ガバナンス体制を再構築し、やわらかい組織づくりを

開かれた理学部を目指して

ガバナンス体制を再構築し、やわらかい組織づくりを

国立大学法人化に伴い、改革が急ピッチで進む国立大学。東京大学理学系研究科・理学部も、外部の識者を交えた諮問会を組織し、開かれた理学部を目指して継続的な検証を行っている。これまでに、東京電力社長など要職を歴任し、理学系研究科諮問会にも名を連ねる荒木浩氏が、企業社会から見た東京大学理学部を語る。
— 諮問会ではどのようなことが議論されているのですか?
荒木
理学系研究科・理学部が組織的に取り組んでいること全般が議題です。例えば、法人化後の状況や広報活動、男女共同参画の進捗などです。
— 理学部については、やや「とっつきにくい」印象をお持ちだったとか。
荒木
私は法学部の出身ですが、当時の私の理解では理学部は「秀才の集団」というイメージでした。教員についても同様で、象牙の塔にこもって学究しているという先入観があった。しかし、諮問会で理学部の先生方とお会いするようになって、イメージが変わりました。闊達な方ばかりで理学部の現状に対する問題意識もスムーズに共有できました。
— 現在の大学院理学系研究科・理学部についてはどういう印象をお持ちですか?
荒木
理学系研究科の各専攻は、すべて21世紀COEに採択されています。学会における存在感もきわめて高く、研究のクォリティーの高さは折り紙つきだと言えるでしょう。
昨今は、学部から大学院に進学する学生が増えましたが、こうした変化を受け、いちはやく大学院教育のてこ入れに乗り出した点も評価できるでしょう。教育クラスター講義を軸とした総合科学教育プログラムを開講するなど、教育改革にも積極的に取り組んでいます。こういった理学部発のチャレンジを、ぜひ全学にも広げていってほしいものです。
理学部の憲章には「知の創造と継承」がうたわれていますが、言い得て妙です。総じて研究や人材育成面ではきちんと成果が上がっていると思います。

組織をやわらかく

— 研究・教育面は成果が上がっているとすると、逆に、課題はどのあたりにあるでしょうか。
荒木
国立大学法人化に伴って、大学の組織運営が見直されるようになっています。その一環で、裁量労働制の導入というテーマが浮上してきている。法人として人事管理をしっかりしなければいけないため、教員の勤務時間を測定し、時間管理を徹底するという。しかし、これは研究機関にはそぐわないと思います。研究者は、やはり一般企業の社員とは違う。そこは考えないといけない。
— 確かに大学は組織としては特殊です。
荒木
研究者の時間管理がよい例ですが、組織管理のノウハウがまだ確立されていない。そのような状況で社会の要請にいかに適応していくか、きわめて難しい舵取りが求められている。今後は、試行錯誤しながらモデルを構築していくということになるでしょう。
— 企業経営との最大の違いは?
荒木
企業の場合は、総資産利益率なり自己資本比率なり、数値目標が明示できる。その意味では単純です。しかし大学は、世界最先端の研究を行い次代を担う人材を育成するといっても、何を指標にするかは大変難しい。
理学部憲章に掲げられた理念をどう実践的に落とし込んでいくか。そこにもっと多くの工夫があってもいい。法人化を契機に、企業のような柔軟性を持って、いろいろ試してみてほしい。考えようによっては、大学の制度や運営方法を変革する最高のチャンスが来ているわけですから。
— 具体的にはどのような施策が考えられるでしょうか。
荒木
一般企業に長く在籍している私の目からすると、大学のガバナンスはやや無機物的な印象を受けます。部門別管理、重層管理が強すぎて、意思決定が遅くなるなど、縦割り組織の弊害が出ている。もう少し組織のやわらかさを追求してもいいように思います。
— 組織のやわらかさと申しますとどのようなイメージでしょうか。
荒木
例えば、企業の代表役員制のような意思決定機関を設けて、教授会の負担を減らすなど、まだまだ非効率な部分、改善できる部分はあるはずです。
組織戦略としては、事務などのスタッフ部門をもう少し強化すべきではないでしょうか。現在は、教員が各種の委員を兼務するなど組織運営にかなりかかわっており、負荷が大きい。事務部門に組織運営の権限をもっと委譲拡大することで、研究者が本来の研究・教育に集中でき、理学部の強みがさらに発揮されるのではないでしょうか。

社会貢献は情報公開から

外部の識者を交えた理学系研究科諮問会の様子

— 岩澤研究科長は社会とのコミュニケーションに課題を見出しています。
荒木
個々の研究者が社会との接点をどれだけ意識できるかが重要になるでしょう。ただし、やみくもに産学連携を進めればいいわけではない。時間はかかりますが、土壌作りから取り組むしかないでしょう。例えば、米国では平素から大学が社会と連携して成果を生み出すことに意欲的です。こうした社会的な風土を少しずつ築いていかなければなりません。
— そのための第一歩としては?
荒木
まず情報公開からでしょう。すでに一部の講義が公開されていますが、私も加わっている諮問会の議事録をオープンにするなど、研究・教育面のみならず、運営面でも積極的に情報公開を進めていけばよい。
人材面の交流では寄付講座を開講するなど、企業社会との人的交流を活発化することを提案します。また、OB・OGをもっと大学運営に巻き込むべき。東京大学の卒業生は「愛校心」が希薄です。私立大学に比べ、同窓会のネットワークが機能しているという例を、あまり聞いたことがありません。そうしたネットワークがなくても自立的にやっていけるという自負心の現れでもあるのでしょうが、いずれにせよ、母校に恩返ししようという気持ちが少ない。これはもったいないことです。
小宮山総長が発表した「東京大学アクション・プラン2005-2008」には、卒業生の寄付を中心とした基金を設立する計画が盛り込まれています。着眼点として、非常に面白いと思いました。

自然との対話が研究の原点

— 最後に、理学部を志望する若い世代にメッセージを。
荒木
私は天文学に興味がありまして、『Newton』は創刊号から愛読しています。彗星が来るとか、新しい星が発見されたというニュースを聞くと、年甲斐もなく興奮してしまう(笑)。あの好奇心に依る気持ちの高まりをぜひ大切にしてもらいたい。
岩澤研究科長は、自然への素朴な疑問や感動を学問につないでいくのが理学だと述べていました。自然との対話や関心をベースに、思う存分研究に没頭してもらいたい。ただ私の理学部観は、「葦の髄から天井をのぞく」レベル。まだまだ理解は不十分ですね

(文章:横山拓/写真:佐藤久)