2016/05/20

維管束の細胞を作り出す方法 “VISUAL” の開発

 

近藤 侑貴(生物科学専攻 助教)

福田 裕穂(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 植物の葉を材料にして、維管束を構成する道管および篩管の細胞を人為的に誘導することにはじめて成功しました。
  • この方法を有効に活用し、これまで未知であった篩管の細胞が作られる過程を分子レベルで明らかにすることができました。
  • 篩管は光合成でつくられた糖を輸送する機能をもつことから、篩管の細胞が作られる仕組みを更に理解することで、栄養輸送機構の解明につながることが期待されます。

発表概要

植物の維管束は生存に不可欠な物質を体中に輸送するという重要なはたらきをもちます。維管束の輸送を担う流路として、水やミネラルを輸送する道管と、糖やホルモンを輸送する篩管が知られています。さまざまな模様の細胞壁をもつ道管と比べて、外見的な特徴をもたない篩管は、形態的な観察が困難であることから研究の進展において大きな後れをとっていました。

東京大学大学院理学系研究科の近藤侑貴助教らの研究グループは、モデル植物シロイヌナズナを用いて、葉の細胞から維管束を構成する道管および篩管の細胞を作り出す方法“VISUAL”(注1)の開発に成功しました。VISUALは、植物ホルモンと合成化合物の処理のみで、わずか4日のうちに葉に大量の維管束細胞を作ることができます。

VISUALを用いた顕微鏡観察および遺伝子解析の結果から、VISUALで作られた篩管の細胞は、植物が本来もっている篩管の細胞と極めて類似した性質をもつことがわかりました。また、遺伝子発現のビッグデータから、篩管の細胞が作られる詳細な過程を明らかにしました。今後は、VISUALをツールとして篩管の細胞の性質がより理解されていくことで、糖などの栄養が輸送される仕組みの解明につながることが期待されます。

 

発表内容

ヒトの血管と同様に、植物の維管束は、栄養分やホルモンを体中に運ぶという重要なはたらきをもちます。維管束は主に、水やミネラルの輸送を担う道管と糖やホルモンの輸送を担う篩管に大別されます。しかしながら、これら道管・篩管は、傷つけられないように、体の奥深くに埋め込まれているため、どのように作られているかを研究するのは非常に困難です。これまで道管については、細胞を誘導できるシステムがいくつか構築されており、さまざまな鍵遺伝子が単離されてきました。しかしながら、篩管の細胞を自在に作り出せる誘導システムは確立されておらず、篩管に関しては、どのように作られているかその仕組みはほとんどわかっていませんでした。

近藤助教らの研究グループは、シロイヌナズナの子葉(芽生えの双葉)を材料とし、植物ホルモンであるオーキシン、サイトカイニンそしてbikinin(注2)と呼ばれる化合物を加えて4日間培養することで、子葉に大量の道管・篩管の細胞を作り出すことに成功し(図1)、この維管束細胞分化誘導システムをVISUALと名付けました。

図1.VISUALによる篩管の細胞の誘導
左:VISUALを用いた維管束細胞の誘導法
右:誘導前後の子葉における篩管の細胞の分布。篩管の細胞は蛍光レポーターを用いて可視化した。(スケールバー:1mm)

 

次に、VISUALで誘導されてくる篩管の細胞を透過型電子顕微鏡(注3)を使って詳しく観察すると、シロイヌナズナの維管束に内在する篩管の細胞と共通した細胞内構造が見つかりました。更に、誘導された篩管の細胞のみをセルソーター(注4)を用いて集め、マイクロアレイ(注5)という手法で解析することで、誘導された篩管の細胞の遺伝子発現パターンにみられる特徴を捉えることに成功しました。驚くべきことに、この遺伝子発現パターンは、根の篩管の細胞がもつ発現パターンと極めて酷似していました。これらの結果は、VISUALで誘導された篩管の細胞は、植物に本来備わっている篩管の細胞と非常に近い性質をもっているということを意味しています。

VISUALにおいて、篩管の細胞は、高い同調性をもって作り出されます。本研究グループは、この性質を利用し、時系列をおったマイクロアレイ解析をおこなうことで、篩管の細胞が作り出される過程が明らかにできると考えました。更に、VISUALでは変異体を使った解析が容易であることから、篩管の形成を制御する遺伝子の変異体を用いて、同様にマイクロアレイ解析をおこないました。これらマイクロアレイ解析によって得られた大規模データをもとに、遺伝子ネットワーク解析(注6)をおこない、篩管の細胞がどのように作られるかを調べました。ネットワーク解析の結果、篩管の細胞に特徴的な遺伝子を「初期にはたらく遺伝子群」と「後期にはたらく遺伝子群」の2つに分けることができました(図2)。

図2.篩管の細胞の遺伝子ネットワーク
細胞運命を決める初期遺伝子群と細胞機能を作り上げる後期遺伝子群の働きにより、篩管の細胞がつくられる。

 

「初期にはたらく遺伝子群」には、転写因子(注7)が多く含まれ、遺伝子の機能解析から篩管の細胞運命を決める役割をもつことが明らかとなりました。一方で、「後期にはたらく遺伝子群」には、核の喪失など、篩管としての機能をつくりあげるための遺伝子が含まれることが分かってきました。

本研究グループは、今回新たに開発したVISUALを活用することで、篩管がどのように作られるかという設計図を遺伝子ネットワークという形で明らかにすることができました。今後は、設計図の1つの1つの部品の役割についてVISUALを用いて調べていくことで、篩管の細胞が作られる過程の理解が飛躍的に進み、栄養輸送のメカニズムの解明につながることが期待されます。

なお、本成果は、理化学研究所の市橋泰範研究員および産業技術総合研究所・埼玉大学の 光田展隆准教授・高木優教授との共同研究によるものです。日本学術振興会 新学術領域研究「植物細胞壁の情報処理システム」(研究代表者:近藤侑貴)の助成を受けて行われました。

 

発表雑誌

雑誌名 The Plant Cell(5月19日出版)
論文タイトル Vascular cell Induction culture System Using Arabidopsis Leaves (VISUAL) visualizes the sequential differentiation of sieve element-like cell
著者

Yuki Kondo, Alif Meem Nurani, Chieko Saito, Yasunori Ichihashi, Masato Saito, Kyoko Yamazaki, Nobutaka Mitsuda, Masaru Ohme-Takagi and Hiroo Fukuda

DOI番号 10.1105/tpc.16.00027
要約URL

 

用語解説

注1VISUAL

Vascular cell Induction culture System Using Arabidopsis Leaves の略。シロイヌナズナの葉を用いた維管束細胞誘導培養系の意。

注2 bikinin

GSK3と呼ばれるタンパク質リン酸化酵素の阻害剤。GSK3は、維管束幹細胞が道管の細胞に分化するのを抑えるはたらきをもつ。

注3 透過型電子顕微鏡

電子顕微鏡の一種であり、電子線を照射することで、細胞内の微細な構造を観察することができる。

注4 セルソーター

細胞を液滴にのせて流し、蛍光の有無によって特定の細胞のみを判別し、収集できる装置。

注5 マイクロアレイ

数万にもおよぶ遺伝子の発現量を網羅的に解析する手法。

注6 遺伝子ネットワーク解析

大規模な遺伝子発現データから各遺伝子の関係性を推定することで、目に見える形として表現する手法。

注7 転写因子

DNAとの結合を介して、遺伝子の転写を制御するタンパク質。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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