床下部生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)産生ニューロンおよび脳下垂体の生殖腺刺激ホルモン

視床下部のGnRHニューロンは、脳底部の正中隆起とよばれる部位に投射し、下垂体門脈とよばれる血管網を介し、脳下垂体に作用する。哺乳類においては脳下垂体の内分泌細胞がGnRHの刺激に応じて、2種類の生殖腺刺激ホルモンの放出を促進する。血中に放出されたそれらのホルモンは血流を介して生殖腺に至り、生殖腺の発達やメスの排卵を調節する。これら一連の生殖の中枢制御機構は、視床下部・脳下垂体・生殖腺を示す学術用語の頭文字からHPG軸制御機構とよばれている。神経ペプチド、キスペプチンを放出するキスペプチンニューロンは、哺乳類においてはGnRHニューロンの神経活動を促進することでHPG軸制御機構に重要な役割を果たす。

注2 遺伝子編集技術

標的とする遺伝子配列を破壊するノックアウト(KO)法では、transcription activator-like effector nuclease(TALEN)法およびClustered regularly interspaced short palindromic repeats / CRISPR associated proteins(CRISPR/CAS9) 法を用いた。前者はXanthomonas属の細菌によって生成される、二重鎖DNAの各塩基対に対応するTALエフェクターを破壊したい配列に応じて繋げることにより、ゲノム内の特定の配列を標識し、このエフェクターにヌクレアーゼを付けることで、狙った配列を破壊する手法である。後者は細菌や古細菌における獲得免疫機構を応用したもので、標的遺伝子配列に対して相補的な配列とCas9エンドヌクレアーゼと結合するための配列を併せ持つガイドRNA鎖を設計し、Cas9との共導入により標的配列を破壊する手法である。一般的に、ゲノムDNAを破壊された細胞は、非相同末端結合(non-homologous end joining)によって修復するため、一定の確率でDNA塩基対のフレームシフト変異が誘発される。今回用いたKOはこれらの手法によって作成されたフレームシフト変異体である。一方、GFP標識等の遺伝子組換え系統については、標的遺伝子の上流配列にGFP配列を繋げたDNAコンストラクトを用いた。

注3 カルシウムイメージング法

カルシウムイオン(Ca2+)と結合した際に蛍光強度が変化する蛍光タンパク質(Ca2+インジケーター)の遺伝子等を細胞に導入して発現させ、細胞内のCa2+濃度変化を画像情報として記録する生理学的実験手法。Ca2+濃度が上昇することでペプチドホルモンが放出されることから、細胞内Ca2+濃度上昇はホルモン放出の指標となる。

注4 網羅的遺伝子解析法(次世代シーケンス)

膨大なDNAサンプルの塩基配列を一度に読む(シーケンス)ことができる手法。今回は、GFP標識されたGpr54-1発現ニューロンを選択的に回収し、全RNAを抽出、逆転写したDNA配列をシーケンスすることで同ニューロンが発現している遺伝子群を網羅的に解析した。

注5 分子形態学的な方法(in situ hybridization(ISH)法、免疫組織化学法)

生物組織中の特定の遺伝子(mRNA)またはタンパク質を発現する細胞を標識する組織学的実験手法。前者は標的のmRNA配列に相補的なRNA鎖に標識分子を繋げたプローブを導入し、組織中の標的mRNA鎖と相補的に結合(ハイブリダイズ)させることで検出する。後者は標的タンパク質(抗原)と特異的に結合し、かつ標識分子を繋げた抗体を導入し、検出する。

注6 オルソログ

進化の過程で種分化により生じた、異なる生物に存在する相同な機能を持った遺伝子群。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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