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理学部ニュース5月号掲載「謎の動物」珍渦虫の系統学的位置がついに決着か
※本記事は、2016年2月3日Nature誌で発表された「New deep-sea species of Xenoturbella and the position of Xenacoelomorpha(Rouse, Greg W.; Wilson, Nerida G.; Carvajal, Jose I.;Vrijenhoek, Robert C.) Nature (530): 94-97.」を受け、2003年7月22日発行(35巻2号)生物科学専攻・上島励准教授の寄稿記「謎の動物、珍渦虫」から、その後発展した研究成果を記したものである。(理学部ニュース2016年5月号に掲載予定) -広報誌編集委員会-
上島 励(生物科学専攻 准教授)
生物の系統関係はDNAの分子系統解析によって解明されつつある。しかし,奇妙な無脊椎動物である珍渦虫(ちんうずむし)は,分子系統解析が行われたにもかかわらず,その系統学的位置についての議論が二転三転してきた。この「謎の動物」の系統学的位置がついに決着したようである。
珍渦虫Xenoturbella bocki は,北ヨーロッパの海底に生息する謎の無脊椎動物である。体は1cm 程度で柔らかく,腹側には口と肛門を兼ねた開口部が1 つだけあり,体皮が胃を包んだ袋状の簡単な体制をしている。神経は中枢(脳)のない散在神経系で,目や触覚等の感覚器官は一切なく,手足や鰓もないという「のっぺらぼう」みたいな動物である。珍渦虫は,その単純な体制から原始的な動物と言われ,その系統学的位置は長らく不明であった。
珍渦虫Xenoturbella bockiの体制 上:外形,下:内部構造(縦断面)
図は「無脊椎動物の多様性と系統」(裳華房)Westblad 原図より,川島逸郎作図
珍渦虫のDNA による分子系統解析は1997 年に初めて行われ,軟体動物の二枚貝類に近縁であるという驚くべき知見が報告された(1)(理学部ニュース2003 年7 月号)。しかしその後,この知見は珍渦虫そのものではなく,「珍渦虫が餌として食べた二枚貝」の混入であったことが判明し,「本物」の珍渦虫のDNA による分子系統解析がやり直された。その結果,珍渦虫は後口動物*1 の一員であるという,またまた驚くべき知見が発表された(2)。この新知見にもとづき珍渦虫に対して新しい動物門(珍渦虫動物門)が創設され,この問題は解決したかと思われた。
その後,扁形動物の一員と考えられていた無腸形類が珍渦虫に近縁であることが示唆され,両者を統合した珍無腸形動物門が新たに創設された。しかし,その系統学的位置については,後口動物説だけでなく,「前口動物*2と後口動物*1が分岐するよりも前に出現した原始的な三胚葉動物(左右相称動物)である」という新たな説が発表され(4),さらには珍渦虫と無腸形類は近縁でないとする説(3)も出るなど,状況は混沌としてきた。
2016 年の1 月にNature 誌に2つの論文が発表され,珍渦虫と無腸形類は近縁であること,これら(珍無腸形類)は三胚葉動物の最も初期に分岐した古いグループであることが強く支持された(5),(6)。しかし,今までに述べた説は,全てDNA の分子系統解析にもとづいている。餌の混入であった「軟体動物説」はともかくとして,その後の論文ではいずれも複数の遺伝子情報を用いていたにもかかわらず,なぜ解析結果が二転三転したのだろうか。これまでの研究で問題となっていたのは,珍渦虫の分子データ(遺伝子の種類)が少ないこと,解析対象となる分類群の多様性が充分でなかったこと(特に無腸形類)である。今回発表された論文では,これらの問題をクリアする多くのデータを用いており,珍無腸形類の系統学的位置は今度こそ決着したと思われる。珍渦虫の単純な体制は,軟体動物説や後口動物説では二次的な退化の結果と解釈されていたが,今回の解析から三胚葉動物の原始的な特徴を残していると考えられ,後生動物の体制の進化を考える上で重要な位置にあることが明らかになった。
また,珍渦虫類としては北欧産のX. bocki のみが知られていたが,太平洋の深海等から4 新種が新たに発見された(6)。珍渦虫類の多様性は予想以上に高く,今後はいろいろな海域から珍渦虫類が発見されるであろう。
※1 後生動物の大きなグループで,脊索動物(脊椎動物とホヤなど)や棘皮動物などを含む。
※2 後生動物の大きなグループで,節足動物,軟体動物,扁形動物などの多くの無脊椎動物を含む。
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引用文献
(1) Noren et al., 1997.N ature 390:31-32↑
(2) Bourlat et al., 2003.N ature 424:925-928↑
(3) Dunn et al., 2008.N ature 452:745-749↑
(4) Hejnol et al., 2009.P roc. R. Soc .B 276: 4261-4270↑
(5) Cannon et al., 2016.N ature 530: 89-93↑
(6) Rouse et al., 2016. Nature 530: 94-97↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―