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ヒト血液中の血小板凝集塊を迅速・高精度に検出する技術を確立
~血栓症研究を加速し、人工知能を用いた予防医療展開を目指す~
姜 逸越(化学専攻 修士課程2年)
雷 诚(化学専攻 特任助教/清華大学電子工程系)
安本 篤史(医学系研究科臨床病態検査医学分野 助教)
矢冨 裕(医学系研究科臨床病態検査医学分野 教授)
合田 圭介(化学専攻 教授/科学技術振興機構/
カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部電気工学科)
発表のポイント
- 高速に多数の細胞を撮影する「OTS (optofluidic time-stretch) 顕微鏡」と機械学習による細胞分類を用いて、ヒト血液中における血小板凝集塊の高精度検出に成功した。
- 従来の顕微鏡に比べて非常に高速に血小板凝集塊を無標識検出できるため、これまでの研究で示されている各種疾患と血小板凝集塊との関連性をより詳しく調べることが可能になった。
- 血小板凝集塊の存在はアテローム血栓症と関連があることから、本技術は血栓性疾患研究を加速し、人工知能を用いた画像解析による高齢者予防医療へと応用展開されることが期待される。
発表概要
内閣府総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のうち、合田圭介プログラム・マネージャーの研究開発プログラム「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」の一環として、東京大学大学院理学系研究科化学専攻の姜逸越大学院生、雷诚特任助教(ImPACTチームリーダー)、合田圭介教授、医学系研究科臨床病態検査医学分野の安本篤史助教、矢冨裕教授(ImPACTチームリーダー)らは、高速イメージング法であるOTS (optofluidic time-stretch) 顕微鏡を用いてマイクロ流路中を高速に流れる細胞を無標識で撮影し、機械学習によりヒト血液中の血小板凝集塊を高精度に検出することに成功しました。本技術を利用して血液に含まれる膨大な数の細胞の形状を調べ、人工知能を用いて血小板凝集塊のような特定の形状の細胞を探索することにより、血栓性疾患の研究やその予防診断技術の開発が加速することが期待されます。
本研究成果は、2017年6月19日(英国時間)に王立化学会(Royal Society of Chemistry)のジャーナル「Lab on a Chip」のオンライン版で公開されました。
発表内容
1)研究の背景と経緯
世界保健機関(WHO)によると、世界で毎年新たに約1,000万例の血栓性疾患が診断されています。血栓性疾患のうち、冠動脈疾患、脳血管疾患および末梢血管疾患などのアテローム血栓症は、欧米、さらには我が国における主な死亡原因の一つです。また、寝たきりなど生活の質(QOL)を落とす重要な原因です。アテローム血栓症は、動脈硬化部位で活性化し凝集した血小板が血栓を形成し、血管が詰まることによって引き起こされます。そのため、この治療には、血小板の凝集を抑制する抗血小板薬が広く使用されています。また血液中における活性化血小板の存在はアテローム血栓症と関連があることが示されており、この疾患の存在や進行度を測る潜在的な指標となると期待されます。しかし、従来の技術では、標識や検出に長時間を要し、またサンプル処理の操作に依存して結果がばらつくなどしたため、血液中の活性化血小板を正確かつ安定的に測定することは困難でした。
2)研究の内容
本研究では、活性化して凝集塊を形成した血小板をヒト血液中から高速・高精度に検出する技術を確立しました。本技術の原理検証のために、まず、健常者ヒト全血サンプルを調整し、試験管内で、血小板刺激物質のコラーゲンを添加して血小板凝集塊を作製しました。また、コラーゲンを加えていないサンプルを対照とし、密度勾配法を用いて赤血球を分離後、実験に用いました(図1)。
図1. 本研究における血小板凝集塊検出方法の流れとOTS顕微鏡の模式図。採血直後に前処理(刺激の付加や赤血球の除去)したヒト血液サンプル内の全細胞をマイクロ流体チップに注入し、OTS顕微鏡を用いて高速撮影した。これにより得られた画像ビッグデータを機械学習により解析した。OTS顕微鏡では、分散ファイバーおよび回折格子を用いて、広帯域パルスレーザー光を波長依存的に時間方向および空間方向へ分散させた。その光をサンプルに照射し、透過光の時間変化を検出・解析することで、サンプルの画像を取得した。
