海外渡航プログラム

海外渡航プログラム

教育システム・研究スタイルを見つめるきっかけとなる機会

学部生のうちに海外の大学を訪問し国際交流を行う機会を提供する。そのため、学部として大胆な予算措置を取り、全面的に学生をサポートする。期待されるのは、参加した学生と共に訪問先の学生にも相互に影響しあえるような成果である。

理学部では、学部生の多くが大学院に進学し、のちに本格的な海外留学の道を選ぶケースが多い。教育システムや研究スタイルなど、海外と日本とでは違いが大きい分野もある。それだけに、学部生の段階で海外の大学を訪問し、研究者や学生との交流を通じて国際的視野を広げることは、キャリア形成上、大きな意義がある。

理学部が予算を全額負担して実施される「東京大学理学部海外渡航制度」は、こうした背景のもと、1999年にスタートした。半年から1年の海外短期留学制度を持つ大学は多いが、経費を負担して学部生を派遣するプログラムは、全国の大学でも珍しい。企画と運営は、理学部国際交流委員会と国際交流室が行う。2005年度までに計6回行われ、1回につき8~10人、累計57人が参加している。

バークレーとスタンフォードへ

このプログラムでは、理学系の学部、学科を持つ伝統ある大学を訪問先としており、過去にはインディアナ大学(米国)、韓国科学技術院、ソウル大学(韓国)、復旦大学(中国)、ルイ・パスツール大学(フランス)、パドヴァ大学(イタリア)を訪問した。

05年度は38人の応募があり、書類選考、面接、語学力の審査などを経て8人が選抜された。06年3月2日から11日までの10日間で米国のUCバークレーとスタンフォード大学を訪問した学生は、志望動機を次のように語る。

「以前、海外の学生と交流する機会があったのですが、相手が文科系の大学院生であったため、学問や研究について突っ込んだ話ができませんでした。そこで、同世代の理科系学生とお互いの将来の進路を語り合ってみたいと思いました」(生物化学科3年、稲垣秀彦さん)

「中学、高校と米国で過ごしたこともあり、米国の大学教育に関心がありました。日本と米国の大学で、研究生活や環境がどう違うのかが知りたかった。就職か進学かまだ進路を決めかねていたので、その決断の参考にもしたいと考えました」(生物学科3年、酒井由紀子さん)

参加する学生は、事前に数度のミーティングを設け準備を行う。まず訪問先の大学の教官や学生向けに、自己紹介と東京大学の紹介、日本の一般的な学生生活を解説した英文のリポートを作成。また後述するディスカッションタイムのためにプレゼンテーションの資料づくりにも取り組んだ。

準備を通じてお互いに意思疎通を図れたことは、渡航中の10日間にわたる諸活動を協力し合って行ううえでも大きな意味を持つこととなった。

第一線の研究者と直接対話

UCバークレー、スタンフォード大学ではそれぞれキャンパスツアーに参加したのち、本格的な交流活動を行うプログラムが組まれた。

こうしたプログラムは押しつけではなく、主体はあくまでも学生。このため、05年度は、これまでの海外渡航プログラムの経験を生かし、両大学の現地学生とのディスカッションタイムおよびインディビジュアル・ビジット(研究室個別訪問)の2つの企画を実施した。

ディスカッションタイムは、テーマを「日本の大学教育」と設定。理学部生側があらかじめ用意した資料を元に、現地の学生に対し15分間のプレゼンテーションを行った後、相互に質問と意見交換を行った。議論は3時間を超えて白熱し、その後の夕食時まで日米の学生が語り合う様子も見られた。

「日本と米国の学生の、進学や就職に関する考え方の違いが分かり、互いの話を新鮮に聞くことができました。大学院生の授業料、生活費の一部または全部が負担されることはうらやましい限りではありますが、その一方で研究費の財源の違いから生じる研究環境の違いも大きく、米国の大学の方がよいとは一概には言えないようにも感じました」(物理学科4年、野地俊平さん)

「米国の大学では入学後にじっくり専攻を選べ、主専攻のほかに副専攻を学ぶメジャー・マイナーを前提にしたカリキュラムを組むことができ、柔軟であると感じました」(酒井さん)

海外の大学の教育システムを東京大学と比較するなど、FD(ファカルティ・ディベロップメント)の面でも理学部への影響は大きい。

またインディビジュアル・ビジットでは、参加学生一人ひとりの行動時間を用意した。興味のある研究者に、渡米前に学生自身が直接アポイントを取って面会するのだ。そこでは、最前線の研究の一端に触れ、さらに研究室を通じて多くの学生と触れ合った。

「先生方から、ご自身の研究の内容、講義の様子、海外、特に米国での研究生活についてのお話などをじっくりと伺うことができたことは、興味深く、有益でした」(野地さん)

「非常にたくさんの学生と話ができ、もちろん私も刺激を受けましたが、相手にも東京大学理学部の存在を意識づけられたのではないかと自負しています」(酒井さん)

学生同士に波及効果も

帰国後の参加学生は、渡航によって得られた成果を理学部全体に還元するための活動も積極的に行っている。帰国後に作成する「訪問報告書」05年度版には、新たな試みとなったインディビジュアル・ビジットの内容などを詳細に報告した。インターネットを通じて海外の表面的な情報が容易に入手できるようになった現在、過大な情報に振り回されないためにも彼ら彼女らの「生の声」が貴重な資産となることが期待されている。

そのほか、参加した学生が所属する研究室で「米国の大学や研究室の事情について沢山質問を受けました。(稲垣さん)」など、海外渡航制度のプラスの波及効果は大きい。

本制度に関する準備、コーディネート、期間中の引率役までを引き受ける国際交流室の五所恵実子講師は語る。

「かわいい子には旅をさせよ、という格言がありますが、理学部独自のプログラムとして成果を上げていると思います。過去の参加者からは、この体験がきっかけとなり海外留学や研究者の道を選んだ人が何人もいます。学部生時代に海外の大学を体感する意味の大きさを実感しています」

モチベーションの向上、視野の拡大、人間的な成長など、総合的な教育効果が明らかなこの制度。学生の成長のみならず、理学部にかかわる教員・職員への意識改革にもつながり、今後ますますの発展・進化が期待される。

(文章:横山 拓、松田 尚之/写真:高田喜三郎)