第6回 理学部学生選抜国際派遣プログラム

五所 恵実子(国際化推進室 講師)

図1

イェール大学のカレッジ

理学部では2006年度より,将来世界で活躍できる優秀な理学部生を派遣する「理学部学生選抜国際派遣プログラム(ESSVAP:Elite Science Student Visit Abroad Program)」を実施しており,今回は10名の学生が2013年3月6日(水)から15日(金)に米国のイェール大学,プリンストン大学を訪問した。

参加学生は,グループや個人による研究室訪問,キャンパスツアー,現地学生との交流を通し,訪問大学の研究環境やアメリカの教育制度について多くを学んだ。その中でも今回とくに印象深かったのは,日本人院生を含む両大学の学生達の話であった。イェール大でキャンパスツアーガイドを務めた学部3年生の女子学生は,イェール大とハーバード大に合格していたが,イェール大が目指す教養教育(4年間で自分は何を学びたいかをじっくり探求できる校風)が自分に合うと判断し入学した。イェールでは学部生は全員,キャンパス内の12のカレッジにランダムに割り当てられて居住し,他のカレッジに途中で移ることもできるが希望者は例年3%以下で,現状に満足している学生が多いことを話してくれた。イェールについて質問があればいつでもメールするよう言い残し爽やかに立ち去ったが,その言葉からは母校をたいへん誇りにしている様子が感じられた。

プリンストン大では,キャンパスを一望できる最上階のファカルティラウンジでの昼食会で東南アジアからの留学生に話を聞いた。彼は理論物理の学部4年生で,カナダとアメリカの大学院に合格したが,アメリカの博士課程には1年間の入学延期(deferment)を申請し,まずはカナダの修士課程に入学するつもりらしい。カナダでの1年で自分が本当に研究者として身を投じること(commitment)ができるかどうかを見きわめて,イエスならカナダの大学をやめてアメリカで博士課程に進学,ノーならそのまま修士課程を修了し民間企業に就職する予定なのだそうだ。なぜ海外留学を決めたか尋ねると彼の回答は明快で,母国で大学院まで修了しても国内でしか就職できないが,アメリカやカナダで学位を取れば世界で就職できるから,そして,プリンストン大を選んだ理由は授業料と生活費の提供があったからとのことだった。

別のプリンストン大キャンパスツアーガイドの学部3年生のアメリカ人男子学生は,卒業生の人脈(=就職に有利)と大学の課外活動を含むのびやかな校風を大学選択の理由に挙げていた。2008年のリーマンショックの影響もあり,イェール大卒業生でも新卒者は,数年前に大学を卒業した職務経験者と競争せねばならず,現在は就職がたいへん難しいそうである。だが,正直なところ,これほどまで学生達を取り巻く環境が世界で厳しくなっているのかと驚いた。

プログラムの実施にさいしては,国際交流委員を始めとする本学理学系研究科の教員,訪問先大学の教職員およびポスドクそして学生さんたちに多大なるご協力をいただいた。この場をお借りして深く感謝申し上げたい。とくに,イェール大学国際課のエリザベスさん,プリンストン大学のスミス研究学長には,日程のアレンジを一手にお引き受けいただき,最後の最後まで学生達の研究室訪問希望を叶えるためにご尽力いただき,たいへん充実した訪問となった。

プログラムに参加して

鹿野 悠(生物学科3年※)

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参加者全員で無事帰国

今回のプログラムで, 10日間のアメリカ滞在を通し,参加したメンバー10名(物理,天文,地球惑星物理学,化学,生物など学科は多岐にわたる)は多くのことを学び,考え,今後の行動に生かそうとしている。イェール大学・プリンストン大学を見学し,教授や学生の方々と語り合い,最先端研究の数々に触れ,われわれが何を感じたのかご報告したいと思う。

「サイエンスに国境はない」とはよく言われるが,私はアメリカというきわめて国際的な地を訪れたことで初めて実感が湧いた。国境がないとは具体的に何を指すのか?私が訪れたイェール大学医学部のクレアー(Michael C. Crair)博士の研究室を例にとろう。脳の神経回路形成の解明を行うこの研究室で,アメリカ人,アジア人,フランス人など世界各国から集まったメンバーに出会った。競争の激しい研究分野では「1番であること」が求められ,第一発見者が大きな価値をもつ。この時必要なのは,ライバルが思いつかない視点・切り口だ。これは一人の力では得られず,多くの人との話し合いや協力で初めて手に入る。協力者が自分とは異なる背景知識をもっていれば,思いもよらないアイデアが湧いてくる可能性がある。メンバー構成が国際的な研究室は発想の宝庫といえるのではないだろうか?

しかしながら,さまざまな背景をもった人々が同一の社会・研究室で協力し合うには,誰もが共通の言語すなわち英語を話せなければならない。東京大学は良い研究機関だが英語を使う機会が少ない。キャンパス内で留学生を見ると珍しいと思えてしまう点,まだアメリカのトップ大学に国際性はかなわない。秋入学による国際化が期待される。

ESSVAP(Elite Science Student Visit Abroad Program)で学んだもうひとつの点は「分野間の垣根の撤廃の重要性」である。科学は本来分野が相互に関連しているが,研究室レベルでは物理,化学,生物,地球惑星物理学などと細分化される。一方でプリンストン大学では分野間の壁を撤廃する動きが盛んである。とくに生物物理や生物化学の研究室では,メンバーの出身の分野は様々で,分野をまたいだ研究が新発見を生み出そうとしている。共同の実験スペースやディスカッションなど,研究室間の交流も盛んだ。研究室の国際性に加え学際性も創造的な研究に欠かせない要素であると感じた。

ESSVAPのメンバー同士でのディスカッションもまた貴重な体験となった。全員で同じ研究室を訪問する際,自分の専門分野外の研究室について他のメンバーに内容を質問することがある。それらを通して研究スタイルは分野ごとに大きく異なると実感した。たとえば生物系の研究室を見学して真新しい機材に出会うことは珍しい。概ね共通の実験機材を用いるからだ。ところが物理系では研究室ごとに自作で自慢の実験機材がある。プリンストン大学のヤズダニ(Ali Yazdani)博士の研究室では大がかりな免震室があり,その構造を丁寧に説明してくださった。分野の違いが研究スタイルの差を生み,新鮮な衝撃を受けた。

今回のESSVAPは第6回目で,歴代の参加者の中には卒業後に見事海外留学を果たした方が多くいらっしゃる。現地でその方々とお会いすることもでき, ESSVAPを経験された人々の輪が現在世界中に広がりつつあることを実感する機会となった。海外の先輩方がアドバイスしてくださることは,将来留学を目指す学生にとって強力な励みとなる。この様な素晴らしい状況をつくり出しているのがESSVAPであり,毎年運営に携わって頂いている理学部の方々に改めて感謝したい。来年度以降もこのプログラムが継続され,輪がますます広がっていくことが楽しみである。

※参加当時