2016/08/02

天の川の中心付近に若い星のすき間を発見 ~銀河の中心近くは少子化社会?~

 

松永 典之(天文学専攻 助教)

小林 尚人(天文学教育研究センター 准教授)

Michael W. Feast(南アフリカ・ケープタウン大学 名誉教授)

Giuseppe Bono(イタリア・ローマ大学トルベルガータ校 准教授)

発表のポイント

  • 天文学において重要な距離指標であるセファイド変光星を、天の川銀河の中心の方向(いて座の方向)の塵で隠されていた領域に29個発見した。
  • 過去に行われていた恒星までの距離測定に星間空間にある塵が大きく影響していたことを示し、過去の研究とは異なる星の分布を得た。
  • 天の川銀河の中心付近(半径約8千光年の範囲)に、若い星がほとんど存在しない「すき間」があることを、世界で初めて恒星の分布図に基づいて発見した。

発表概要

天の川銀河は、太陽を含む数千億個の星が集まる渦巻銀河である。しかし、星の分布を外から見ることのできる他の銀河と違い、我々自身が内部にいる天の川銀河の形を調べることは容易ではない。また、天の川の円盤中に存在する大量の塵によって星からの光がかすかになってしまうことも大きな障壁であった。東京大学理学系研究科の松永助教をはじめとする国際共同研究チームは、塵に隠されているために星の分布がよくわかっていなかった銀河中心の周辺とその向こう側に、29個のセファイド変光星を発見した。セファイド変光星は、個々の星までの距離を得られる「宇宙の灯台」とも呼べる天体であり、高等学校の地学の教科書でもおなじみである。今回の研究では、塵によって星の光が吸収散乱されてしまう効果も新たな視点で解析を行い、天の川銀河の中心付近の星の分布を描き出すことに成功した。それによって、銀河の中心から約8千光年の範囲が、セファイド変光星によって代表される若い星(3億年以内)がほとんど存在しない「すき間」であることを世界で初めて明らかにした。銀河の形を探る上で、セファイド変光星が「宇宙の灯台」として重要な役割を果たすこと、その距離の測定には塵の効果を正しく考慮に入れる必要があることを示した点で、今後の天の川銀河の研究に大きな影響を与える成果である。

発表内容

背景:本研究の行った観測の動機と目的
天の川銀河は、宇宙に無数に存在する渦巻銀河のひとつで、その中には数千億個の星や星間物質(注1)が集まっています。太陽系もそのたくさんの星の中のひとつです。約140億年前に宇宙が誕生して以来、ガスや塵が集まって星を作るということを繰り返しながら、銀河は星の数を増やし、少しずつのその形を変えて、進化を続けています。ある銀河がどのような進化を遂げてきたのかを知る最初の手がかりは、その形を知ることです。例えば、古い星が楕円状に集まっている楕円銀河や、複雑な構造を持つ星間物質で大規模な星生成が起こっている不規則銀河などのグループが存在します。天の川銀河をはじめとする渦巻銀河のグループは、星と星間物質が集中した円盤の中に渦の構造を保持しつつ、長期間にわたって星の生成を続けています。しかしながら、天の川銀河を外から見ることはできませんので、その構造を詳しく知ることは容易ではありません。それでも、渦巻き構造があることなど天の川銀河の基本的な形がわかっているのは、四方八方に散らばっている天体の距離を調べるという方法によるものです。ただ、その方法も万能ではなく、特に星間塵が大量に分布する天の川の円盤部分では、その多くの領域において星の分布がまだわかっていません。そこで私たちはセファイド変光星(注2)という距離を調べることのできる星を、塵の影響が比較的小さい近赤外線で観測することを行いました。これによって、新しい変光星を見つけて、塵に隠されていた領域の星の分布を探ることが目的です。

研究結果:セファイド変光星の発見とそれらの分布
観測に用いたのは、南アフリカ天文台にあるIRSF望遠鏡とSIRIUS近赤外線カメラ(注3)です。2007年から2012年にわたって、天の川銀河の中心がある「いて座」の方向(満月が約12個分入る広さ)を繰り返し観測し、セファイド変光星のように周期的に明るさを変える星を探しました。その結果、29個のセファイド変光星を発見することができました(図1)。

