特集コンテンツ
すすに覆われた変光星を銀河系中心部に世界で初めて発見
松永 典之(天文学専攻 助教)
発表のポイント
- 銀河系の「バルジ(注1)」と呼ばれる中心部にあるミラ型変光星(注2)の分光観測を行い、炭素を主成分とする固体微粒子(すす(注3))に覆われた変光星を世界で初めて発見しました。
- 銀河系のバルジには数百億個の星が集まっていますが、酸素よりも炭素が多い星はほとんど存在しないと考えられていました。数少ない炭素を多く持つ星を探し出すために新たな手法を用いて、炭素を多く持つミラ型変光星4個がバルジの中に初めて見つかりました。
- バルジに存在する星は互いに似通った性質を持つ星がほとんどであると考えられていましたが、今回の結果は、その中にも他と異なる少数派の星のグループが存在することの新しい証拠です。そのような少数派のグループがどのように作られたかを探ることで、銀河系の進化について新たなヒントが得られることが期待されます。
発表概要
我々の太陽系が属している銀河系(天の川銀河)の中心部には、バルジと呼ばれる数百億個の星が密集した領域があります。10年ほど前までは、バルジの中には約百億年前に作られた古い星ばかりが存在していると考えられていました。しかし、数はそれほど多くないながら数億年から数十億年の比較的若い星も存在し、バルジにある星の集団はそれほど単純でないことが、最近の研究で指摘されていました。東京大学大学院理学系研究科の松永典之助教を中心とする国際共同研究チームは、バルジの中にある星の中でも特にミラ型変光星というタイプの天体に注目し、その中に酸素よりも炭素を多く持っている星が存在することを世界で初めて発見しました(図1)。
図1:銀河系バルジの中に新しく発見した、炭素すすに覆われたミラ型変光星4個の画像。IRSF望遠鏡で得た1~2ミクロンのデータを合成した画像。炭素すすに覆われた星は他の星よりも赤くなるという特徴が見られます。それぞれ、北が上、東が左で、約1分角(1度の60分の1)の範囲を表示しています。
バルジにあるミラ型変光星のほとんどは酸素を主成分とする固体微粒子を星間空間に放出していますが、今回発見された天体は炭素を主成分とする固体微粒子を放出しています。少数ながら、異なる化学組成を持つ固体微粒子を放出するミラ型変光星があることは、バルジを構成する星の集団の複雑さを示す新しい証拠です。新たに見つかった炭素すすを放出するミラ型変光星の年齢などははっきりとわかっていませんが、バルジがどのように星を作ってきたのかという銀河系の歴史を探るための重要なヒントを与えてくれるものと期待されます。
発表内容
よく晴れた夏の夜に、街の明かりから離れた暗い星空を見上げれば、天の川として知られる白いぼんやりとした帯が見えます。南の地平線近くにひときわ大きく明るくなってふくらんでいる部分を見つけることができれば、それが銀河系の中心近くに数百億個の星が密集したバルジと呼ばれる領域です。このように中心部に星が密集する構造は他の銀河にも多く見られますが、個々の星まで詳しく調べることができるのは銀河系のバルジに対してだけであり、銀河一般の進化を探るための特別な研究対象です。
銀河系のバルジに対する過去の研究では、そこにある星のほぼ全てが誕生後百億年程度経過した古い星ばかりであると考えられていました。銀河系で星が作られ始めてからそれほど時間の経たないうちに非常に多くの星が作られて、その後は星の誕生がストップしてしまったというシナリオが受け入れられていたのです。しかし、最近の研究では、数はそれほど多くないながら、数億年から数十億年の比較的若い星も存在する可能性が指摘されるようになりました。また、星の年齢だけでなく化学組成についての研究も様々な観測データにもとづいて進展が見られ、従来考えられていたよりも複雑であることがわかってきました。どのようなガスを用いていつ星が作られたかという情報は銀河の進化にとって大変重要で、銀河系バルジの中でいろいろな性質を持つ星の集団が存在するのであれば、その形成の仕組みを明らかにすることで銀河の進化についてのヒントが得られると期待できます。
