パネルディスカッション「なぜ私は理学を選んだか」

吉種 光(生物化学科専攻助教)

1. 理学を選ぶとは

私は1999年に理科二類に入学し、2001年に理学部・生物化学科に進学しました。その後、修士号・博士号を生物化学専攻で取得し、現在、教員として指導する立場で働いています。理学部に10年を捧げて来た私から見る「理学部」のイメージは、自然現象や生命現象の根底に横たわる基本原理を探求する学科です。すぐには解けない謎と真摯に長期間向き合い、中身を理解できた喜びを楽しめる好奇心旺盛な人にお勧めです。基本的には、理解できた基本原理の実用化をすぐには求めないのですが、理学部の偉大な先人による大発見が現代社会に大きく貢献していることは言うまでもないでしょう。実際に、研究をスタートすると、世界をリードする研究は必ずしも一つの学科だけで成り立っている訳ではないことを知ることになります。例えば、私が研究の対象としている「体内時計(詳しくは後述)」の場合には、工学部が開発した最先端機器を駆使して実験を行い、我々が解き明かした基本原理をもとに、薬学部とともに新薬を開発し、医学部とともに臨床応用を狙います。また、植物時計の基礎原理からは、農学部による食物の生産性の向上に役立っています。また、理学部の中でも、得られた莫大なデータを情報処理の力で解析して、得られたデータを物理や数学の力で理論化し、新薬作製には化学科の力も不可欠です。このように、研究プロジェクトは大きく見ると学科の枠組みをまたがって、一つのチームとして推進して行きます。スポーツのチームのように各個人が与えられたポジションで必要な働きをすることにより、チームとして団結して世界と戦うのです。この時、一番大切なことは、研究スタイルではなく研究対象だと思います。まず始めに、「自分が何を知りたいのか」をゆっくりと時間をかけて考えて下さい。次にその中で、あなたの能力はどのポジションに向いているのか、そしてあなたの興味・意思はどのポジションでの研究を希望しているのかを自問して下さい。0から1を生み出す。基本原理を探求する。全プロジェクトの足場をしっかりと作る研究に興味がある人は、是非、理学部の扉を叩いてみて下さい。

2.1 体内時計との出会い

私も学部生の時に「自分が何を知りたいのか」について悩んでいました。しかし、勉強不足のせいもあり、研究分野の全てを知っているとは決して言えない状況でした。その中でも自分なりに出した答えが、高次脳機能に遺伝子レベルからアプローチしたい。その後、範囲を絞って独学を続け、睡眠リズムを生み出す体内時計の存在を知りました。概日時計(約24時間周期の生理リズムを生み出す体内時計の一つ)は、今では高校の教科書でも学ぶことができるほど有名になりましたが、哺乳類で最初の時計遺伝子が発見されたのが1997年。そしてだいたいの枠組みが見えて来たのがちょうど2000年、私が学部2年生で進振りに悩んでいる頃でした。睡眠というあまりに雲の上のような高次機能が、遺伝子レベルで今まさに解かれつつあることに興奮したことを覚えています。そして、現在所属している研究室にターゲットを絞り、理学部・生物化学科に進学しました。