図1. 本研究で得られたセファイド変光星の分布
今回の赤外線観測で発見したセファイド変光星の天の川銀河中における分布(銀河中心付近とそこより上側にある大きい点。カラー版では黄色の点)。下半分にある小さな点(白色)は過去に可視光での観測で見つかっていたセファイド変光星の分布。© 松永典之(東京大学)

 

このうち、4個は本研究グループの過去の研究ですでに見つかっていたもので、それらは銀河の中心から約800光年以内の狭い範囲に分布していることがわかっています。(太陽系は銀河の中心から約2万6千光年の距離にあります。)一方、他のセファイド変光星の距離を調べてみたところ、銀河の中心に位置する4個よりも遠くにあることがわかりました。それも図1が示すように、どの星も銀河の中心から、さらに8千光年以上遠くにあります。

実は、本研究が観測を行った領域よりも広い範囲でセファイド変光星を探したという研究の報告が去年あり(文献1)、彼らが見つけた39個の中に29個のうちの11個が含まれていました。ところが、文献1の結果では銀河の中心近くからそれを取り巻くように39個の変光星が散らばっているという分布とされています。これは、本研究で得た図1の結果とは矛盾するものです。実際、共通している11個のセファイド変光星に対して、2つの研究が得た距離の推定には大きなずれがあります。本研究グループの解析の結果、星間空間の塵によって星が暗く見える効果をどのように補正しているかが、2つの研究の結果が異なる原因であることがわかりました。その補正を行うためには、塵の吸収散乱による色の変化を利用します。星が本来もっているはずの色が見かけ上どれだけ赤くなっているかを測り、これに塵の吸収散乱ではどれだけ赤くなれば(赤化)、同時にどれだけ暗くなるはずか(減光)という比を掛け合わせるのです。2つの研究では、この赤化と減光の比の値が異なっているために、塵によって暗くなる影響の見積りに差が生じていました。ところで、文献1の採用した比の値を用いると、上で述べた銀河中心(約2万6千光年)の近くにある4個のセファイド変光星がもっと近くにあることになってしまいます(図2)。

図2. 星間塵の効果の補正によって変光星の距離推定が変わる様子
星間塵の散乱吸収による星の赤くなる度合い(赤化)と暗くなる度合い(減光)の比をどのように仮定するかによって、各セファイド変光星までの距離の推定が変わる様子。運動などの情報により銀河中心(約2万6千光年の距離、カラー版では緑色の水平の線)の付近にあることが確認されている4個のセファイドが下側の曲線で表されている(カラー版では赤色の線)。本研究で仮定した比(1.44)と文献1で仮定された比(1.61)を垂直の線で示したが、前者の場合に4個のセファイドの距離がおおよそ銀河中心の距離と一致することがわかる。一方、それ以外のセファイドに対する曲線(カラー版では灰色)は、銀河中心よりも遠くにある。© 松永典之(東京大学)

 

それらの変光星が銀河中心の周りにあることは、距離の推定だけでなく変光星の運動などいくつかの観測結果からも確認されています。したがって、少なくとも銀河の中心の方向に対しては、本研究で採用した吸収散乱の比の値を使うべきで、4個以外のセファイド変光星は図1のように銀河中心よりも遠くにあると結論づけることができます。

本研究の意義:赤外線観測によって明らかになりつつある天の川銀河の姿
セファイド変光星は1千万年~3億年前に生まれた星が進化した姿です。これは、百数十億年の歴史を持つ銀河に数多く存在する星の中では、若い星のグループです。また、3億年程度の時間では、星が作られた場所からそれほど大きく散らばっていくことはありませんので、セファイド変光星の分布を探ることは星がどのような場所で最近作られていたかを探る手がかりとなります。本研究では、銀河の中心付近に図3、図4に示すような若い星のない「すき間」のあることがわかりました。

図3. 天の川銀河中の若い星の分布(模式図)
本研究で明らかとなった若い星のすき間を模式的に示した図。天の川銀河の想像図の上に、セファイド変光星に代表される若い星を小さい点(カラー版では赤い点)でプロットしている。© 松永典之(東京大学)

図4. 天の川銀河を横から見たときの、セファイド変光星の分布。
中央から左側の大きな点(カラー版では赤色)が本研究で発見したセファイド、右側の小さい丸(カラー版では緑色)は過去に可視光での観測で見つかっていたセファイド。それ以外の、小さい点(カラー版では灰色)は、「すき間」がないという仮定で作られていた天の川銀河のモデルでシミュレーションした変光星の分布。そのモデルでは連続的に多くの星が存在するはずの銀河中心付近であるが、グラフで横軸が-0.8~0(万光年)の範囲に本研究が発見した「すき間」がシミュレーションの星の分布と全く異なっていることがわかる。© 松永典之(東京大学)

