2015/10/06

素粒子にはなぜ「世代」があるのか?それを解く鍵はニュートリノにある

祝・ 2015ノーベル物理学賞

粒子の世代を説明する新しい理論が求められている

物理学専攻・横山将志准教授インタビュー記事
学研・大人の科学マガジンサイエンス・ライブシリーズ「東大素粒子講座 ヒッグス粒子 宇宙と物質のはじまり」

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SuperKEKBでは新しい粒子の兆候が見つかる可能性があるというお話をしましたが、これはタウ粒子の崩壊だけでなくて、B中間子をつくるボトム・クォークの崩壊についても言えることです。B中間子の崩壊から、標準理論では起こらないような現象が発見できるかもしれません。

また、素粒子の標準理論では、ボトム・クォークやタウ粒子は第3世代の粒子です。第3世代の粒子が崩壊するときには、第3世代より軽い第1世代や第2世代の粒子に壊れます。ですから、これを調べると、世代間の関係を解き明かすことができるはずです。第3世代の粒子を精密に研究する意味はそこにあると思います。

クォークとレプトンの配列を見ていて、いつも不思議だなと思うのは、なぜ3つの世代があるのかということですね。クォークにも3世代、レプトンにも3世代あって、両方とも6種類ある。クォークとレプトンの関係というのはあるのか、ないのか? 素粒子の世代構造とはなんなのか? この問題に非常に強く惹かれます。

なぜ、世代の数が3つなのかを理解するには、世代を統一する新しい理論が必要です。標準理論には世代の数を決めるメカニズムが含まれていないからです。これらの世代が独立していないことも謎です。世代間の混合がなぜこのような大きさになっているのか、標準理論では説明できません。ここでも、新しい物理が求められています。

ベータ崩壊でニュートリノが生成されるときのダイアグラム。ニュートリノの存在は、ベータ崩壊の研究からスイスの物理学者ボルフガング・パウリによって理論的に予言された。

日本は粒子の世代構造を研究するフレーバー物理学のメッカ

このような素粒子の世代の構造を研究する分野は「フレーバー物理学」と呼ばれています。クォークにはアップ、チャーム、トップなどの仲間がいて、似た性質をもっています。芳香剤にいろいろな香りがあるように、クォークにもいろいろな香りがあるという意味で、「フレーバー」と名づけているのです。

日本はフレーバー物理のメッカだというふうに思っています。それは、Bファクトリーがあって、ボトム・クォークやタウ粒子、またチャーム・クォークでできているD中間子などの粒子の反応を精密に調べる実験を行っているからです。さらに、J-PARCでは、ストレンジ・クォークでできているK中間子や、ミュー粒子、ニュートリノを使った実験をしています。これらを通して、フレーバーの構造を解明しようとしています。

CP対称性の破れの起源も、小林・益川理論が3世代だと予言したことを考えると、やはりフレーバーの構造につながっているわけです。

素粒子の世代が移ることを、フレーバー物理学では「フレーバー混合」と言います。この現象はクォークだけでなく、私が研究しているニュートリノで特に大きくあらわれます。詳しくは64ページで説明しますが、ニュートリノのフレーバー混合は「ニュートリノ振動」という不思議な現象としてあらわれます。この研究の最先端を走っているのも日本なのです。

ニュートリノの世代の変化を発見。質量をもっている証拠だ

クォークは陽子や中性子の中に取り込まれていますが、レプトンの仲間のニュートリノはほぼ光速で宇宙を飛び回っています。ニュートリノは、超新星爆発や太陽内部の核融合反応など、超高温の現象や、放射性元素の崩壊などでつくられます。宇宙からやってくる高エネルギー粒子(宇宙線)が地球大気と衝突して生まれることもあります。太陽からのニュートリノは地球上でも1cm2あたり1秒間に660億個にもなりますが、地球や私たちの体もスイスイ通り抜けてしまいます。それは、電荷をもたず、弱い力しか働かないからです。そのため、ごく希に物質と反応したときだけしか検出することができません。

1987年、岐阜県の神岡鉱山に設置されたカミオカンデは、大マゼラン雲で起きた超新星爆発によって放出されたニュートリノを観測することに成功しました。カミオカンデを考案したのは小柴昌俊先生です。その功績で2002年にノーベル物理学賞を受賞しました。

カミオカンデの後継機であるスーパーカミオカンデは、太陽からやってくる電子ニュートリノや大気中で生まれるミュー・ニュートリノを観測し、その数が理論上の予想より少ないことを明らかにしました。これは、ニュートリノが途中でほかの世代に変わったことを示しています。このような世代の変化は、質量をもっていないと起こりません。それまで、ニュートリノの質量はゼロだと考えられていたので、これは大発見でした。スーパーカミオカンデの発見を主導したのは、残念ながら2008年に亡くなられた戸塚洋二先生です。

こうしてニュートリノにも質量があり、フレーバー混合が起こることがわかったのですが、ニュートリノの質量は他の粒子と比べると桁違いに小さいのです。これを説明するメカニズムが必要とされています。

