海洋調査探検部が硫黄鳥島遠征調査に成功
発表者
- 井上 志保里(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 修士課程1年)

図1:硫黄鳥島の位置

写真1:東海岸に湧き出ていた温泉。pH 6.02 海水温50℃以上と、高温・酸性

写真2:温泉から90m沖。pH 7.74 海水温32.7℃。温泉近くでは、サンゴ礁でできた基盤の上に、ソフトコーラルの、ウネタケの一種が密生していた。生きているサンゴはみられない。

写真3:温泉から300mほど離れた位置にある桟橋付近。pH 7.92 29.8℃。ウネタケが生息するが、被度は低い。被服型コモンサンゴもみられた。

写真4:北東水深15m pH 8.16 海水温29.0℃。温泉付近以外の島の周りには、健全なサンゴ礁が広がる。

写真5:桟橋後付近にベースキャンプを張る。昔の食料庫である洞窟があった。

写真6:水は貴重なので、雨が降った時は皆で群がり、体についた塩を雨で落とす。

写真7:炊事風景。石と流木を組み立てて非常に使い勝手のよい炊事場が出来た。

写真8:魚類に特に詳しい部員2人を中心に、潜る度に、陸上に戻るとすぐに、潜水中に魚種の確認を行う。この確認の中で、東岸においてのみ、セナスジベラが観測されることが発見された。
概要
東京大学海洋調査探検部の学生8名の企画で、徳之島より西に65kmの位置にある活火山の無人島、硫黄鳥島(注1)に上陸、サンゴ礁地形・生態の調査を行ったところ、火山活動によって酸性化した海では造礁サンゴがみられず、骨格をもたないソフトコーラルが密生することを発見した。これは地球温暖化で酸性化するサンゴ礁生態系の予測に重要な知見を提供する。
発表内容
2009年8月1~3日、東京大学海洋調査探検部部員、修士1年から学部2年の8名は、活火山の無人島である硫黄鳥島(沖縄県久米島町。鹿児島県徳之島から西に65km)に上陸し、同島海岸にキャンプして、ダイビングによる調査を行った。調査の目的は、これまで定量的な調査がまったく行われていなかった、同島のサンゴ礁地形・生態と魚類相を明らかにすることである。
調査の結果、温泉の影響を受けて高温・酸性(海水温32.7℃、pH 7.74)となった環境では、石灰質骨格をもつ造礁サンゴが見られず、骨格を持たないウネタケ(注2)(ソフトコーラル)の仲間が群生していることを発見した。同じ島でも、温泉から離れたpH8.16の海域では健全なサンゴ群集が広がっている。魚類相も、温泉がある東岸の浅海域ではセナスジベラ(注3)がよく観測されたが、他の地点では確認されなかったという特徴があった。
地球温暖化の原因である大気CO2濃度の増加によって海洋が酸性化し(2倍CO2でpHは現在の8.2から7.8へ酸性化)、サンゴなどの石灰化生物が減少することが予測されている。しかしながら実際の酸性化した海域で、生態系がどのように変化するかは、実験室での観察しかなく、フィールドにおける観察はなかった。今回の発見は、温暖化・酸性化したサンゴ礁では造礁サンゴがソフトコーラルにシフトする可能性を、実際の生態系で初めて観察した点で重要である。
なお、本遠征は、東京大学海洋調査探検部の40周年記念事業の一環として行ったものである。同部は、1969 年に旧学術調査探検部が、学生運動をきっかけに分裂し、メンバーの一部が活動対象を海に絞って設立した。スノーケリングと、当時一般への普及がはじまったばかりだったスクーバダイビングによる海洋の調査と探検を目的として創立し、今年は40周年にあたる。毎年日本各地の海で、春・夏の合宿、秋の遠征を行い、現地にキャンプしてダイビング技術のトレーニングと、調査・探検を続けてきた。これまでにも、ミクロネシアのトラック、マジュロの遠征調査、三宅島における1983年の噴火によって海に流入した溶岩への生物の定着状況の調査、琉球列島やパラオのサンゴ礁調査などで、学術的にも高い成果をあげてきた。現在の部長は、澤山周平(農学部4年)、顧問は茅根創(大学院理学系研究科 教授)である。
遠征の資金は、参加した部員の私費と東京大学海洋調査探検部OB会支援のほか、財団法人日本科学協会 平成21年度笹川科学研究助成「トカラ火山列島最南端に位置する無人島、硫黄鳥島のサンゴ礁の地形・生態調査」(井上志保里)によって船渡し代を支出した。
硫黄鳥島遠征参加者は、井上志保里(隊長、大学院理学系研究科修士課程1年)、野村肇宏(副隊長、工学部3年)、澤山周平(農学部4年)内藤フィリップ邦夫(農学部3年)、植村泰人(農学部3年)原田隆義(教養学部理科Ⅰ類2年)古園勇斗(教養学部理科Ⅱ類)山口真史(教養学部文科Ⅲ類)である。
顧問茅根教授のコメント
温暖化、酸性化した将来の海で、サンゴが衰退してしまう可能性は、実験室では確認されていたが、フィールドでここまではっきりとサンゴがいなくなってしまうことを観察した例は世界でもはじめてであり、貴重な発見である。若い人のフィールド離れが進む中で、活火山の無人島に周到な準備をして滞在して、このような調査を成功させたことも、高く評価したい。
用語解説
- 注1 硫黄鳥島
- 最も近い位置にある鹿児島県徳之島からも65km離れた孤島である。行政的には沖縄県島尻郡具志川村に属し、沖縄県の最北端に位置する。地理的にはトカラ火山列島帯の南端に位置し、現在でも島の西北の噴火口から噴煙を上げている活火山島である。1959年の噴火以降、無人島となっている。長径(北西~南東)約3km、短径(北東~南西)約1kmで、島の周囲は切り立った崖に囲まれており、ほぼ断崖絶壁である。 ↑
- 注2 ウネタケ
- (学名:Lobophytum sp.)刺胞動物門:花虫網八方サンゴ亜網・ウミトサカ科。紀伊半島以南に広く分布。 ↑
- 注3 セナスジベラ
- (学名:Thalassoma hardwicke)スズキ目・ベラ科。インド、太平洋域に広く分布し、どこででも目にすることが出来る魚であるが、本遠征調査においては、東側の海岸付近においてのみ、確認された ↑