パネルディスカッション「なぜ私は理学を選んだか」

大橋 郁(理学部生物情報科学科4年)

1. 理学部を選んだ経緯

大橋 郁

皆さん初めまして。この講演では皆さんが進学振り分けを考えるにあたって、私がなぜ理学の道に進むことを選択したのか、「理学部生物情報科学科」とはどのような学科なのかをご紹介したいと思います。

では、まずは私が入学してから現在に至るまで、何を考えてきたか簡単に説明します。私は理科二類に入学し、生物選択で受験していたので漠然と生物系の道に進みたいなと考えていました。しかしながら教養時代に様々な分野の学問に触れるうちに、機械やコンピュータを上手く利用して実験や解析をすることも生物の研究には必要なのではないかと考えるようになりました。

皆さんも「生物の研究」と聞くと動植物体やその細胞を持ってきて、化学物質を導入したり遺伝子操作したりするというイメージをお持ちでしょう。それと機械やコンピュータは全く別の分野だとお考えだと思います。当時の私も同様で、もちろんいわゆる「ウェット」な実験は好きでしたが、もしコンピュータのことを一から勉強するなら生物系に進むという方針を変えなくてはならないと考えていました。

しかしながら進振りを控え学科紹介をいろいろ見ていると、理学部に生物情報科学科という、まさに私が求めていたことを勉強できそうな学科を発見しました。カリキュラムを見てみても、生物学系の講義・実験と、情報科学の講義・演習が開講されているので、ここなら生物の勉強もしつつ、コンピュータについて初歩から学べると思いました。また学科見学にも行き、研究室や学科の実習室の様子などを拝見し、環境や雰囲気が気に入ったので、最終的にこの学科へ進学することを決めました。

ここまでの話をまとめると、私は最初から「理学」に対して確かなヴィジョンを持ってこの道を選んだわけではないということです。しかしながら「理学」の扉は私のような欲張りな人間の前にも開かれているということもまたお分かりかと思います。理学はとらえどころのない自然の中の疑問に確かな論理を与えようとする学問であり、理学部は私のような曖昧な思いを抱く学生に体系だった考え方を与えてくれる場所だと思います。興味が漠然としていたり、方向性が決まらないと日々感じている人は、ぜひ理学部で自身の道を探してみてはいかがでしょうか?

2. 生物情報科学科に進学してから

図1

演習室の様子

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ここからは、実際に理学部生物情報科学科というところがどういう学科なのか、私が感じてきたことを学科の簡単な紹介とともに話したいと思います。

「生物情報科学科」という学科は2007年に理学部に新設された、東京大学でも最も新しい学科です。2009年に1期生が進学して2011年に卒業したばかりで、2011年に進学した私たちは3期生になります。

これまでの個々の遺伝子やタンパク質の発現・機能などの解析を超えて、それらがどのようなシステムを構築しているのか調べたり、膨大なデータから情報科学的手法を用いて共通性などの特性を見出したりできる人材の育成を目的に設立されました。

学科のカリキュラムについては、詳しい内容は学科パンフ等に譲って、ここでは私が実際に受けてみて感じたことや学科での生活について話したいと思います。

進学が決まった学部4学期の専門課程では、まずコンピュータの仕組みやアルゴリズムという考え方を理解し、プログラミング実習でC言語などを通して、プログラミング言語が計算機の何を動かしているのか、その仕組みを勉強しました。ここでコンピュータ・情報科学の基礎の基礎を知ることができたので、あとは情報教育棟などのコンピュータを用いて知識を活用し放題でした。生物の実験とは違って、コンピュータで行う実験はいつでもどこでもできるというのがこの分野の強みだと思います。

学科に進学して3年生になると、学科演習室を自由に使えるようになります。ここでは学生が自由に使えるワークステーションや、隣の部屋にあるクラスタマシンへのアクセスなど、豊富な計算機資源を用いて好き勝手にプログラムを書いて実験することができます。クラスタマシンは高速CPUのものや、256 GBの大容量メモリのものが利用でき、学部生のうちから大規模計算を行うことができます。また、演習室には書籍も充実しており、生物学・プログラミング言語・情報科学・数学など、好きなことを自学できます。私はスクリプト言語やGUIプログラミングなどを空いた時間に勉強していました。

3年の夏は計算機の上で動いているソフトの仕組みを勉強しました。OSやネットワークプロトコルなどです。この辺りを学び終えるころには、計算機では結局何ができるのか、自分がさせたい計算をさせるためにはどんなOSの機能を呼び出せばいいのかなどを理解できるようになり、先にも紹介した計算機で早速実践することが可能でした。

