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インターロイキン11は、オタマジャクシの尾再生芽の未分化細胞の誘導・維持に働く
—器官再生の最初期段階の人為的再現に成功—
辻岡 洋(研究当時 生物科学専攻 博士課程大学院生/
現 大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任助教)
國枝 武和(生物科学専攻 助教)
加藤 由起(分子細胞生物学研究所 助教)
白髭 克彦(分子細胞生物学研究所 教授)
深澤 太郎(生物科学専攻 助教)
久保 健雄(生物科学専攻 教授)
発表のポイント
- アフリカツメガエル幼生尾の再生芽では、様々な組織に分化する未分化細胞が出現しますがインターロイキン11(interleukin-11)がこれら細胞の誘導・維持に働くことを見出しました。
- インターロイキン11を強制発現すると、正常尾に様々な組織の未分化細胞が誘導されたことから、再生の最初期段階の分子メカニズムが初めて解明されました。
- 本研究成果は、再生の初発段階の重要なイベントである複数の組織の未分化細胞の誘導が、たった一つの因子に因ることを示すもので、一部の生物が持つ再生能力の実態解明が期待されます。
発表概要
幾つかの動物種は、損傷により失われた手足などを再形成する「再生」という能力をもちます。アフリカツメガエル幼生(オタマジャクシ)もその一つです。オタマジャクシの尾が損傷により失われると、切断端付近に未分化な細胞(注1)の集団(再生芽)が出現し、それが増殖して様々な組織の細胞へと分化することで、脊髄・筋肉などを備えた機能的な尾が再生します。しかしながら、どのような分子メカニズムにより、損傷後に未分化細胞が出現し、それが増殖して再生を引き起こすのかは不明でした。
東京大学大学院理学系研究科の辻岡洋大学院生(現大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任助教)、國枝武和助教、深澤太郎助教、久保健雄教授は、同大学分子細胞生物学研究所の加藤由起助教、白髭克彦教授との共同研究として、尾切断時に再生芽の未分化細胞で選択的に発現するインターロイキン11という分泌性タンパク質が、尾を構成する複数の組織の未分化細胞を誘導、維持する働きをもつことを明らかにしました。再生の最初期段階である未分化細胞を誘導する鍵因子が発見されたことで、一部の動物種のみがもつ器官再生能力の全貌の解明に繋がることが期待されます。
発表内容
アフリカツメガエル幼生(オタマジャクシ)の尾を切断すると、切断端付近に未分化細胞が出現し、これが増殖して「再生芽」と呼ばれる未分化な細胞集団が形成されます。この細胞集団が増殖しつつ、再生組織の細胞に分化することで、脊髄・脊索・筋肉などを備えた機能的な尾が再生されます。ツメガエル幼生尾の再生時には、尾を構成する脊髄・脊索・筋肉など各組織の中に存在する「組織幹細胞」が活性化され、未分化な増殖細胞を生み出し(誘導)、これらが各組織の細胞へ分化すると考えられていますが、どのような分子機構により、尾切断時に未分化細胞が誘導されるのか、また、その細胞塊が維持されるのかは不明でした。
本研究グループは以前に、尾の再生芽より未分化な増殖細胞を単離し、次世代シーケンサー(注2)を用いて、増殖細胞選択的に発現する遺伝子を網羅的に同定することで、再生芽増殖細胞ではインターロイキン11の遺伝子が高発現していることを見出していました [Tsujioka et al., PLoS ONE, 10(3):e0111655 (2015)]。このインターロイキン11が再生芽増殖細胞において何か重要な働きをしているのではないかと考え、今回の研究を行いました。
オタマジャクシの尾を切断すると、約1日後までに未分化な増殖細胞が出現し始め、3日後には増殖細胞の塊(再生芽)ができます。尾再生の進行に伴うインターロイキン11の発現変動を調べたところ、尾切断2時間後までに発現が始まり、その発現は3日以降も持続することが分かりました(図1)。特に5日後では、増殖細胞が集積している再生芽先端部で発現していたことから、インターロイキン11が再生芽増殖細胞の誘導や維持に関わる可能性を考えました。
図1. 尾再生の進行に伴うインターロイキン11発現領域(矢じりで示す青く染まっている部分)の変遷。(Tsujioka et al., Nat. Comm. (2017)より改変して引用。)
そこで、尾再生におけるインターロイキン11の働きを調べるために、受精卵にゲノム編集(注3)という方法を用いてインターロイキン11を働かなくさせる(ノックダウン)操作を行い、その胚をオタマジャクシにまで発生させた後、尾再生にどのような影響が出るか調べました。その結果、インターロイキン11をノックダウンしたオタマジャクシでは尾再生がほとんど起きませんでした(図2)。
図2. インターロイキン11(il-11)のノックダウン(KD)操作を行っていない群(左)と行った群(中央)の尾再生能の比較。それぞれの群について点線の位置で尾を切断し、1週間後に再生尾長(両向き矢印)を比較した。KD群と対照群とで再生尾長に統計的に有意な差がみられた(右;P < 0.05, Dunnett’s test)。(Tsujioka et al., Nat. Comm. (2017)より改変して引用。)
これはインターロイキン11が尾再生に必要不可欠な因子であることを示します。次に、インターロイキン11をノックダウンしたオタマジャクシの切断尾ではどのような異常が起こっているか調べるために、ノックダウン操作を行ったオタマジャクシと正常なオタマジャクシで、尾再生時に発現している遺伝子を次世代シーケンサーで解析、比較しました。その結果、ノックダウン操作を行ったオタマジャクシの切断尾では神経・脊索・筋肉の未分化マーカー遺伝子(各組織の未分化細胞で発現する遺伝子)の発現が少なくなっていることが分かりました。このことは、インターロイキン11が働かないと再生尾の形成の源となる未分化細胞が減少してしまうことを意味しており、インターロイキン11には、尾再生に必要な未分化細胞を維持する働きがあると考えられます。