 

その領域は、「バルジ」と呼ばれる百億年前に生まれた古い星が多く存在することが知られている領域です。そこに若い星があまりいないのではないかという可能性は、ガスの分布などから過去にも指摘されていましたが、実際に星の分布に基づいてその「すき間」の存在を示したのは本研究が初めてです。このことから、銀河中心から約8千光年以内のこの領域は、少子化社会あるいは超高齢化社会といえます。この成果は、塵に隠されているために見えていなかった領域を赤外線観測で調べることで、天の川銀河の広い範囲の星の分布(つまり銀河の形)を明らかにできるという可能性を示すよい例です。より大規模な赤外線観測も計画されていますので、天の川銀河の星の分布がさらに解明されていくものと期待できます。

 

(文献1) Dekany, I. et al. “The VVV Survey reveals classical Cepheids tracing a young and thin stellar disk across the Galaxy’s bulge”, Astrophysical Journal Letters, 812, L29 (2015)

 

発表雑誌

雑誌名 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(Oxford University Press)
論文タイトル A lack of classical Cepheids in the inner part of the Galactic disc
著者 Noriyuki Matsunaga, 松永典之(東京大学・助教)
Michael W. Feast, (南アフリカ・ケープタウン大学・名誉教授)
Giuseppe Bono, (イタリア・ローマ大学トルベルガータ校・准教授)
Naoto Kobayashi, 小林尚人(東京大学・准教授)
Laura Inno, (ドイツ・マックスプランク天文学研究所)
Takahiro Nagayama, 永山貴宏(鹿児島大学・准教授)
Shogo Nishiyama, 西山正吾(宮城教育大学・准教授)
Yoshiki Matsuoka, 松岡良樹(国立天文台・特任助教)
Tetsuya Nagata 長田哲也(京都大学・教授)
DOI番号 10.1093/mnras/stw1548
論文URL http://mnras.oxfordjournals.org/lookup/doi/10.1093/mnras/stw1548

 

用語解説

注1 星間物質と星間塵

宇宙空間には光り輝く恒星だけでなく、ガスや塵(固体微粒子、あるいはダスト)も存在します。塵には電磁波を散乱吸収するという性質があり、これによって遠方の星・銀河からの光がさえぎられ、暗くなってしまいます。塵は天の川銀河の円盤部に多く、特に銀河系中心の方向はその影響が大きく、人間の目に見える波長の光(可視光)では本来の光のうち、約1京分の1(10,000,000,000,000,000分の1)しか地球に届きません。赤外線ではその影響がずっと小さく、約2 μmの波長では銀河系中心で放出された光のうち10分の1程度が地球に届きます。

注2 セファイド変光星

おおよそ2~50日の周期で明るくなったり暗くなったりを繰り返す星で、それぞれのセファイド変光星によって周期が異なっています。周期と星の固有の明るさには関係(周期光度関係)があり、これによってセファイド変光星までの距離を求めることができます。この関係は宇宙における距離の測定を行うための基本的な道具となり、1929年にエドウィン・ハッブルが宇宙の膨張を発見した時にも利用されたものです。これらの変光星は、太陽よりも質量が大きく成長の早い星が進化した段階にあるので、生まれてから1千万年~3億年程度が経過した星であることがわかります。ある年齢の星の集団からは限られた質量をもつ星だけがセファイド変光星の段階を迎えているので、ひとつのセファイド変光星があるということは同じ時期に生まれた異なる質量の星も多くあると考えられます(セファイド変光星1個に対して、おおよそ1万個の星の集団)。

注3 IRSF望遠鏡とSIRIUS近赤外線カメラ

名古屋大学と国立天文台が、南アフリカ天文台に共同で建設・設置した観測装置です。IRSF望遠鏡は直径1.4メートルの主鏡をもつ望遠鏡で、2000年に建設されました。SIRIUS近赤外線カメラは、近赤外線で3つの異なる波長(1.25 μm、1.63 μm、2.14 μm)を同時に観測できるという特徴をもったカメラで、2000年11月にIRSF望遠鏡に取り付けられて以来、近赤外線でさまざまな観測を続けています。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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