2017/09/29

機械学習と無標識画像で細胞の薬剤応答を検出する技術を確立

~薬剤スクリーニング、細胞診断、IoBMT (Internet of Bio-Medical Things)への展開~

 

小林 博文(化学専攻 博士課程3年)

雷 誠(化学専攻 特任助教)

合田 圭介(化学専攻 教授/科学技術振興機構/
カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部電気工学科)

 

発表のポイント

  • 無標識に多数の細胞を撮影する高速明視野顕微鏡と機械学習による細胞分類を用いて、抗がん剤によって生じた細胞の形態変化の高精度検出に成功した。
  • 大量の細胞画像に機械学習を適用することで、人の目でも見分けの難しい僅かな変形を検出できることから、これを薬剤応答性の評価に応用することが可能になった。
  • これまで蛍光標識に依存していた薬剤応答の評価を無標識でできることから、新しい薬剤スクリーニングや細胞診断の方法、IoBMT (Internet of Bio-Medical Things)への展開が期待される。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科化学専攻の小林博文大学院生、雷誠特任助教(ImPACTチームリーダー)、合田圭介教授らは、高速イメージング法である高速明視野顕微鏡を用いてマイクロ流路中を約10 m/sで流れる多数の細胞を無標識で連続撮影し、抗がん剤によって生じたがん細胞の形態変化を、機械学習により高精度に検出することに成功しました。本技術を利用して膨大な数のがん細胞の形状を調べ、人の目でも見分けの難しい、僅かな細胞変形を機械学習で検出することにより、細胞に対する薬剤応答を評価する方法を確立しました。この知見に基づき、今後新たな薬剤スクリーニングや細胞診断の方法、データ統合生命・医科学としてのIoBMT (Internet of Bio-Medical Things)への展開が期待されます。

本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のうち、合田圭介プログラム・マネージャーの研究開発プログラム「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」の一環として実施されました。

本研究成果は、2017年9月29日(英国時間)にネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature publishing group)のジャーナル「Scientific Reports」のオンライン版で公開されました。

発表内容

1)研究の背景と経緯

新たな医薬品を開発する創薬の分野では、膨大な候補化合物から有望な化合物を見つけるスクリーニングの過程が非常に重要な役割を果たしています。できるだけ有効な化合物を見つけ、無効な化合物をふるい落とすために、細胞に対して複数の蛍光標識を行った後、細胞画像を撮影して解析するハイコンテント・スクリーニング(注1)が近年注目を集めています。この方法は細胞の薬剤応答を多数のパラメータで評価できるため、従来法よりも高い確率で有効化合物を見つけることが期待されていますが、蛍光標識を使わなければならないことから様々な制約を受けることがあります。例えば、細胞の内側にある分子を蛍光標識するには、通常、細胞を殺す必要があり、生きたまま蛍光標識するには遺伝子組み換え操作を行う必要があります。また、蛍光標識を付けるための試料準備で多大な時間を必要とするため、大規模に細胞画像を取得することが困難でした。

2)研究の内容

本研究では、がん細胞に抗がん剤を異なる濃度で作用させ、これによって生じた形態変化を、無標識の透過画像から高速・高精度に検出する技術を確立しました。本技術の原理検証のために、乳がん由来のがん細胞(MCF-7)に抗がん剤としてよく利用されるパクリタキセルを異なる濃度で添加し、12時間及び24時間作用させました(図1)。

図1.本研究における細胞の薬剤応答検出の流れと高速明視野顕微鏡の模式図。
薬剤処理した細胞をマイクロ流体チップに注入し、高速明視野顕微鏡を用いて高速撮影した。これにより得られた画像ビッグデータを機械学習により解析した。高速明視野顕微鏡では、分散ファイバーおよび回折格子を用いて、広帯域パルスレーザー光を波長依存的に時間方向および空間方向へ分散させた。その光をサンプルに照射し、透過光の時間変化を検出・解析することで、サンプルの画像を取得した。

 

そして、マイクロ流体チップ(注2)を用いて細胞を高速に流し、高速明視野顕微鏡(図1、(注3))を用いて毎秒10,000細胞の高スループットでサンプル内の全細胞を撮影し、機械学習により形態を分類したところ、薬剤処理を受けた細胞(抗がん剤を作用させたがん細胞)と受けていない細胞(作用させていないがん細胞)を92%の高い精度で区別しました(図2)。