宇宙から来るニュートリノ。

自然のニュートリノはつかまえにくいので、人口ニュートリノを使って実験する

 

ニュートリノが検出器内の水と反応すると、チェレンコフ光が出る

ニュートリノの世代が変わる「フレーバー混合」が大きいというお話をしましたが、どういうことかというと、たとえばミュー・ニュートリノは、飛んでいくうちにタウ・ニュートリノに変化してしまいます。距離に比例して、ある割合で世代が入れかわるのですが、さらに距離が長くなると、元のミュー・ニュートリノに戻ってしまいます。これをくりかえすので、ニュートリノのフレーバー混合は「ニュートリノ振動」と呼ばれます。

ニュートリノ振動には3種類のモードがあります。第1は、1998年に大気ニュートリノで発見されたミュー・ニュートリノがタウ・ニュートリノに変わる振動に対応するモード。第2は、2001年に太陽ニュートリノで確認された電子ニュートリノから他の種類のニュートリノへの振動に対応するモード。この2つのモードは、対応する世代間の混合をあらわす角度「混合角」が非常に大きかったのですが、残る第3のモードだけは比較的混合角が小さく、存在するのかどうかわからない状況が続いていました。ちなみに、クォークでは混合角がどれもとても小さいことが知られていて、レプトンとまったく違っていることも大きな謎の1つです。

電荷をもたないニュートリノは検出器に飛跡を残しませんが、電子や原子核などと反応し、電荷をもった電子やミュー粒子、タウ粒子がつくられることがあります。これを検出して、ニュートリノの存在を確かめるのです。スーパーカミオカンデの検出器では、タンク内の水と反応してできた荷電粒子が水中を高速で走るとき、チェレンコフ光という青白い光が出ます。これを光電子増倍菅で検出しています。

しかし、ニュートリノがこのような反応を起こすのはきわめてまれです。1個のニュートリノについてみると、水中を約10光年走ってようやく反応するというほどです。

つくばから飛んできたミュー・ニュートリノの1個がスーパーカミオカンデの検出器の水と反応してミュー粒子が生まれた。

K2K実験で確認されたミュー・ニュートリノの振動

そこで、人工的に大量のニュートリノをつくって振動を調べる世界初の長基線人工ニュートリノ振動実験K2K(KEK- to-Kamioka)が1999年に始まりました。つくば市のKEKにあったKEK-PS陽子加速器でミュー・ニュートリノを生成して、そのビームを250km離れたスーパーカミオカンデに打ち込み、ニュートリノが飛んでいる間に別の種類に変化したかどうかを調べようというのです。

実験は5年間続けられ、112回の反応(事象)をとらえることができました。ニュートリノ振動がない場合に予測される事象の数は158回。このような観測事象の減少は大気ニュートリノでの観測結果と一致していて、ニュートリノ振動が起こっていることが独立なデータによって確かめられました。しかし、ミュー・ニュートリノの振動でできたはずのタウ・ニュートリノは、すぐには確認することができませんでした。日本をはじめとした国際共同研究チームがスイスとイタリア間でOPERA実験という長基線人工ニュートリノ振動実験を進め、ようやく探しだすことに成功しました。

一方、日本のカムランド実験では、2002年、原子炉から出てくる反電子ニュートリノの振動が観測され、太陽で見つかった振動モード、電子ニュートリノから他のニュートリノへの振動も追試されたことになります。またカムランド実験では、地球内部で生成された反電子ニュートリノの観測に世界ではじめて成功し、注目を浴びました。

(左)2010年に見つかったミュー・ニュートリノからタウ・ニュートリノへの振動の証拠。飛跡を残さないタウ・ニュートリノがタウ粒子となった(4)。タウ粒子は平均0.3ピコ秒でほかの粒子(8)に崩壊する。(右)T2K実験のニュートリノ・ビーム基線。日本列島をはさんで、J-PARC加速器とスーパーカミオカンデ検出器が配置されている。

2012年夏、T2K実験で第3のニュートリノ振動モードを発見

K2K実験のニュートリノ振動ではそのほとんどがタウ・ニュートリノになったと考えられていますが、数%はミュー・ニュートリノから電子ニュートリノに変わった可能性がありました。この第3の振動モードの発見をめざして2009年から実験を始めたのがT2K実験です。この実験では、世界最高強度の加速器J-PARCでつくりだした陽子を取り出してターゲットに衝突させてミュー・ニュートリノを生成。スーパーカミオカンデに向けて発射します。K2K実験に比べてニュートリノ・ビームの強度は50倍に増強され、約1ミリ秒後には295km離れたスーパーカミオカンデに到達します。

2011年には東日本大震災の影響で一時ストップしましたが、ミュー・ニュートリノが電子ニュートリノになったのではないかとみられる反応を6事象観測することができました。予想されるバックグラウンド1.5事象に対し6事象見えたので、第3の振動モードの存在はほぼ間違いないと考えられましたが、この数だと、実験誤差の可能性がないとは言えません。2012年夏、事象数は11に増え、99.9%間違いないということになりました。