そして、マイクロ流体チップを用いてサンプルを高速に流しOTS顕微鏡(図1)を用いて毎秒10,000細胞の高スループットで全細胞を撮影し、機械学習により短時間で形態学的に分類したところ、血小板凝集塊を単一の血小板と白血球から96.6%の高い特異性と感度で区別しました(図2)。
図2. 機械学習による血小板、血小板凝集塊および白血球の分類。OTS顕微鏡により撮影した血液細胞の画像から115種類の形状に関連する特徴量を抽出し、機械学習により得られた3種類のメタ特徴量によって、血小板(紫)、血小板凝集塊(赤)、および白血球(緑)の画像に分類できた。メタ特徴量:画像から抽出される形状に関する多数の特徴量から、機械学習により複数の特徴量を選択して組み合わせることで、分類に有効な新しい特徴量として定義したもの。
このように、本研究で開発されたOTS顕微鏡と、それから得られるビッグデータを機械学習することにより、ヒト血液中の血小板凝集塊を高精度に無標識検出できる事が示されました。
3)今後の展開
本技術では従来の顕微鏡による観察に比べて非常に高速かつ無標識で血小板凝集塊を検出できるため、これまでの研究で示されている各種疾患と血小板凝集塊との関連性をより詳しく調べることに役立ち、血栓性疾患の研究の進展に貢献すると期待されます。また、さらなる研究および技術開発の進展により、将来的には診断や治療モニタリングなど臨床応用への展開も想定されます。
本研究チームは、東京大学の姜逸越(理学系研究科化学専攻修士課程学生)、雷诚(理学系研究科化学専攻特任助教)、安本篤史(医学系研究科臨床病態検査医学分野助教)、小林博文(理学系研究科化学専攻博士課程学生)、郭宝山(理学系研究科化学専攻特任研究員)、小関泰之(工学系研究科電気系工学専攻准教授)、矢冨裕(医学系研究科臨床病態検査医学分野教授)、合田圭介(理学系研究科化学専攻教授)、エルピクセル株式会社の相坂有理(チーフエンジニア)、朽名夏麿(技術アドバイザー)、JSTの伊藤卓朗(プログラム・マネージャー補佐)、新田尚(同)、および、東北大学病院の中川敦寛(臨床研究推進センター特任准教授)で構成されています。
本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。
内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」
本プログラムでは、膨大な細胞集団から単一の目的細胞を発見する細胞検索エンジン「セレンディピター」の開発に取り組んでいます。その一環として、本論文では、雷チームが高速イメージング手法を用いた高速流体中の細胞を無標識で撮影し、画像解析する技術の開発を担当し、本研究を取りまとめました。また、相坂チームが画像解析の一部を分担しました。矢冨チームは、血液サンプルの準備と前処理を担当しました。
■合田圭介プログラム・マネージャーのコメント■
本成果は、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」に参画する、光学、流体力学、医学、生物学など異分野研究者の協力によるものです。今回開発した血小板凝集塊の高精度無標識検出技術は、血液中の様々な細胞の低刺激高速検出に応用することが可能です。本プログラムでは、最先端の異分野技術を組み合わせて、膨大な数の多種多様な細胞集団の細胞一つ一つを網羅的に調べ上げる細胞分析装置「セレンディピター」を開発しています。本研究成果は、セレンディピターの実現とライフイノベーション領域への展開に向けた大きな一歩であると考えています。
発表雑誌
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雑誌名 Lab on a Chip 論文タイトル Label-free detection of aggregated platelets in blood by machine-learning-aided optofluidic time-stretch microscopy 著者 Yiyue Jiang, Cheng Lei*, Atsushi Yasumoto, Hirofumi Kobayashi, Yuri Aisaka, Takuro Ito, Baoshan Guo, Nao Nitta, Natsumaro Kutsuna, Yasuyuki Ozeki, Atsuhiro Nakagawa, Yutaka Yatomi, and Keisuke Goda* DOI番号 10.1039/c7lc00396j 論文URL http://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/2017/LC/C7LC00396J
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―