「物理の哲人」レゲット教授を迎えて

福山 寛(物理学専攻 教授)

図1

サー・アンソニー・ジェームス・レゲット教授 (Photo:佐藤久)

理学系研究科では,去る5月16日から6月10日にかけての4週間,初めて外国人のノーベル賞受賞者を教壇に迎え,物理学専攻の大学院集中講義を英語で担当いただいた。 講師は米国イリノイ大学アーバナ・シャンペン校のサー・アンソニー・ジェームス・レゲット教授。 異方的超流動・超伝導,冷却原子気体のボース・アインシュタイン凝縮,量子力学の基礎問題などの卓越した理論研究で知られる物性物理学の世界的権威で,2003年にノーベル物理学賞を受賞している。 その懇切丁寧な指導ぶりと緻密で精力的な研究姿勢は,われわれに強烈な印象を残してくれた注1)

レゲット教授が本研究科の教壇に立つのはこれが初めてではない。 1973年度の12月から2月にかけて計8回の特別講義を「日本語」で行っている。 当時,英国サセックス大学に所属していた教授は,物理学教室の和田靖教授の招きで,外国人客員研究員として8か月間,本学に滞在した。 後にノーベル賞に輝いた研究の一部はその時に行われたものである。 今回の東大招へいは,それからじつに38年ぶりとなり,日本学術振興会の外国人著名研究者招へい事業の援助を受けて実現したものである。 今年を含めて3年間,ほぼ同じ時期に来日し,毎年異なるテーマの集中講義を担当いただくことになっている。 来年以降は,国内会議や他大学の訪問あるいは一般講演会なども予定している。

今年度の講義題目は「エキゾティック超伝導」であった。 通常講義が8コマ,大学院学生が自身の研究内容を英語発表するインタラクティブ・セッションが5コマ,補講が2コマの計15コマ行われた。 講義は早朝8時30分から(1限)であった。 ちなみにイリノイ大学では8時から講義されているとのこと。 それでも他専攻・他研究科の学生も含む常時30名近い熱心な学生が出席し,講義の最中にも盛んに質問が出て,それに教授が的確に答えるという,知的刺激に溢れた講義が1か月間繰り広げられた。 インタラクティブ・セッションでは,発表学生が提供する話題を即興の教材とし,レゲット教授と聴講学生全員が参加する形で質疑応答が交わされた(発表25分,質疑応答15分)。 発表者にとっては,ノーベル賞学者に自分の研究内容をじっくり聞いてもらい,なおかつ英語プレゼンテーションの訓練にもなる,またとない機会となった。 このような授業方式は,広く深い学識を有するレゲット教授にして初めてなし得るものであることは言うまでもない。 『毎回レベルの高い質問が多数出て,楽しかった』『日本人学生の英語力は,この38年間で格段に進歩した』とは教授の感想である。

図2

レゲット教授にインタビューする遠藤晋平氏(左:物理学専攻 博士課程)と沈希(シンキ)氏(右:化学専攻 修士課程)。二人とも集中講義の熱心な聴講生。インタビュー内容は注1)のURLに掲載ずみ。(Photo:佐藤久)

レゲット教授の講義ぶりは明快にして淀みないものである。 同時に,授業中何度も『ここまでで質問はないか?』と学生の理解度を常に気にかけている。 レポート課題も,講義期間中に必ず自分のもとを訪問し,取り上げようとする課題が適切かどうか相談することを義務づけていた。 滞在2週間が経ったとき『まだ2名しか相談に来ない』と心配するので,『学生は最後まで授業を受けて,それからレポート題材を決めるのだと思いますよ』と応えた。 それでも心配だったのか,2回の補講は自ら買って出たものである。 離日後,次の滞在先であるカナダ・ウォータールー大学から返送されてきた採点済みレポートを見ると,コメントが随所に書き込まれ,内容の総評も添付されていた。 一人一人のレポートを本当に丁寧に読み込んでいる。 ちなみに,冬学期は本務イリノイ大学での講義に専念するため海外出張はせず,夏学期に世界中の大学や研究機関あるいは国際会議に招待されてイリノイをほとんど留守にするのがここ何年ものライフスタイルだそうである。

