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ビッグバン直後の超音速ガス流が生んだモンスターブラックホールの種
平野 信吾(テキサス大学オースティン校天文学科 日本学術振興会海外特別研究員)
吉田 直紀(物理学専攻 教授/国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構
主任研究員・特任教授)
細川 隆史(京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻 准教授)
発表のポイント
- 巨大ブラックホールが誕生する新たな道筋をスーパーコンピューターシミュレーションにより明らかにした。
- ビッグバンが残した超音速ガス流から急速に成長する星が生まれ、最終的に太陽の34,000倍もの質量をもつ巨大ブラックホールへと進化することを示した。
- 本研究成果により、最近の観測で見つかった、最遠方の超大質量ブラックホールの起源を説明することが出来る。
発表概要
東京大学と京都大学を中心とする研究グループ(テキサス大学オースティン校天文学科の平野信吾 日本学術振興会海外特別研究員、京都大学理学研究科の細川隆史准教授、東京大学大学院理学系研究科/国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 主任研究員の吉田直紀教授ら)は、「アテルイ(注1)」をはじめとするスーパーコンピューターを用いたシミュレーションを行い、ビッグバン後の超音速ガス流から太陽の34,000倍もの重さをもつ巨大ブラックホールが誕生することを明らかにしました。この巨大ブラックホールが成長することで、これまでの観測で見つかった最遠方の宇宙に存在する超大質量ブラックホール (モンスターブラックホール) の起源と成長を説明することができます。
本研究成果はアメリカ科学誌 「Science」 のオンライン版に9月29日 (米国EST時間) に公開されました。
発表内容
【研究の背景と動機】
近年、遠方の宇宙探査により、宇宙年齢が数億年という早期に存在した超大質量ブラックホールが次々と発見されています。太陽の数十億倍もの超大質量ゆえにモンスターブラックホールと呼ばれますが、そのような早期にどのようにして誕生したのかは天文学上の大きな謎でした。その起源についてはいくつもの仮説が提案され、例えばファーストスター (注2)がその一生の最期に遺すブラックホールが成長するという説や、あるいは宇宙初期に巨大ガス雲が一気に収縮して形成されるとする説が有力と考えられてきました。しかしどの説も太陽質量の数十億倍にもなる超大質量ブラックホールの早期形成を自然に説明することはできず、さらにいくつかの物理機構の仮定が必要でした。
【超音速ガス流が生み出すモンスターブラックホールの種】
本研究グループは、ビッグバン後に残された超音速ガス流に着目しました。宇宙の始まりの頃には、やがて様々な天体を生み出す種となる物質密度の揺らぎとともに、高速のガス流も残されていました。宇宙を満たすダークマターはその重力によって集積することができ、宇宙年齢が1億年のころ、質量が太陽の2,000万倍もある巨大なダークハロー(注3)を作り出します。この巨大なダークハローはその強い重力により高速のガス流を捕捉できるようになり、すぐに高温高密度で乱流状態にあるガス雲を生み出します。研究チームは、スーパーコンピューターシミュレーションを用いてガスとダークマターの両方の運動を追い、さらには乱流ガス雲から原始星(注4)が誕生して急速に成長する様子を再現しました(図1)。
図1. シミュレーションより得られたブラックホール形成時のダークマター分布(背景)とガス分布(内側下3パネル)
ダークマターが集積した巨大な「ダークハロー」が形成されるが、宇宙初期のガス流速度 (図では右方向) が大きな領域では高速のガスを捉えきれず、抜け出てしまう。最終的にブラックホールを生み出すガス雲も乱れた形状を保ちながら収縮する。
太陽の数万倍もの質量をもつ乱流ガス雲の中では、誕生した原始星へ向けて高速のガスが流れ込み続けます。激しいガスの降着は中心星の表面を膨張させるため、表面からは可視光などのエネルギーの低い光が放出されます。このため、流入するガスを加熱して吹き飛ばすという、星の成長の自己抑制機構は働かず、最終的にはガス雲全体が中心星に取り込まれ、巨大なブラックホールへと変貌します。
【最遠方のモンスターブラックホールの起源が明らかに】
