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自閉症関連因子ダブルコルチン様キナーゼは微小管結合蛋白質MAP7D1のリン酸化を介して脳神経ネットワークの構築を制御する
古泉 博之(生物科学専攻 助教)
Joseph Gleeson(ロックフェラー大学 教授)
榎本 和生(生物科学専攻 教授)
発表のポイント
- ダブルコルチン様キナーゼ(DCLK(注1))生理基質として微小管結合蛋白質MAP7D1(注2)を同定しました
- DCLKがMAP7D1のリン酸化を介してマウス大脳皮質ニューロンの脳神経回路形成を制御することを明らかにしました。
- MAP7D1のリン酸化状態を制御することにより、DCLKノックアウトマウスの神経回路形成異常が回復することから、MAP7D1が自閉症の創薬ターゲット候補となる可能性が示唆されました。
発表概要
自閉症はコミュニケーション障害等を主徴とする発達障害です。その原因は胎児期から幼児期における脳の発生・発達の異常であると考えられていますが、具体的な発症メカニズムについては未だほとんど理解されていません。近年のゲノムワイド関連解析(GWAS)研究(注3)から、ダブルコルチン様キナーゼ(DCLK)遺伝子変異が複数の異なる自閉症患者に発見され、DCLKの機能異常と自閉症との関連が注目されています。DCLKは発生・発達期の脳に強く発現しているリン酸化酵素であり、脳神経回路の形成に重要な機能を果たすことが明らかにされています。しかし、どのような分子メカニズムによりDCLKが回路形成を制御するのかは長らく不明でした。その理由の1つとして、DCLKが脳内においてどのような蛋白質をリン酸化するのか分かっていなかったことが挙げられます。
東京大学大学院理学系研究科の古泉博之助教と榎本和生教授の研究グループは、ロックフェラー大学Joseph Gleeson教授らと共同して、DCLKの生理的リン酸化基質として微小管結合蛋白質MAP7D1同定し、さらにDCLKによるMAP7D1のリン酸化が、脳の左右をつなぐ神経回路の形成制御に必須であることを発見しました(図1))。
図1. DCLK1によるMAP7D1リン酸化が脳の左右をつなぐ神経回路形成に必須であるマウス大脳皮質2/3層のニューロンにGFPを導入して軸索走行性を可視化した。通常マウス脳(control)では、2/3層ニューロンの軸索が脳の正中線(脳の中央部:破線で表示)を超えて対側のニューロンにまで投射する。一方、微小管結合蛋白質MAP7D1を2/3層ニューロンに導入すると、野生型のMAP7D1(MAP7D1 WT)では何も影響がないが、DCLKによるリン酸化を受けないMAP7D1変異体(MAP7D1 S315A)を高発現させると、多くの軸索が正中線を超えられない。↑
また、リン酸化型変異を導入したMAP7D1をDCLKノックアウトマウスの大脳皮質ニューロンに導入することにより、DCLKノックアウトマウスの回路形成異常を完全に回復させることに成功したことから、MAP7D1リン酸化が自閉症の創薬ターゲット候補となる可能性が示唆されました。
発表内容
自閉症は対人コミュニケーション障害や衝動行動などを主徴とする発達障害であり、現代社会では世界人口の約1~2%が何らかの関連をもつと言われています。その原因は、胎児期から幼児期における脳の発生・発達の異常であると考えられていますが、具体的な発症メカニズムについては未だほとんど理解されていません。ダブルコルチン様キナーゼ(DCLK)は、脳神経系に強く発現するリン酸化酵素です。近年、自閉症患者のゲノムワイド関連解析(GWAS)研究から、複数の異なるDCLK遺伝子変異が自閉症患者に発見されました。一方、東京大学大学院理学系研究科の古泉博之助教は、DCLKのノックアウトマウスを作製・解析し、DCLKが脳発生・発達時期における神経細胞の移動や神経回路の形成に重要な機能を果たすことを明らかにしてきました(Koizumi et al. Neuron 2006; Nature Neurosci 2006)。しかし、どのような分子メカニズムによりDCLKが細胞移動や回路形成を制御するのか、またDCLKの機能異常がなぜ脳発達に影響を及ぼすのかは長らく不明でした。その理由の1つとして、リン酸化酵素であるDCLKは何らかの蛋白質をリン酸化することにより神経発生・発達を制御すると想定されますが、DCLKが脳内においてどのような蛋白質をリン酸化するのか分かっていなかったことが挙げられます。
今回、本研究グループは、マウス脳におけるDCLKの生理的リン酸化基質の包括的解析に取り組み、50種以上の基質蛋白質の同定に成功しました。その中の1つである微小管結合蛋白質MAP7D1に着目して研究をすすめ、その結果、DCLKによるMAP7D1のリン酸化が、脳の左右をつなぐ神経回路の形成に必須であることを発見しました(図1)。さらに、リン酸化型変異を導入したMAP7D1をDCLKノックアウトマウスの大脳皮質ニューロンに導入することにより、脳の左右をつなぐ神経回路の形成異常を完全に回復させることに成功しました。以上の結果から、DCLKはMAP7D1のリン酸化を介して脳の左右をつなぐ神経回路形成を制御することが分かりました。
左右の脳領域をつなぐ神経回路の形成不全は多くの自閉症患者において観察されます。本研究において、DCLKノックアウトマウスの神経回路形成不全がMAP7D1のリン酸化を制御することにより完全に回復したことから、DCLKによるMAP7D1が自閉症の創薬ターゲット候補となる可能性が示唆されます。
発表雑誌
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雑誌名 Developmental Neurobiology(2016年9月25日版) 論文タイトル DCLK1 phosphorylates the microtubule-associated protein MAP7D1 to promote axon elongation in cortical neurons. 著者 Hiroyuki Koizumi, Hiromi Fujioka, Kazuya Togashi, James Thompson, John R. Yates III, Joseph G. Gleeson, and Kazuo Emoto DOI番号 ※ 論文URL ※ 用語解説
注1 ダブルコルチン様キナーゼ(DCLK)
脳のしわができない遺伝疾患である「滑脳症」の原因因子ダブルコルチン(DCX)に相同性の高い配列をもつリン酸化酵素であり、発生発達時期の脳に高い発現が見られる。DCLKノックアウトマウスでは、神経細胞の移動や神経回路の形成などに顕著な異常が見られる。自閉症患者のゲノムに複数の変異が発見されており、DCLKの機能異常と自閉症との関連が示唆されている。↑
注2 微小管結合蛋白質MAP7D1
微小管結合蛋白質は、微小管に直接結合することにより微小管の安定性を制御する蛋白質の一群である。MAP7D1はショウジョウバエからヒトまで高度に保存された微小管結合蛋白質であり、ショウジョウバエでは微小管に沿った細胞内輸送等に関与する可能性が示唆されている。↑
注3 ゲノムワイド関連解析(GWAS)
遺ゲノム全体をほぼカバーする50万個以上の一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)の遺伝子型を決定し、主にSNPの頻度(対立遺伝子や遺伝子型)と、疾患や量的形質との関連を統計的に調べる方法論。遺伝関係のない複数のサンプル群を対象として、表現型に関連する遺伝子群を絞り込む手法。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―