このニュートリノ振動実験は今、国際競争になっています。原子力発電所から出てくるニュートリノを観測して、3番目の振動モードを探す実験がフランス、中国、韓国でそれぞれ進められています。それらの実験が2011年から12年にかけて次々と最初の結果を出してきて、3番目の振動モードがあることは確実だということになってきました。

ニュートリノでCP対称性の破れを探すことが次の目標

 

ニュートリノ振動の検出はCP対称性の破れの探索につながる

T2K実験は、最初の結果は出しましたが、まだ予定しているデータの4%くらいしかたまっていないので、これから20倍以上のデータがたまるまで実験を続ける計画です。今この瞬間もビームを出して実験をやっていて、それを遂行し、さらにその先の計画へつなげるのが今の私のメインの研究テーマです。

T2K実験が行っているミュー・ニュートリノから電子ニュートリノへの振動の検出というのは、実はCP対称性の破れの探索につながるのです。ニュートリノや電子をまとめてレプトンと言いますが、レプトンでのCP対称性の破れが宇宙の「消えた反物質」の起源になっているという有力な理論があります。そのため、小林・益川理論で説明されたクォークに加えて、レプトンでもCP対称性が破れているのかを検証する必要があります。その検証にはニュートリノ振動を使うのが唯一の方法だと考えられていますが、3種類のニュートリノ振動モード全部が存在しないとCP対称性は破れないのです。

小林・益川理論でクォークが2世代だとCP対称性は破れないというのと同じで、必ず3つの世代がすべて関わってくるような反応とか崩壊とか、そういうものがないと、CP対称性の破れはあらわれないのです。ニュートリノ振動の場合も2つではだめで、第3のニュートリノ振動のモードが存在しないと、CP対称性の破れは起きないのです。なので、第3の振動モードがあるかどうかということがニュートリノ振動の発見後の大きな関心事だったわけですが、それが見つかったので、次はCP対称性の破れがあるかどうか探すことが、これからの大きな目標になりました。

反ニュートリノの反応はニュートリノよりさらに低い

CP対称性の破れというのは粒子と反粒子の性質の違いなので、ニュートリノのニュートリノ振動と、反ニュートリノのニュートリノ振動が同じように振動するのか、少し違っているのかを調べます。違いがあれば、ニュートリノ測って、両者を比較します。これは技術的には可能なのですが、反ニュートリノはニュートリノよりもさらに反応率が低く、データがたまりにくい。ニュートリノの4倍発射しないと、反応が出ないのです。

現在観測できているミュー・ニュートリノ振動はたかだか11事象なので、反ニュートリノと比べるといっても、たとえば反ミュー・ニュートリノで実験してみて8事象を観測したとして差があると言えるかというと、その値には必ず統計誤差がついて11±3と8±3などになるので、有意な差が出てきません。もっとたくさんの事象が必要です。標準的な理論によると、ニュートリノと反ニュートリノでは最大でも20%とか25%くらいしかニュートリノ振動の確率に差が出ないと言われているので、そういう中で違いをはっきりさせるには、T2K実験の何十倍もデータをためないといけないと考えています。

(左)T2K実験で観測された電子ニュートリノ反応でできたとみられるチェレンコフ光リング。検出器の水と反応して電子が生まれた。(右)ハイパーカミオカンデ検出器の予想図。

反ニュートリノの検出性能をアップする「ハイパーカミオカンデ計画」

ニュートリノ実験のデータ量をためるには、「数撃ちゃ当たる」で、加速器のビームをもっと強くすることと、標的を大きくするために大きな検出器をつくる2つの方法が考えられます。しかし、加速器の強度を今の10倍にしたいと思ってもなかなか難しい。そこで、次のステップとしては検出器のほうを10倍以上大きくする計画に力を入れています。スーパーカミオカンデは5万トンの水タンクを備えた検出器ですが、それを20倍の100万トンの「ハイパーカミオカンデ」という新しい検出器にして、ニュートリノと反ニュートリノ・ビームの事象を比較できるようにするという計画です。

技術が1桁変わると、質の違うことができるのです。カミオカンデの水の量は3000トンで、スーパーカミオカンデは約17倍大きくなりました。カミオカンデでもニュートリノ振動の徴候は見えていたのですが、確認できなかったのは、誤差が大きかったからです。17倍になったことで、確かにニュートリノ振動があるということをはっきり示せたのです。また、ハイパーカミオカンデができれば、陽子崩壊の探索や超新星からのニュートリノの探索など、CP対称性以外のテーマもこれまでより桁違いの性能で研究することができます。ちなみに、SuperKEKBは40倍の性能アップです。

今は、ハイパーカミオカンデの実現に向けて、地質調査をすませ、光電子増倍管に代わる新しい光検出器などの開発も進めています。ハイパーカミオカンデがCP対称性の破れをとらえることができれば、素粒子物理学はさらに面白くなることでしょう。

スーパーカミオカンデの検出器の中に立つ横山准教授。背後に光電子増倍管が並ぶ。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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