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初検出された重力波の起源は原始ブラックホール?
〜宇宙の始まりに迫る新理論〜
須山 輝明 (ビッグバン宇宙国際研究センター 助教)
佐々木 節 (京都大学基礎物理学研究所 教授)
田中 貴浩 (京都大学理学研究科 教授)
横山 修一郎 (立教大学理学部物理学科 助教)
発表のポイント
- 最近の重力波初検出に伴って発見された連星ブラックホールは、宇宙ビッグバン直後に形成した原始ブラックホールであるという仮説を提唱した。
- 謎として急浮上した連星ブラックホールの起源に、新しい切り口からの説明を与えた。
- 今後の観測により、今回提唱した仮説が正しいと確かめられると、現代宇宙論に大きな1ページが加わる。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センターの須山輝明助教および京都大学の佐々木節教授(基礎物理学研究所)、田中貴浩教授(理学研究科)と立教大学の横山修一郎助教(理学部)からなる研究チームは、最近米国を中心としたLIGO-Virgoチームにより重力波と共に発見された連星ブラックホールが、宇宙の誕生直後に形成した原始ブラックホールであるという新理論をまとめました。原始ブラックホール連星自体は、90年代に盛んに議論されていましたが、その存在量に対しその後別の観測から上限が課されたため、ほとんど注目されていませんでした。今回、原始ブラックホールの暗黒物質に占める割合が低いという状況の下で、連星ブラックホールの合体頻度を計算したところ、宇宙の暗黒物質の千分の1ほどを占めると仮定すると、予言される合体頻度が観測から決めた合体頻度と良く合うことが明らかになりました。今後、観測データが蓄積すると、この理論を検証することが可能になると期待されます。
この研究成果は、アメリカ物理学会発行のPhysical Review Lettersのオンライン版に2016年8月2日付で掲載されました。また、この論文は、掲載論文の中でも特に重要で興味深い論文として、Editors’ Suggestionに選定されています。
発表内容
2016年の2月11日(米国時間)に米国を中心としたLIGO-Virgoチームによって発表された重力波初検出(注1)の大ニュースは、記憶に新しいところです。さらにこの重力波はおよそ太陽の30倍重いブラックホール連星(注2)が合体した時に放出されたものだと分かり、これによってブラックホール同士の連星が初めて発見されたことも大きな話題になりました。この発見以降、そんなにも重いブラックホール(以後BHと省略)がどうやって作られ、そして連星を形成したのかということに宇宙物理学研究者の大きな関心が集まってきています。太陽のような恒星は、ある程度の金属元素を含むことにより進化段階で質量放出を起こすため、太陽質量の30倍もあるBHが最終的に形成されることは難しいと考えられています。そのため、見つかったBHの起源を説明するシナリオの探索ががぜん宇宙物理学の重要なテーマとなりつつあります。例えば、宇宙で最初にできたと考えられている水素とヘリウムだけから成る初代星が、見つかったBHの起源であるという理論も提唱されています。
本共同研究チームは、今回見つかったBHは原始ブラックホール(以後PBHと省略)であるという新理論を提唱しました。PBHとは、宇宙が誕生直後でまだ非常に高温・高密度だった時期に、密度の濃淡の中でも特に濃い領域が重力崩壊(注3)を起こした結果形成するBHのことで、天体物理起源のBHとは全く異なる起源を持ちます。PBHの観測報告は今のところありません。一方、いまだ確定しておらず乱立する初期宇宙の理論モデルの中には、PBHの存在を予言するものも少なからずあるため、宇宙論研究者の間では、PBHは初期宇宙を解明する鍵として重要な研究対象となっています。
今回の研究では、特定の初期宇宙のモデルを採用する代わりに、PBHは何らかの機構で作られたという前提で、それらが宇宙初期では空間にランダムに点在していたという状況を出発点としました。これらのPBHはその後、一部が重力で引き合って連星を形成し、合体に至ります。その物理過程は、一般相対論の運動法則で記述されるので、PBHの存在量(数密度)を決めさえすれば、後は連星BHの合体頻度を予言することが可能となります。合体頻度を精密に求めるにはN体計算などの数値計算が必要となりますが、LIGO-Virgoチームによって公表された合体頻度には、観測例が少ないことに起因する約2桁の大きな不定性があることを踏まえ、今回は解析計算によって近似的な合体頻度を求めました。
隣接するPBH対の中には、確率的に平均距離よりも十分近いものが存在します。そのような対は宇宙膨張による空間の引き延ばしよりもお互いの重力の方が勝り、重力束縛系を作ります。このときもしも、このPBH対だけしかなければ、相方の方向に真っすぐに引っ張られ、正面衝突します。しかし、実際には他のPBHも存在しており、特に対から一番近い場所にあるPBHが及ぼす潮汐力の作用により、正面衝突の代わりに離心率が非常に1に近く、軌道が放物線に近い楕円軌道を持つPBH連星が形成します(図1)。