2.2 概日時計の基本原理

私たちは朝に目覚めて夜に眠りにつきます。この睡眠覚醒リズムに代表されるように、代謝や免疫など様々な生理機能が約24時間(概ね一日)周期のリズムを示します。この概日(がいじつ)リズムは、生物が地球環境の24時間サイクルに適応して獲得した生体機能で、これを司る体内時計は翌日のサイクルを予知できる圧倒的な有利性から、ほぼ全ての生物の生存戦略として定着しました。哺乳類の中枢時計は視交叉上核(suprachiasmatic nucleus; SCN)に存在します。SCNは視床下部の神経核で、両側の視神経が交差する視交叉の直上に位置し、この部位を破壊すると約24時間周期の行動リズムが消失することが知られています。それ以外にも全身の細胞一つ一つが自律的に時を刻んでおり、これらが同調して組織や個体としての機能リズムを生み出しています。この概日時計の乱れは、私たちの日常生活や健康に大きな影響を及ぼすことが知られています。時計遺伝子に変異を持つマウスの研究から、概日時計はメタボリック症候群、神経疾患、発癌、高血圧、老化など様々な病態と密接に連関していることが報告されています。分子レベルでみると、概日時計の発振系は時計遺伝子の転写と翻訳を介したフィードバックループに基づいています(図1)。哺乳類においては、bHLH-PAS型の転写因子であるCLOCKとBMAL1が時計シスエレメントE-boxに結合して様々な遺伝子の転写を活性化します。このターゲット遺伝子の中にはPeriod遺伝子(Per1, 2, 3)やCryptochrome遺伝子(Cry1, 2)などの時計遺伝子が含まれており、転写・翻訳されたこれらの時計タンパク質はCLOCK-BMAL1複合体に直接結合して自らの転写を抑制します。この転写抑制の際には、CLOCK-BMAL1複合体は核内に存在するにもかかわらずE-boxから解離することが知られており、このCLOCK-BMAL1のDNA結合リズムが概日時計の分子骨格であると考えられています。

2.3 CLOCKのリン酸化

転写・翻訳されたタンパク質は、細胞内で機能するために、リン酸化、アセチル化、ユビキチン化など多彩な翻訳後修飾を受けます。特に、時計タンパク質のリン酸化は、約24時間という概日時計の周期の維持に必須です。例えば、ヒトの家族性睡眠相前進症候群 (familial advanced sleep phase syndrome; FASPS)の患者さんは、体内時計の周期が短くなり、夕方に眠くなり夜明け前に目覚めてしまうため、酷い場合には社会的な生活が困難になる遺伝病です。このFASPSは、PER2タンパク質の中のリン酸化部位である662番目のSerからGlyへの変異やそのリン酸化の責任キナーゼであるCKI-deltaのThr44Ala変異が原因であることが知られています。つまり、たった一塩基の変異が個体レベルの行動を大きく変化させるという、面白い特徴をもつ研究分野なのです。所属する研究室では、時計タンパク質のリン酸化制御の研究を世界に先駆けて行っており、時計タンパク質CRY2の557番目のSerがDYRK1Aというタンパク質キナーゼによってリン酸化されると、それを引き金にGSK-3によって553番目のSerが二次リン酸化を受けてプロテアソームによって分解されることを明らかにしました。このような背景の中で私は、フィードバック制御の正の因子であるCLOCKとBMAL1に注目しました。CLOCKとBMAL1はDNAとの結合と解離を繰り返すにもかかわらず、そのタンパク質の「量」が一日の中で大きく変化しないことから、タンパク質の「質」がリン酸化により制御されている可能性を考えたからです。私はこれまでに、CLOCKとBMAL1を検出する分子ツールとして複数のモノクローナル抗体を自作して生化学的な研究を行ってきました。その結果、一日の中でE-box依存性転写が抑制される時刻において、CLOCKのリン酸化レベルが上昇するという概日変動を見出しました。そして、マウス肝臓からCLOCKタンパク質をアフィニティ精製して質量分析により解析したところ、3カ所のリン酸化部位Ser38、Ser42およびSer427を同定しました。重要なことに、Ser38とSer42はbHLHのbasic領域(DNAと直接結合する領域)に位置し、これらのリン酸化はCLOCKのDNA結合能を強力に阻害するとともに、CLOCKの核移行を抑制して核内量を低下させることが明らかとなりました。一方、Ser427のリン酸化はタンパク質の安定性に影響を与えることが示唆されています。培養細胞への脱リン酸化阻害剤の投与によりCLOCKのリン酸化レベルを上昇させると、過リン酸化されたCLOCKはプロテアソームを介した分解へと導かれます。CLOCKのリン酸化は負の因子CIPCにより促進しますが、CIPCとの結合ドメインを欠いた変異CLOCK(CLOCK19)はリン酸化レベルが著しく減弱して細胞内蓄積量が増加します(図2)。さらに最近、CLOCKはSer431のリン酸化を引き金にGSK-3によってSer427がリン酸化されて分解される可能性が提唱されました。以上の結果から、CLOCKのリン酸化は、i) DNA結合能を抑制してii) 核移行能を低下させるのみならず、iii) 自らの分解を促進するという多面的な制御を介してCLOCK-BMAL1による転写活性化の抑制に寄与していると考えられました(図3)。今後、「Who(どの修飾酵素が)」「When(いつ)」「Which(どの部位に)」「Where(細胞内のどこで)」「How(どのような制御によって)」「What(何の翻訳後修飾を)」入れるのか、という全体像の解明が期待されます。