このように、乱流ガス雲の中で成長し太陽の34,000倍もの質量をもつようになった巨大星は、その一生の最期に同質量の巨大ブラックホールを遺します。その進化の詳細は、研究チームに参加している京都大学理学研究科の細川隆史准教授や東京大学大学院理学系研究科の吉田直紀教授らによって、2016年に既に理論的には示されていました。宇宙初期に誕生した巨大ブラックホールは、更にその後数億年ほどガス降着やブラックホール同士の合体を経て成長し、太陽の10億倍以上もの超大質量ブラックホールへと進化することができます。本研究グループは新たに、ダークハローの形成時期や超音速ガス流の速度分布を理論的に求め、超大質量ブラックホールのもととなる巨大ブラックホールが宇宙に現れる確率を見積もりました。その結果、これまでに発見された超大質量ブラックホールの観測数と一致することがわかりました。
今回、宇宙初期のガスの超音速運動まで厳密に再現した初期宇宙進化のスーパーコンピューターシミュレーションを行うことで、超大質量ブラックホールのもととなる巨大ブラックホール誕生の過程を明らかにし、超大質量ブラックホールの出現をその観測数も含めて説明できることを確かめました。将来の遠方宇宙観測により、さらに初期のブラックホールを発見することで、ブラックホール成長の様子が実際の観測から示されると期待されます。
この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 14J02779, 25800102, 15H00776, 16H05996)、科学技術振興機構 CREST JPMHCR1414、文部科学省ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」、および ドイツ研究振興協会 (DFG) No. KU 2849/3-1のもとで実施されたものです。
図A
図1下段真ん中のパネルの拡大版。原始星の周りのガス密度分布。図上を左から右方向へと流れる超音速ガス流によって、全体的なガスの構造は押しつぶされている。内部の構造も一般的なファーストスターが誕生するような球対称構造とは大きく異なる。
図B
原始星が高密度のガス(白色コントア)を取り込みながら成長する様子。成長中、星の表面が高温になり大量の紫外線を放出すると、流入するガスを加熱する(赤色)。激しいガスの降着によって星はすぐに膨張し、エネルギーの高い光の放出率は下がり、最終的にはガス雲全体が星へと取り込まれ、巨大なブラックホールが誕生する。
発表雑誌
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雑誌名 Science 論文タイトル Supersonic Gas Streams Enhance the Formation of Massive Black Holes in the Early Universe 著者 Shingo Hirano, Takashi Hosokawa, Naoki Yoshida, Rolf Kuiper DOI番号 10.1126/science.aai9119 論文URL http://science.sciencemag.org/content/357/6358/1375
用語解説
注1 アテルイ
国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用するスーパーコンピューター Cray XC30 の愛称。2013年4月より利用開始され、2014年9月のアップグレードで理論演算性能が約2倍に向上した。天文学専用のスーパーコンピューターとしては世界最速の性能をもつアテルイは、「理論天文学の望遠鏡」として活躍している。本研究のシミュレーションはこの他に、筑波大学計算科学研究センターの運営するスーパーコンピューター COMA を利用して行われた。↑
注2 ファーストスター
宇宙で最初に誕生した第一世代の星。水素やヘリウムなどの軽い元素しか存在しなかった宇宙に初めて酸素や炭素といった重い元素を作り出した、われわれの遠い祖先といえる存在である。極めて遠方にあるため未だ直接には観測されていないが、遠方銀河の分光観測や、銀河系の古い星々の元素含有量の解析などからその性質が明らかになりつつある。↑
注3 ダークハロー
主にダークマター (暗黒物質) からなる密度の高い領域。宇宙全体ではガスを含む一般的な物質よりもダークマターの方が多く存在するため、はじめにダークマターが集積して複雑な構造を作り出す。ダークマターの重力によって集められたガスからファーストスターは誕生する。↑
注4 原始星
およそ太陽の100分の1の重さを持つ、誕生直後の星。周囲に存在する大量のガスが重力によって取り込むことで、原始星は大きくなっていく。この成長がどれだけ続くかによって星の重さは決まる。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―