2017/08/15

肺動脈性肺高血圧症の治療薬ボセンタンの作用機構を解明

 

志甫谷 渉(生物科学専攻 日本学術振興会特別研究員)

西澤 知宏(生物科学専攻 助教)

山下 恵太郎(理化学研究所放射光科学総合研究センター
基礎科学特別研究員)

平田 邦生(理化学研究所放射光科学総合研究センター
ビームライン基盤研究部 専任技師)

井上 飛鳥(東北大学大学院薬学研究科分子細胞生化学分野 准教授)

青木 淳賢(東北大学大学院薬学研究科分子細胞生化学分野 教授)

藤吉 好則(名古屋大学細胞生理学研究センター 客員教授)

土井 知子(京都大学大学院理学研究科生物科学専攻 准教授)

濡木 理(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 肺動脈性高血圧の治療薬ボセンタンと、ヒト由来エンドセリン受容体B型の複合体の、立体構造を決定しました。
  • 立体構造からボセンタンと受容体の相互作用の詳細を明らかにし、受容体の構造変化を抑えることによって、阻害薬として機能できることを明らかにしました。
  • 本研究は新たなエンドセリン受容体阻害薬の開発につながることが期待されます。

発表概要

エンドセリン受容体(注1)は、ヒトの全組織で発現しており、体内の血圧や水分濃度の調整、細胞増殖など多岐にわたる生理現象に関わっています。エンドセリン受容体の異常な活性化は高血圧やがん、慢性腎不全につながるため、こうした疾患に対する治療薬としてエンドセリン受容体阻害薬の開発が進められています。実際に、ボセンタンという拮抗薬が肺動脈性肺高血圧症(注2)に対する治療薬として使われています。今回、東京大学大学院理学系研究科の志甫谷渉日本学術振興会特別研究員、西澤知宏助教、濡木理教授、名古屋大学の藤吉好則客員教授、京都大学の土井知子准教授らの研究グループは、阻害薬ボセンタンおよびその誘導体が結合したヒト由来エンドセリン受容体B型の結晶構造を決定しました。結晶構造から、阻害薬の結合様式を詳細に解明し、それがエンドセリン受容体A型でも保存されていることを明らかにしました。本研究成果は、構造情報を元にしたエンドセリン受容体に対する薬剤の理論的な開発に役立つと考えられます。

発表内容

背景

エンドセリン受容体は、内在性ペプチドホルモンであるエンドセリン-1によって活性化されるGタンパク質共役受容体(注3)であり、A型とB型の2種類が存在しています。エンドセリン受容体は体内の血圧の制御や細胞増殖を担っていますが、シグナルの異常亢進は高血圧やがんの原因となります(図1)。このような背景に基づき、高血圧やがんの治療薬候補として、受容体に結合しエンドセリン-1による受容体の活性化を阻害する阻害薬の開発が進められてきました。

図1 阻害薬ボセンタンの作用機序

 

今回の内容

今回本研究グループは、阻害薬が結合したヒト由来のエンドセリン受容体B型を結晶化し、SPring-8のビームライン(BL32XU 理研ターゲットタンパク)においてX線結晶構造解析を行いました。その結果、エンドセリン受容体B型とボセンタンの複合体構造を3.6 Å分解能(1Å=1オングストロームは1,000万分の1mm)、その高親和性誘導体であるK-8794との複合体構造を2.2 Å分解能でそれぞれ決定しました(図2)。

図2 阻害薬が結合したエンドセリン受容体B型の結晶構造

 

また結晶構造からは、ボセンタンとその誘導体であるK-8794の受容体に対する詳細な結合様式が明らかになりました(図3)。

図3 ボセンタンとK-8794の結合様式

 

ボセンタンとK-8794はいずれもスルホンアミドを中心に持つ化合物であり、受容体のアルギニンやリシンといった正電荷をもつアミノ酸によって認識されており、他の芳香族性の部分は結合ポケットを埋めていました。ボセンタン結合部位は、エンドセリン受容体A型とB型で一アミノ酸以外を除いて保存されていました。このことから、ボセンタンの結合様式はA型とB型で等しいことが示唆されます。

本研究グループはこれまでに、作動薬であるエンドセリン-1の結合に伴い、細胞外側の膜貫通へリックス(TM)の6番と7番が大きく内側に動くことが受容体の活性化に重要であることを明らかにしています。今回のボセンタン結合型の構造を、過去に決定したリガンドが何も結合していない不活性状態やエンドセリン-1が結合した活性化状態と比較したところ、ボセンタンは膜貫通へリックス6番と7番の構造変化を抑えて不活性化状態に固定することで、阻害薬として機能できることが明らかになりました(図4)。

図4 ボセンタンと活性化状態および不活性化状態の受容体構造との比較

 

意義

本研究成果は、治療薬であるボセンタンが結合したエンドセリン受容体B型の構造を決定し、ボセンタンの詳細な結合様式を初めて明らかにしました。さらに、ボセンタンのどの部分が阻害薬としての活性に重要か解明しました。こうした構造活性相関情報は、エンドセリン受容体に対する阻害薬の理論的な設計に役立つことが期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Structural & Molecular Biology
論文タイトル X-ray structures of endothelin ETB receptor bound to the clinical antagonist bosentan and its analogue
著者 志甫谷渉、西澤知宏、山下恵太郎、井上飛鳥、平田邦生、青木淳賢、奥田明子、谷一寿、藤吉好則、土井知子、濡木理
DOI番号 10.1038/nsmb.3450
論文URL https://www.nature.com/nsmb/journal/vaop/ncurrent/full/nsmb.3450.html

 

 

用語解説

注1 エンドセリン受容体

細胞膜に存在し、細胞外からやってくるペプチドホルモンであるエンドセリン-1を結合して活性化され、細胞応答を誘導する。A型(ETA)とB型(ETB)の2種類が存在し、B型は主に血管内皮細胞と血管平滑筋細胞に分布している一方で、A型は血管平滑筋細胞に分布している。

注2 肺動脈性肺高血圧症

肺動脈の血圧が異常上昇する病気であり、国によって難治性呼吸器疾患(指定難病)に認定されている。

注3 Gタンパク質共役受容体

7回膜貫通型の細胞膜に存在する膜タンパク質分子。神経伝達物質やホルモンなどを受け取ることで構造を変化させ、細胞内のGタンパク質やアレスチン(シグナル分子)を介して情報を伝え、細胞応答を引き起こす。ヒトでは約800種類以上存在しており、現在使われている小分子薬剤の約3割の標的分子となっている。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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