図2.機械学習によるがん細胞の抗がん剤応答に対する分類。
高速明視野顕微鏡により撮影した乳がん細胞の画像から500種類以上の形状に関連する特徴量を抽出し、機械学習により薬剤処理した乳がん細胞としていない乳がん細胞を分類できた。薬剤濃度によって分類精度が推移することが見て取れる。

 

このように、高速明視野顕微鏡と、それから得られる細胞のビッグデータを機械学習することにより、細胞の画像から500を越える特徴量(形や質感など)を抽出し、人でも見分けの難しい僅かな形態変化を捉えることができ、これが細胞の薬剤応答性評価に利用できることが示されました。

3)今後の展開

本技術では従来の顕微鏡による観察に比べて非常に高速かつ無標識で細胞の形態変化を検出できるため、従来の薬剤スクリーニングでは評価できなかったことを評価できるようになることが期待されます。また、本技術を新たな細胞診断の方法に応用することにより、治療モニタリングなど臨床応用への展開も想定されます(図3)。

図3.今後の展望
光学、流体力学、生物学、薬学、医学などの異分野を融合して開発された薬剤応答検出技術は、今後画像から疾患細胞を見つける細胞診断や、有効薬剤を発見する薬剤スクリーニングへの応用、更にはデータ統合生命・医科学としてのIoBMT(Internet of Bio-Medical Things)への展開が期待される。

 

本研究チームは、東京大学の小林博文(理学系研究科化学専攻博士課程学生)、雷誠(理学系研究科化学専攻特任助教)、Wu Yi(カーネギーメロン大学学士課程学生)、毛愛琳(理学系研究科化学専攻修士課程卒業生)、姜逸越(理学系研究科化学専攻修士課程学生)、郭宝山(理学系研究科化学専攻特任研究員)、小関泰之(工学系研究科電気系工学専攻准教授)、合田圭介(理学系研究科化学専攻教授)で構成されています。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。
内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)http://www.jst.go.jp/impact/#index1
プログラム・マネージャー:合田 圭介
研究開発プログラム:セレンディピティの計画的創出による新価値創造
研究開発課題:セレンディピターのための細胞計測技術および細胞分取技術の開発
開発研究開発責任者:合田圭介(東京大学大学院理学系研究科教授)
チームリーダー:雷誠(東京大学大学院理学系研究科特任助教)
研究期間:平成27年4月~平成29年3月
本プログラムでは、膨大な細胞集団から単一の目的細胞を発見する細胞検索エンジン「セレンディピター」の開発に取り組んでいます。その中で、雷チームは、高速イメージング手法を用いて高速流体中の細胞を無標識で撮影し、画像解析する技術の開発を担当しています。

■合田圭介プログラム・マネージャーのコメント■
本成果は、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」に参画する、光学、流体力学、医学、生物学など異分野研究者の協力によるものです。今回開発した細胞の薬剤応答検出技術は、新たな薬剤スクリーニングや細胞診断技術に応用することが可能です。本プログラムでは、最先端の異分野技術を組み合わせて、膨大な数の多種多様な細胞集団の細胞一つ一つを網羅的に調べ上げる細胞分析装置「セレンディピター」を開発しています。本研究成果は、セレンディピターの実現及びライフイノベーション領域とIoBMT (Internet of Bio-Medical Things)への展開に向けた大きな一歩であると考えています。

 

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports
論文タイトル Label-free detection of cellular drug responses by high-throughput bright-field imaging and machine learning
著者 Hirofumi Kobayashi, Cheng Lei*, Yi Wu, Ailin Mao, Yiyue Jiang, Baoshan Guo, Yasuyuki Ozeki, and Keisuke Goda*
DOI番号 10.1038/s41598-017-12378-4
論文URL https://www.nature.com/articles/s41598-017-12378-4

 

 

用語解説

注1 ハイコンテント・スクリーニング

細胞の画像を撮ることで、薬剤応答を調べるスクリーニング方法のことを指す。これまでのハイコンテント・スクリーニングは細胞の各部位を蛍光標識で染め分ける必要があったが、本研究においては、機械学習を応用することで無標識でも機能することを実証した。

注2 マイクロ流体チップ

断面の幅と高さが数十〜100マイクロメートルの流路を載せたチップを指す。ここでは、直径が数十マイクロメートルの細胞を高速に流すために使われる。

注3 高速明視野顕微鏡

図1の模式図で示されたOTS(optofluidic time-stretch) 顕微鏡を指す。本研究成果の原理は、一般的な明視野顕微鏡画像にも当てはまるため、それと比較してこのように表記した。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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