2016/04/22

ゲノム編集のための新たな「はさみ」のかたち-CRISPR-Cpf1の構造解明-

 

山野 峻(生物科学専攻 博士課程)

西増 弘志(生物科学専攻 助教/JST)

石谷 隆一郎(生物科学専攻 准教授)

Feng Zhang(Broad Institute of MIT and Harvard Core Member)

濡木 理(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 新たなゲノム編集(注1)ツールとして注目されるCRISPR-Cpf1(注2)の分子構造を世界で初めて明らかにした。
  • ゲノム編集ツールとして普及しているCRISPR-Cas9(注3)との機能の違いを原子レベルで明らかにした。
  • CRISPR-Cpf1を利用したゲノム編集技術の高度化および効率化が期待される。

発表概要

近年、生命の設計図である遺伝情報(ゲノムDNAの塩基配列)を書き換える「ゲノム編集」技術が注目されています。微生物のもつCas9タンパク質(DNA切断酵素)の発見により効率的なゲノム編集が可能になり、医学・生命科学研究に革命がもたらされました。さらに、昨年、Cpf1とよばれる新規のタンパク質もゲノム編集に利用できることが報告されました。しかし、Cpf1がはたらく分子機構は不明でした。今回、東京大学大学院理学系研究科の山野 峻大学院生、西増 弘志助教、石谷 隆一郎准教授、濡木 理教授の研究グループはMassachusetts Institute of TechnologyのFeng Zhang博士らとの共同研究により、Cpf1の分子構造を決定し、そのはたらきを原子レベルで解明することに成功しました。本研究結果から、Cpf1を用いたゲノム編集技術の効率化が期待されます。

発表内容

近年、生命の設計図であるゲノムDNAの塩基配列を書き換える「ゲノム編集」とよばれる技術が大きな注目を集めています。ゲノム編集技術は革新的な実験技術として医学・生命科学研究の現場において瞬く間に普及し、すでに多くの画期的な研究成果を生み出しています。さらに、動植物の品種改良や遺伝子治療といった応用も期待されています。現在、ゲノム編集にはCas9とよばれるタンパク質が利用されています。昨年、Cas9に加え、Cpf1とよばれる新規のタンパク質もゲノム編集に利用できることが報告されました。Cpf1はCas9と同様にガイドRNAと結合し、ガイドRNAの一部(ガイド配列)と相補的な2本鎖DNAを見つけ出して切断します(図1)。

図1. Cpf1とCas9によるDNA切断機構

 

したがって、ガイド配列を変更することによりゲノムDNAのねらった場所を切断することができます。Cpf1とCas9はどちらもガイドRNAと協働して標的DNAを切断するはたらきをもちますが、DNAの「切り口」が異なります。すなわち、Cas9は二本鎖DNAを切断し平滑末端(注4)をつくるのに対し、Cpf1は突出末端(注5)をつくります(図1)。また、Cpf1はCas9よりも短いガイドRNAと結合してはたらきます。これまでに本研究グループはCas9の分子構造を決定し、そのDNA切断機構を明らかにしてきました。しかし、Cpf1がDNAを切断する分子機構は謎に包まれていました。

本研究グループはCpf1、ガイドRNA、標的DNAからなる複合体を結晶化し、大型放射光施設SPring-8(注6)のBL32XU、BL41XUおよびSwiss Light Source(スイス)においてX線回折データを取得し、その立体構造を解明しました。その結果、Cpf1はCas9と大きく異なる立体構造をもつことが明らかになりました(図2)。

図2. Cpf1-ガイドRNA-標的DNA複合体の結晶構造
RuvC、Nucとよばれる部分がDNAを切断する「はさみ」として働く。

 

特に、DNAの「はさみ」としてはたらく部分の構造はCpf1とCas9において大きく異なっていました。この構造の違いはCpf1とCas9によるDNAの「切り口」の違いとよく一致していました。これまでに立体構造を基にCas9の分子構造を改変した新規の研究ツールが開発されてきました。したがって、今回の研究成果は、Cpf1を改変した新規のゲノム編集ツールの開発につながることが期待されます。

本研究は、文部科学省(2014年度)・日本医療研究開発機構(AMED)(2015年度以降)革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業「新規CRISPR-Cas9システムセットの開発とその医療応用」(研究代表者:濡木 理)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業「立体構造にもとづく次世代ゲノム編集ツールの創出」(研究代表者:西増 弘志)の一環で行われました。

 

発表雑誌

雑誌名 Cell (4月22日オンライン版)
論文タイトル Crystal structure of Cpf1 in complex with guide RNA and target DNA
著者

Takashi Yamano1,6、Hiroshi Nishimasu1,2,6、Bernd Zetsche3、Hisato Hirano1、Ian M. Slaymaker3、Hiroshi Nishimasu1,2,6、Takanori Nakane1、Kira S. Makarova5、Yinqing Li3、Iana Fedorova4、Eugene V. Koonin5、Ryuichiro Ishitani1、Feng Zhang3†、and Osamu Nureki1†

責任著者、1. 東京大学大学院理学系研究科、2. 科学技術振興機構(JST)、3. Broad Institute of MIT and Harvard、4. Skolkovo Institute of Science and Technology、5. NCBI, NLM, NIH、6. 同等貢献
DOI番号
要約URL http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2016.04.003

 

用語解説

注1ゲノム編集

生命の設計図であるゲノムDNAの塩基配列を改変する技術。CRISPR-Cas9(clustered regularly interspaced short palindromic repeats/CRISPR associated proteins)の発見により迅速・簡便なゲノム編集が可能になった。

注2 CRISPR-Cpf1

微生物のもつ獲得免疫機構のひとつ。2015年に発見された。Cpf1タンパク質はガイドRNAと結合し、ガイドRNAの一部(ガイド配列)と相補的な2本鎖DNAを切断する。したがって、ガイド配列を交換することにより任意の塩基配列をもつDNAを切断することができる。Cpf1タンパク質をCRISPR-Cpf1とよぶこともある。

注3 CRISPR-Cas9

微生物のもつ獲得免疫機構のひとつ。Cas9はガイドRNAと結合し、ガイドRNAの一部(ガイド配列)と相補的な2本鎖DNAを切断する機能をもつ。したがって、ガイド配列を交換することにより任意の塩基配列をもつDNAを切断することができる。Cas9の機能は2012年に解明された。Cas9タンパク質をCRISPR-Cas9とよぶこともある。

注4 平滑末端

2本鎖DNAを形成するDNA鎖のどちらも突出していない末端構造。

注5 突出末端

2本鎖DNAを形成するDNA鎖の片方が突出している末端構造。

注6 SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある、理化学研究所が所有する放射光施設。JASRIが運転管理を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。

【※】注(6)については、プレスリリース配信の文章をより詳しく改訂しています。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

  • このエントリーをはてなブックマークに追加