2.4 BMAL1のリン酸化

もう一つの正の因子であるBMAL1もリン酸化による機能制御を受けています。所属する研究室では、タンパク質キナーゼERK2が試験管内でBMAL1をリン酸化することを報告しています。私は最近、BMAL1をリン酸化する新規時計キナーゼを同定しました。この酵素の活性を阻害すると、概日時計の振動周期が長くなり、一日を長い時間をかけて過ごす細胞や動物を作ることができました。さらに、この酵素を特定の時刻に活性化することにより、概日時計の位相を調節して時計のリセットを導くことが判明しました(図4)。このような発見を足がかりに、概日時計を人為的に調節できる新薬を開発することできれば、不眠症や時差ぼけなど様々な睡眠異常の特効薬となることが期待されます。このように、概日時計の自律的な発振や外界シグナルへの時刻同調メカニズムにおいて、時計タンパク質の翻訳後修飾が極めて重要な役割を果たすことはもはや明白です。リン酸化の制御では、1つのキナーゼが複数の時計タンパク質をリン酸化する上に、複数のキナーゼが1つの時計タンパク質を段階的にリン酸化するという複雑な調節機構も存在します。さらに、1つの時計タンパク質が多彩な翻訳後修飾を受けることから、これら修飾シグナルのクロストークも概日時計の分子機構において重要な役割を持つと考えられ、今後の研究の展開が楽しみです。現代社会において増加の一途を辿る生活習慣病は、基礎研究による病因解明が急務な社会問題の一つです。また、シフトワーカーや社会性ストレスによる睡眠障害など、睡眠相の調節異常は、「眠らない街」という言葉が象徴するように現代社会が抱える重要課題の一つといえます。このような研究から、近い将来、社会の役に立つ「何か」が生まれることを祈り、日々の研究に励んでいます。

3. 終わりに

私が進学した生物化学科は、分子をキーワードに生命現象を理解するために5つの研究室が集う「少人数精鋭」を自負する学科です。生物化学科はその英語名、Department of Biophysics and Biochemistry からも分かるように、もともと生物学・化学・物理学の各分野の融合領域として設立されました。現在では、世界の学問分野の流れに沿って、「分子のかたち」、「細胞の動態」から「生物のリズム」や「動物の行動」まで、幅広い生命現象を扱いつつ、それらを相互に関連づけてブロックを積み重ねるように理解する学科として教育と研究を行っています。つまり、分子(遺伝子DNA、RNA、タンパク質などの生体高分子化合物)をキーワードとするという意味で同じ視点を持った新進気鋭の研究者らが、それぞれが興味を持つ面白い生命現象を理解しようと日々さまざまな研究に打ち込んでいます。来年度からは新たな研究室が参入する予定で、さらに勢いを増すことは間違いありません。詳しくは、学科のホームページ をご覧下さい。初めに述べたように、大切なのは、自分の人生を捧げて何を知りたいのか、だと思います。自分の興味を知るためにも、自分から能動的に行動をして、その出会いを大切に進路を決定して下さい。