3年の冬は、コンピュータを使って実際にバイオインフォマティクスの分野でどんな問題に挑戦しているのか、その解析手法とともに教わりました。先生はご自身の研究にも直結するような課題と、その解法のヒントを与えてくださいます。ヒントはプログラミングのためのアルゴリズムだったり、答えを求めるための数式だったり、時には「解決できるアルゴリズムが存在する」というだけのヒントだったりします。私たちは与えられたヒントからなぜ答えが導かれるのか考えて実装したり、答えを導くための方法を自分で考えたり過去の論文を漁ってさらなるヒントを求めたりしました。

大変そうに思われますが、こういった作業はいずれ理学の研究をするなら当然行われるべきことです。これを先生の手助けの下、学部3年のうちから味わえるチャンスはなかなかないと思います。先生も読んだことのないような論文から使えそうな数式を探してきて、それで問題が解けることを証明できたときの感動はひとしおでした。

生物情報科学科は設立されて間もないですが、4学期~学科3年のうちから自分の好きなことをに自由に勉強できる環境が整った学科だと思います。新しい分野の研究を早くやってみたい、という好奇心旺盛な方にはお勧めな学科かもしれません。

3. 現在の研究テーマ

図2

インスリン刺激の時間情報コード

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学部4年になると、まずいくつかの学科研究室に短期間所属してみて、どんな風に研究しているのか、自分はこの研究室でどう研究していくことができるか体験し、その後希望を出してから本配属になりました。私が所属する黒田研究室では分子ネットワーク・オーミクスの観点から、個々の機能のつながりが全体としてどんな機能を生み出すのかを追及しています。

現在生物学研究の進歩により、多くの分子機構やネットワークが明らかになっています。特にシグナル伝達ネットワークカスケードや、KEGGに代表される代謝マップなどが作成されていますが、それらを「システム」として考えたときに、どんな機能を持ちうるのかは不明でした。

黒田研では分子ネットワークを微分方程式モデルで記述し、コンピュータ上で数値シミュレーションを行い、上流因子の濃度変化に対して下流因子がどのように応答するかを調べました。すると上流因子の単純な濃度の高低に下流が応答しているのではなく、上流因子濃度の時間変化波形に応答しているということがわかってきました。

黒田研ではこの現象を「時間情報コード」と呼称し、生物が物質の濃度時間変化に様々な情報をのせて伝達していると考えています。またシミュレーション上で明らかになったシステム機能が、実際に生体内で確認できるかを細胞を用いて実験し、シミュレーションと同じ時間変化が観測できることをウェスタンブロッティングなどの実験手法で確かめています。

私が現在取り組んでいる研究は、神経細胞における神経伝達物質と受容体の確率論的シミュレーションと、血糖恒常性ネットワークの調査・解析です。前者についてはシミュレーションのモデルとして確率微分方程式を採用して、確率的に起こる現象の中にどのような時間情報コードを埋め込んでいるのかを解き明かそうとしており、後者については糖尿病で知られる血糖調節が、インスリンを始めとするホルモンにどのようにコードされているのか調べようと考えています。

4. 進学振り分けを控えた皆さんへ

さてここまでで私がなぜ理学を選んだのか、生物情報科学科というのはどのようなところなのかについての話は終了です。最後になりましたが私が進学前にどんなことをして過ごしていたのか話そうと思います。

といっても私も何か特別に取り組んだということはなかったように思います。駒場時代の必修科目ですら、当時は正直習ったことがその後どう役立つかよく分かっていませんでした。しかしながら現在研究するというときになって、解析手法に駒場時代に勉強した数学などが非常に役立つことを知ったので、駒場の授業の内容については整理して覚えておく必要があると思います。

また余力があったら、自分の知りたいこと・興味のある分野をわかる範囲で追及してみるとよいと思います。私は1年の夏休みはとにかく生物学の知識を得たくて図書館で毎日Cellを読みながら分からない内容を別の図書やインターネットで調べてまとめたりしていました。1年の春休みには研究の自動化に興味がでてきて、機械学習や人工知能の分野の本を読みながら、自分なりに生物学にどのように応用できるか考えていました。

2年になってからは生物情報科学科のことを知って見学に行ってから、プログラミングについて調べだし、Macで使えるXcodeという便利なツールの使い方を勉強していました。

これらのやったことのうち後に役に立ったものもあれば役立たなかったものもあります。大事なのは、様々な情報源から自分に必要なものを追い求め続けるという姿勢をとってみることだと思います。私の話が皆さんのお役に立つかわかりませんが、参考にしてみてください。