図1. 原始ブラックホール連星形成の模式図
距離が非常に近い原始ブラックホール対は、お互いの重力が宇宙膨張より勝り、重力束縛状態になる。このとき、遠方のブラックホールによる潮汐力によって離心率の大きい連星が形成される。
離心率が非常に1に近い場合は、効率的に重力波放出が起こります。重力波はエネルギーを連星から持ち去るので、その結果連星の軌道長は小さくなります。つまり、PBH連星は、比較的素早く縮んでゆき、宇宙年齢である138億年で合体することが可能となります。
これらの物理的素過程のもとでPBH連星の合体頻度を求めることは、重さが太陽質量ほどの暗黒コンパクト天体との関連から、90年代にすでに行われていました。今回は先行研究の方法を、PBHが30倍の太陽質量を持ち、且つ暗黒物質への占める割合も小さいという場合に拡張し、合体頻度の解析公式を導きました。その公式に基づいて、PBHが宇宙に存在する暗黒物質の約千分の1を占めている仮定すると、推定合体頻度がLIGO-Virgoチームが観測結果に基づいて算出した値と、観測の統計的不定性の範囲で一致することが分かりました(図2)。
図2. 原始ブラックホール連星の合体頻度
暗黒物質における原始ブラックホールの占める割合(x軸)を変えたときの、原始ブラックホール連星の合体頻度(y軸)を表わす。x軸の値が千分の1辺りでは、今回導いた合体頻度がLIGO-Virgoチームが発表した合体頻度と合うことが分かる。
この千分の1という値は、先行研究で得られた宇宙マイクロ波背景放射のスペクトル分布の観測から導かれるPBHの存在量の上限値と同程度の値になっています。ただし、この上限値は、周辺ガスがPBHへ降着する複雑な物理過程の単純化により導かれており、その値にどの程度信頼性があるのかは明らかではありません。以上のことから、発表論文では発見された連星ブラックホールの起源が、PBHの可能性があるという結論を導きました。
今回提唱したPBHシナリオでは、1)連星を形成するシンプルな物理機構が内在していること、2)形成した連星が宇宙年齢以内に合体するのに必要な離心率を連星が持つこと、の2点が自然に実現しているため、非常に魅力的なシナリオとなっています。今後、重力波や宇宙マイクロ波背景放射の観測データがさらに蓄積してくることで、今回提唱したシナリオが正しいことを確認できれば、初期宇宙の理解が一段と深まると期待されます。
本研究の一部は、JSPS科研費15H05888、15K21733、15K17632、15K17659、26287044、24103001、24103006、15H00777、15H02087の助成を受けたものです。
発表雑誌
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雑誌名 Physical Review Letters (8月2日オンラインにて掲載) 論文タイトル Primordial Black Hole Scenario for the Gravitational-Wave Event GW150914 著者 Misao Sasaki, Teruaki Suyama※, Takahiro Tanaka, Shuichiro Yokoyama, DOI番号 ※ 論文URL ※ 用語解説
注1 重力波
アインシュタインが1915年に発表した一般相対論で予言される光速で伝わる時空のさざ波。加速運動するどんな物体からも放出され、加速度や質量が大きい物ほど強い重力波が出る。地球上の日常的な物体からの重力波は非常に微弱であるため、検出対象となるのは天体からの重力波である。これまで重力波の間接的検出はなされていたが、直接それを検出することは成功しておらず、直接検出が待ち望まれていた。そのような状況の中で、2015年9月に米国にあるLIGO重力波検出器が重力波の直接検出についに成功し、重力波天文学の時代の幕開けとなった。↑
注2 ブラックホール
あまりの重力の強さに光さえそこから出てくることができない天体。一般相対論が発表された翌年の1916年に、シュバルツシルトが一般相対論の解としてブラックホールの理論的存在を示した。現実の宇宙にブラックホールが存在することは、さまざまな宇宙観測との整合性から長い間受け入れられていたが、今回のブラックホール連星からの重力波検出によって、その存在は疑いようのないものとなった。↑
注3 重力崩壊
物質の集まりがお互いの間に作用する重力によって中心に向かって崩落する現象。圧力などの反発力が効かず、崩落が途中で妨げられないと最終的にブラックホールが形成される。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―