本研究グループは次に、インターロイキン11が尾切断後2時間以内という早い段階から発現することに着目しました。尾切断後に未分化な増殖細胞が出現し始める(約1日)よりも早い時期から発現が始まることから、インターロイキン11には未分化細胞を維持するだけでなく、それらを誘導する働きももつことを予想したのです。そこで、オタマジャクシの尾を切らない状態でインターロイキン11を人為的に発現させる操作(強制発現)を行ったところ、驚くべきことに、このオタマジャクシの尾では先述の神経・脊索・筋肉の未分化マーカー遺伝子の発現上昇が見られました(図3)。
図3. インターロイキン11(il-11)を強制発現させた際の未分化マーカー遺伝子の発現。一例として筋未分化マーカー遺伝子(doublecortin;dcx)について示す。インターロイキン11を強制発現させると尾でのdcxの発現量が有意に上昇する(左; *P < 0.05, Student’s t-test.)。インターロイキン11を強制発現させた群(右)とその対照群(中央)の尾におけるdcxの発現細胞。インターロイキン11強制発現群(右)では写真の筋肉の領域にdcxを発現する筋肉の未分化細胞(矢じり)が出現していた。(Tsujioka et al., Nat. Comm. (2017)より改変して引用。)
これは神経・脊索・筋肉の未分化細胞がインターロイキン11により誘導されたことを示しています。このことは、未分化細胞の誘導という尾再生の最初期段階が人為的に再現できたこと、また神経・脊索・筋肉といった複数の組織の未分化細胞の誘導を、インターロイキン11という単一の因子が担うことを意味します。
本研究が提案するオタマジャクシの尾再生の分子メカニズムは次の通りです(図4)。
図4. オタマジャクシの尾再生におけるインターロイキン11(IL-11)の機能モデル。©2017辻岡洋
まず尾切断後、切断端付近の組織でインターロイキン11の発現が始まり、これが尾を構成する脊髄・脊索・筋肉などの各組織の中に存在する「組織幹細胞」を活性化し、未分化な増殖細胞を誘導します。誘導された未分化細胞は、それ自身がインターロイキン11を発現するようになり、それがさらに未分化細胞の増殖を促進することで、未分化細胞の塊である再生芽が形成されます。尾の根元側にある一部の再生芽細胞は分化しながら各組織を再形成する一方で、再生期間中、発現が持続するインターロイキン11により、尾の先端側にある再生芽細胞は未分化性を保ちながら増殖する、というものです。この二つが協調することで尾再生が進行し、機能的な尾が再生されると考えられます。複数の組織の未分化細胞の誘導・維持が、たった一つの因子の働きによってなされる、との知見は世界で初めての発見であり、今後オタマジャクシ幼生を用いた研究が進展することで、その高い再生能力をもたらす分子機構の全貌の解明に繋がることが期待されます。
本研究は、文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費15J10835、挑戦的萌芽研究26640051・16K14590、新学術領域研究「自然炎症」24117705・「染色体OS」15H05976、基盤研究(A) 15H02369)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業)の支援を受けて行われました。
発表雑誌
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雑誌名 Nature Communications 論文タイトル interleukin-11 induces and maintains progenitors of different cell lineages during Xenopus tadpole tail regeneration 著者 Hiroshi Tsujioka, Takekazu Kunieda, Yuki Katou, Katsuhiko Shirahige, Taro Fukazawa*, Takeo Kubo DOI番号 10.1038/s41467-017-00594-5 論文URL https://www.nature.com/articles/s41467-017-00594-5
用語解説
注1 未分化細胞
生物の体は、例えば神経や筋肉など、それぞれ異なる機能(と形状)を持った細胞が集まってできています。このように固有の機能を担う状態になった細胞を「分化した」細胞と表現します。分化した状態になっていない細胞を「未分化細胞」と呼び、こうした細胞は適切なシグナルを受けることで分化し固有の機能を担うようになります。↑
注2 次世代シーケンサー
生物の遺伝情報を担うDNAの配列を解読する装置をシーケンサーと呼びます。次世代シーケンサーは従来のシーケンサーより桁違いに速く大量の配列を解読することができます。今回の実験では、組織中(今回はオタマジャクシの尾)の細胞に発現している遺伝子の配列を大量に解読するという方法で、その細胞ではどのような遺伝子が発現しているのかを網羅的に調べるために用いました。↑
注3 ゲノム編集
目的とする配列のDNAを特異的に切断する酵素を用い、遺伝子配列を改変する手法の総称です。本研究ではクリスパー・キャス9法という手法を用い、インターロイキン11遺伝子の配列を機能しない型に改変しました。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―