講義資料は,来日後,レゲット教授が昔懐かしいOHPシートに専用カラーペンでほとんど丸一日かけて手書きした原稿を,アルバイトの学生諸君がタイプし,それを教授に校正してもらって当該授業の前日までに仕上げるという突貫工事で準備した。 てっきり,これまでの講義資料をマイナーチェンジして使われるのだろうと思っていたので,ほぼすべてが書き下ろし原稿と聞いて驚くと同時に,その熱意に頭が下がる思いであった。 ちなみに,レゲット教授の手書き文字はごくごく小さい。 その上,失礼ながら一見では英語というよりアラビア語のように見える。 イリノイ大学で担当秘書を雇うとき,教授の手書き原稿がどのくらいのスピードでタイプできるかが採用のポイントなのだそうである。 アルバイトの学生諸君のミッションはそれだけにとどまらない。 こうして作成した講義資料をもとに,この記念すべき集中講義の講義録を編纂し,これを専門誌に投稿して,広く公開することになっている。 これは38年前のリバイバルであるが,前回は日本語の講義ノート注2),今回は英語の講義録である。 さらに,東京大学のビデオアーカイブ(UTオープンコースウェア)に収めるため,講義風景をビデオ撮影した。 早晩,世界中の人々が講義風景を動画閲覧できるようになる注3)

滞在中は,物理学教室の配慮でレゲット教授専用のオフィスが用意され,学生であれ研究者であれ,だれもが自由にアポイントメントを取り,レゲット教授と研究討論や講義の質問をすることができた。 受入研究者として,こうした時間的・空間的な交流環境を整えることに一番腐心したつもりである。 物理の議論をするさいの教授の精神的・体力的な強靱さには驚くべきものがある。 73歳という年齢をまったく感じさせない。 生活のすべてが研究と教育のためにあり,それ以外のことにはほとんどこだわりをもっていないように見える(もちろん「家族」を除けば)。 まさに「物理の哲人」とよぶにふさわしい。 その純粋さと少しはにかんだような笑顔に毎日接していると,こちらも幸せでやる気が満ちてくる。 世界中にレゲット・ファンが大勢いるのもうなずける。

ところで,1973~1974年の滞在時ほどではないにせよ,レゲット教授は今でも日本語をかなり話す。 オックスフォード大学の古典学コースでラテン語や古代ギリシャ語そして哲学を勉強して学士を取得した後,物理学に転じたという経歴から分かるように,言語に対する並々ならぬ興味と才能をもっている(程度の差こそあれ,7つの外国語を理解されるとのこと)。 1965~1966年に博士研究員として単身京都大学に滞在したさいは,日本の欧文専門誌に投稿されてくる論文の英語添削を依頼されたことが縁で,「日本人物理学者のための科学英語について」と題する文章を日本物理学会誌に寄稿している注4)。 これは,わが国の物理関連の研究者にとって隠れたベストセラーとして知られるもので,若い世代にもぜひ一読をお勧めする。 『日本語はかなり忘れてしまいましたから』本人はそうおっしゃるが,日本人でもたまに間違えそうな敬語や謙譲語の難しい言い回しが気にかかるようである。

レゲット教授は,昨年3月,東京大学から5人目となる名誉博士称号を授与された注5)。 今年4月には,本学の大学院入学式で来賓として祝辞を述べるよう招待され,東日本大震災後の混乱が続く中を来日し,東大の新入生だけでなくすべての日本人を身をもって激励くださった注6)。 この心優しい大学者と本学そして本研究科との絆が,今後もますます強固となることを念じてやまない。

『レゲット先生,来年もお待ちしていますよ』

今年度の滞在プログラムは,この紙面に収まりきれないほど多くの方々のご協力のもとに成功裏に終了しました。 理学系研究科を挙げての受入体制を敷いてくださった山形研究科長以下,事務部,広報室,情報システムチームの皆様と早野専攻長はじめ物理学教室教職員の皆様に深く感謝します。 とくに秘書兼通訳としてプログラム全般をサポートくださった国際化戦略室の池上裕奈氏,講義資料作成・講義録編纂とビデオ撮影に参加協力してくれた有能な学生諸君に厚くお礼申し上げる。

注1)
2011年度の滞在プログラムの詳細は以下のURLに詳しい。
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/event/leggett/
注2)
A. J. Leggett,「Fermi液体・非等方的超流体・液体3Heの新しい相について」, 物性研究22, 276 (1974).
注3)
http://ocw.u-tokyo.ac.jp/
注4)
A. J. Leggett, "Note on the Writing of Scientific English for Japanese Physicists",日本物理学会誌21, 790 (1966).
注5)
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_220303_01_j.html
注6)
http://www.u-tokyo.ac.jp/gen01/h15_01_j.html
レゲット教授は東京大学を通じて,東日本大震災で被災された方々へ多額の義援金を送られた。