本研究の対象のミラ型変光星は、星自身が膨張したり収縮したりする脈動によって、100日以上の長い周期で明るくなったり暗くなったりを繰り返します。周期光度関係によって正確な距離の推定が可能であり、他の星よりも様々な情報が得られるので、銀河系の構造や進化を調べるために有効な天体です。ミラ型変光星の表面では分子や固体微粒子が形成され、その組成は炭素が多い場合と酸素が多い場合の2つに大別されます。銀河系バルジの場合は、ほとんどのミラ型変光星で酸素の多くなっていることが過去の研究でわかっていて、炭素の多いミラ型変光星はひとつも見つかっていませんでした。このことも、バルジにある星がどれも古い星ばかりで、互いに似通っているというシナリオを支持するものと考えられていましたが、炭素を多く含む星を発見することができればバルジの星の多様性を示す新しい証拠となります。
本研究チームでは、銀河系バルジの方向ですでに発見されていた6500個以上のミラ型変光星の中から、赤外線での星の色にもとづく新たな方法を利用して、炭素を多く含む可能性のある星を選び出しました。そして、南アフリカ天文台の1.9メートル望遠鏡での分光観測を行ってスペクトル(図2)を取得し、8個の天体が実際に表面に炭素の多い星であることを確認しました。
図2: 南アフリカ天文台の1.9メートル望遠鏡で取得した、炭素すすに覆われたバルジのミラ型変光星4個のスペクトル(赤線)。比較のために、本研究で取得した炭素よりも酸素が多いミラ型変光星のスペクトル(青線)も示します。前者には炭素分子(C2)など炭素を含む分子、後者には一酸化チタン(TiO)など酸素を含む分子の吸収が多く見られます。
また、同じく南アフリカ天文台にあり、1.4メートルの口径を持つIRSF望遠鏡(注4)で近赤外線撮像観測も行い、それらの星のうち4個が銀河系バルジの距離にあることを確認できました。銀河系バルジの中に炭素の多いミラ型変光星を見つけたのは世界で初めてです。さらに、もうひとつのミラ型変光星もバルジに付随する天体かもしれませんが、距離の推定の誤差のためにバルジの中か、それより遠くに位置しているのか結論を下すことは出来ませんでした。より正確な距離を見積もることが今後の課題です。残りの3天体については、バルジの手前にある星であることがわかりました。
本来、太陽をはじめとする大部分の星は炭素よりも酸素を多く含んでいます。そのままの状態で進化すると、酸素を多く含むミラ型変光星となります。これに対し、炭素の方が多いミラ型変光星を生じるには、主に以下の2つのプロセスが考えられます。一つは、その星自身の中で核融合によって作り出した炭素を表面まで持ち上げるというもので(注5)、この場合はおおよそ数十億年前に生まれた星が進化したものだと考えられます。そのような星があれば、銀河系バルジの主要な成分である百億年程度の古い星とは年齢の異なる星が存在することになります。二つ目の可能性は、二つ(またはそれ以上)の星が互いに回りあう連星が進化したときに、一方の星が先に進化して多くの炭素を表面に持ち上げて、さらにそのような組成のガスをもう一方の星の表面へ降り積もらせるというものです。この場合は、炭素を表面に受け取った側の星は年齢百億年ほどの古い星でもよく、銀河系バルジに非常に多く存在する古い星の中で、たまたまこのような珍しい進化を起こしたものが今回見つかったのかもしれません。残念ながら、今回発見された炭素を多く持つミラ型変光星が、どちらの形成プロセスを経たものなのかはわかっていません。しかし、これまでは無いと考えられていた、炭素の多いミラ型変光星を発見することができたのは、重要な一歩です。また、今回用いた方法で、炭素すすに覆われたミラ型変光星がさらに多く見つかると期待されます。今後、これらの天体がどのような性質を持ち、どのように形成されたのかを明らかにすることで、銀河系バルジに存在する多様な星の形成と進化を解き明かしていくことができると考えています。
なお、本研究は、日本学術振興会と南アフリカ共和国NRFとの合意に基づく二国間交流事業の共同研究として実施され、同振興会科学研究費助成事業(課題番号26287028)による支援も受けました。
発表雑誌
-
雑誌名 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (Oxford University Press) 論文タイトル Discovery of carbon-rich Miras in the Galactic bulge 著者 Noriyuki Matsunaga*, 松永典之(東京大学・助教)
John W. Menzies (南アフリカ・南アフリカ天文台・アストロノマー)
Michael W. Feast (南アフリカ・ケープタウン大学・名誉教授)
Patricia A. Whitelock (南アフリカ・南アフリカ天文台・アストロノマー)
Hiroki Onozato, 小野里宏樹 (東北大学・大学院生)
Sudhanshu Barway (南アフリカ・南アフリカ天文台・アストロノマー)
Elias Aydi(南アフリカ・南アフリカ天文台・大学院生)DOI番号 10.1093/mnras/stx1213 論文URL http://doi.org/10.1093/mnras/stx1213
用語解説
注1 銀河系、バルジ
銀河系は、天の川銀河とも呼ばれる、我々の太陽系が存在する銀河です。数千億個の星とガスや固体微粒子が混ざり合った星間物質、さらには暗黒物質で構成されています。その中には星や星間物質が異なる分布を示すいくつかの構造が見られ、本研究が注目するバルジでは数百億個の星が銀河の中心から半径1万光年以内に密集しています。銀河系のさらに内側(中心から約500光年以内)では、様々な年齢の星が集まった別の星の集団が知られていますが、本研究で調べている星はこれより外側に位置しています。なお、太陽系は銀河の中心から約2万5千光年のところに位置しています。↑
注2 ミラ型変光星
ミラ型変光星は、膨張と収縮をくり返すことで明るさが変化する星です。100日程度から数年間という長い周期を持っていて、明るさが10倍以上(等級では2.5等級以上)も変化するのが特徴です。太陽と同程度かその8倍くらいまでの重さの星が進化したものです。半径が1天文単位(太陽と地球との距離)かそれ以上まで膨らんでいて、その結果として表面が約3000度と比較的低く(太陽の表面は約6000度)、分子や固体微粒子を多く作ることが知られています。また、よく知られているセファイドと同じように、変光の周期と明るさとの間に関係(周期光度関係)があり、それを利用して距離を正確に求めることが可能です。↑
注3 固体微粒子
星と星との間(星間空間)、あるいは温度の低い星の表面から少し離れたところでは、一部の物質がガスではなく固体となっています。それらのほとんどは1ミクロンよりも小さい微粒子です。その化学組成は、すすのように炭素を主成分とするグループと、石ころのようにケイ酸塩など酸素と金属が結びついた成分を持つグループの2種類のものが存在します。↑
注4 IRSF望遠鏡
名古屋大学と国立天文台が、南アフリカ天文台に共同で建設・設置した観測装置です。IRSF望遠鏡は口径1.4メートルの主鏡を持つ望遠鏡で、2000年に建設されました。SIRIUSと呼ばれる近赤外線カメラをもち、近赤外線で3つの異なる波長(1.25ミクロン、1.63ミクロン、2.14ミクロン)を同時に観測できるという特徴があります。2000年11月以来、近赤外線撮像観測を継続して行い、さまざまな研究成果を挙げています。(http://www-ir.u.phys.nagoya-u.ac.jp/~irsf/)↑
注5 炭素の汲み上げ
恒星は水素とヘリウムを主成分とするガスから生まれて、それよりも重い元素は合計で高々数パーセントしか含まれていません。一方、恒星の中心近くでは核融合によってエネルギーが生成され、徐々に重い元素が作られます。特に、3つのヘリウムが結びついて炭素原子が作られる核融合が活発に起こる時期があり、それによって恒星内部のガスは誕生時の組成とは変わって炭素が増加します。こうして内部のガスを構成する元素が変わるだけでは、恒星の表面で形成される分子や固体微粒子の組成が変わったり、観測されるスペクトルが変化したりすることはありません。ミラ型変光星の場合は、恒星がそこまで進化する間に内部のガスを表面へ持ち上げる「汲み上げ」という現象が起こって、表面の炭素が増えた状態の星が多く観測されています。ただし、炭素が汲み上げられるとしても、炭素と酸素の存在比率が逆転するかどうかは、汲み上げの量やもともと酸素がどれだけ表面にあったかなどによって変わります。このため、炭素の多い星が作られるかどうかは、その星の年齢や重元素の量などに依存します。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―